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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
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その22

 私と兄を乗せた車は、私が想定した場所に到着した。


「大変申し訳ありません。本来ならば、陛下直々にお言葉を交わしたいとのご希望であらせられましたが。時期が時期だけに、直接の会見は見合わせる運びになりました。その事を、先ずは謝罪致します」


 皇居内の宮内庁の一室。

 案内役の宮内庁職員の方に促されて入室した部屋は、どうやら外部の方々を招く来客用の部屋ではなく、特別な来客限定の特別室みたいである。

 何しろ、ふかふかの絨毯は高級品だと見分けられたし、薦められたソファの座り心地もほどよい。

 滅多に行かない朝霧グループ会長室並みに、豪華過ぎず主張し過ぎない調度品が並び、有名な絵画が飾られていた。

 ああ、この部屋に案内される前に、内閣府の職員さんは退場している。

 宮内庁職員さんが報告したのか、宮内庁の玄関口に内閣府の職員さんの上司さんが仁王立ちして待ち構えていて、有無を言わさず一緒にいた皇宮警察官に連行されていった。

 その上司さんが官房長官だと思い出したのは、つい先程だったりして。

 慇懃に謝罪してくる宮内庁の職員さんは、侍従職の方だと自己紹介された。

 うん。

 和威さんの実家である篠宮家絡みではなく、水無瀬家由来の関わりだね。

 私も、物凄く偉い立場の座に就いてしまったものだ。

 お祖父様の総理大臣呼び出しにも負けない、格上のお立場の方と面と向かって会話できてしまえる水無瀬家の巫女。

 ああ、母が一般人の父に嫁いで庶民的な家庭に育った筈が、お祖父様に並んでしまえる立場になろうとは。

 お祖母様と兄か水無瀬のおじ様しか、分からなかっただろうに。

 また、私が嫁いだ篠宮家も旧家では済まされない家だったしなぁ。

 だから、事情を把握している兄は、和威さんを初めは警戒してお付き合いに物申してした訳だ。

 お祖母様も、和威さんの為人は良いがと、消極的だったのも頷ける。

 が、どうやらお祖母様的にも、先見の回避は免れないからと、裏では篠宮家にそうだと分からない様に支援していたり、嫁いだ後の私の周辺に害になりそうな篠宮家の分家を潰していた形跡があったとか。

 お祖父様がお祖母様が儚くなられて弱気になっていた時期に、ぽつりと篠宮のお義母さんが和威さんを産む頃に、篠宮家に接触していたと溢していた。

 というか、和威さん誕生の折り、高齢出産であったお義母さんの元に専任の医師やら看護師やら派遣して、肉体的、精神的ケアをしていたらしい。

 和威さんが、朝霧邸にて喜代さんと富久さんの面影を、幼年期に見掛けていたと判明している。

 確か、看護師だったと思い出し、康治お義兄さんに古いアルバムを送って貰ったら。

 お義母さんが産後に危ない時期があり入院し、退院した際にお世話になった看護師さん達と写真を撮った記録が残っていて、ばっちり富久さんが写っていた。

 私と和威さんの出会いは偶然の成り行きだったけれども、そこに至るまでの過程にお祖母様が関与していたのは、面映ゆい。

 決して、仕組まれたとかではなく、心配かけてしまっていたのだと思い至り、お祖母様の愛情は揺るぎなかったんだね。

 まあ、継子の子供達である我が従兄弟達にも、充分な愛情と加護を与え、時には助言し、時には苦言し、皆が朝霧家という名高い後ろ楯に負けない道筋を選べ、邁進できる未来を選択できる様に心配りしてくださっていた。

 だから、お祖母様の最期の時は、全員が職を失う覚悟で朝霧邸に集まった。

 芸能人な穂高従兄さんなんて、撮影中のドラマをブッチして来たんだよ。

 まあ、本来ならば芸能人最上穂高の引退に発展してもおかしくはなかっただろうが。

 年末年始には、お祖父様が孫や曾孫を関係各所に通達して、無理を効かせてしまっていたから、ドラマも平行して撮影していた映画もスポンサーの意向として、脚本の手直しや別シーンの撮影の対価に莫大な資金援助で乗り越えてしまった。

 ただし、穂高従兄さんは、無理をさせてしまった共演者の方々や撮影班の皆さんに謝罪回りをしたそうだけど。

 概ね、大企業の朝霧グループの会長夫人の悲報に、皆さんが逆に励ましの言葉をくれたと、穂高従兄さんは言っていた。

 反面、三流ゴシップ誌やマスコミは、批判的な記事を載せたけどね。

 芸能人なのだから、親の死に目にあえなくて当然なのではと、辛口評論家も批判していた。

 勿論、穂高従兄さんは降板とか引退発表しても構わない姿勢でいた。

 結論を言うと、引退や降板はなかった。

 ある大御所芸能人さん方が、庇うコメント出したり、共演者の方々も出番が増えたと冗談混じりな美談にしたり、あるテレビ局の名プロデューサーも自分は変わらず穂高従兄さんを起用すると公言した。

 皆さん、朝霧家がどうのではなく、穂高従兄さんの人柄故に味方してくれたのだ。

 よって、批判していた方々は、徐々に勢いがなくなり、終いには謝罪する立場へとなった。

 一例を言うとこんな事があり、従兄弟達は仕事を失わないで済んだ。

 閑話休題。


「……では、本日お越しいただいた本件に入らさせていただきます」


 思考に耽っていたら、隣の兄に侍従職の方の死角で、背中をつねられた。

 痛いなぁ。

 少しは、手加減してよ。

 兄め。

 謝罪を右から左にしていた私の態度が悪かったのは、後で幾らでもお小言聞くから、物理的な仕置きは止めてください。

 私と兄の攻防をよそに、侍従職の方がお茶を運んで来てくれた部下の職員さんに耳打ちした。

 部下の職員さんは一礼して退室していき、暫くしてノックの音が響く。

 部屋に残っていた案内役の侍従職の方が、扉を開けて招いた人を見るなり、兄が素早く立ち上がる。

 視線で促されて、私も立ち上がる。


「いや、水無瀬の方。立たなくて構わない」

「そうです。土地護りの位階は、水無瀬家が上。拝謁させていただく名誉に預かるは、我々の側です」

「しかし、位階は私どもが上であろうと、自分も妹も歴から言えば若輩の身。先達者に礼を尽くさねば、名を継ぐ者としては当代当主や先代巫女の名を穢します」


 何時になく、兄が下手にいる。

 珍しいを通り越して驚愕であるが、顔に出したら駄目なのは流石に気が付く。

 入室されたのは巌の様な印象を抱く羽織袴姿の父と同年代の男性と、少し年齢が若い理知的な印象のスーツ姿の男性。

 と、お付きの方々。

 土地護りの位階云々の部分は、以前の私ならその重圧な意味を認識したかどうか。


「水無瀬の巫女姫には、初めてお会いする。北海道を含む東北を守護領域に預かる石動(いしるぎ)家当主石動健吾と申す」

「同じく、関東を守護領域に預かる風巻(かざまき)家当主風巻嵐です」


 巌の方が石動さん。

 理知的な方が風巻さん。

 関西を守護領域に預かる水無瀬家と、九州を守護領域に預かる今はなき円堂家。

 この四家が、古来より日の本の大地たる日本を守護すり四神を奉る土地護りの家系。

 なのだけど、水無瀬家を除く三家は元々水無瀬家の分家が家名と職務を別け与えられた家系なんだなぁ。

 よって、三家の当主と巫女は、水無瀬家を始祖の家系と位置付け、敬うのである。

 それから、水無瀬家の巫女に姫を付けて呼ぶのも三家だけ。

 対面のソファに座る石動さんと風巻さんの膝には神使である黒い甲羅の亀と、白い毛並みに黒い縞模様の猫が現れ、私と兄に向けて器用に頭を下げている。


『有無。皆、息災で何よりである』


 私の周囲に私を加護する龍神様が顕現して、亀さんと猫さんと、二家の当主に声掛けした。

 まさか、龍神様からお声を頂くとは思ってもいなかったであろう石動さんと風巻さんが目を見張り、慌ててまた頭を下げる。

 視る能力のなかった侍従職の方は、静かに空気に徹している。


『石動には悪いと思うが、我等の同胞が暴れておるのを止める術はないぞ。小姫ちぃひめや若君に奮われた暴力と、待ち構えていた悪意による虐待は赦しがたい暴挙である。よって、我等は制裁を止めぬ』

「水無瀬家の祭神様の言われる事実は、重く受け止める所存であります。が、一部の石動家の縁者は、単なる天災による災害としか思わず、気象を操る水無瀬家の巫女に鎮守の祭事を執り行えと奏上しております」

『阿呆め。その輩は、既に石動を名乗る資格は無しと判断する。風のに、加護を破棄する進言を要求しようではないか』

「風巻家も同様な意見が多く、当家が水無瀬家の分家である認識を忘れた馬鹿がおります。……申し訳ありません。身内が騒動を起こしそうです」

『然り、水無瀬の次代よ。あの者に、招かざる勘違い馬鹿な不審者を入室させるように、進言せよ』

「承知致しました」


 龍神様は、私に宿り加護を与えてくださる龍神様だよね。

 兄を意のままに操っておりますが。

 兄も、唯々諾々と承知していて、鳥肌立ってきた。

 風巻さんは、頭痛がするのかこめかみに手を当て、何かに耐えている。

 招かざる勘違い馬鹿な不審者とは、誰?

 席を立った兄が侍従職の方に説明して、頷かれた侍従職の方も退室された。


「巫女姫には、大変失礼な常識はずれな言動をする愚か者には、無視一択でお願い致します」

「はあ、分かりました」


 詳細は語らないのをみるに、実際に体験して貰いたいとの事だろうか?

 私の背後に控える麻都佳さんと、兄の側近候補が臨戦態勢に入りましたよ。

 どんな人と対面するのやら。

 微妙に興味を持った。

 で、待つこと暫し。

 件の問題児が入室してきた。


「で、どちらがわたくしの未来の旦那様かしら」


 第一声がこれ。

 やたらと、けばけばしい化粧に、似合わないブランド服を身に纏う、妙齢の女性がいた。

 序でに、装飾品もはではでしい、所謂上流階級にいるお嬢様アピールの地味顔な女性だ。

 兄が毛嫌いする肉食系の、男は金蔓か侍らしてマウント取りたがり、優越感に浸りたい、うん勘違い女性だ。

 風巻さんに良く似た顔立ちをしているから、近しい身内だろうか。

 上座にいる兄を視界に入れると、ロックオンした。

 私?

 視界に入っても無視されてます?

 誰も自己紹介しないにも関わらず、当然とばかりに兄の隣に座ろうとして、兄に蹴り剥がされた。


「いたぁい。何をするのよ。わたくしは彼の象徴のお方から、皇室の皇后候補にも乞われた特別な存在よ。顔がいいからって、わたくしの旦那様候補にあがったからといって、わたくしの機嫌を損ねないことね。おじ様に言って、あんたを処罰して貰うわ。今更、謝っても遅いんだからね」


 ふーん。

 そういう経歴ですか。

 でも、風巻さんは首を横に振ってますけど?

 相手にしたのが、最悪の人だって認識してるかな。

 兄の反撃開始ゴングが鳴り響いたのが聞こえてきた。


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