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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
19/180

その19

 ま、負けた。

 なぎともえの、必殺おねだりに負けました。

 潤んだお目々で上目遣い。

 

「「だめ~?」」


 ママは撃沈しましたよ。

 母と交代して炒飯を作らせて頂きました。

 上機嫌で頬張るなぎともえに、和威さんも相好を崩している。

 昨夜のぐったりとしたもえちゃんは、何処かに行ってしまった。

 本日は、元気で何よりですなぁ。

 なぎ君も、嬉しげにあーんをしている。

 でも、食べ過ぎは厳禁。

 お代わりは、少なめに盛った。

 君達、お腹が膨れてきているよ。

 スープも完食した。


「「ぎょちしょう、しゃま」」


 行儀よく両手を合わせて、頭を下げる。

 よしよし。

 満腹したかね。

 食後のお茶を飲み干してぷはー。

 食器をシンクまで運びたがるが、家とは違う陶器製なのでママが運ぶよ。


「陶器のお皿は割れやすいから、ママにちょうだいね」

「「あいっ」」

「はい。お利口さん。ママは助かるなぁ」

「ばぁばも、感心したわ」

「「むふふ」」


 私と母に撫でられ、また上機嫌だ。

 お皿を受け取ると、パパの膝に突撃した。


「おっ。ご機嫌だな。パパはまだご飯中だから、遊ぶのはもう少し待ってくれな」

「あい。もぅたん、えほん、みようね」

「あい。なぁくん、よんで、くぅしゃい」


 パパとママはまだ食事中である。

 なぎはもえに薬を飲ませている間に素早く和室に置いてある絵本をリビングに持ってきた。

 おとなしく横に並んで座る。

 父が買ってきた絵本は、動物が一杯載っている。

 今お気にいりで、何度も読み聞かせた。

 なぎ君は文字を読んでいるのではなく、私や和威さんの声を真似しているのだ。

 たまに、覚えのない単語が出てきては、物語が違ってきている。

 和威さんが、アドリブ効かせたのを覚えてしまっていた。

 もえちゃんが大好きなお姫様がでてくる物語は、出るはずのない人物が重要なキャラになっているし。

 成長したなぎともえが文字を覚えてきたら、パパの話と違うと訴えるのは間違いなし。

 私が読み聞かせても、パパと違う物語だと認識している。

 保育園や幼稚園で間違いを正される前に、何とかしないといけない。


「ん? なんだ?」


 軽く睨む私に和威さんは、知らん顔。


「なぎ君から、違う物語が聴こえてくるのだけど」

「おお、あれな。耳コピが、なぎの得意技だな」

「息子の得意技に感動するのはいいけど。保育園に入園するまでに、正しい物語を教えてあげないと苛めの対象にならない?」

「あー。どうだろう」


 そんな、消極的でどうしますか。

 いまは、何でも苛めの対象になりやすい。

 異端は排除されてしまうのに。

 これが、母親と父親の考え方の違いかしら。


「分かった。何とか矯正する」

「お願いします」

「ごめんなさいね、和威君。こんな、恐妻に育ててしまって」

「いえ。恐妻ではありませんよ。教育熱心な愛情深い妻です」


 ぶっ。

 母の揶揄に真面目に返さないで。

 思わずお茶を吹きそうになった。


「あら。惚気られちゃったわ」


 母が苦笑いしている。

 和威さん。

 勘弁してください。


「ママ、どうしちゃにょ?」

「パパ、いじわりゅ、しちゃにょ?」


 照れていると、なぎともえが私と和威さんの間に割って入ってきた。

 パパがママに意地悪はしないよ。

 健気にママを庇おうとしてくれたね。

 ありがとう。


「違うのよ。パパはママを誉めてくれたの」

「そうだぞ。パパはママを苛めたりしないぞ」

「「ほんちょう?」」

「本当だ」

「「うきゃあ」」


 眉根がよる二人を、和威さんが抱き締める。

 笑ってパパに抱き付くなぎともえ。

 和威さんは食事を終えたから、そのまま遊びに移行かな。

 もえちゃんは、熱が下がったばかりだから無茶は止めてね。

 室内遊びでお願いします。


「パパはママとなぎともえが、大好きだぞ」

「なぁくんも、だいしゅき」

「もぅたんも、だいちゅき」


 和威さんが頬っぺたにチュウをかませば、パパの頬っぺたにお返し。

 次は、私の頬っぺたにチュウ。

 私もお返しする。


「あら、ばぁばにはないのかしら」

「「あい。ばぁばも、チュウ」」


 母。

 無理じいは止めてね。

 後で、父に確実に自慢する気だ。

 母こそ恐妻になってやしないかな。

 父に問いたい。


「マぁマ」

「なぁに、なぎ君」


 ひとしきりチュウ合戦が終わり、なぎ君が私の袖を引いた。

 眉がハの字になっている。

 これは、何かおねだりがあると見た。


「あにょね、あにょね」

「うんうん」

「なぁくんも、おふりょ、いっちょに、はいりゅ。めめ~?」


 お風呂?

 あれか、昨日はもえちゃんが入れなくて、今日はママと入ろうと約束したやつか。

 さては、もえちゃんがまだ心配かな。

 と、思っていたら。


「なぁくんも、ママちょ、おふりょ、はいりちゃい」


 なんて可愛い事か。

 ママ、感激した。


「いいよ。ママとお風呂入ろうね」

「あいっ! やっちゃあ」

「なぁくん、やっちゃあ」


 うわ。

 もえちゃんまで万歳した。

 和威さんは、地味にへこんでいる。

 貴方は何時もお風呂に入れているでしょうが。

 密かな優越感は直ぐに飛散した。

 だって、和威さんの落ち込みが半端なく伝わってきた。


「じゃあ、パパには拭き拭き係を頼もうね」

「あい、パパ?」

「パパ、なに、しちぇりゅにょ?」


 パパ、項垂れています。

 和威さんにとって、二人をお風呂に入れてのスキンシップは、一種のストレス解消だ。

 毎日、パソコンとにらめっこをしているのは事実。

 固くなった身体を解すのと同様な、日課となっている。

 それを、ママと入るのに万歳なんかしたら、へこむわ。

 逆の立場なら良かったね、で済むけど。

 和威さんにしたら、裏切りものと言いたいかな。


「パぁパ。おっきしちぇ」

「ふきふき、しちぇね」

「あらあら」


 会心の一撃を喰らった和威さんは、仰向けに寝転んだ。

 しかも、左腕で目元を隠している。

 良いじゃないの。

 普段と逆だと思えば、ねぇ。


「思い出すわ。琴子に嫌がられたお父さんみたい」

「父? そんなに、嫌がったの、私」

「あら、ごめんなさい。貴女にはお祖父さんにあたる私の父の事よ。朝霧家に泊まりに行くと、お父さんは孫とお風呂に入るのを楽しみにしていたのよ」

「ふ~ん。覚えがないなぁ」

「でしょうね。奏太が一緒に入らなくなったら、自然と琴子も入らなくなったのよ」


 記憶にない処を思いやると、保育園に入園した前後だね。

 微かに、兄とお風呂で遊んだような。


「ママぁ、パパ、おっき、しにゃい」

「パパ、びょうき、にゃにょ。さぁたん、よんで」

「和威さん、なぎ君ともえちゃんが泣きそうよ」


 今朝、いや昼まで起きなかった私を思い出したのか、声に力がない。

 小さな手で、和威さんを揺さぶり続けている。

 本気で泣きそうなんだけど。


「「うにゅう」」


 突然和威さんが腹筋だけで起き上がり、なぎともえを抱っこした。

 あれ、軽くやったけど、私には出来ない。

 補助がないと出来ません。


「パパは元気だぞ。だから、泣かなくてよし」

「「なんで、ねんね、しちゃにょ」」


 二人の疑問は何となく分かる。

 何時も元気なパパが寝転んだまま起きない。

 呼んでも起きないのは、初めての体験だ。

 大概パパは、起きて仕事をしているか、遊んでくれるか。

 二人より遅く寝て、同時刻に起きる。

 不思議に思うのも無理がない。


「パパがねんねしたのは、なぎともえがママとお風呂に入るのを万歳したからだ」

「なんでー?」

「ばんじゃい、だめ~?」

「駄目じゃないけど、パパとのお風呂は嫌がられたかな、と思ったら悲しくなってきたんだ」

「? パパちょ、おふりょ、きりゃい、ないよぅ」

「もぅたんも、いや、にゃいよぅ」

「でも、今日はママと入りたいのよね」

「「あいっ」」


 偶々、今日はそんな気分だと思えば良いじゃない。

 パパを嫌って入らないのではないから。

 一安心ではないか。

 いずれは、なぎ君ももえちゃんも、情緒が芽生えてきたら、お風呂入らないと思う。

 今のうちなだけよ。

 1日位ママと入りたい日があっても良くない?


「パパ、ママちょ、はいっちゃあ、め~?」

「め~?」


 おねだり攻撃2連発に、和威さんは笑う。

 やはり、パパにも有効だ。


「駄目じゃないぞ。今日はパパが拭き拭き係な」

「「あいっ。おねぎゃあ、しましゅ」」


 パパの腕の中でこくんと頷く。

 可愛らしい仕草にますます笑う和威さんだ。

 安心した二人は仲良く欠伸が漏れる。

 遊びタイムから、お昼寝タイムに移りそう。


「ん? ねんねか」

「うにゅう。ねんね、しちゃい」

「あい。ねんね、しゅりゅ」

「なら、布団にいこうか」

「パパも、ねんね?」

「パパが起きているから、安心してねんねしろ」

「「あーい」」


 返事をしたかと思うと、急に力が抜け眠りに入った。

 幼児は常に全力投球。

 力一杯遊んだら、その場で力尽きて寝てしまう。

 初めは驚いた。

 本当に遊びの一環だと思う位に唐突に寝る。

 しかも、二人一度にだ。

 玩具を握り締めて、寝る姿を和威さんが写真に残している。

 私は、玩具で怪我をしないか不安だった。

 縫いぐるみなら良いけど、先の尖ったブロッグやミニカーは危険だ。

 そっと、縫いぐるみと交換してみた。

 玩具に、囲まれて眠る我が子は可愛らしいけどね。

 片付けるのを教えたい。

 まだまだ先かなぁ。


「琴子。さすがに二人は無理だ」

「あっ、はい」


 力の入らない身体を微妙な角度で保つ和威さんから、ヘルプが出された。

 なぎ君を受け取り、和室に移動。

 布団の上に寝かした。

 このところ急激に寒くなってきたので、毛布を掛けた。

 少し前まではタオルケットでよかったのにね。

 むむ。

 もえちゃんが毛布を蹴飛ばす。

 私が掛け直す。

 数度繰り返して、落ち着いた。


「もえちゃん。毛布を蹴飛ばしたら、め~よ。風邪ひいちゃうからね」


 ぽんぽこお腹を優しく叩く。

 また寝込んだら、ママは悲しいなぁ。


「あーい」


 寝言でお返事。

 可愛い。

 微笑んでいたら、パシャリ。

 スマホで撮られた。


「また、写真?」

「そう。待ち受け画面は常に家族写真だ」

「それだと、スマホのメモリー不足しないの」


 ほぼ毎日写真を撮っている。

 ああ、パソコンに移して記録媒体に保管か。

 お義兄さん達にアルバムを配るほどだしなぁ。

 そのうちに、ブログを開設してアップしそうな勢い。

 仕事柄パソコンには強いから、セキュリティーは強固なものを構築したりして。


「ブログかぁ。考えても見たが、琴子に止められそうだからやらなかったんだよなぁ」

「是非、そのまま始めないで欲しいなぁ」


 切実に願う。

 お山ならいざ知らず、都会では他者の悪意は拡散しやすい。

 特に、なぎともえの場合はバックに緒方家に朝霧家がある。

 資産家の身内を狙う誘拐は怖い。

 身バレは、困る。

 双子ちゃんが幼い身のうちはご遠慮してくださいな。

 お願いします。


ブックマーク登録ありがとうございます。

次話は、12月10日です。


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