表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
17/180

その17

 想像していた通りに、深夜もえちゃんの熱があがった。

 苦しそうな我が子の姿に胸が傷んだ。


「ママぁ。もぅたん、だいじょおぶ?」


 いつもは、手を繋いで眠ったりしているからか、なぎ君まで起き出してしまい、目に涙を溜めている。

 小さな手でタオルガーゼを濡らしては、もえちゃんの汗を拭いている。


「大丈夫。さっき座薬をいれたから、お熱は下がるよ」

「ほんちょ? もぅたん、あしゃは、げんきににゃりゅ?」

「それは、分かんないなぁ。もえの頑張り次第だな」


 和威さん。

 そこは大丈夫だと安心させないと。

 ほら、涙が零れた。

 本格的に泣き出す前に、フォローしてください。


「なぁくん。ないちゃ、めっ、よ」

「あい。もぅたん」


 辛い筈なのに、何て兄思いなもえちゃんだ。

 水分補給に、子供用のスポーツドリンクを飲ませた。

 みんな、汗ででていきそうだけど。

 ママは頑張れとしか言えないなぁ。

 あふれでる涙を一生懸命にぬぐうなぎ君は、パパのお膝に座った。

 バツが悪い和威さんは、なぎ君の頭を撫でる。


「ママぁ」

「なあに、もえちゃん」

「だっこ、しちぇ」


 私に向かって両手を伸ばすもえちゃんだ。

 さては、パパのお膝のなぎ君が羨ましくなっちゃったかな。

 それとも、病気な時には人恋しくなる、あれかな。

 勿論、抱っこはしてあげよう。

 よいしょっ。

 力の入らない身体は難なく腕のなかに収まった。

 まだ、熱いなぁ。

 そんなに早く座薬が効いてはくれないだろうけど、少しでも早く楽になるといいなぁ。


「もえちゃん、寒くない?」


 高熱は体力を消耗するし、汗で身体が冷えてしまう。

 手近にあったパーカーでくるんだ。


「パパにょ、おふきゅだ」

「本当だ。大きいな」

「おてて、にゃぎゃいの」


 なぎ君の指摘に笑うもえちゃん。

 袖に腕を入れて上下に動かし始めた。

 パタパタ、袖がはためく。

 埃が舞うと普段なら怒るところだけど、和威さんも笑っている。


「ちゅかまえちゃ」


 袖口をなぎ君が掴まえる。

 暫く掴まえては、離すを繰り返して遊んでいる。

 きゃっきゃと笑い声があがる。


「ママ、のど、きゃわい、ちゃっちゃ」

「はい、もえちゃんはスポーツドリンクね。なぎ君は麦茶ね」

「「あい」」


 一頻り遊べば、顔を見上げておねだり。

 ペットボトルにストローを差して口許に持っていくと、随分と渇いていたらし、凄いいきおいで飲んでいく。

 なぎ君も、パパに介添えされている。


「もう、いりゃにゃい」

「なぁくんも」


 ぷはぁと息を吐き出す。

 半分程残して胸もとに頭を預けてくる。

 少しはしゃぎすぎちゃたね。

 ぐったりと身体の力が抜けてきた。

 横にならなくていいのかな。

 甘えたい気分かな。

 ポンポンと、背中を叩く。


「ねんねんね。もえちゃんねんね。ねんねんね。朝までぐっすりねんねんね。」


 リズムをとって身体を揺らしてみる。

 いい案配で眠気を誘ってくれたみたい。

 欠伸をしたかと思うと、目蓋を閉じた。

 朝までぐっすりと、眠ってくれるといいなあ。


「パパ、なぁくんも」

「なぎも、抱っこでねんねか?」

「あい」


 なぎ君が和威さんに、甘えている。

 ねんねの前にお風呂に入らないかな?

 いや、もえちゃんが入らないから、嫌がるか。


「なぎ、パパとお風呂はどうする?」

「おふりょ?」

「そう、お風呂。入らないのか。ご飯の時には入ると言っただろう」

「あい。はいりゅ。パパ、おふりょ」


 お膝から降りたなぎ君は、和威さんの手を繋いでお風呂場に直行しようとする。

 約束は忘れないが、もえちゃんの側にいたい。

 と、ママは推測した。


「こら。あまり大きな声は駄目だぞ。もえが起きちゃうぞ」

「うにゅ⁉」


 深夜だし、ここはじいじのお家だから、近所迷惑になっちゃうね。

 和威さんに咎められて口を両手で覆うなぎ君。

 鼻まで塞いだら息が苦しくなるよ。

 堪えきれなくなり、ぷはぁと息を吐き出した。

 可愛いなぁ。

 和威さんは、着替えとオムツを手になぎ君を抱き上げる。


「さあ、お風呂に行こうな」

「あい。いっちぇきましゅ」

「お風呂の序でに歯みがきも忘れないでね」

「了解」


 和威さんとなぎ君がお風呂場にいくと、静けさに包まれる。

 私の父と母は、すでに就寝している。

 徹夜覚悟の私と和威さんである。

 きっと、早起きして交代を言い出すだろう。

 ん。

 玄関から音がした。

 兄の帰宅かな。

 本日の兄は接待で帰宅が遅くなると、わざわざメールを送ってきた。

 だから、お風呂は沸かしたままである。

 私が早くに嫁いで行ったので、兄は実家暮らしを続けていた。


「琴子。ちょっといいか?」

「どうぞ、和威さんはなぎ君とお風呂だけどね」

「こんな時間にか」

「中途半端に寝ちゃったのよ」


 スーツ姿の兄が襖を開ける。

 うん。

 少し煙草臭い。

 もえちゃんも眉に皺がよっている。


「兄。悪いけど着替えてきて、臭いでもえちゃんが起きちゃう」

「悪い。そうするか」


 兄はスーツの臭いを嗅いで、二階に駆け足気味に着替えに行った。

 何の用だろう。


「ママぁ」

「なあに」


 あら、起きちゃった。

 兄め。

 せっかく、眠りかけたのに。

 寝惚け眼で私を探す。

 ぎゅうと、抱き締めると安心した様子で笑う。


「にゃんきゃ、くしゃい」

「奏太伯父さんが帰ってきたのよ。煙草とお酒の臭いがプンプンするね」


 和威さんが戻ってきたら、ファブってもらおう。

 それまで、もえちゃんが我慢できるかしら。


「なぁくんちょ、パパは、どきょ?」

「パパとなぎ君はお風呂よ。もえちゃんが心配だから、早くにあがって来てくれるわよ」

「あい。わきゃっちゃの。マぁマ」

「なあに。今度はなにかな」


 上目遣いで私をみやるもえちゃん。

 まだ、顔が赤いなぁ。

 明日も熱が下がらないようなら、病院に連れていかないと。

 なぎ君はお留守番は出来ないな。

 インフルエンザが流行ってきているから、待合室で待たせるより、車の中で待機だね。


「もぅたん、おふりょは、ママちょ、はいりゅ」

「もえちゃんは、今日はお風呂は駄目よ。お熱が高いから、明日入ろうね」

「……あい。あしちゃね」

「うん、明日。楽しみだね」

「あい。ママちょ、いっちょ」


 頬ずりすれば、にかっと笑顔が見れた。

 あっ。

 でも、注射されたらお風呂入れないか。

 黙っておこう。

 泣かれたら、体力消耗するし。


「もぅたーん」

「こら、待てなぎ。髪の毛乾かしてないだろう」


 お風呂場から、なぎ君がオムツ姿で走ってきた。

 なんて、察知力だ。

 和威さんはスウェットの下だけ穿いて、タオルとなぎ君の衣服を手に追いかけてきた。

 これは、叱らないと駄目だね。

 いくら、もえちゃんが心配だからといっても、深夜に騒々しいのは近所迷惑になる。


「なぎ君、めっ。パパの言うことを聞かないと駄目でしょう」

「だっちぇ。もぅたんぎゃ、おっき、しちゃっちゃにょ」

「もえちゃんが心配なのは解るけど、なぎ君まで風邪を引いたらママ、えーんしちゃうよ」

「ぴゃっ」


 泣き真似をするとなぎ君ではなく、もえちゃんが驚いた。

 おそるおそる、私を見上げてくる。

 紅葉のような手が顔を触る。

 まだ、泣いてないからね。

 ママ、泣き真似だから。


「なぁくん。ママに、めんしゃいよ」

「あい。ママ、めんしゃい」


 珍しくもえちゃんに注意されて、頭を下げた。

 いつもとは、正反対である。

 それに、パパにもめんしゃい、をしないと。

 和威さんが広げるタオルに近づくなぎ君。

 ワシャワシャと拭かれる。

 慣れた様子で服を着せていく。

 和威さんも、早く上着を着てくださいな。

 嫁の実家で寝込む羽目になるよ。


「ママに怒られただろう。もうしないな」

「あい。パパ、めんしゃい。もう、しみゃしぇん」


 どうかな。

 なぎ君はもえちゃんのことになると、普段の慎重さがなくなるからなぁ。

 でも、頭の片隅にママに怒られると残るならいいか。


「そう言えば、兄が話があったみたい」

「だな。ちょうど、風呂場で入れ換わりになった」


 あら、本人も臭いに気づいたらしい。

 まぁ、もえちゃんが起きたのをいじらせて貰おうかな。

 熱を出したのは知っていただろうに。

 せめて、着替えてから来て欲しかった。


「なぁくん。ほっきゃほっきゃ、ね」

「あい。パパちょ、おふりょ」

「もえちゃんは、明日ね」

「あい。あしちゃ。ママちょ、おふりょ」


 あらたか乾かされたなぎ君が、もえちゃんに抱き付く。

 寒がらせてはいけないから、パーカーを広げてなぎ君も包む。

 腕の中で、さらにもえちゃんとなぎ君が抱き合う。

 可愛いなぁ。

 和威さんは、すかさずスマホで連写している。

 後で私にもプリーズ。

 それより、上着を着ようよ。

 双子ちゃんに真似されるよ。

 目線で咎めると、ようやく上着を着てくれた。


「もぅたん。ねんね、しゅりゅ?」

「あい。ねんね、しゅりゅ」


 抱っこは満足したのか、二人してお布団に潜り込む。

 枕の位置が気に入らないなぎ君は、もえちゃんのすぐ横におき直した。


「もぅたん、あい、ぺんちゃ」

「あいあと、なぁくん」


 動物園で買ったペンギンはぺん太、ライオンはがぁ丸と命名された。

 ねんねの時は抱っこしてねんねする癖ができてしまった。

 可愛いいから、良しとしよう。

 定期的にファブらねば。


「「ママぁ。ねんねにょ、おうちゃ、うちゃちって、くぅしゃい」」

「はい。ねんねんね。なぎくん、もえちゃんねんねんね。朝までぐっすりねんねんね。よいこのなぎくん、もえちゃんねんねんね」

「「あい、おやしゅみ、にゃしゃい」


 リクエストに応えて唄う。

 これ、ねんねの唄と認識されている。

 適当に唄っていたのだけどね。


「おっ。なぎともえはねんねか?」

「兄。突然現れないでよ。なぎ君ともえちゃんがビックリするじゃない」

「ごめんごめん」


 実際はねんねしている。

 この子たちは、とても寝付きがよくて、枕に頭を乗せて数秒でおやすみなさいだ。

 通常なら朝までぐっすりだ。

 ここの処は物音がすると、起きてしまうけど。

 いまは、ママとパパが側にいるからか、安心してぐっすりである。


「和威君と琴子に報告な。里見が本日入籍した。彼女は両親と縁を切る覚悟だ」


 あらまぁ、慎重派な里見さんが思いきったなぁ。

 和威さんも同じ心境か驚いている。


「ほんでだな、例の釣書がなぁ。更に、問題をおこしている。彼女は三姉妹の次女で、出戻りの長女と親譲りで玉の輿を狙う三女が、篠宮家と緒方家にちょっかいを掛けないと限りがないそうだ。身の回りは気をつけるようにな」


 まだ、平穏は戻りそうにないのか。

 身の回りは気を配るには、やはり朝霧を頼ろうかしら。

 お祖父様なら、喜んで手配してくれそうだ。


「琴子。じい様は、今回の一件をご存じだ。俺に釘を刺しにきたぞ。孫とひ孫が迷惑被るならば、相手側の瑕疵問わずに潰す気だ」


 おう。

 お祖父様は、ヤル気満々だ。

 なまじっか、財力があまり余っているからなぁ。

 伯母さん方も加担しそうだ。

 母にストッパーになってもらわねば。

 いや、この場合は父にもだね。

 朝にでも、相談せねば。

 だから、和威さんも物騒な顔付きを止めてくださいよ。

 貴方が動くと、篠宮・緒方連合も張りきりすぎるから。

 ええい。

 問題が一気にきたぞ。

 いっそのこと、お山に帰ろうかな。

 それが、一番いい案かも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ