その16
相手側の目的は、願いを叶える人物の所有権にあるらしい。
朝霧邸の表門で警護スタッフと押し問答する姿を、邸内の警護スタッフが常駐する監視部屋にて、監視カメラと集音器越しに和威さんと二人して見ていた。
初めは母国語で喚いていた相手側だったけど、警護スタッフが英語で会話できるか語りかけたら英語に切り替えた。
そうして、相手側が主張する要求は、王族の自分の求婚を断るとは何様だとか。
第何夫人になれば宝石やらドレスやらお前達が与えられない身分と財産を分けてやるのにとか。
夫が妻の所有権を求めて当然だとか。
妻の身内なら持参金代わりに油田の開発の資金援助をするべきとか。
聞いていて、不快な要求ばかり述べていた。
それから、表門の騒ぎを囮にして、裏門と中間部の壁を乗り越えて、不法侵入してこようとする不審人物がいて、そちらは警察があっという間に身柄を拘束していた。
そう、朝霧邸の周囲には騒動が起きる事を想定して、警察官が待機しているのである。
私達の隣にも、楢橋家の事件の時に後始末に奔走された管理官が同じ画像を見ている。
時折、部下の方に指示してスマホでやり取りされている。
「失礼します。先程、こちらの屋敷に不法侵入しようとしていた人物は、表門で騒いでいる方々の国の身分証を所持しており、またもう一組はマスコミ関係者だそうです」
「では、朝霧翁の指示通り、被害届けと大使館に抗議文書を提出致します」
警護スタッフの主任である沖田さんは、お祖父様と楓伯父さんの警護に朝霧グループ本社でお仕事されているので、朝霧邸の警護スタッフ責任者代理の副主任である坂本さんが対応されている。
まあ、想定内の出来事だったようで、提出する書類等はすでに準備されていた。
大使館宛にファックスが流され、管理官に書類が手渡される。
管理官は書類の不備がないのを確かめると、すぐに何処かへ連絡した。
少しだけ離れた位置に行かれたのは、警察内の情報が私達に漏れないように配慮されたのだろう。
管理官の連絡から数分と経たずに、黒塗りの外車と警察車両が表門の通りに次々と現れた。
黒塗りの外車から出てこられたのは、騒ぎの相手側と同じ国の方らしく、怒声混じりに横柄な態度でまくし立てていた自称王族の男性を母国語で最後通牒を言ったようだ。
騒いでいた自称王族の男性が、新たに現れた同国の年配の男性に顔色を青くして詰めよった。
「あの方はあちらの国の大使であり、朝霧邸前で騒いでいた男性の異母兄に辺ります。継承順位は上の方で、あの世間知らずな若造も命令を受け入れないとならない良識ある方です」
事情を知る管理官が説明してくれた。
何でも、騒ぎの張本人は王族とはいえ、継承順位はかなり下の位置にいて、本国でもあまり重要な役職に就けれない、言わば飼い殺しの状態にあったそうで。
所有する財産も他の王族より、かなり潤沢にある訳でもなく、異母兄の支援を受けて漸く王族らしい生活が出来ていた。
その辺りの鬱屈した精神が、自身の身分の成り上がりと、継承順位の昇格を目指して野心を抱いた。
国の内外から情報を精査して目を付けたのが、外交官として更迭された外務大臣の通訳に抜擢されて自国を訪れた朝霧グループの孫娘である真雪ちゃんだった。
当初は、新しい油田開発と設備投資の資金援助を目的てして、朝霧グループに接触を図ったものの、会長と社長からは色好い返事は無く、遠回しにお断りされたから、プライドを傷付けられたと逆恨みした。
そこで、他の他国の大企業にも打診したが、朝霧グループと関わりがある大企業ばかりだったせいもあり、朝霧グループが乗り気でない情報を他国も掴み、お断りの連続だった。
その辺りの事情を説明されて、追記として坂本さんが口を挟んだ。
「朝霧翁は、雪江様から助言されたようですね。あちらの国の石油資源は埋蔵されていた石油資源量が、新たに油田開発してもすぐに枯渇すると。ですから、資金を支援しても精算が取れず大赤字になるとの事でした」
「じゃあ、お祖父様はその情報を提携する他国の大企業に教えてたのね」
「恐らく、そうであると思います。でなければ、石油資源の優遇措置を選んで資金を支援する他国の大企業はあったでしょうから」
お祖母様は、先見の能力で朝霧グループがばく大な損失を出す原因を取り除いた。
お祖父様は、それを受けて他国へわざとらしく漏らしたのだろう。
まあ、楓伯父さんも疑いを持たず、謎の人脈関連を使って、他国の大企業が損失を出さないように手を打ったとみていいか。
そうして、他の誰も相手にしない状態になって、更に油田開発を推し進め、継承順位の昇格を果たそうとしたやらかした某王族男性は、他国がお断りする問題を解決しようと躍起になり、とうとう発端の朝霧グループの影の立役者である未来を予言し願いを叶えると噂されるお祖母様の存在を知る事となった。
ならば、その孫娘である真雪ちゃんを妻に迎えれば、己れの願いは叶ったも当然と考えるに至った。
国王には一目惚れした女性を迎えたいと奏上し、異母兄にも願いを叶える女性とは教えずに、ただ裕福な大企業の孫娘の持参金で油田を開発したいと相談した。
国王と異母兄は内心疑心を抱くも、朝霧グループと縁付くのを得策と思い、異教徒の女性を改宗を条件にして許可を与えてしまった。
しかし、朝霧グループの家系を紐解くと、真雪ちゃんは願いを叶える会長夫人とは血が繋がらないのが判明した。
その時には、日本の外務大臣は既に巻き込んで、仲間に引き入れていた。
真雪ちゃんは私達には言わなかっただけで、どうやら外務大臣直々に打診されていたみたいで、外務省のお仕事に差し障りが出る程、度々外務大臣に呼び出され説得されていたらしい。
外務省に勤める楓伯父さんの人脈さんが、楓伯父さんに密告してお祖父様の元にも話が伝わった。
勿論、お祖父様は大激怒。
外務大臣にではなく総理大臣に、お前の処の何某が親にも内密に孫娘に他国の王族と結婚しろと言ってるが、把握しているのか。
それとも、お前もその仲間かと問い詰めた。
お祖父様。
総理大臣に、お前はないんじゃないかなぁ。
まあ、お祖父様は総理大臣の支援者としても、格が高いし、人脈や経済界の派閥も最大な影響力を持つから、あながち上から目線で物申してしまえるのだけどね。
まさか、外務大臣が一外務省勤務の職員に、命令一歩手前な圧力かけているとは知らなかった総理大臣は、直ちに外務大臣にパワハラめいた行動を止めるように厳重注意をした。
また、外務大臣を巻き込んだ某王族男性も、真雪ちゃんの血脈を理由に方向転換を余儀なくされて、お祖母様の実子は我が母と、その娘である私の存在に嗅ぎ付けた。
けれども、母は年齢的に好みにあわず、私も既婚者であるのが判明する。
と、野心を捨てきれない某王族男性は、私と真雪ちゃんを取り替えてマスコミに公表して、既成事実を作り上げれば、朝霧グループも黙ると踏んだ。
愚かしいにも、程がある。
そんな雑なあらましに、誰が乗る気になるか、露にも思わなかったのだろう。
マスコミにはお金をばらまいて嘘の報道を流させ、外務大臣も会見を開いて部下が世紀のロイヤルウエディングの相手に選ばれて、喜ばしいと後押しする。
が、結果は、朝霧グループと宮内庁からの皇室声明が公開されて、真実は虚偽の塊だと世間に大きく取り上げられることになり。
外務大臣と補佐役の政務次官に、おまけに篠宮家のお山をぶんどろうとした他の大臣まで更迭される羽目になった。
日本の仲間であった外務大臣を失った某王族男性にも、自国の国王から叱責が行き、即帰国が命令されていた。
それなら、すぐに帰国すれば良かったであろうと言うのに、悪足掻きというか、私が手に入れば全てが覆されて、己れの思う通りに事が運ぶと信じて疑いもしないでいた。
あちらの大使館職員から、まだ諦めていない様子だと総理大臣に相談が行き、私の保護にと警察官僚の管理官が派遣された訳となった。
お付き合いいただいて、大変申し訳ないとは思ったけども、そんなお馬鹿な輩を野放しにしてしまった大使館側にも、苦情は言いたい。
まあでも、某お馬鹿な勘違い王族男性より上位の異母兄にも、他国で異母弟が取り返しのつかない外交問題にまで発展しかねない状態に陥っているのを報告して、異母弟の身柄確保と拘束をいち早く根回ししたのは誉めていいかな。
『愚弟、貴様は国王陛下のお言葉を無視しての行い、王族籍剥奪は免れないぞ』
『兄上。私は、私の妻を迎えに来ただけです』
『馬鹿者が。貴様と、朝霧家の孫娘とは婚姻の証拠はなく、相手の女性とは無関係の立場だ。貴様の妻だと、ようも言えるな』
『そ、そんな訳ありません。本国には正式な書類は提出し、成立したと返事が来ました』
『もう一度言う。この馬鹿者が。貴様はその婚姻の書類が、まともな呈を成していなかった事実の確認を怠ったな。相手の女性は、日本の法律に則り、既に既婚であるのが判明している。であるならば、貴様との婚姻は重婚にあたる。我が国では、女性の重婚は法律違反となる。よって、国王陛下の裁可が下され無効となったわ』
多分、私達にも聞かせるように異母兄さんは英語で、会話を繋げてくれている。
目上の異母兄が英語で会話してくる以上、目下の異母弟も英語で答えるしかないみたいである。
『母国の貴様の手下と成り果てた、役人は陛下より重罪が言い渡され処分された。貴様も王族だからと言って、甘い処分が下されると思うな。私が連れ帰らさないと帰国しない貴様に、情状酌量の余地はない。生涯幽閉を期待するなよ』
『あ、兄上。それでは、私の末路は……』
『日本の天皇陛下や皇太子殿下からも、抗議の連絡が来ている。親しい友人である方々の苦情だ。我が陛下も、貴様には失望なさっている』
ああ、生涯幽閉が駄目なら、生命をなげうった謝罪が来そうな気配だなぁ。
某お馬鹿な王族男性は、足の力が抜けた様子でへたりこんだ。
そんな異母弟を見て、異母兄さんは顎をしゃくり自分の配下に異母弟を拘束させて黒塗りの外車に乗せ、監視カメラに向かって一礼した。
『愚弟が騒がせて申し訳ない。後日、大使と共に迷惑かけた女性と家族や、朝霧グループの会長には謝罪に訪れさせていただく。その際は、こちらに来た方が良いだろうか』
『では、主人の指示を仰ぎたく存じます。大使館の方へ、改めてご連絡させていただきます』
『うむ、了承した。では、私は愚弟を連れて一度帰国させていただく。何か、また母国の者が押し掛けたら、大使館なり自国の警察なりに連絡し、引き取って貰って構わない』
『承諾致しました。その件も、主人にあわせてご報告させていただきます』
『うむ』
警護スタッフの丁寧なやり取りを終え、再び一礼して騒動の張本人と保護者達は帰っていかれた。
私の出る間もなく、終わってしまった。
これで、なぎ君ともえちゃんの不安は取り除かれたね。
ほっと、一安心です。
「俺の警戒は、無用の長物だったな」
和威さんが呟いた。
いいえ。
側にいてくれて嬉しい限りでしたよ。
監視部屋から出て行くと、私はすかさず和威さんの腕に腕を絡めて甘えてみた。
和威さんは目を細めて、受け入れてゆっくり歩きになった。




