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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
16/180

その16

 あむあむ、ごっくん。

 夕飯時。

 リビングのローテーブルに並んで座るなぎともえ。

 ダイニングには子供用の椅子がないために、リビングの大きなクッションで代用している。

 なぎ君用の薄味親子丼と、もえちゃん用の玉子雑炊を母が出した。

 当初は違う料理に怪訝な表情をしていたけど、半分食べたところであーんが始まった。

 早めに帰宅した父が、初めて見る光景に口を開けている。

 母。

 狙ってやったな。

 流石兄の母だ。

 父の驚く様子に満足な笑顔だ。

 譲り合い半分こをじかに目にした父は、スマホをとり出し連写している。

 そんなに、珍しいかな。

 毎日のことだから、私は不思議に思えないのだけど。


「なぁくん。もぅたん、おにゃきゃ、いっぱいよ」

「まだ、ありゅよ。ちゃべないちょ、げんき、にゃりゃないよ」

「うー。いあない」


 いつもなら完食するもえちゃんだけど、やはり食欲は落ちている。

 赤い顔で頭を振る。


「なぎ君、強制したら駄目よ。もえちゃんはお腹一杯なの。残りはなぎくんが食べなさいね」

「うー。あい。もぅたんは、おきゅしゅり、にょんでね」

「あい。にょみましゅ。げんきに、にゃりゅにょ」


 母に諭され親子丼を口にするなぎ君。

 もえちゃんは私のところに来てあーんと口を開ける。

 ちょっと待ってね。

 お薬の準備をするから。

 飲み薬を嫌がらずに飲んでくれるのは有り難い。

 高熱ではないから、座薬は使えない。


「はい、お待たせ。お薬飲んで元気になろうね」

「あい」


 小さな軽量カップに淹れた飲み薬をお口に流しこんだ。

 苦味に顔をしかめながら、ごっくんと飲んでくれる。

 いい子、いい子。

 和威さんは残念なことに通勤時間が倍になってしまったので、まだ帰宅していない。

 残業がなければ、もうそろそろ帰宅してもいい頃。

 ピンポンとベルが鳴る。

 帰ってきたかな。

 母が玄関に出迎えに行った。

 なぎともえの表情が輝いているから、和威さんだろう。

 なぎ君。

 慌てて食べないの。

 パパは逃げたりしないよ。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい」

「おかえり、和威くん」

「「パパ、おきゃえり、なしゃい」」


 リビングに和威さんが姿を見せた。

 双子ちゃんは飛び付きたいが、ご飯中とあって行儀よく座ったままだ。


「ただいま、なぎ、もえ」


 手洗いとうがいがまだなので、声をかけるだけにしてくださいな。

 注意すると和威さんは、手洗いに行ってくれる。

 スキンシップは待ってね。

 すぐにパパは戻って来てくれるから。

 がっかりしないの。


「いい子にしてたか?」


 戻ってきた和威さんは、まずもえちゃんを抱っこした。

 熱をもつ身体に眉がよる。


「いいきょで、おきゅしゅり、にょんぢゃよ」

「そうか。いい子だな。パパ安心した」


 もえちゃんを抱っこしたまま、なぎ君の隣に座る。

 二人ともいい子だったから、存分に誉めてあげてね。

 出勤時に駄々をこねていたぐらいで、我が儘言わずに静かだった。

 此方が心配になるぐらい静かだった。

 母に指摘されたように、甘えベタななぎ君はもえちゃんの世話をやく私の手伝いをしたがった。

 ぐったりとしているもえちゃんから、目を離さない。

 何かあればすぐに私を呼ぶ。

 助かるけど、なぎ君が知恵熱を出さないか不安だ。

 後で和威さんと、要相談案件だね。


「あにょにぇ。なぁくんぎゃ、しょばに、いちぇきゅりぇちゃ、きゃりゃ、しゃみしく、にゃきゃっちゃ」

「あい。もぅたん、ひちょりに、しにゃいにょ」

「そうか。なぎもいい子だな」

「えへへ」


 頭を撫でられ喜んでいる。

 パパに誉めてもらいたくてした行為ではなくても、ただもえちゃんを案じていただけ。

 強迫観念に近いかな。

 前世の記憶が強すぎだと思う。

 こうして、パパに甘える姿を見ると普通の幼児なんだけど。

 さて、和威さんも帰宅したから、母を手伝いに行こうかな。


「「ママ、どきょにいきゅにょ」」


 おや。

 ぐるんと顔が向く。

 首痛くならない?

 眉が寄っている。


「ばぁばのお手伝いよ。パパのご飯の準備」

「「いっちゃ、いやぁよ」」

「琴子。お母さんに甘えていなさい。なぎ君ともえちゃんが泣きそうだよ」


 父は二人の味方だ。

 すかさず、もえちゃんが和威さんの腕の中から飛び出した。

 私に抱き付く。

 おおう。

 病気なもえちゃんがいたら、ママが何処にも行かないと考えたな。

 熱い身体がしがみつく。

 和威さんにはなぎ君が膝に座りブロックだ。


「ママぁ。ぎゅう、しちぇ」


 はい。

 ぎゅうね。

 安心してくれるなら、いくらでもしてあげるよ。

 頭や背中を撫でる。


「あら、もえちゃんはどうしたの」

「甘えているんだよ。琴子が奏子さんの手伝いに行こうとしたのだけどね。心細くなってしまったのだろうね」

「あらあら。琴子も病気な時は抱き付く癖があったわねぇ」

「そうだね。奏太は甘えてくれなかったから、余計に琴子を甘やかせやしないかと心配したものだけど」


 成る程。

 抱き付く癖は、私譲りか。

 ますます、和威さんが遺伝子云々言い出さないかな。


「そうだったんですか」

「うん。奏太は今のなぎ君と同じように、琴子の一挙手に敏感で、具合が悪いのを見抜いていたよ。琴子も隠そうとするし、幼児期は大変だったよ」


 父は遠い目をしている。

 知らなかった。

 そうだったかな。


「琴子が女の子でしょう。水無瀬家から養育係りが乗り込んで来たりして、一時期は奏太が針鼠みたいに神経を尖らせていたわ」


 水無瀬家は、神職な家系で男系だ。

 たまに産まれる女の子は巫女だと崇められる。

 祖母、母、私、もえちゃん。

 4代続いて女が産まれた。

 当主家には不幸があって子供がいない為、嫁いだ祖母が血を繋いでいる。

 厄介な案件である。

 兄が水無瀬家を継ぐのは、規定路線。

 当主様は自分が現役なうちは、兄の自由を奪わされないように苦心されている。

 私と兄に敵愾心剥き出しだった親戚は、10代さかのぼると水無瀬家に辿り着く遠い血筋で、当主になぞなれない。

 何故に、上から目線だったのか不思議でならない。


「奏太さんが針鼠ですか」

「そうよ。今のあの子は飄々としているけど、幼少期は敵意剥き出し満載だったのよ」

「しょーくん? なぁくんちょ、いっちょ?」

「そう。一緒よ」


 なぎ君の疑問に母が答える。

 記憶のなかの兄は斜に構えていた気がするのだけど。

 私を守ってくれていたのは覚えている。

 大きな犬にも立ち塞がる兄の背中を覚えている。

 私、可愛がられていたなぁ。

 今はからかいの対象だけど。


「ママ。もぅたん、ねんね」


 軽く揺らしていたのが眠気を誘ったのか、静かだったもえちゃんは眠っていた。

 薬の影響もあるかな。


「なぁくん、ごちしょうしゃま。ママ、なぁくんも、ねんね、しゅりゅ」


 えっ。

 もう、ねんねするの。

 お風呂は入らないの。

 お昼過ぎにもねんねしていたのに。

 寝すぎな気がするのだけど。

 こんなときにも、一緒はどうかなぁ。


「ママぁ。めぇ?」

「駄目じゃないよ。パパとお風呂はしないのかなぁ、と思ったのよ」

「パパとおふりょ。うー。はいりゅ。でも、もぅたん、いっちょぎゃ、いいにょ」


 悩ませてしまった。

 駄目な母親だね。


「パパが、ご飯食べ終わるまで一緒にねんねしたらいい。お風呂の時は、ママが一緒にいてくれるから、もえは一人ではないぞ」

「うー。あい。パパの、いうちょおりに、しゅりゅ」


 なんとか折り合いがついたようだ。

 もえちゃんを寝かしつけに行く私の後についてくる。

 和室に寝かせたもえちゃんの隣に、寝転ぶなぎ君。

 もえちゃんが一人になると案じたのね。

 和威さんのご飯は母にお任せした。

 私も横になれば、なぎ君は目を閉じた。

 あら、ねんねしちゃうのかな。

 ぽんぽんとお腹を叩けば、寝息が聴こえてくる。

 なぎ君も針鼠みたいだから、神経が疲れたのかも。

 暫しの安息だね。

 今はパパもいるからね。

 ママも何処にも行かないから。


「なぎは眠ったのか」


 私もうとうとしていたらしい。

 食事を終えた和威さんに、声をかけられるまで気がつかなかった。


「和威さん?」

「琴子も看病で疲れているなぁ。実家にいるんだ。ゆっくりしていてくれ」


 髪を撫でられた。

 起きなきゃあ、と思うのだけど。

 起き上がれない。

 私も眠いのかな。


「風呂は一日入らなくてもいいだろう。そのまま、寝てしまえ」

「和威さんのお世話は私の役目よ」

「今は、もえの世話に専念してくれていい。なぎはもえが元気になったら、甘やかせばいい」

「でも、母に物分かりがよいからと、なぎ君に甘えてはいけないと注意されたばかりなのよ」

「そうか。困ったな」


 腕を組んだ和威さんの様子は言葉通りに困った素振りは見えない。


「なぎの一番はもえが元気になることだしなぁ」

「そうなのよね。今日は一日側を離れなかったのよ。そのうちに、なぎ君まで熱を出しそうな雰囲気よ」

「……一旦、家に帰るか。彩月や峰が心配していた」


 実家に戻って以後、彩月さんと峰君はお休み状態だ。

 火事の空気を払拭をする為に、ハウスクリーニングしている真っ最中である。

 放火犯は、まだ捕まっていない。

 日中は彩月さんと峰君がいてくれるなら、自宅に帰ってもいいかな。

 もえちゃんが納得したら帰るかな。


「来週からは、在宅になる。俺も家にいるから、ぐずらないだろう」

「あら。無理をしたの?」

「いや、この間の女がやらかした。靡かなかった俺に対してセクハラを訴えやがった」


 それは、自宅謹慎ではないの?

 不倫願望な女性も捨て身できたわね。


「痛くもない腹を探られて頭にきてなぁ。辞表を叩きつけてやりたかった。が、直の上司と専務に止められた」

「それは、止められるでしょう。わざわざ、転勤させた人材を手放すなんてしないでしょう」

「おう。上司と専務は、俺が重要取引先の親族だと、知っているからなぁ。セクハラに否定的だ」


 和威さんの勤める会社は、緒方家や朝霧家共に縁がある。

 もし、万が一にもセクハラがあったとしても、示談で済ませてしまいそうだ。

 あってはいけないことだけど。


「秘書課の女は、人事移動。システム情報課の俺は自宅謹慎。騒がせた罰だと。だから、明日と明後日は出勤しなくてもいい」

「なぎ君ともえちゃんが喜んで跳び跳ねるわね」

「俺は願ったり叶ったりだ。あの女さまさまだ」


 彼女も、なんで和威さんを標的にしたかな。

 学生時代の和威さんは、女性に対してストイック過ぎて敬遠されがちだった。

 溺愛体質を告白されて、理解させられた。

 生涯に一人の女性しか、求めていない。

 浮気や不倫ははなから、頭にない。

 私、どえらい人と結婚したものだ。

 なぎともえの頭を撫でる姿は良き父親だ。


「もえの熱上がっていないか」

「体温計は枕元にない?」


 耳で計る体温計があるはず。

 和威さんが熱を計る。


「38度7分だな」

「あがっているわ」


 昼間より、あがっている。

 おでこの冷えピタを取り換えなくては。

 パジャマとオムツも着替えさせた方がいいわね。

 氷枕が必要かな。

 汗がでてきたから、身体を拭いてあげようか。

 なんにしろ、今日は徹夜を覚悟しないとね。


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