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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
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その38

 朝、私は狸寝入りをしている。

 というのも、もえちゃんは私より早く起きて、


「よきゃっちゃ、ママ、いりゅ」


 と私の存在を確認して安堵するからである。

 これは緒方家に兄を残していても、パパやママやなぎ君といった、常に側にいた家族がいない状況にいなくてはならなかったもえちゃんが寂しい思いをさせたせいでもある。

 私が不在の緒方家では、兄か梨香ちゃんや静馬君にべったり張り付いていたと聞いている。

 まだ幼児のもえちゃんに、寂しいのを我慢させたツケだとも思う。

 よって、カルガモの雛よろしく、ワンコをお供にして私の後をついてくる姿も甘んじて見守るしかないのは、仕方がない。


「もえちゃん? おはよう」


 頃合いを見計らい、今起きた体を装う。


「あい。ママ、おはよう」


 不安そうな表情が一転して、満面の笑顔をみせるもえちゃんに、ママも安堵しております。


「きょう、なぁくんに、あえりゅにょねぇ」

「そうよ。今日はお昼ご飯食べてから、なぎ君のお見舞いにいくのよ。きっと、なぎ君ももえちゃんに会えるのを、喜んで待っているよ」

「あい。もぅたん、なぁくんに、あうにょ、うれちい。パパも、いっちょ?」

「パパもよ。今、パパはなぎ君の病室に一緒にいるからね。パパも、早くもえちゃんに会いたいって、待っているわね」


 帰京して、本日で三日が過ぎる。

 私ももえちゃんも発熱や咳がないから、漸くなぎ君の病院へ行く事ができた。

 このやり取りも昨夜から繰り返しているけど。

 それだけ、もえちゃんも嬉しく感じているんだろう。

 枕元に置いたうさぎさんリュックには、なぎ君とパパ宛てのお土産が一杯に入っていたりする。

 入りきらなくてうさぎさんの耳後ろには、あの栗羊羮の長い箱がはみ出ている。

 それも二本も。

 実はこの栗羊羮、もえちゃんがなぎ君にもあげたいと言ったから、岩代のおじいさんがお家にあった全ての栗羊羮を提供してくださったのだけどね。

 以前にも説明したけど、限定予約販売品なのでした。

 初代和菓子屋店主が、かつては東北、北海道の守護領域を任された大地の巫女を為された方。

 ネット販売無し、店頭販売だけでその日の予約分を販売するシステムだから、そうした事情を把握してない一見さんや口コミで買い求めに来るお客様には、不評を買い悪評も流されていたりする。

 まあ、初代店主が守護領域を任された巫女の方なので、当然守護家や分家といった血に連なる方々がバックについている。

 それに、宮内庁も秘かに手を回していて、和菓子屋が潰されたりしないように気を配ってもいる。

 なかなか、後ろ楯に困ってないのだ。

 で、くだんの栗羊羮は一見さんには販売できないだろうけど、他の和菓子も美味しいと岩代のおじいさんから教えていただいたので、東京でもえちゃんと一緒にお留守番してくれた梨香ちゃん達にお土産にと、和菓子屋さんに帰京する前に訪れたのだった。

 ちょうど、時間的に栗羊羮の予約販売が午前中に終了したのもあり、和菓子屋さんに他のお客様がいなかった。

 常連の岩代のおじいさんが案内してくれたのもあって、初代に習い代々女性がなる和菓子屋さんの店主の老夫人と旦那様の和菓子職人長さんに直接お会いする事ができた。


「おいちい、ようきゃん、あいあちょう、ぎょじゃあましゅ」

「……」

「岩代さん宅でいただきましたおはぎや栗羊羮、大変美味しかったです。可能なら、ネット予約したいほどでした。また、折を見て来店させていただきますので、予約させていただきたいです」

「……」

「寛二、ちょいと耳を貸すがよい」


 職人長さんは巌のような石動(いしるぎ)当主さんよりも、強面で大柄な体型の方でした。

 また、仏頂面でむすっと、初対面だと怒っているような印象を抱いてしまう表情をされていた。

 普通の幼児が対面したら、恐怖で泣いてしまわれるのではないかな。

 しかし、もえちゃんは動じなくて、にっこりお礼を言えた。

 私も怖いとは感じなかったので、和菓子好きな椿伯母さんやお祖父様にと予約出来たらしてみたかった。

 なので、頼んでみたら、岩代のおじいさんが職人長さんをかつて知ったる我が家みたいな様子で奥に連れて行ってしまった。


「あらあら、岩代さんもあの人も、何だか貴女達を気にいった様子ねぇ。あの人なんか、初対面の幼児さんににっこりされて柄にもなく照れていたわ」


 照れてましたか。

 寡黙なんだなぁとは思いましたが、まさか照れて反応が出来なかっただけとは思いませんでした。

 老夫人に栗羊羮は販売終了したけれどと注釈されて、お土産用の他の和菓子を薦めてくださったので、もえちゃんと選んでいたところへ岩代のおじいさんと職人職さんが戻り、かなり大きめな紙袋を無言で差し出された。

 躊躇っていたら、麻都佳さんが受け取ってくれた。

 多分、警戒半分、私がもえちゃんを抱っこしていたから、受け取れないと判断しての事だろう。

 無作法ながら紙袋を横から覗かせていただいたら、十個は越える栗羊羮と思わしき長い箱が入っていた。

 もしかして、予約販売分を横取りしてしまった?

 無理というか忖度されてしまった?


「そいつは、完成品に至らない訳あり品と、弟子作品だ。在庫品を押し付けるようで悪いが、今一のデキだが味はそんなに悪くない。まあ、弟子の作品は箱の中に酷評書いて送って欲しいと葉書がいれてある。弟子の成長の糧になるんで、できりゃあ書いて送ってくれ」

「あらあら、そうね。今日は沢山お客様に満足していただける完成品が出来なかったわねぇ。うちの人が言う通り、訳あり商品だけれども貰ってくれないかしら。でないと、身内に配っても余りあるほど在庫を抱えているの。簡単に廃棄してしまうには、原材料の生産者の方に顔向けできなくなるのよ。消費に一役買ってくださらないかしら?」


 あっ、はい。

 お弟子さんの作品の箱には、ちゃんと弟子作酷評願うの文字が書かれてました。

 後、訳あり品との事ですが、箱の角が潰れていたり、少し汚れがついているだけで中味は問題ない商品だと丸わかりなのですが。

 それを表に出さず、販売に適さない商品と偽ってまでくださる商品にけちはつけられないですよ。

 有り難く受け取らせていただきます。

 岩代のおじいさんからもかなりな数をいただいているのに、またもや大量にいただいてしまった。

 ならば、予約も大量に買わせていただきます。

 半年後から、毎月定期的な予約販売を発注させて貰いました。

 そうして、帰途の新幹線内で同道してくれた石動家当主さんがあの大量お土産の裏事情を暴露してくれました。

 何と、店主の老夫人と職人長さんの長女さんと岩代のおじいさんの長男さんが結婚されていて、私を罠に嵌めた孫娘のご両親だったと。

 岩代のおじいさんは、自分の代で先代守護家の名を無くす腹つもりで、跡継ぎを婿に出したと。

 本家筋の水無瀬家や宮内庁は、岩城(いわき)家が守護家復帰には、よしとしない方針。

 唯一岩代を名乗る家がある限り、石動家を守護家当主と認めない派閥の旗頭にならない様に家を無くすと宣言し、岩代のおじいさんは跡継ぎを治外法権扱いの和菓子屋に婿入りさせて逃がした。

 が、なまじ孫娘が巫女の適性があったが為に、歪んだ思想を逃がした跡継ぎの代わりに、傀儡に仕立てあげられていたのは、岩代のおじいさんの痛恨のミスとなってしまったのが、今回の事態で判明した。

 職人長さんの差し出したお土産も、お詫びの品かもしれない。

 弟子作の栗羊羮の箱内には、婿入りした父親からの詫び状が入ってました。

 おそらく、お詫びの返信は求められていないと判断したので、弟子作の批評に変えて返信を送らせていただきました。

 で、緒方家の子供達や沖田さん達警護スタッフだけでは消費が追い付かなかったので、朝霧邸にもお裾分けしたら、楓伯父さんから連絡がきた。


『琴子から届いた栗羊羮を椿姉さんにも配ったら泣かれたよ』

「ええっ、どうして?」

『私は記憶にないのだけど。姉さん曰く、実母の百合子母さんに縁ある和菓子屋だったようだよ』


 楓伯父さんの説明によると、懐かしい味がしてお祖父様も調べてみたら、先妻の百合子さんと雪江おばあ様と店主の老婦人は知り合いで、元同窓生だったとか。

 東京には、和菓子屋の職人の跡継ぎとなり得る和菓子職人を見定める意味で老舗和菓子屋に、一定期間見習い店主の修業に訪れていたそうだ。

 生前の百合子さんは椿伯母さん以上に甘党で、和菓子に目がなく、老舗和菓子屋の娘であった老婦人の的確な指導で客足が減少傾向にあった修業先の和菓子屋を建て直した手腕もお気に入りだった。

 当時はまだ誕生していない楓伯父さんだから、椿伯母さんからの又聞きであるが。

 修業期間を終えた老婦人を、修業先の和菓子や手放すのを惜しみ、跡継ぎに指名された若手職人との既成事実を計り、結婚させようと企み。

 案の定、朝霧グループ社長夫人(先妻の百合子さん)と信者多しの雪江お祖母様によって、夫人解放か和菓子屋倒産かの選択を突きつけられた。

 相手が悪かったのもあるが、既成事実だなんて馬鹿をやらかした和菓子屋に未来はなかった。

 天下の朝霧グループに睨まれたのだから、何も罰がなかった訳でもなく。

 あちらも老舗の意地を見せたものの、朝霧グループと揉めたとあれば敬遠されたのもあり、地方でのやり直しを余儀なくされた。

 お祖父様も百合子さんが亡くなられた際に、百合子さんに関係する諸々の手続きを弁護士に任せたせいか、すっかり百合子さんが好んでいた和菓子のことを忘れていたと。

 椿伯母さんに思い出させられ、お祖父様も予約の手配をした。

 これも、前にも説明したが。

 予約とは別枠で、毎月岩代のおじいさんが栗羊羮やら季節に応じた和菓子を朝霧邸に持参してくださるようようになるとは、この時の私は全く思いもよらなかったのでした。

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