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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
20/180

その20  和威視点

 俺、篠宮和威が武藤琴子に出会ったのは高校3年の秋の頃。

 痛々しげな火傷痕を隠すガーゼを首元に残しながら、凛と前を見据える眼差しを忘れようがない。

 篠宮の人間は生涯を共にする伴侶は自ずと分かる。

 兄達に言い聞かせられていた。

 ああ、これがそうか。

 何故に受験前の秋に見つけたのか。

 一目惚れに近い邂逅に焦りを感じた。

 卒業までの短い期間でよく捕まえたと思う。

 一度離れようとした琴子を、騙し討ちな見合いで婚約した。

 琴子の短大卒業が決まり、入籍した。

 結婚、妊娠。

 時は早く過ぎ去り、可愛い盛りな息子と娘ははや二歳。

 ついこの間産まれたと思えば、立ち歩き、喋り始めた。

 感慨深い。

 日々琴子の愛情を一身に受け、成長してゆく。

 兄妹仲もすこぶる良く、微笑ましい毎日を過ごしていた。


「もえちゃん、布団蹴飛ばしたらめ~よ。風邪ひいちゃうからね」


 相変わらずの娘の寝相に琴子が、眠るもえに語りかける。

 寝言で返事をするもえに、笑いが起きる。

 思わずスマホで、カメラを起動させた。

 縫いぐるみを抱えるなぎともえに琴子。

 常に待受は家族写真で彩る。

 こんな当たり前な幸福な光景を、双子を忌み嫌う親族に見せつけてやりたい。


 篠宮家は武門の一族だ。

 嘗ては藩主に仕えた家老職に就いていたこともある。

 そして、藩主の目であり、耳でもあった。

 大政奉還で、豪商の一族を取り込み、一大企業にまで上り詰めた緒方家を分家に持つ。

 俺の父は、その緒方家の跡取りだ。

 両親の馴れ初めは、一目惚れした父が押し掛け婿入りしたらしい。

 と、言うのも俺を高齢出産したお袋が、体調を崩して産後長期入院した結果。

 俺は祖母と長兄の婚約者に、育てられたようなものだ。

 義姉さんには、頭が上がらない。

 ましてや、長兄を父と思い込んでいたとは。

 道理で父がことあるごとに、恨みがましい愚痴を溢していたはずだ。

 あの人は酒に弱い癖に、たまに羽目を外す。

 俺も、やってしまったが。

 父の遺伝だな。

 話がそれた。

 琴子の腹に双子がいると確定したある日、祖母から呼び出された。

 そして、双子が禁忌だと言う話を祖母から伝えられた。

 倉から篠宮家が残した伝奇を引っ張り出して、篠宮家の闇を教えられた。

 琴子には言えないが、どれも悲惨な末路ばかりだった。

 七歳迄は神の子。

 だが、七歳を過ぎれば只人となる。

 双子は禁忌。

 中でも、男女の双子は別な意味を持つ。

 男児は跡継ぎに、女児は人柱に。

 女児が不幸になればなるほど、篠宮家は栄える。

 祖母が、教えたがったのはこの一文だろう。

 伝奇には、女児の虐待行為が正当性のある理由で、記載されていた。

 ふざけるな。

 毎日愛おしげに腹の双子に語りかける琴子に、女児を家の為に犠牲にさせると聞かせることは出来なかった。

 勿論、平成な世の中で娘を虐待すれば、警察沙汰になるのは、目に見えている。

 だろうに、娘の養女話は本家をたてる為にではなく、己の家の隆盛の為に犠牲にする腹づもりだろう。

 産科医を買収してまで、娘を死産と偽ろうとしていた。

 だが、そうは行かない。

 琴子の後ろ楯には、朝霧家と水無瀬家が控えている。

 娘を手放す気は更々ないが、万が一養女に出すなら両家にする。

 時満ちて双子が誕生した直後に、水無瀬家から打診がきた。

 水無瀬家は、神職の家系。

 篠宮家同様に旧家でもある。

 旧家には、旧家ならではの繋がりがある。

 当然、篠宮家の禁忌も熟知していた。

 水無瀬家は矛を交えてでも、娘の身の安全を守ろうとしてくれた。

 俺は五男だし、別段家に拘りはない。

 祖母、両親には悪いが篠宮家を出てもよかった。

 まぁ、祖母としては、俺が長兄の跡を継いで篠宮の当主になってほしかったのだろう。

 長兄には、跡を継ぐ子供がいない。

 永年、義姉さんが親戚の槍玉に上がっているが、不妊は長兄に責任がある。

 きちんと、病院で調べた。

 義姉さんは自分の責任として長兄を守った。

 身内でも、祖母とお袋しか知らされていない。

 俺が知ったのは、転勤騒ぎになってからだ。

 もえを養女にしたい親戚にうんざりしていた時分、降ってわいた転勤話。

 正直迷った。

 緑豊かな大地で育ったなぎともえが、都会の空気に負けないか心配した。

 だが、琴子と子供達を残して行く訳にはいかない。

 俺という防波堤がなくなれば、親戚が暴走しかねない。

 只でさえ、男女の双子を産んで厄介な種をもたらした、琴子の評判は悪い。

 本人は気にも止めていないが、分家には鬱憤がたまっている。

 可愛い我が子を悪し様にされれば、俺でも怒りが沸く。

 琴子は祖母とお袋との仲は良好だ。

 たまに、俺が入り込めないほど意気投合している。

 陰湿な嫁姑問題がないのは、何よりだ。

 なぎともえも、母親の容姿と穏やかな性質を持ち合わせていて、争う形跡は見えない。

 どころか、なぎはもえを優先させる。

 もえはなぎの言うことは素直にきく。

 二人で何でも分けあう。

 譲りあいっこ、半分こ。

 琴子がずっと言い聞かせていた言葉を体現している。

 玩具も両親の愛情も半分こ。

 小さな言い争いはあるが、手はでない。

 二人で仲良く笑う。

 仲良く泣く。

 大変だが、愛おしい。

 大切な宝物だ。


「どうしたの、急に笑い出して」


 怪訝な面持ちで琴子に、問われた。

 そんなに、変顔していたか。


「いや。なぎともえは順調に育っているなぁ、と思ってな」

「そうね。標準より小さいけど、もう二歳なのよね」

「時間が過ぎるのが、早い」

「本当に、あっという間よね」


 琴子も笑う。

 また手足が毛布からはみ出したもえに、毛布を掛けなおす。

 もえ。

 寝相が、悪すぎだ。

 琴子が隣に居ればおとなしいが、俺が横に居ると手足が腹に直撃する。

 地味に痛い。

 この差は何だろうな。

 差といえば、二人は新生児の頃から、琴子とお袋や彩月を見分けていた。

 まだ目もろくに見えないのに、抱っこやミルクを琴子でなければ、嫌がった。

 次点で、俺。

 寝不足による過労で琴子が入院している間は、なぎはお袋なら妥協していたが、もえには手を焼いた。

 飲まない、眠らない、ぐずると三拍子。

 俺が抱っこしていないと、すぐに泣きわめく。

 参った。

 俺も育児に手を貸していたのに、琴子の負担軽減にはなっていなかった。

 楽しそうに笑っていたのを、見落とした。

 あの日。

 かつてないほど、なぎともえが泣き出した。

 その時の俺は、納期に間に合わない同僚の尻ぬぐいで、自室に籠っていた。

 慌てて駆け寄ると、盛大に泣き喚く双子が倒れた琴子にすがり寄っていた。

 胆が冷えた。

 青白い表情で琴子は気を失っていた。

 至急、彩月を呼びだし、病院に運んだ。

 寝不足で、倒れるとは思いもしないでいた。

 医師やお袋に叱られた。

 彩月にも説教された。

 一番身近な俺が、琴子の体調を慮らないでどうする。

 反省は意味を為さない。

 寝台に横になり、点滴を受ける琴子から離れない双子を宥めるのはやむを得なかった。

 きつく握り締める手をほどけば、絶叫に近い泣き声をあげる。

 嫌だと泣き喚く双子を家に帰した。

 当時の記憶は、なぎともえのトラウマになっていた。

 留守番を嫌うのは、このせいだろう。

 大好きな母親がいない。

 甘えたい父親も不在とくれば、仕方がない。

 お袋の話では、二人身を寄せ合い寂しさに堪えていたようだ。

 俺が帰宅すれば、泣いて出迎える。

 特に、もえは食事を摂らない。

 困り果てたお袋にかわり、彩月がこんこんと言い聞かせてミルクを渋々飲んでいたらしい。

 俺が与えると、凄い勢いで飲んでくれるのは、助かった。

 もえまで入院となれば、琴子が気に病む。

 幸いにも、琴子の入院は短期間ですんだ。

 家に帰宅した琴子に向かって、必死にずりはいするなぎともえ。

 あーあー。

 うーうー。

 あまりにもな必死さに、琴子は二人を抱き締めて泣いていた。

 琴子だけのせいではない。

 一人だけでも育児は大変だと聴く。

 なのに、琴子は二人分の育児をしないといけない。

 新米な母親に、二人分は荷が重すぎた。

 俺の手では足りないので、彩月に家事と育児の手伝いを頼んだ。

 昼間は彩月に育児を任せて昼寝をさせた。

 琴子も、反対はしないでいた。

 やらかした感満載な琴子は、大人しく昼寝を受け入れた。

 なぎともえも、近くに母親が居れば静かに彩月を受け入れた。

 一緒に寝かせていたりすると、機嫌が良い。

 電動バウンサーに揺られて、琴子を見ながらミルクを飲む。

 穏やかに眠る母親が視界に居ればご機嫌だ。

 父親の立場が、やるせない。

 仕事もあったが、琴子だけに育児を任せてしまったツケだ。

 以降は出来るだけ、更に育児に加わった。

 そのかいがあり、再入院はならないでいた。

 健やかに成長していく、なぎともえ。

 初めての言葉がママは赦せる。

 だが、中々パパと呼んではくれず、やきもきした。

 次の言葉は、やーよだった。

 ミルクもママでなければやーよ。

 おむつ替えもやーよ。

 二人揃ってやーよ、ママには泣けた。

 最初笑っていた琴子も、パパはと繰返して教え込んでいた。

 そのかいがあり、パパと呼んでくれた日には思わず動画で残した。

 後で気づいたが、前世持ちな双子は気安く家長を呼んではならないと、思っていた節がある。

 抱っこした時に、緊張した感が満載で俺を凝視していたのは内緒だ。


「どうしたの。ニコニコ笑顔は?」


 琴子が声を掛けなければ、笑いすらしなかった。

 父親だと認識していたが、甘える対象だとは思えていなかったのだろう。

 それだけ、前世の両親に恵まれてはいなかったのだと分かる。

 気になり、昨夜の風呂でなぎに聴いてみた。

 父親は覚えているか、と。

 答は、首を横に振った。

 無関心だったらしい。

 早々と、篠宮の祖父に躾られた。

 たどたどしい言葉が漏れた。


「パパも、もぅたんと、なぁくんをいらないしゅりゅの? なぁくんは、パパとママがいい」


 そんな事をするか。

 パパもなぎともえは大事だ。

 頭を撫でて落ち着かせた。

 好奇心で聴いたのが、間違えていた。

 だから、笑ってママに怒られるとおどけてみた。

 なぎも笑ったが、納得したかどうか。

 知れたら、激怒されるな。

 ああ、男同士の秘密な。

 指切りしてみたが、どうだろう。

 理解が早いから、ママには告げ口はしないな。

 だから、なぎ。

 パパが叱られたら援護を頼む。



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