その39
「なぁくーん!」
「もぅたーん!」
なぎ君のお見舞いにやっとこさ行けました。
少しだけ、出掛ける際と病院に到着した際に、私達を警護してくれるスタッフが慌ただしく、何やらしていたけども。
無事に病室に辿り着けました。
で、病室のスライド式ドアを力一杯スライドさせて、もえちゃんは大きな声をあげながら一目散になぎ君の元へ駆けていく。
うん。
間に和威さんが椅子に座っているのだけど、目に入ってない様子だわ。
なぎ君の方も転落防止の柵から身を乗り出しで、危うく転落しそうになって和威さんに背中の服を掴まれた。
「なぎ。危ないだろう。パパと約束したよな。久しぶりにママやもえと会えて嬉しいのは、パパも分かるが約束を忘れたら駄目だろう」
「ぁぃ、パパ、めんしゃい~」
「パパ。もぅたんも、めんしゃい~」
和威さんに怒られるなぎともえだけど、私は別な意味で驚いていた。
だって、なぎ君の腕には点滴の針が刺さっている。
どうして、昨夜の電話ではなぎ君の容体に代わりはないと言っていたではないか。
昨日ではなく、今朝から容体が悪くなったという事?
「和威さん。なぎ君の点滴は?」
涙目の双子ちゃんに危険な事をしては駄目と諭す和威さんの邪魔とは思うが、気になって仕方がなく聞いてみた。
心なしか、なぎ君の痩せ具合が元に戻っている気もしないではない。
私が不在な数日間に何が起きていたの?
「ママぁ~」
心配になってなぎ君の寝台に近付いたら、珍しくなぎ君が甘えた声で私に抱っこをせがんだ。
勿論、抱っこしたよ。
病院に彩月さんや珠洲ちゃんがいてくれたけど、従兄弟のねぇねやにぃにがいてくれたもえちゃんと違い、なぎ君は寂しい限りだっただろう。
和威さんも新型インフルエンザで入院隔離されていたから、余計に寂しさは募るばかりだったはず。
もえちゃんはパパの膝上に座り、なぎ君は私が抱っこした。
抱っこしたら、必死にしがみついて声を殺して泣きつくなぎ君。
うんうん。
もえちゃんもそうだったけど、寂しかったね。
不安だらけだったね。
もう二度と、緊急だろうが、宮内庁からの依頼は受けないのを決めた。
兄に相談したら、後押しはしてくれるだろう。
「あー、悪い。なぎの点滴は食欲不振からくる嘔吐と下痢のせいで脱水状態にある。その補給と消化器官の機能低下を防ぐ目的の点滴だ」
「ママぁ~。ぎょはん、おいしきゅ、にゃいにょ。へんにゃ、あじ、すうの」
「医師は、ストレスから味覚異常が起きているのではないかと診断された。どうも、一人で食べる食事は美味しくないと訴えたからな。以降は、俺も院内のコンビニで買った弁当や、彩月や珠洲が朝霧邸から持ち込んだ弁当で付き合ったが。病院食ではなく、俺の弁当を食べたがり、許可を得てそれは食べてくれたがなぁ」
「食事制限もあって、あまり食べさせてあげれはなかった?」
「ああ、野菜とかは無農薬をあげれたが、化学調味料の入っていた揚げ物や惣菜なんかは、駄目だった」
「パパ、なぁくん、ぎょはん、めめなの?」
「ああ、少ししか食べれなかったんだよ」
おとなしく私達の話を聞いていたもえちゃんは、なぎ君の様子を敏感に悟り背中のうさぎリュックからお土産の栗羊羮を取り出した。
「すぅたん、あけちぇ、きっちぇ」
「はい、あら。津田屋の栗羊羮ですか。よく手に入りましたね」
「いわしりょにょ、おじぃしゃん、くえちゃにょ」
「津田屋? マジか。うちのじぃさんが、毎年買い求めていた予約限定販売の入手困難なヤツだよなぁ。しかも、一見お断り、常連客だった資産家がやらかして出禁や販売禁止すら徹底するわ。テレビなんかの取材拒否して反感食らって、悪評流されてもコアな贔屓筋に擁護されている程、上流階級で津田屋と付き合いがある客は羨ましがられる店なんだがな」
あらまぁ。
朝霧家でも縁がある老舗和菓子屋と判明したばかりなのに、篠宮家でも名が知れていたとは。
世間て狭いなぁ。
珠洲ちゃんも知っていたし、私が知らなかっただけで有名だったんだ。
水無瀬家関連で遠い親戚みたいな縁だと話したら、気軽に他人に話すなと忠告された。
出禁や販売禁止食らった側に、某政治家や大企業の社長やら自慢しまくっていたお馬鹿さんがいて、訪問客に出せない不備を予約を忘れたとか言い訳して、次回はお出ししますと宣い、買い求めできた人から強奪紛いな事をやらかしているそうだ。
何故和威さんが把握しているかと言えば、会社の上司の部長さんが被害にあいかけて、警察沙汰に発展しかけたからだとか。
うーん。
水無瀬家の巫女のネームバリューをひけらかしたのではないけど、今後我が家篠宮家と朝霧家に献上されるのは確実だなんて報告できないや。
「なぁくん、あーん。おいちいよ」
「あーん」
ママ達の心配をよそに、珠洲ちゃんが切ってくれた栗羊羮をフォークで刺して、私に抱っこされたままのなぎ君にあーんを実践するもえちゃん。
なぎ君も疑いなく口を開ける。
私はなぎ君が食べやすい位置に移動して、柵を外した寝台に座り、もえちゃんはパパの膝上に立つ。
和威さんは苦笑してもえちゃんを支える。
味覚異常が出ているなぎ君だったけど、
「おいちい。あまぁい」
とモグモグしてから良い感想があがる。
で、もっととばかりに口を開ける。
生憎と、彩月さんは緊急の手術が入っていて不在。
ねだるままに食べさせるのは駄目だよね。
非常時ではないけど、ここは専門家にお伺いをしないとと、ナースコールをした。
「どうしました? 点滴終わりました? あら、なぎ君。もしかして、おやつ食べちゃったかな」
すぐに、なぎ君の担当の智子さんが来てくれた。
そして、事情を把握するのも早かった。
というか、まだもえちゃんがなぎ君に、あーんしていたからね。
丸分かりでした。
「あい、おいちきゃっちゃ」
「あら、じゃあ、味覚異常は無くなったかな。前は美味しくない、変な味がするって泣いちゃったからねぇ。どれぐらい、食べれました」
「2cmほどの厚みの栗羊羮を二切れ。中の栗は半分の実だったと思います」
「そっか。なぎ君、気持ちが悪くない?」
「にゃい。にゃんきゃ、ぽんぽん、ぐうっちぇ、いっちぇう」
なぎ君の申告どおり、お腹が鳴っているね。
「ちょっとだけ、待っていてね。先生呼んでくるからね」
智子さんは医師の指示を仰ぐ必要があるとナーステーションに戻り、程なくして担当医が診察する。
その間は、あーんは止めておいた。
「うん。ぼくも食べてみて甘いを感じたので、味覚に関しては一過性のモノだと思われます。おそらく、なぎ君の場合はママやパパやもえちゃんといった家族がいない環境がストレスだったかもですね。パパさんが付き添う前も、食事は残されていたし。一人でというのが悪かった原因でしたね。まあ、病院食も美味しくなかったかもでしたけど。となると、なるだけ食事は一緒にした方が良さそうです。それから、なぎ君の容体に関しては、院長から朝霧さんに伝わっているのは確実なんで、食事ももしかしたら病院食でなくなる可能性が高いですよ」
お祖父様。
お医者さんがこうはっきりとおっしゃるなら、完全になぎ君の入院やリハビリにも口を出してますね。
お祖母様がいないお祖父様は、やりたい放題やらかし過ぎてます。
うん。
もえちゃんかなぎ君にめっとして貰おう。
お祖父様嫌いになるのは、孫世代にとって諸刃の剣なので多用はできない。
何せ、ご機嫌回復に某水族館なり、某夢の国を貸し切りにしちゃうお祖父様なので、孫世代は何度頭を抱えたか。
本当にストッパーがいないお祖父様は、暴走したお馬さんだから、どうしたらよいやら。
兄にでも、相談したらいいかな。
身内だけでなく、他人にも迷惑かけないで欲しいよ。
本当にもう。
溜め息しか出てこないよ。




