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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
156/180

その18

「しぇんしぇえ。なぁくん、にゅーいん、しにゃいちょ、めめ?」

「うん。駄目だね。なぎ君が入院する理由は、まだなぎ君のお腹の中の大事な部分が、完全に治ってないからなんだよ」

「ぢぇも、もぅたん、ひちょりに、にゃっちゃうにょ、なぁくん、いやぁよ」


 困ったなぁ。

 なぎ君の再入院前の診察で、なぎ君が主治医の先生に直談判した。

 そのもえちゃんは、和威さんに抱っこされているも、今にも泣きそうな表情をしている。

 主治医の先生は、もえちゃんが退院した際にも、酷く泣き叫んだ一件を見ていただけに、双子ちゃんが引き離されるのを極端に嫌うのを知っていた。

 和威さんも何回も何回も諭していたのだけど、やはり先見で見た未来がもえちゃんを不安定な精神状態にさせていた。

 乳児期に見られる後追いが凄いし、なぎ君や私が見えなくなると盛大に泣き出す。

 珠洲ちゃんや彩月さんがいても、泣くを繰り返す。

 どうしたらよいか、良い策がなくて今日を迎えてしまった。

 母が機転を効かして、母の親友のレストランのオーナー夫人に訳を話して作ってくださったプリンも役に立たなかった。

 珠洲ちゃんのお姉さんも知ってしまい、斎君と聖君を子守りに差し出すと進言してくれたけど、斎君も聖君も学校がある。

 もえちゃんの為だけに休ませるのには、私達の良心が傷んだので、根気よく説明してお断りした。

 水無瀬家の分家、特に付き人になり得る人材は、自己を蔑ろにして主人に尽くす傾向にあるから、おいそれと愚痴をあかせやしない。

 珠洲ちゃんは、私達に接する関係が深いから、私達の事情を慮り、あまり身内に情報を漏らさないようにしてはくれていたが。

 今回は喜代さんに知られて、役に立ちなさいと言われてしまったようだった。

 まあ、すぐに珠洲ちゃんが、それは悪手な手段だからと説き伏せて流したものの。

 私達の為にとしてくれた行動に、逆に謝罪させてしまったのも、私が思い至らなかったからである。

 だから、休日は子守りに来てくれて構わないと、妥協はした。

 また、お義兄さん達からも、子供達を遊びに行かせるよと有難い言葉を頂いた。

 けれども、雅博お義兄さんの処は佳子お義姉さんが、お山にて千尋お義姉さんの代理を担っている為、家人の方が家事を任されているし。

 悠斗お義兄さんの処は、恵美お義姉さんの遺産騒動が落ち着いていないので、何度も頼りにしてしまうのも憚られる。

 ああ、恵美お義姉さんの元には、朝霧家と縁戚と知らなかった裏社会の組織の重役さんから、弁護士と警察官立ち会いの監視の中、菓子折りとかなりの額の迷惑料が記載された小切手が渡されたそうです。

 勿論、小切手は返却して菓子折りだけ頂戴して手打ちにしたと、連絡がきた。

 それから、恵美お義姉さんを指定された遺産も、法律が定めた取り分だけ受け取り、残りは遺言状にあったNPO団体や足長基金に寄付する運びになった。

 これに、文句を言える立場のあちらの家庭は、意図しない呪詛による怨嗟を私が祓った結果、呪詛返しの反動で精神的ダメージが大きく、まともな会話が成り立たない状態になられていて、自身が裁判を起こしても違法だと提訴が出来ないでいる。

 恩恵に預かろうとしていた遠い親戚が告訴すると言い出したものの、その権限がないのを理由に受け付けられはしないとか。

 そりゃ、そうだよ。

 恵美お義姉さんのお兄さんの嫁の従兄弟とか、両親とかだと、告訴しても第三者としか見られないからね。

 貰えると思っているのが、おかしい気がする。

 そんな訳で、和威さんの兄弟を頼りにしてはならないのが正解である。

 よって、必然的にもえちゃんは和威さんが仕事に行けば、一人取り残される羽目になった。

 私も、以前同様に、朝和威さんがもえちゃんを病室に連れてきて、日中は私達と過ごす案も新型インフルエンザのせいで、毎日の訪問を控えるように病院側から申し立てされた。

 故に、もえちゃんの行き場が無くなってしまったのだ。

 ここで、ママやパパもいない、なぎ君もいないとなると、もえちゃんが盛大に泣き喚くのは必定で、頭が痛い事だらけとなってしまった。


「うーん。もえちゃんも、一回診察しましょう」


 主治医の先生の捻り出してくれた、なぎ君を納得させる診察が始まった。

 朝霧邸にいる間は、毎日彩月さんが簡単な診察をしてくれていただけに、もえちゃんに異常は見られないだろう。

 と、思っていたら。


「んん? もえちゃん、大きく深呼吸してくれるかな」

「あい」

「……。篠宮さん。もえちゃんも、入院して検査しましょう」

「えっ? もえにも、不調が見られますか?」


 もえちゃんと交代してなぎ君を抱っこする和威さんが、顔色を悪くした。

 無論、私もである。


「もえちゃんの呼吸の際に、小さいですが雑音が聞こえます。聞きますが、激しい運動したり、息苦しさを訴えられた事はありますか?」

「いえ、ありません。あっ、でも、寒いと胸が気になる素振りを見せた事はあります」


 私もだけど、寒くなると火傷痕がぴりぴりと感じる事があるから、暖かくは疎かにしてはいないつもりでいた。

 まさか、もえちゃんは、我慢強さを我が儘と勘違いして、言い出せなかっただけもある。


「もえちゃん。手術した胸が痛い事あった? ママに教えてね」

「んーちょ。おむね、いちゃきゅ、にゃいょ。くぅしきゅも、にゃい。もぅたん、げんきよ」

「もえ。でもな、お医者の先生は、もえの胸からへんな音が聞こえると教えてくれたんだ。パパ達に、内緒にしていたなら、パパは悲しいなぁ」

「ほんちょ、ぢゃもん。もぅたん、くぅしきゅ、にゃい」


 和威さんと二人で問い質すも、もえちゃんは苦しくないの一点張り。

 押し問答が続くので、埒があかなくなり、最終的にもえちゃんの入院も決まった。

 慌てて、もえちゃん用の入院道具を揃えに、彩月さんに依頼して持ってきてもらう手筈を整えた。

 また病室となるのは、前回もお世話になった小児科の特別室だ。

 二歳児という幼児なので、親が添い寝できるベッドが運び込まれ、二人仲良く一つのベッドに寝転ぶなぎともえ。

 想定外の二人入院に、パパとママはてんやわんやしております。


「もぅたん、よきゃっちゃねぇ」

「あい、ひちょりに、にゃりゃにゃい、うれちいな」

「パパは、一人で寂しいがな」

「「あっ!」」


 そう、一人取り残されたのはパパだ。

 幾ら、特別室とはいえ、付き添い出来るのは一人だけ。

 おまけに、お見舞いの回数も激減した為に、割りを食ったのは和威さんである。

 それに、気付いたなぎともえは、喜んだのが悪い事と理解してしまって、


「「パパ、めんしゃい~」」


 和威さんに必死に抱き付いた。

 和威さん。

 寂しいのは分かるけど、なぎともえの前で黙っていて欲しかったかな。

 一人を嫌う双子ちゃんだから、一人のワードは禁止用語だよ。

 なぎともえの態度に、和威さんはしまったと反省したのも後の祭り。

 泣き止むまで、宥めてくださいな。


「どうされましたか?」


 双子ちゃんの泣き声が聞こえたのか、担当看護士さんがわざわざ様子を見に来てくれた。

 富久さんの孫娘さんが、また担当してくれるのをいいことに、和威さんの失態を打ち明けた。


「あらあら、パパさんはうっかりさんですね。でも、一人は寂しいのは私も分かるなぁ。勤務明けの休日なんて、不規則な休日だからか、お友達と合わせて遊びに行けないし。せいぜいお一人様でも敷居が低いレストランで美味しい料理を食べるしかないと、話し相手がいないので、長居もできなくて、家でまったりごろ寝するしかないんですよねぇ」


 実感を交えて、柔らかく話してくれるのは智子さんで、双子ちゃんも懐いている看護士さんだ。


「さったんも、ひちょり?」

「パパちょ、ママは?」


 興味が移ったなぎともえが、智子さんに質問攻めをする。

 和威さんは、泣き止んでほっと溜め息を吐き出した。


「さっちゃんのパパとママは、なぎ君ともえちゃんのおじいちゃんと、おばあちゃんがいる和歌山よりも遠い九州にいるの。なかなか、帰省出来なくて気軽に会えないんだ」

「なぁくん、わきゃりゅ。ひちょり、ぢゃえ、ね」

「おお、なぎ君は正解だね。随分と難しい言葉を知ってるね。お勉強したのかな」

「あにょね。おやまにょ、ばぁばぎゃ、まぁくんちょ、ゆぅくんちょ、おーくんちょ、パパは、ひちょり、ぢゃえ、しちゃにょ、いっちぇちゃ」


 あー。

 あれか、一昨年のお正月に、双子ちゃんが一歳児の頃に、あんた達は一人だちしたんだから、お年玉は無しよ、と冗談を言っていたのを覚えていたのか。

 なぎ君の記憶力の良さに、脱帽である。


「おお、なぁくん、きゃしきょい」


 もえちゃんは、両手を拍手してなぎ君を褒め称える。

 そこで、ずるいとか妬まないのが、双子ちゃんの仲良しの成果だよね。

 私の幼い頃は、よく年上の兄と張り合ったものである。

 うんうん。

 私に容姿は似ているが、性格は似なくて何よりです。

 こうして、想定外な入院生活が始まりました。

 案の定、後日。

 お祖父様と我が母が、もえちゃんの一大事と騒いだのはいうまでもなかった。


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[気になる点] >「なぁくん、わきゃりゅ。ひちょり、ぢゃえ、ね」 >「おお、なぎ君は正解だね。随分と難しい言葉を知ってるね。お勉強したのかな」 ……よく聞き取れたなコレ……
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