その27 静馬視点
何だか、今日のもえの機嫌が朝から悪い。
昨日は結局、和叔父さんからの電話しかなくて、琴子さんからの電話がなかったからかな。
起きるのもぐすっていた気がする。
姉さんが着替えさせようとしても、なかなか起きようとしないで毛布にくるまって出ようとしなかったし。
司郎さんがいちを連れてきて、いちに促されて漸く起きてくれた。
朝ご飯も、あまり食べなかった。
食べた後も、巧や司の誘いに乗らず、いちに抱きついて離れないでいる。
何だろう。
何か、琴子さんに悪い事でも起きたのかなぁ。
ラ○ンしてみてもいいかな。
今、もえはいちに抱き付いたまま、サンルームで司郎さんと波瑠さんに見守られて日光浴している。
近頃、日本各地で天候不順が続いていて、あまり晴天の日がない。
姉さんは久し振りの晴天だからと、喜代さんと洗濯機を朝からフル回転させて、リネン類を干している。
緒方家の洗濯機は乾燥機付きなので、俺達が日常的に着る衣服類は、気にしなくていいのだけど。
姉さん的には、布団関連のリネン類は天日干しが良好だと思っているので、天気がマシな日は短時間でも外に干すマイルールに拘りがある。
で、本日は朝から晴天なので、張り切って洗濯をしていた。
まあ、卒業課題製作の衣装が上手くいかないストレス発散も兼ねているみたいで、不機嫌を巧や司やもえに見せたくない姉さんは、何やら外で高笑いしていたりする。
喜代さんが、やや含みのある笑顔で付き添っているのが……。
姉さん、早く気づこうよ。
「静馬お兄ちゃん。もえは?」
「まだ、機嫌悪い?」
「巧、司。宿題は終わった?」
「「うん」」
実は、サンルームが見えるリビングにて、俺も課題をしていて、巧と司には別の部屋で宿題をさせていた。
でないと、もえを気にして宿題が捗らなかったから、仕方がなくそうさせた。
俺が聞いたら、宿題ノートを広げて目の前にだされた。
よし、ちゃんと終わらせてあるな。
出来たら、ちゃんと誉めるが篠宮家の鉄則。
過剰かなと思えるほど、頭を撫でておく。
微かに目元を綻ばせた巧と司だが、視線をサンルームに向けると途端に曇らせる。
ああ、二人がもえから離れた頃から、もえの姿は変わらないからか、機嫌が治っていないのが分かったらしい。
「もえ、どうしちゃったんだろうね」
「昨日、琴ちゃんの電話がなかったからかな。でも、和叔父さんからは電話があって、ニコニコしてたのにねぇ」
自分の事の様に、心配する巧と司。
うん。
それは、俺も気になった。
けど、前もって和叔父さんからは、説明されている。
もえが、いやいや期に入っていると。
魔の二歳時期、所謂自我が成長している証しなんだろうけど。
俺や巧や司も記憶には残ってはない、通り越したいやいや期だ。
まあ、巧と司のは、俺も記憶があるか。
巧の場合はちょうど司が産まれた時期で、両親の関心が司に移ったのもあり、それはもう盛大に赤ちゃん返りをした。
それと、直ぐに司が先天的な肺に異常がみつかり入院したしで、巧の世話が疎かになると一時的にうちに預けられたのも良くなかった。
急に環境がかわり、両親がいない。
巧は泣きわめき、よく脱走した。
玩具やおやつも投げるわ、食事も投げるわで、本当に手を焼かされた。
うちもマンションから一軒家に引っ越してきたばかりで、防音関連の建築素材を使用していてなお、近隣に子供の泣きわめく声が漏れて、通報された。
児相の職員と警察官が揃って押し掛けてきて、危うく巧が保護されかかったのは、苦い記憶だよ。
慌てて悠叔父さんを呼んで、事情を説明して、近隣の家々にも迷惑かけたお詫び行脚してと、父さんと母さんは忙殺されていた。
後で打ち明けられたら、姉さんや俺のいやいや期は比較的穏やかだったそうで、父さん世代も和叔父さん以外はそんなのあったか、だった。
なので、巧のいやいや期で、まさにいやいや期を体験したのだとかで、密かに酒の肴の話題になっていたりする。
それで、悠叔父さんが毎日うちに泊まる事で、巧のいやいや期は落ち着き、自分が忘れ去られていないと分かると、おとなしくなった。
いやいや期は下手したら一年間は続く事もあるそうなのだけど、巧のいやいや期は三ヶ月もしたら完全に無くなった。
母さんが相談していた児相から紹介された保健婦さんも、当初聞いていた巧のいやいや期の始まりから長期間に続くと思われていたそうで、驚かれていた。
で、篠宮家のいやいや期について父さん達の頃の話をしたら、家系的なモノもありそうですねと言われていた。
そうして、司も退院したら、巧は病院にもお見舞いに連れて行かれたのも功を奏して、叔父さん達よりも司を気にかけて世話を率先してお手伝いするようになった。
以降、お兄ちゃん気質が芽生え、双子なのになぎがもえを優先しているように、面倒見が良いお兄ちゃんになった。
だけど、もえのいやいや期の場合は、物や食べ物にはあたらない、暴れたりはしない、嫌がるだけの静かないやいや期に、こっちもどう対処していいか、正直手探りな状態で困っている。
怒るのは筋違いだし、いちみたいに寄り添うだけが今はベストな答えなのかもなぁ。
「もえの側に行ってもいい?」
「そうだな。絵本でも一緒に読んでみようか」
「うん、そうする」
俺の課題も残すのは後少しなので、またもえ達が寝た後に回せばいいか。
提案すると司がすぐに、もえ用に用意されてある絵本置き場をあさり、もえが好きなウサギの絵本を数冊選び出す。
「もえ、絵本読もうか」
「……あい」
刺激して驚かせないようにゆっくり近付いて、声をかける。
司郎さんと波瑠さんも、付かず離れずの位置で静かに頷いてくれた。
もえも、いちにつつかれて顔をあげて、返事をしてくれる。
すかさず、巧と司がいちを背にしてもえの両隣に座る。
俺も座りかけようとしゃがみかけたら、いちが不意に耳をピンと張り視線を外に向けた。
次に、波瑠さんのスマホが鳴動したのが分かった。
司郎さんも、近くに寄ってくる。
「はい、波瑠です。……はい、了解致しました。こちらは、既にその気配をいち様が察知しております。……はい、では、警戒致します」
「静馬様。どうやら、あまり質のよろしくないお客様の来訪のようです」
はい?
司郎さん?
スマホで連絡を受けている波瑠さんではなく、何故に司郎さんが把握してるんですか?
不思議すぎますよ。
「…………! ……」
「……だから、……許可されています!」
いぶかしんでいたら、段々と姉さんと誰かが言い争う音が聞こえてきた。
「さぁにぃに、きょっち」
「えっ? もえ? そっちは、庭に出ちゃうよ?」
「もえ? 司?」
騒がしいのが近付いてくると、突然もえが立ち上がり、司の手を引いて一面ガラス窓のサンルームの外に出ようとする。
ガラス窓は開閉できるタイプだけど、手動では開閉出来ない仕組みだから、開けれないぞ。
もえが一生懸命窓を開けようとし、同じく起き上がったいちが背後を守りつつ、唸り声をあげる。
そうこうしている間に、よろしくない客がリビングに押し寄せて来た。
「おい、司! 迎えに来てやったぞ! 後、お前達も、とっとと出ていけよ。今日からは、おれが留守番してやるから、お前達はお役御免だ」
「嘘付かないでよ。緒方の大叔父さんから、勘当されている癖に!」
「ああ? ふざけた事を抜かすな。おれは、この家の正統な身内な訳で、お前達よりこの家にいるのは正統な理由があるんだよ。たかが、親父の兄の孫だからっていう、ふざけた理由より正統なんだよ」
姉さん、その喧嘩口調だと火に油を注ぐだけだよ。
現れるなり暴言吐いているのは父さん達の従兄弟で、緒方の大叔父さんの末息子の三男の慎之介さん、御年三十代。
上二人とは父さん達五人兄弟並みに、歳がはなれた末っ子で、甘やかされて育ったと丸分かりなちょっと精神は子供な大人で、我が儘、尊大、強欲を地でいく人で、姉さんは毛嫌いしている。
斯く言う、俺も身内だとは思われたくない人でもある。
なぎが怪我をする前に父さん達が集まった原因を作り、子会社を倒産に導き、篠宮家にも迷惑掛けたと勘当されたんだよね。
慎之介さんが家を出された後で、緒方家の一切の鍵は変えられて、新しい鍵は渡さないでいるはずなのに、何で入ってこれたんだろう。
それに、司を迎えに?
司だけで、巧は?
問題ある慎之介さんに、悠叔父さんが託す訳ないじゃんか。
巧も司を隠そうと動き、慎之介さんと司の間に割って入る。
「おお、君が司君かな。じゃあ、この問題は理解できるかな?」
「ちょい待ち、それは巧で、司はあっち」
「ん? そうかね、じゃあ……」
「司に、何の用ですか?」
慎之介さんは一人で来訪したのではなく、連れがいた。
白髪交じりの年配の男性が、まず巧に近付いて話しかけ、慎之介さんに訂正されて司の元に行こうとして、巧の冷たい質問に制止された。
あっ、これは。
あれだ。
司の物理問題を解析できる頭脳目当ての、やばい案件だ。
証明不可能な物理の数式を、司が何気無く問いちゃって、悠叔父さんが信頼していた大学の恩師に相談したら、裏切られて専門機関に目を付けられた奴だ。
あれ、大事になる前に何でか収束したはずだったけど、また再開した?
「あけちぇ! りゅう、しゃん、おねぎゃぁ、しましゅ」
「ええ? もえ?」
「失礼します。いち、先導しろ」
わん!
えっ?
もえが叫んだら、サンルームの窓が開閉していく。
リモコンは、リビングのテーブルに置いてあるのに、何故か窓が開閉した。
それから、司郎さんが緊急性あると判断してもえと司を両脇に抱えて庭に飛びだし、いちも続いて庭へ。
「あっ、おい待て、金蔓」
「ああ、貴重な頭脳が……」
追いすがろうとした慎之介さんとやばい機関らしき人がサンルームから庭に出ようとした瞬間、視界が真っ白に染まった。
次に、爆音が鳴り響き、雷が落ちたと認識できた。
それから、視界を遮るかの如く、雨が瀑布の瀧を思わせる豪雨が降ってきて、半身庭に出掛けた慎之介さんの身体を押し潰す。
耳鳴りが酷くて辛いが、姿が見えなくなったもえと司が心配だ。
思わず、俺も飛び出しかけて、波瑠さんに止められた。
すると、
「ぎゃぁ、何だよ。何が、起きて……」
半身が窓から出ていて、雨の滝に押し潰されている慎之介さんが喚いた。
また近くに雷が落ち、水に濡れた庭を伝導して、軽く感電したようだった。
年配男性はその姿を目の当たりにして二の足を踏み、庭に出るのを躊躇い、気配を微塵に感じさせないでいつの間にか現れていた沖田さんに当て身を食らい、気絶していた。
「お、沖田さん。もえと司が!」
庭に逃げたもえと司を案じて、巧が沖田さんに訴える。
俺達の保護者役だった奏太さんは、昨日から呼び出されて外出して不在。
頼れるのは、護衛主任の沖田さんしかいない。
「波瑠殿。もえ様達は?」
「ご安心ください。もえ様が龍神様に願われ、安全な場に移動されました」
はい?
移動?
緒方家の庭から、何処かへですか?
淡々と答える波瑠さんに、理解不足な俺は疑問符だらけです。
いったい、何が起きたのか。
どなたか、詳しい説明をしてください。




