その20
我が家の双子ちゃんの精密検査の結果、なぎ君は内臓機能に異変は無しで、もえちゃんは軽度の喘息症状が見受けられるとの事だった。
肺の手術により免疫力が低下したのと、自然豊かな空気が澄んだお山から、車の排気ガス等が溢れる都会の空気に幼い身体があわなかった可能性が非常に高いと診断された。
検査結果を聞いた私と和威さんは、おおいにへこんだのは言うまでもない。
「単身赴任するべきだったか……」
「最初に住んだマンション選びが悪かったのかなぁ」
でも、幹線道路が近くに無い自然豊かな自然公園が周囲にあり、なるだけお山の環境に近付けた場所を選んだつもりでいたのだけど。
急激な環境変化にもえちゃんは、対応出来ないでいたんだ。
お山に帰りたいと泣いたしね。
あれは、もえちゃんなりのSOSだったんだなぁ、と猛反省するしかなかった。
それから、朝霧邸は高級住宅街にあり、広大な土地の半分は日本庭園や四季折々の華や樹木が楽しめるガーデンが占めている。
近所の家も朝霧邸みたいな感じで、車の排気ガスが気にならない通行量だったから、空気問題を気にしてなかったのもあった。
よく、遊び場にしていい庭で遊ばせていたし、その時も咳や苦しさを訴えてきたことはなかったから油断した。
喘息と診断されたもえちゃんは、入院当初は元気な様子を見せていたのだけど。
やはり、体調の変化はすぐに現れた。
夜中に咳をし始め、喉が鳴る様になり、何度も吸入薬を投与される様になった。
あわせて、なぎ君も魚や肉といった食事を少しずつ食べる経過観察が始まり、下痢や嘔吐を繰り返す体調悪化となる。
そうなると、私一人で双子ちゃんの世話をするには対応出来なくなり、付き添い人を増やす事にした。
日中は彩月さんと我が母が、夕方からは退勤した和威さんが付き添いをする。
私の付き人である珠洲ちゃんは、四月からなぎともえが入園する保育園の研修に入らなくてはならなくなり、申し訳ないけどそちらに専念してもらうお願いをした。
もう一人の付き人になる麻都佳さんは、日々水無瀬家の巫女による祭事を依頼してくる方々への窓口としてスケジュール監理を任せているので、病院に縛りつけるのは駄目。
現在、私は我が家の双子ちゃんの入院にあわせて、巫女の活動は休止状態にある。
ある自治体からは、かなり上から目線なクレームが入っているそうだ。
しかし、その自治体はもえちゃんの誘拐を目論んだ事件の黒幕の出身地。
怒り心頭な龍神様の勘気に触れて、天候不良が続いているのである。
有名なお米の産地であるが、今年度は不作となるのが決定している。
何ら関係ない農家の方々には、迷惑極まりないだろうけども。
未だに、私達に謝罪文すら寄越さない黒幕さんの態度に、龍神様は私の取りなしも受け付けないでいるから、私にもどうしようもないのが現状。
水無瀬のおじ様も、そちらの自治体や農家の方々に原因となった事件を公表して、責任の所在は貴方方が選出した議員と、支援の見返りに色々と便宜を図って貰い、品評会にも口利きしてブランド等級の維持と販路拡大による恩恵を受けていた問題点を突きつけたそうです。
その辺りの情報は朝霧グループが調査したそうだが、朝霧グループ傘下の企業や提携する飲食店は見切りをつけて、取り引きを停止したとか。
ただし、黒幕さんに一切関わりがなく、支援の恩恵を受けてはいない農家さんには、朝霧グループが介さない援助をしていくそうだ。
所謂、楓伯父さんの友人が代表の支援団体による資金援助と、新たな販路計画を呼び込み、廃業を阻止する手筈を整えていた。
黒幕さんと昵懇な仲で味が落ちたと酷評されても、相手を潰しておいてなお、値上げして買わせていた農家さんは容赦なく名指しして、ブランド米の評価を下げる行為だと朝霧グループ会長であるお祖父様が農林水産省に物申した。
何時だったか、報道番組で取り上げられ、ある自治体のお偉いさんが陳謝する羽目になった。
おかげで、何件かの米農家さんが廃業を余儀なくされたとか。
まあ、その農家さんにも、楓伯父さんは救いの手を差しのべて、一家離散や最悪な状態は回避させたみたいだけれども。
ただでさえ、日本の食料自給率は低いのに、肝心要の米農家さんが少なくなるのは、日本人として避けたいよね。
あるアイドルグループだって、農業を軸にした番組をやっていたし。
農家を蔑ろにしては駄目だよね。
じゃあ、龍神様がお怒りになっている自治体の農家さんはとなると、矛盾しているのだけど。
被害は、黒幕さんと懇意にしている方々のみに限定するというのが、龍神様の最低限の譲歩な訳で。
幾ら、取りなしを期待されても、これ以上の現状回復には至らない。
よって、麻都佳さんの元には、連日の如く恩赦とか取りなしとか、鎮守の祭事依頼がひっきりなしに来るので、なぎ様ともえ様の体調悪化の負担増になるだけと辞退されたのが本音である。
「済まん、琴子。うちのチームの一員に、インフル患者が出た」
もえちゃんの先見どおり、和威さんの近辺で新型インフルエンザ患者がとうとう出てしまった。
よって、和威さんの病院出禁と相成りました。
また、朝霧邸には老齢のお祖父様や、朝霧グループを背負い立つ楓伯父さんが居住している為、和威さんは自分を介して罹患させる訳にはいかないと、朝霧邸を出た。
離れでくらしていても、食事を共にする機会が多いので、濃厚接触者にするのは忍びないと、最初に住んだマンションに避難したそうである。
峰君と司郎君といちを連れて、マンションに居住を移したそう。
朝霧家が学生時代に労働を知り、お金の有りがたさを学ぶ家訓があるのと等しく、篠宮家も学生時代に炊事洗濯といった家事を学ぶ家訓がある。
だから、篠宮家の兄弟は一人でも自炊出来るし、ある程度の家事をこなせる。
和威さんも高校からは上京して峰君と共同生活を送っていたから、私より家事は難なくこなせてしまうので、食事が外食店オンリーになる事は心配いらないでいた。
和威さんに家事を仕込んだのは峰君のお母さんで、お義姉さん達が世話役する間もなく、完璧に家事を覚えていたと聞いた。
まあね。
いつかのクリスマスに、私が作れないケーキ作ってくれた和威さんだしね。
料理は、菓子作りまで覚えていたよ。
くすん。
閑話休題。
で、夕方からのお手伝いがなくなった入院生活だけど。
こちらは、既に麻都佳さんが手配をしてくれた。
水無瀬家の分家の一つで、珠洲ちゃんの従姉妹で波瑠さんという二十代前半の女性。武の護り人の担い手さんで、珠洲ちゃんのお姉さんの沙羅さんには及ばないが、珠洲ちゃんのお兄さんである私達一家専属の警護スタッフの橘さんよりも腕は立つのだとか。
うん。
病室にて紹介された際に、丁度西澤さんと交代した橘さんの顔がひきつっていたなぁ。
珠洲ちゃんの話では、波瑠さんに勝てた試しがなかったからか、苦手意識があるみたいです。
智子さんも分家の一員だから、その事を知っていてからかっていたしね。
「はぁたんは、たちばにゃしゃんより、つおいにょ?」
「すぅたん、よりも?」
子供の疑問は時には酷な話題になってしまうが、橘さんは出来た人で苦笑いして答えてくれた。
「そうなのですよ。波瑠さんは自分の姉が唯一好敵手、えーと姉と同じ位強いのですよ。朝霧邸の警護スタッフに、護身術を教えてくださる事もあります」
「ぎょしんじゅちゅ? えいやっちぇ、なげちゃうにょ?」
「しょえきゃ、ばちゃんっちぇ、ひっきゅり、きゃえしゅにょ?」
なぎともえが言いたいのは、柔道とか合気道とかの武術の事かな。
お山の家人には武術の習い事を奨励している為、たまに稽古している所を見る機会があった。
その場所では騒がないで見ているだけだった双子ちゃんだけど、家の中で真似して型を披露して、二人揃って盛大に転び大泣きしたのはつい最近みたいに覚えているぞ。
パパにも、危ないからとごつんこされたよね。
泣き声は母屋にまで響いて、何事かと慌ててじぃじとばぁばに心配されて、事情を知った二人にもめっと叱られたのもね。
まあ、その日の午前中にカンフーするパンダのDVD見たのも、はしゃいだ切欠になったせいだったりする。
以降、武術関連のDVDは見せれなくなったわ。
家人の稽古も場所を変える羽目にもなっちゃったしで、本当に迷惑かけてしまった。
それもあってか、戦隊モノやライダーモノ見せれてなくて、お祖父様が送ってきた穂高従兄さんのライダーのDVDが解禁になったのも、お祖父様が感想を聞きたかったからだし。
ああ、でも。
周りの感情に敏感な子達だから、見たら駄目だと言われそうなテレビを好んで見たがるのはなかったな。
「なぎ様ともえ様は、柔道か合気道を見た事があるのですか?」
「じゅーどー?」
「あーきーど?」
「「ママ、なぁに?」」
波瑠さんの質問に、首を傾げるなぎともえ。
あれ?
意味知らなかった?
説明したら、なぎともえが言いたかったのは、相撲の事だったのが判明した。
ああ、そうか。
この子達、ひぃばぁばに付き合って相撲番組良く見ていたわ。
そう言えば、お祖父様が支援している相撲部屋に連れていくぞとか言われてたな。
色々と事件が起こりすぎて、忘れ去られていたわ。
双子ちゃんが相撲とりさんに出会えるのは、何時になるか新型インフルエンザもあって、分からなくなってきたなぁ。
そうして、夜間の人手不足も補われ、順調に回復していっているなぎともえ。
なぎ君は魚や肉を食べても下痢をしなくなり、体調も安定してきたし。
もえちゃんの喘息も軽い症状で、二週間程で胸の雑音は消えた。
このままいくと、退院する日も決まりそうとなった。
が、大変な事に、篠宮家の兄弟が新型インフルエンザに罹患してしまいました。
雅博お義兄さんは海外出張した同僚から。
悠斗お義兄さんは朝霧グループ傘下の新規取引先の会社員さんから。
和威さんは始めに罹患したチームの一員から、予防していたにもかかわらずに。
新型インフルエンザは、何故か二十代の成人以上の年代が罹患して、十代の年代には罹患しても軽症で治まるという不思議な感染力を持つ。
それもあり、篠宮家の子供達は罹患しないで済んだのだけど、懸念していた通り緒方家に避難隔離していた。
そう、恵美お義姉さんも罹患してしまったのだ。
序でに、我が武藤家も、父が濃厚接触者となり、母共々武藤家で自主隔離状態となった。
幸いにも、緒方家近隣で罹患者がいない為の避難場所であるも、責任者の保護者がいない状態で梨香ちゃんに責任がのし掛かってしまっていた。
緒方家の皆さんは、海外にいたり、身内が濃厚接触者で接触出来ないでいる。
そんな中で、もえちゃんが退院するのだ。
頼りにしたい朝霧家も身内に濃厚接触者が出て、預けれない事態に。
それから、もえちゃんの先見と兄の予言が、私の身にも降りかかってきた。
麻都佳さんが、お断り出来ない筋からの依頼と、持ち込んできたのだ。
ああ、本当にどうしようか。
梨香ちゃんの負担が、益々大きなモノへと発展していっている。
おのれ、◯◯よ。
それ位の案件は、そちらで対処してくださいよ。
私の管轄外な、案件を持ち込まないでください。




