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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
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その9

 恵美お義姉さんが巻き込まれた、遺産相続問題。

 朝霧家から派遣された弁護士と小鳥遊精機の顧問弁護士が間に入り、遺産相続問題はあちらの弁護士同士での話し合いで、折り合いを付けるように指示したのもお祖父様だった。

 お義姉さんのお兄さんとお母様が、あちらの家族に精神的虐待を受けていたのを記録媒体に残し、仕返しを画策していたのを見逃していた節もあるなぁ。

 もしや、知恵を貸していたりするのかも。

 でないと、お祖父様もああまでお怒りにならなかっただろうしね。

 まあ、楓伯父さんも窮状は把握していたようだろう。

 それなのに、こうして小鳥遊家に事件が起きてしまった。

 またまた、警護スタッフと言うか、朝霧グループの朝霧セキュリティ部門会社の失態に、沖田さん達が責任取らされて解雇されないといいのだけど。

 何だか、寒気がしてきたぞ。


「琴子様」

「はい?」

「あらあら、何だか暗い雰囲気ねぇ」


 両腕をさすっていたら、珠洲ちゃんの警戒した声音で呼ばれた。

 振り返ると、廊下側に真奈美義伯母さんの姿があった。

 微妙にゆらゆらと身体を揺らして佇んで、あまり良くない嗤い方をしている。

 視線も虚ろで、誰も視認していない。

 珠洲ちゃんが、牽制して私達と真奈美義伯母さんの間に割って入る。

 しまった。

 油断した。

 完全に、真奈美義伯母さんは悪いモノに憑かれている。

 でも、おかしい。

 朝霧邸の結界に侵入しようと足掻いているモノは、依然として外にいる。

 別口の呪詛?

 施されている結界を、どうやって乗り越えて侵入された?


「琴子様、申し訳ございません。真奈美奥様は外部からの電話を取られてから、様子がおかしくなりました。足止め致しましたが、力及ばず、申し訳ございません」


 喜代さんが足を引きずりながら、真奈美義伯母さんの背後に現れる。

 お祖母様がいない朝霧邸の女主人は真奈美義伯母さんだか、喜代さんと富久さんは自然と真奈美義伯母さんの下につく形で、朝霧邸に残ってくれていた。

 本来は、付き人であり護り人である人材は、主人が亡くなれば殉死するか、遺言通りに寿命を迎えるまで、遺族の元に残り守護の役目を全うする。

 富久さんと喜代さんも、お祖母様の遺志に従い、朝霧家を守護する役目を最期まで貫くと決められた。

 そうして、新たな朝霧邸の女主人を支える為に、真奈美義伯母さんの下で次代の育成をしている。

 どうやら、真奈美義伯母さんの異様な有り様に、阻もうとしたけれども、憑かれた者特有の異能な力で排除されたと見ていい。

 和威さんも悠斗さんも小鳥遊さんも、異質な真奈美義伯母さんの姿に、何事が起きたか理解された様子で、私と恵美お義姉さんを庇おうとしてくれている。

 口を開かないのは、余計な事をして、相手を挑発しないようにと思案した結果だろう。

 篠宮家も、旧き媛神様を奉る家柄だけに、異様な出来事への対処方法は教授されていると聞いたっけ。

 まあ、篠宮家は神聖なお山での対処方法だから、悪霊と対峙した場合の対処方法とは異なるだろうけど。

 緊迫した雰囲気が支配する均衡を破ったのは真奈美義伯母さんだった。

 定まらない視線が、恵美お義姉さんへと移る。

 決して真奈美義伯母さんがしない他者を見下した、高圧的な表情を恵美お義姉さんに向ける。


「ねぇ、先程から煩いの。だから、恵美さん消えてくれないかしら」

「えっ? あの、どういう意味でしょうか」

「だからぁ、貴女、小鳥遊恵美さんでしょう?」

「いえ、ちがいます」

「あら、そうね。篠宮恵美さんだったわね」

「はい、そう……」

「恵美!」

「お義姉さん、駄目!」


 もえちゃんが返事をしないでと言ったのを、お義姉さんは忘れてしまったようだ。

 悠斗さんが、お義姉さんの口を右手で塞いだけれとも、遅かった。

 あれは、お義姉さんを認識した。

 にいっと、弧を描いて真奈美義伯母さんの口元が嗤い、憑いていた悪意が真奈美義伯母さんから離れ出す。

 それは、黒くて暗いヘドロの様な形を成していた。


「お母さん?」

「もえ様、いけません」

「ママ、おしょちょ、いりぇちぇ、あえちぇ」


 異変を感じたのは私達だけではなかった。

 隣室の子供達が起き出して、此方に来ようとするのを彩月さんに止められていた。


「ママ、おしょちょ」

「もぅたん、あぶにゃいよ」

「もえ。来たら駄目だ」


 彩月さんの腕を掻い潜り、なぎ君に服を握られているもえちゃんは、盛んに外をと指差して幼いながら結界に干渉してきた。

 本人は無意識にしているのだろうね。

 すぐに、額に汗をだし始め、へたりこんだ。


「もぅたん?」

「うう、おしょちょ~」


 依り代を脱いだ暗いヘドロは、結界内の浄化作用によって動きを制限されるも、ゆっくりと標的である恵美お義姉さんを目指して移動している。

 あれは、はっきりと視認して分かった。

 呪詛ではない、人の負の感情による悪意の塊でしかない。

 それも、一人や二人といった少人数ではない、二桁にも亘る人の怨念が集い、恨みを晴らそうとしている。

 なら、外の悪霊は?

 もえちゃんを信じるなら、外の悪霊は篠宮家を守護する神使が穢れを代わりに引き受けた味方であるはず。

 パンっと柏手を打ち、結界に穴を開けて、外の悪霊を招いてみた。


「琴子様?」


 珠洲ちゃんは感知したのだろう。

 外から侵入してきて、此方を目指して翔ぶように移動してくる悪霊を迎え撃とうと神水を操った。

 単なる水が、空中で鋭利な槍へと変化した。


「珠洲ちゃん、間違えないで。外の悪霊を攻撃しないで」

「ぎ、御意。では、此方を撃ちますか?」

「それも、待機」


 真奈美義伯母さんは、憑いていたモノが完全に離れたら、正気を失い倒れ伏した。

 喜代さんが痛めた身体で受け止め、神水を振り掛けて清めているので、其方はお任せした。

 果たして、一目散に此方を目指して移動してきた悪霊は、唸り声を発してヘドロの悪意へと食い付いた。

 一見すると変質した動物霊の体を成している。

 元の器は大型犬かな。

 ヘドロを噛み千切り、的確に悪意である負の感情を消しさっていく。

 その度に、怨念の塊が悲鳴をあげて元の持ち主へと還っていく。

 呪詛返しは、呪詛をした者へとその呪詛が数倍になり還っていくのが定石である。

 その呪詛が死を願うモノなら、死が還っていく。

 単なる、不幸を願うだけのモノなら、命は失わないだろうけど。

 このヘドロの悪意は、恵美お義姉さんを消してしまえとばかりに、怨念が込められている。

 それが還る。

 呪詛返しの形代を用意してない限り、怨念の持ち主は助からない。

 多分だけれども、このヘドロの悪意は意図して呪詛されたモノではないから、悪意の持ち主は自分が恵美お義姉さんを呪詛しているとは気付いてはいないだろう。

 だから、形代なんて用意してない。

 還ってきた呪詛を、まともに受けるしかない。

 恐らく、明日の紙面か報道番組で、不審な死を遂げた話題が出てくると思われる。


「琴子、これは、どうなっているんだ。何故、視る事が出来ない俺にも視えているんだ」


 破邪の体質を持ってはいても、霊視能力がない和威さんが不思議がっていた。

 それはですね。

 朝霧邸がある意味、神聖な場所であるのと、外から来た悪霊が篠宮家に関連しているからとしか説明は出来ない。

 悪霊に喰われ、噛み千切られ、ヘドロの悪意は段々と小さくなっていく。


「珠洲ちゃん」

「はい」

「紅い点が視えている?」

「はい、感知しております」

「なら、私の祓いの祝詞が終わったら、その神水の槍を撃って」

「御意」

「和威さんは、もえちゃんとなぎ君の側にいてあげて。特に、弱っているもえちゃんに、悪意を近付かせないで」

「分かった」


 私の指示に疑問を挟まず、和威さんは従ってくれた。

 感謝します。

 後で、きちんと説明はします。

 へたり込んでいるもえちゃんと、心配しているなぎ君を抱き上げて、隣室へと下がるのを見届け、柏手を打ち祓いの祝詞を唱える。

 悪意のヘドロは、散々噛み千切られて抵抗する気力が失われ、祓いの祝詞で更にダメージを負い、神水の槍に核を貫かれて消滅した。

 その際、少しだけ脇に控えた悪霊に触れてみた。

 ああ、やはり。

 この子は、篠宮家縁の神使だったのが分かった。

 悠斗さん一家を守護しようと、自らの浄化能力を越えた穢れを自身で受け、本来の姿を失った媛神様の神使だった。

 ヘドロの悪意は完全に浄化でき、この場を清めた後も、この子は悠斗さん一家を守護しようと穢れにまみれても役目を遂行しようとしている。

 念の為、この子にも祓いの祝詞を唱えて、穢れを祓ってみた。

 しかし、完全な祓いにはならなかった。

 ヘドロが纏っていた暗い雰囲気が幾分か、晴れただけに終った。

 どうしたら、穢れが完全に祓えるだろうか。


「ゆーくん、おにゃまえ、よんぢぇ、あえちぇ」

「名前?」


 悩んでいたら、再びもえちゃんの助けてがあった。

 そうか、名前だよ。

 真名による、存在の固定だよ。

 この子は、穢れにまみれて本来の姿を失った。

 なら、正しい真名を呼べば、自我も呼び戻せる。

 現状のこの子は、ただひたすら悠斗さん一家を守護する本能でしか、行動していない。


「悠斗さん。この子は、媛神様の神使ですけど。悠斗さんの前では、別の姿で身近にいた存在です。悠斗さんと悠斗さんの家族を守護する為に、穢れを身に引き受けて悪霊にまで位階が落ちました。ですが、悠斗さんが知るこの子の真名を呼べば、この子は媛神様の恩恵が再び戻るんです。どうか、名前を呼んであげてください」

「名前。特に、思い当たる名前がないのだけど」

「私が伝えれる事は、この子は悠斗お義兄さんを主人とはしてはいなかった様ですが。この子にとっては、主人に逆らってでも、悠斗さんの味方であった存在です」


 逡巡していた悠斗お義兄さんが、はっと思い至ったのかある名前を口にだした。


「まさか、(げん)なのか?」


 ワン。


 名前を呼ばれて、悪霊であった姿がみるまに変化していった。

 ふさふさの白い毛並みの紀州犬が、千切れんばかりに尻尾を降って喜びに満ちたとばかりに悠斗さんに近づいて、顔を舐める仕草をした。

 悠斗さんは、信じられないと表情を歪めて、厳を抱き締めようとした。

 不思議な縁での邂逅に、悠斗さんの目から涙が溢れた。

 良かったね。

 漸く、気付いて貰えたね。

 人知れず、頑張って守護してきた苦労が報われたのだ。

 暫し、恵美お義姉さんが狙われた事象を忘れて、見守っていた。


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[良い点] 忠犬 厳公 「厳よ、お前だったのかい」 [気になる点] >本来は、付き人であり護り人である人材は、主人が亡くなれば殉死するか(略 こえぇよ!
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