その34
「で、兄が不在だった件は理解したけど。どうして、沖田さん達護衛の人材がいて、慎之介さんが緒方家に侵入できた訳? 緒方のおじ様は、勘当した慎之介さんが勝手に緒方家に入れないように鍵とか新しく替えたと聞いていたのだけど」
兄の怪我は自業自得な面もあるので、心配するのはやめた。
まあ、抵抗できない人達を庇っての事だろうけども。
次代の水無瀬家当主が身を呈して怪我を負い、朝霧家のお祖父様からの報復を画策するのは、水無瀬家の面目がないではないか。
また、緒方家にわざわざ護衛の名目で警護員の責任者たる沖田さんを借り受けたのも、兄である。
今回は、もえちゃんが龍神様のお力を借りて、逃避ができたから無事であった訳で。
もし、司君を庇って梨香ちゃんなり静馬君が怪我をしたら、沖田さん達の責任問題になってしまうでしょうが。
前回、私達の事件でも回避出来なかった責任を沖田さんは取ろうとして、お祖父様に辞職するのは簡単だが、辞職するのは責任逃避にあたるのではないかと逆にお叱りを受けたのだ。
警護スタッフの緩みが、朝霧邸への侵入を許し、私達が怪我を負った。
ならば、責任の取り方は、警護スタッフの再教育と警護内容の見直しが先ではないかと、お祖父様は説いた。
それで、沖田さん達警護スタッフの役職付きの面々は留意して、交代された警護スタッフの再教育と警護内容の見直しに専念し、後進が一人前になったら辞職すると妥協案をだした。
まあ、お祖父様から楓伯父さんに朝霧家も引き継がれ、楓伯父さんの代になればおのずと人材も交代するのは内々に話しあわれていたそうだった。
水無瀬家の巫女であったお祖母様が逝去された手前、水無瀬家から配属された警護スタッフも、水無瀬家縁の人物がいない朝霧家を警護するのは、と水無瀬家分家が喚いていたらしい。
ただ、今のところ朝霧家を警護してくれている方々は、定年までは朝霧家に尽くすとは言ってくださってはいる。
なので、私達一家は朝霧邸から引っ越ししない方が、水無瀬家側のメンツも保たれるのではないかとは、和威さんとは相談している。
楓伯父さんも、代替わりしても身内には違いないので、朝霧邸を出ていかなくても良いとは言ってくれている。
実は、東京に和威さんが転勤になった辞令を受けた際に、東京で家を建てるかなとは和威さんも計画していたんだなぁ。
その話しを聞いた臣さんも、格安で設計と建築は請け負うぞとまで話が進んでいたりする。
だというのに、なし崩し的に朝霧邸に居候している現在、和威さんは家の事は話題にしないでいる。
この件がどうなるかは、先が見通せないなぁ。
で、話しを戻すと、兄は先見の結果で、沖田さん達に事情を打ち明けて、わざと慎之介さんを侵入させた節がある。
問い詰めたら、兄は肩をすくめて説明してくれた。
「ああ、梨香ちゃんと静馬君には悪いと思ったのだがな。沖田さんには、慎之介氏の侵入は見逃せと指示は出した。梨香ちゃんと静馬君に相談と報告しなかったのは詫びる。申し訳なかった」
「あっ、いえ。確かに、驚いたり、沖田さん達がいるのにどうして、とは思いましたけど。波瑠さんから、慎之介さんと連れの研究者を逮捕させる為に、わざとそう仕向けたと教えて貰いました」
リビングにて、ソファに座る私達にお茶を提供してくれながら、梨香ちゃんは兄の謝罪に面食らっていた。
静馬君も同意の頷きをする。
「慎之介さんは結婚詐欺紛いな事をしていて、逮捕するには証拠不十分で決め手がなく、監視しか出来てなかったとか。連れの研究者は、再三の警告を無視して司に執着して危険人物扱いで、所属していたアカデミーを解雇されていたとかで、アカデミーを見返す為だけに司を利用しようとしたんでしたね」
「そうだね。概ね、間違いではないよ。ただ、慎之介氏は多額の賠償金問題でかなりの大金を早急に用意しないと、危ない連中に拉致され、緒方家に身代金を要求されるところまで墜ちていた。また、連れの研究者は専門は脳の秘めたる能力を解明する、所謂マッドサイエンティストな研究を非合法に行っていたからな。アカデミーも、一蓮托生で潰されるのを回避したいが為に危険人物を放逐した。故に、緒方家が被る被害や研究者の犠牲者を出さない為にも、ここらで両者の身柄を確保しないとならなかった。で、大変申し訳ないが、司君を囮にした。後日、篠宮家にはお詫び行脚しにいくよ」
静馬君の問いに、兄は答えるけどね。
聞き捨てられない発言しやがりましたよね。
司君を囮にだとぅ。
何て事をやらかしてくれるのか。
これも、父に密告して叱って貰わねば。
万が一にも、不手際が起きて司君が拉致されていたら、司君だけではなく巧君や梨香ちゃんや静馬君だって、心に傷を負うでしょうが。
兄め。
容赦はしてはやらないぞ。
父からの長いお説教を浴びるといい。
「妹よ。口に出してるからな。お説教なら、もう怪我した時点で受けているぞ。だから、昨日は緒方家に戻れなかったんだ」
「お馬鹿な兄よ。聞かせる為に言いました。もう一度、お説教受けてくるがいい。父には、報告確定です」
「うむ。そう言うと思った。しかし、既に母さんと祖父様から呼び出しがきている。お説教は、そっちが先になるだろう。ついでに、楓伯父さんも必ず顔をだせと念入りにメールがきとる」
どうやら、兄の無茶は母やお祖父様や楓伯父さんの逆鱗に触れたらしい。
珍しく、兄がしょげていた。
兄は自由奔放で、毒舌なので、敵を作りやすい反面、友人知人に恵まれて事態が大事になるのはまれである。
まあ、高校時代にやらかした案件もあったが、あれは教師側に不正があっての暴露を大々的にして、お祖父様が関係各所に話しを通して、兄の関与を秘匿した。
公になったのは不正をした教師だけとなり、マスコミに追われて一家離散したとか。
お祖父様は、離婚された奥さんとお子さん達までは、罪に問わず陰で支援したそうであった。
あの時も、父が大説教して、兄の頭を丸坊主にしたっけ。
あれが、兄への罰則だった。
そして、今回も丸坊主にされるのか、妹は期待しておりますよ。
「じゃあ、慎之介さんとあの研究者の人は逮捕されたんですか?」
梨香ちゃんの疑問に、兄は肯定した。
「そう。慎之介氏は実の息子とはいえ、勘当された実家に不法侵入した件と結婚詐欺で騙し取った金銭が合計して億単位だから、悪質と判断して執行猶予なしの実刑判決になるだろう。研究者は、密かに隠し録りした音声での司君をお金で買う契約を交わしていたし、アカデミーでも把握してなかった個人の研究施設では、未成年の痛ましいご遺体が発見されている。殺人罪が適用されるだろうね」
多分、慎之介さんに関しては、お祖父様が裏で身内を売買しようとした一件を重く見て、生涯塀の中に押し込めるように暗躍していそうな気配が。
研究者の人に関しては、水無瀬家の悲劇同様な、医学界の発展とか、解き明かせない難問題を解き明かした実績をさも自分の手柄にして、解き明かした司君の脳に興味を持ち、解剖しちゃいかねない危険性がある。
よって、こちらも生涯塀の中になるかも。
私的には、そうした対処が望ましいと思う。
こうして、暫く意見交換して、兄が呼び出しの時間だとして、緒方家を去っていった。
「ママ~」
兄が去ると、お昼寝から目覚めたもえちゃんが起きて、波瑠さんに抱っこされてリビングに。
巧君と司君は、お父さんの悠斗さんに無事を電話連絡しているそうで、終わり次第リビングに来るそうである。
もえちゃんは、リビングで私を見るなり波瑠さんから降りて、一目散に駆けてきた。
「どうしたの。もえちゃんは、甘えたい気分かな」
「ママ、わんわは、まぢゃ?」
おっと、もえちゃんは起きたら、いちがいると思ってたのか。
ごめんね。
いちは、まだ帰ってきてないんだなぁ。
何せ、東北地方からの車での移動は時間がかかるからね。
夕方遅くか、夜になるかも。
「いちは、まだだねぇ。司郎君にもしもししてみようか?」
「うーう。パパに、もしもし、しゅう」
「あっ、そうね。まだ、今日はパパとお話してなかったね。じゃあ、パパに先にもしもしね」
「あい」
膝上に乗せると、上目遣いにてパパとお話したいと訴えるもえちゃん。
いちも大事だけど、パパが先と聞いたら和威さんは大喜びすること間違いなし。
梨香ちゃんも静馬君も、微笑ましいやり取りを聞いて肩の力が抜けた柔らかな笑みをしている。
果たして、もえちゃんからもしもしされた和威さんは喜んでいた。
おまけに、新型インフルエンザの容態も後遺症とかなく、退院の目処がついた報告があった。
そして、健康面で問題がないので、今はなぎ君の病室にて寝起きが許可された。
『もぅたん、なぁくん、でしゅ。りゅうしゃんちょ、さぁにぃにちょ、ろうくんちょ、いちちょ、おできゃけ、しちゃっちゃにょ?』
「あい。わりゅい、ひちょ、さぁにぃに、あぶにゃいにょ、だありゃ、にげちゃにょよ」
『もぅたん、おけぎゃ、にゃい?』
「もぅたん、にゃいよ。ママぎゃ、ちゃいへん、ぢゃっちゃ』
『琴子、何が大変だったかは、後で報告な』
「了解です。けど、そんなに、和威さんが思っている危険ではないのを、今ご報告します」
『……分かった。その危険に関しては後日絶対に聞く』
しまった。
もえちゃんに、口止めするの忘れていた。
素直なもえちゃんは、意図して言葉にしたのではなく、ただ何があったか話しただけなので、注意するのは駄目だよね。
ああ、和威さんの追及が厳しくなるなぁ。
下手したら、私も父のお説教を貰う羽目になりそうだ。
兄よ。
茶化して、ごめんなさい。




