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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
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その37

 思わぬ渋滞にはまり、高速道路から動けなくなるのを見越して、近場のパーキングエリアに避難した司郎君達は、朝霧グループの尽力によりヘリコプターでの移動となった。

 ただし、難点なのは聴覚の優れた犬をヘリコプターに乗せれるかにあったのだけど。


「いやぁ、司郎君の眠れの一言でワンコが瞬時に眠りついたのには、驚きました」

「わんわ~、わんわ~。ろうくんも、おきゃあり、にゃしゃい」

「はい。お待たせしましたが、ただいま帰りました」


 わふっ、わふっ。


 時刻が夕方を過ぎ、夕食とお風呂を終えたもえちゃんが眠りにつく間際に、司郎君といちは緒方家に無事に帰宅できた。

 半ば、ぐずりながら眠りかけていたもえちゃんは、喜び溢れていちに抱き付いております。

 そして、抱き付かれたいちも盛んに尻尾を振り、ご機嫌な様子。

 司郎君も、間に合ったので安堵している模様ですが、気になる発言があったよ。

 発言したのは司郎君といちを車の運転手の中垣内さんから託された、ヘリコプターの操縦士兼緒方家まで運転手を務めてくれた牧原さん。


「動物がご一緒との事でしたので、ある筋からお借りした消音ヘリコプターを用意したのですが。それでも、無音になりませんので、どうなるかと不安もありましたけれども。先も述べましたが、司郎君の一言で東京に戻り着くまで、ワンコは静かに眠られて助かりました。まあ、こんなお利口なワンコは、この子だけでしょうけど。無論、口外は致しませんので、ご安心ください」

「司郎君?」

「はい。一時でも時間は無駄にはできないと判断しまして、いちには強制的に眠らせました。中垣内さんと牧原さんには、お手数をおかけして申し訳ありませんが、内密にとお願いいたしました。ですが、朝霧様や沖田さんに説明を求められたら、話してくださって構まない旨はお伝えしました」

「その沖田主任からは、自分と牧原のみで、他の同僚には口外は禁止をいいつかっております。ご安心ください。かなり遠い血筋ですが、自分も牧原も水無瀬家の分家筋ですので、多少の不思議には慣れております」


 成る程。

 多分、司郎君は篠宮家の祭神たる媛神様のお力添えを願い、いちを眠らせたのか、仮死状態にしたのかもだけど。

 そうして、いちが騒がないようにして、安全策を取った。

 沖田さんも水無瀬家の分家筋の中でも、当主補佐や巫女の警護を任されるに相応しい家柄出身。

 祭神様関連の摩訶不思議な案件を想定したか、兄の指示があったかで、人員も超常現象に慣れた方を差配してくれたかな。

 有難い限りです。

 眠いのに、いちがまだ帰ってこないので、眠りたくないと頑張りぐずっていたもえちゃんの機嫌も好転したよ。

 あっ、今日は緒方家にてお泊まりです。

 実は、私達も本来なら地方から帰京したために、緒方家に来る前に新型インフルエンザに罹患してないか検査をした。

 すぐに結果はでないはずだけれども、私は病避けの護符は所持していたし、私達に宿る龍神様方にも私達は罹患してないとお墨付きをいただいたのと、特例措置を宮内庁と内閣府からの要請が発令されたので、検査会場から隔離ホテルへの移動はしなくてよくなった。

 また、何処からの指示かは教えてはくれなかったものの、私達の検査は順番待ちを飛び越して行われたそうで、検査結果は陰性だと判明したのは、司郎君達が緒方家に戻る数分前に連絡があった。

 それでも、最低三日は自宅待機をお願いされてはいる。

 なので、なぎ君のお見舞いに行けるのは四日後にとは、もえちゃんには説明した。

 さすがに、もえちゃんもパパが新型インフルエンザに罹患して、大変辛い症状がでているのをテレビ電話で見ていたからか、幼いながら神妙な顔付きで納得してはくれた。


「パパ、ぎょほん、たぁくしゃん、しちぇちゃ。おねちゅも、あっちぇ、ばたん、きゅー、にゃにょよ。まぁくんも、ゆぅくんも、えみたんも、びょーいん、ちゃいへん、にゃにょ。もぅたん、わきゃう。いみゃは、ぎゃまん、しゅうの。だあら、ママ、あんちん、しちぇね」


 何て、健気な労りを理解してくれているのか。

 素直に、私は喜べなかった。

 だって、元を辿れば前世の辛い記憶に繋がる、我が儘言っては駄目精神がまだ我慢させているのだから。

 魔の二才児特有のイヤイヤ期も発露はしているけど、もえちゃんが我が儘だと認識している根っこの部分は残留している。

 梨香ちゃんや静馬君は、思いやりができて偉いねと誉めてあげていたけども。

 思いやりではなく、我が儘言っては駄目精神からの我慢だから、ママは大変苦しい誉め方になっちゃった。

 巧君と司君には、和威さんの容態が悪いのかと心配されてしまいました。

 正直に打ち明けるのは憚られたので、篠原家の宮司さんの訃報がと敢えて違う内容を教える羽目になった。

 宮司さんの訃報の件は、梨香ちゃんや静馬君も初耳だったようで、慌ててお山の佳子お義姉さんに連絡する行動を取らせてしまい失敗したかな。

 巧君と司君も、自分の両親を案じる不安な素振りをみせたから、こちらも和威さんに連絡取り、悠斗お義兄さんにスマホを介して再びお話させて落ち着かせた。

 ああ、本日は何回失敗した事やら。

 一人反省会しなくては。


「ママぁ」

「はい、なぁに。もえちゃん」

「わんわ、おにゃきゃ、しゅいちゃっちぇ」


 あら?

 もしや、司郎君もまだ夕食取れてなかった?

 司郎君に視線を向けると、本人も今気付いたとばかりにお腹を押さえている。


「これは、自分のミスです。そういえば、夕食はまだでした。大変申し訳ありません」

「いいえ、牧原さんの責任では……」

「いやいや、もえ様への安心を優先させてしまった、自分の確認ミスです」

「待ってください。それなら、牧原さんも夕食まだですよね?」

「はい。では、ただいま、お二人のお夕飯と、いち君のご飯も準備致します」


 牧原さんが謝罪するが、その牧原さんもまだだった。

 皆さん、もえちゃんを優先した結果、夕食を疎かにしてしまったのですね。

 我が家のできる万能家人の彩月さん同様、喜与さんが有無を言わせない目力で司郎君と牧原さんを別室に誘導していく。

 もえちゃんは、さっとワンコのご飯のドックフードを探しに走っていき、後を付いていくワンコと補佐にと巧君と司君もキッチンへ行ってしまう。

 残された私は、苦笑して後を追った。


「わんわにょ、ぎょはんは、こえぢぇ、いーい?」

「うん。ちょっと少ないかな。適量を追加するね」

「お水は冷たいのは駄目だから、常温のペットボトルの天然水でいいかな」

「うん。司、持てる?」

「何とか、大丈夫」


 いち用に常温の天然水が入った二リットル入りのペットボトルを、司君が四苦八苦してお水専用の器に注ぎ入れている途中だったので、すかさず補助した。

 司君は野球少年だが、同学年と比較すると小柄な部類に入るし、媛神様の加護が頭脳に比類するので、あまり筋肉がつかない体質らしい。

 よって、筋力腕力は鍛えても努力が報われないと嘆いていた。

 巧君も頭脳に加護があるが、運動は得意科目である。

 司君は巧君を羨ましいとは思うが、妬ましいとは感じてはない兄思いの良い子だ。

 だいたい、篠宮家の直系一族は家族仲不和がない家庭ばかりで、離婚率は皆無。

 これは、媛神様の恩恵によるものだろう。


「わんわ、まちぇ。……はい、どうじょ」


 わふっ。


 躾の一貫で待てを覚えさせるご飯時、いちは待てと言われたら絶対に許可がおりるまでご飯は食べないし、司郎君、峰君、和威さん、私、双子ちゃんからでしか、指示がないと食べない。

 また、食事メニューに異物や腐った餌が入れられた場合、私達が知らないで許可出してしまったら、躊躇いなく食べてしまう反面、他人が高級餌を出しても食べない両極端な行動をする。

 前者は、和威さんから匂いで腐ったご飯が出されたら食べないように何度か言い含めて理解させ。

 後者は、いちを懐柔させて双子ちゃんに何かしようとしたのを、司郎君経由で暴露させた。

 あの頃は、いちは双子ちゃんの禁忌の双子粛清派を警戒し、排除の役を担った。

 篠宮家のお犬様を知るご年配の方々は、双子ちゃんに媛神様の加護があると確信し、禁忌の双子説を糾弾する過激な分家から抜けて、中立を宣言して双子ちゃんを容認する形に落ち着いた。

 それだけ、お犬様の存在は抑止力になった。


「ママ、わんわちょ、いっちょ、ねんね、めめ?」


 ご飯を食べ終わったいちの隣で、もえちゃんの可愛らしいお願いがあった。

 うん、これは我が儘ではないから、承諾した。

 オーケーを出すと、また喜び勇んで寝室に駆けていく。

 こんな可愛らしい我が儘は大歓迎ですからね。

 私達に与えられた寝室はベッドなので、抱き上げてベッドに寝かし、ワンコは隣に伏せて陣取る。

 左手にはなぎ君代わりのクマさんぬいぐるみ。

 右手に大好きなワンコが並ぶ。

 不安材料がなくなり、あっという間に熟睡したもえちゃん。

 明るい夢をママは希望する。

 四日過ぎたら、絶対になぎ君のお見舞いに行こうね。

 ママも用事は入れないからね。

 愛おしい寝顔に、ママはそうなるように日程を調整するべきは私達の代わりに宮内庁と折衝する麻都佳さんにメールを入れてみた。

 返事はすぐ返ってきて、了承された。

 よし、後は急な依頼が舞い込まないようにお祈りしておくね。


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