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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
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その24 静馬視点

 琴子さんからもえを預かり、託された事で、俺と姉の梨香が一番に悩まされた事態が解消されてほっとした。

 うちの父親と悠叔父さんと恵美叔母さんと和叔父さんが、世間に大流行している新型インフルエンザに罹患し、新型インフルエンザ罹患者が少ない地区の緒方家に避難した当初は、緒方の大叔父さん夫妻が保護者を担ってくれていた。

 だけど、急な仕事関係で夫妻で海外に行かなくてはならなくなり、父さんの従兄弟で大叔父さんの長男である健一朗さんが代理をする手筈になっていた。

 けれども、健一朗おじさんも濃厚接触者に当たり、自宅隔離を余儀なくされて、代理の代理で緒方家の家政婦さんしか大人がいない状態になってしまった。

 ただし、家政婦さんも住み込みではないから、夜間はどうしても俺達未成年者しかいなくなっていた。

 家政婦さんは保護者がいないから泊まり込みでもいいと申し出てくれた矢先、家政婦さんの自宅がある地区で罹患者が多数出た為、必然的に

 地区を跨ぐ移動制限が発令してしまった。

 結果、俺と姉と巧と司だけが緒方家に残される事となった。

 そのせいで、姉が家事全般をこなさなくてはならなくなり、負担が大変重くなった。

 俺も出来る範囲では手伝いをしたが、姉は早々と被服の専門学校に進学が決まっていたから、時間に余裕があるからと言って率先して行い、俺達には簡単な家事しか任せてくれないでいた。

 しかし、その姉も被服科の卒業課題の製作だってある。

 姉一人に任せる訳にはいかないと、いくら俺達が訴えても子供世代の年長者の意地があるのか、なかなか折れてくれない。

 そんなもやもやを晴らしてくれたのが、琴子さんだった。

 本来なら、安全管理が徹底された朝霧邸にもえを預けた方が、琴子さんだって安心だっただろうに。

 朝霧邸も人の出入りが多いから、いつか罹患者が出るかもしれないともえを託してくれた。

 それから、子供達だけの環境に保護者がいないのも考慮してくれて、琴子さんのお兄さんがもえの保護者として付いてきてくれた。

 又、家政婦の喜代さんに警護スタッフの沖田さんと部下の人まで手配してくれた。

 本当にありがたかった。

 漸く、姉の負担が軽減されたと、姉以外が喜んだ。

 責任が取れる大人がいないのは、不安でしかなかったし、買い物とか足りない日用品を買う代金の支払いに困らないで済んだ。

 念の為に、父さんが姉さん名義のクレジットカードを作ってくれていたが、緒方家へ宅配してくれる業者さんの支払いに、篠宮家のクレジットカードで、支払うのが高校生となると信用されるのか不安だったしさ。

 本当、大人がいないと不便しかない。

 でも、俺達は助かるが、もえにしたら不安しかなかった。

 日中は、常に誰かに引っ付いていたし、昼寝も夜もあまり熟睡しないでいた。

 特に、昼寝の時間帯は小さな物音で起き出してしまい、眠くてぐずり泣き易くなった。

 なぎの代わりだというクマのぬいぐるみを抱いて声を出さないで泣く姿に、巧と司はひたすら大丈夫を繰り返して撫でたり、絵本を読み聞かせたりして落ち着かせていた。

 その姿に一計を案じた琴子さんのお兄さんの奏太さんは、緒方の大叔父さんの許可を取り、もえの第二の兄代わりである犬のいちを室内に入れる運びになった。

 もえもわんわがいるからと、昼寝はいちの隣で眠れるようになった。

 夜は、たまに姉に抱き着いて眠る癖がついたが。

 やはり、母親が恋しいのだろうと思う。

 琴子さんからは、おやつ時にもえのキッズ携帯に電話が掛かってきて、もえはお喋りを終わらせたくない一心であれこれと他愛ない話題を何度も何度も話す。

 大抵、奏太さんの膝上でキッズ携帯を操作して貰い、一時間は優に喋る。

 それよりも長くなりそうになると奏太さんが、やんわりと今日の電話はお仕舞いだと諭して切らせる。

 電話が強制終了になるが、もえは素直に言う通りにして、キッズ携帯を充電器にセットする。

 まあ、名残惜しそうに涙目でキッズ携帯から目を離さないのも度々あるけどね。

 そういう場合は、いちが遊ぼうとボール投げをねだったり、課題を終えた俺達が遊びに付き合う。


「にぃに、わんわ、あいあちょう、ね」


 もえもだけど、なぎも、何かしたらすぐにありがとうを。

 何かしてしまったら、ごめんなさいが言える。

 姉さんはしらないけど、俺や巧や司が同じ年頃だったら、我が儘言い放題のやりたい放題だった気がする。

 なぎともえは二歳児、もうすぐ三歳になるけど、物分かりがよすぎるきらいがあるなぁ。

 もえはイヤイヤ期が来ていると教えて貰ったけど、よほどの嫌な事がない限り嫌だとは言ってはいない。

 和叔父さんも、敏い子供だと言っていたのは覚えている。

 それにしても、駄目な事は駄目だと教えたら、二度は我が儘は言ってない気がする。

 ちゃんと、分かりやすく理由を説明したら、あい、わかりましたと返事が返ってくる。

 敏い以前の問題じゃないかなぁ。

 父さんも、なぎともえの幼児にしてはおとなしすぎる状態に、何か言っていたよな。

 和叔父さんや琴子さんは、理由が分かっている

 みたいだけど。

 少しだけ、心配になってくる。

 確か、三歳になったら、保育園に行くともえが教えてくれたのだけど。

 自己主張が静かななぎともえが、同年代の幼児に異質だと思われて虐められたりしないか不安が募る。

 幼児期の子供は、親の言葉を覚えて意味も分からず、そのまま発言して俺達でさえ憚られる言葉を容易に話すわ、親の言いなりになり一緒に遊ばない仲間外れにしたり、遊び道具を渡さなかったりするしなぁ。

 これは、司の時に経験した。

 司も幼児期に同年代の友達がいなかった。

 理由は、司がある意味数学の天才児だったからだ。

 算数ではなく、数学のだ。

 悠叔父さんも数学、物理に明るい知識を有していたから、遺伝したのかもと決着をつけたけど。

 齢四歳児が、数式の難問の答えを言えちゃうのには、一族皆が驚いたっけ。

 試しに、解読不可能の難問を見せたら、√も知らない司が難しい答えを書き出して、慌てて止めさせたのは苦い記憶だ。

 あの後、父さんや康伯父さんにしこたま叱られた。

 お山に帰省していた時期だったから、司が数学や物理において天才児だとは、秘匿される事になった。

 司にも、口を酸っぱくして、両親か叔父さん達がいて、解いてもいいと許可を出されない限りは、答えを言っては駄目だと教え込んだ。

 でないと、国の教育機関に目を付けられて、英才教育を施されて、普通の子供らしさが失われるのを危惧したからだ。

 司も数学や物理が関わらないと、他の教科は同年代の子供と同じレベルの水準でしかない。

 いや、ちょっとだけ上かなぐらいか。

 反面、巧は記憶領域が優れていて、覚えた事は忘れないで、覚えも早い。

 姉さんは被服に関しては、型紙無しで服を作製できてしまえる。

 俺はどちらかと言うなら、和叔父さんみたいに他国の言語を覚えやすいが、聞き取りは出来ても書き取りはできない難点がある。

 まあ、クラスメートには、器用貧乏?とか言われてる。

 それ、意味が違うだろうとふざけあったけどさ。

 だから、大学まで演劇をやりつつ、翻訳者になろうかと、進路を悩み中。

 しかし、昨年のクリスマスイブに、琴子さんの従兄弟さんがあの俳優の最上穂高さんで、紹介されて演劇に興味あるなら知り合いの演劇養成所か、旗揚げしたぼかりで演劇者が不足している劇団を仲介しようかとか、いっそのことうちの事務所の新人カリキュラム受けてみるかとか、気軽に誘われてしまった。

 琴子さんに、新人勧誘ならマネジャーさん連れて来なさいなと、突っ込まれてなし崩し的に流されたけれども。

 社交辞令だよなぁと思っていたら、父さんがある事務所のマネジャーさんらしき人から連絡があったが、どうするんだと聞かれた。

 えっ?

 マジだった?

 俺の驚愕具合から、父さんが和叔父さんに連絡して琴子さん経由で、事の詳細を調べてくれた。

 まあ、琴子さんにも伝わり、穂高さんにじかに聞いてくれた処、朝霧家ではない親戚に演劇部の少年がいて、もしかしたら自分の後輩になるかもね、的な話題をラジオ番組で話していたそうだ。

 で、朝霧家ではないけど親戚なら、朝霧グループがスポンサーになってくれるのではないか、とある事務所が期待した話だったそうで。

 篠宮家や緒方家が苦情を出す前に、朝霧家から警告が行ったとか。

 穂高さんも、翌週のラジオ番組で迂闊な話題を出した自分も悪かったが、スポンサー狙いで邪な期待に身内を巻き込まないで欲しいと発信した。

 後日、軽はずみな発言の謝罪に、穂高さんのマネジャーさんと事務所の社長さんが自宅に来た。

 母さんが、千尋義伯母さんの入院で人手不足なお山に行っていて不在で良かった。

 母さんは、実の祖父(俺からは曾祖父)が人間国宝の能楽師で、幼い頃は舞台に出ていたのもあり、芸能関連のあれこれな騒動に巻き込まれたので、芸能界の話題は我が家では禁句だったりする。

 だから、母さんが在宅していたら、幾ら琴子さんの従兄弟が原因でも、厳しい対応をしていただろう。

 それに、俺は演劇は好きだけど、芸能界には興味はこれっぽっちもない。

 何しろ、篠宮家の後継ぎ候補は俺かなぁと思っていたから、演劇は学生時代だけにしておこうかとか思案していた。

 まさか、和叔父さんが一番目の候補だったとは知らなかった。

 そして、臣叔父さんが後継ぎに名乗り出て、纏まっていたとも知らなかった。

 よって、父さんは進路について、演劇も視野に入れていいと暗に進む道があるのを教えてくれた。

 うん。

 どうしようか。


「にぃに? ぢょうしちゃにょ?」

「お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんの番だよ?」


 あ?

 口に出してた?

 今は、もえも交えてすごろくゲームしていた。

 感情に敏感なもえなんか、完全に眉が下がっている。

 いかん、心配させちゃった。


「ごめん、ごめん。ちょっと、違う事考えてたよ」

「きょまり、ぎょちょ? しょうくん、しょうぢゃん、しゅう?」


 頭を撫でられるのは嫌がるもえの頬を撫でる。

 うん。

 心配ありがとうな。

 でも、大丈夫だからな。

 単に、想定してなかった進路が出来て、悩んだだけだから。


「ん? 何か、社会人の先輩が教授出来る悩み事かな?」

「ああ、多分ですけど。進路で悩みがあるみたいですね。臣叔父さんが、篠宮家の後継ぎになりそうなので、進路を自由に選べるという贅沢な悩みですよ」

「ふむ。あれか、穂高従兄さんのお節介なやらかしかな? そう言えば、何か気軽に公共の電波で喋るミスをやらかしたんだったかな」


 少し離れた位置で見守っていてくれる奏太さんと姉さんが、苦笑混じりで会話している。

 知らない巧と司はきょとんとしているが、進路と聞いて大学の話かなと呟いている。

 間違いではないが、正しくもない。

 まあ、言わないけどね。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 武藤の父も似たような悩みを持ったんだろうね。 好きになった人がたまたま《帝国の皇太女》(意訳)でさ。 周りから逆玉だとか、仕事くれとか、なんか奢れとか。
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