その6
その日は、突然やって来た。
お祖母様の葬儀によって延期されていた、なぎ君の検査入院の手続きを彩月さんと話していた昼過ぎ。
小上がりでなぎともえは、お昼寝中だった。
子守り役の珠洲ちゃんは、休憩時間に入って貰っていた。
司郎君と峰君は、何か和威さんに頼まれたお仕事で不在。
留守番を任されたワンコが、双子ちゃんと一緒にお昼寝をしている。
ぬいぐるみとなぎ君の腕を抱えて眠るもえちゃんは、無意識になぎ君と離れる事を察知していて、最近ご機嫌が斜めである。
いやいや期も重なり、嫌と拒否する事が増えていた。
なぎ君と二人して、私の後をカルガモの雛よろしく付いて回る。
先見で見ているのか、夜泣きする頻度も増していたりする。
これで、本当になぎ君と私が不在になったら、情緒不安定になるのは間違いがない。
どうしたらいいか、彩月さんと話し合っていた。
「なぎ様の検査入院は、まだもえ様にはお話されてはいないのですよね」
「そうなのだけど。やはり、お祖母様の血筋だけあり、第六感と言うか、先見の結果なのか、私となぎ君が病院に行くのを、悟られている節が」
「なぎ様が退院される日に、何度か家に帰れるのを主治医に確かめていましたね。その時に、一時的な退院だと話されていたのかもしれませんね」
「ああ、そうか。先生に、本当に帰っていいか聞いていたのは、また入院しないか疑っていたのかも」
なぎ君の退院時に、主治医の先生やら看護士さんに家に帰るのを、何回か確認していたなぁ。
もえちゃんはなぎ君の一時退院を、完全な退院と思っていたし、私達も真実を話していないつけがやって来たんだよね。
お祖父様が、和威さんの会社に人材を派遣したとはいえ、和威さんの担当するお仕事が減った訳でもなく。
有給休暇の遅れを取り戻すかの如く、帰宅時間も遅くなっていた。
夕食を一緒に取れない、お風呂も一緒に入れない。
なぎともえも、パパとのスキンシップ時間が減少して、滅多に言わない甘えた我が儘を口にし始めていた。
そんな中で、なぎ君の入院によって、もえちゃんのお世話を和威さん一人に任せるにはいかなくなった。
まあ、私も水無瀬家の巫女としての役割りが任せられ、治水際の要望がある地方から依頼されている。
しかし、水無瀬のおじ様が、喪中の年度は巫女を派遣しない仕来りであると断りを入れ、ご自身が神職として執り行うと言われている。
その代わり、使用する御札に龍神様の神通力を込めるのを、依頼された。
その御札は、水無瀬家の女性神職さんが恭しく手配してくれた御神水と墨を使い、木札と和紙に祈願文と祝詞を記入して、既に納入済み。
朝霧邸に、お祖母様が巫女のお仕事をする部屋が有り、精進潔斎を済まして初めて巫女のお役目に臨ませていただいた。
巫女の継承の知識により、祈願文と祝詞をお手本が無く記入できてしまう神秘を体験した。
自宅で出来る範囲での巫女のお務めに、水無瀬家の分家は何かしら文句を言っているそうだ。
石蕗のおじ様が、探りを入れてくれて入手した情報によると、私と兄が水無瀬家の巫女と当主に相応しくないと、ある分家の人間が何やら企みを企ているらしい。
まあ、抜け目ない兄だし、先見の才も発揮して、既に対処はされている。
水無瀬家関連には、兄と水無瀬のおじ様が采配を振るい、改革を始めている。
その際に、巫女のお務めに関しても、私が育児中でもあり、なぎともえもまだ二歳児であるのも考慮して、遠方の依頼は代理の神職さんを派遣するという。
ただし、使用する御札やらは私が手作りして、納入する手筈になるけど。
だから、巫女のお務めは、暫くは制限してくれていた。
しかし、今の問題はなぎ君の入院にある。
我が母が、名乗りをあげてお世話は任せてと言ってくれているも、もえちゃんが私や和威さんになぎ君までいないとなると、一人でお留守番は盛大に泣くだろうなぁ。
いや、周りの空気を読んで我慢してしまうかもだ。
前回の様に、和威さんが朝にもえちゃんを病室に連れて来て、病院で過ごさせる事が可能だろうか。
お祖父様に相談しようものなら、寄付金と言うお金を病院に積んでしまいそうで、怖くて出来ない。
彩月さんと、ああでもない、こうでもないと話し合っていたら。
ワン!
なぎともえと一緒に寝ていたいちが、珍しく吠えた。
「ママぁ~」
切羽詰まったもえちゃんの声も聞こえて、慌てて小上がりに走った。
いつかみたいに、起き上がり、遠くへ視線を向けて、見るまに涙か浮かんでいた。
なぎ君も、追従する形で跳ね起きた。
「もえちゃん。どうしたの? ママは、ここにいるよ」
「ママ、にぃにぎぁ、ろぅくんちょ、みーくんも、みぃんな、おけぎゃ、しちゃう。ゆーくんにょ、おうちに、おっきにゃ、くぅまぎゃ、どかんっちぇ」
「ママ、なぁくんも、みちゃ。きょわい、ひちょ、いっぱいぢぇ、にぃにちょ、えみたん、どっきゃに、ちゅえちぇ、いっちゃうにょ」
「ゆーくんにょ、おうち、まっきゃにゃ、おおきにゃ、かじに、なっちゃう」
代わる代わる先見で視た出来事を話してくれたけど。
要約すると悠斗お義兄さんのお家と言うか、恵美お義姉さんの実家に同居している工場が隣接する家に、大型車が突貫して火災に発展するという事?
司郎君と峰君が捲き込まれているという事は、和威さんも悠斗さんの家に何か事件が起きると分かっていたの?
彩月さんを見やると、スマホで何処かに連絡していた。
「ママ、しょうくん」
もえちゃんが兄を呼ぶと、私のスマホが鳴り出した。
多分、兄から何だろう。
抱きついていたなぎともえを離して、テーブルに置きっぱなしになっていたスマホを手にする。
通話を押しながら、なぎともえの元に戻る。
すぐに、また抱きついてくるなぎともえを安心させるために、交互に背中を撫でた。
『琴子、済まん。事後承諾になるが、珠洲を借りた』
「珠洲ちゃんを?」
『ああ、沖田さんにも指示を出して、悠斗さんの自宅に警護スタッフを向かわせた』
「もえちゃんによると、人的な事故が起きて火災になるということらしいけど。一体、何がおきている訳なの?」
『これは、篠宮家というより、琴子の義理のお姉さんの事情による案件だ。俺が勝手には話せんが、遺産相続問題である事だけは告げておく』
確かに部外者が、あれこれと人様の事情を詮索するには障りがある。
兄が、詳細を話そうとはしないのも分かる。
ましてや、兄と恵美お義姉さんとの間には、義理の姉妹の仲である私しかいない。
一親戚の関係でしかない兄が介在するには、それなりの理由がいるよね。
『ただし、恵美さんに関しては、じい様も事情は把握している。と言うか、立派な関係者だな。だから、朝霧家を動かせる。その点で、悠斗さん一家を朝霧家が保護する』
「緒方家では、駄目な訳があるんだ」
『ああ、あちらのバックには、裏社会の人間が介入している。じい様なら、其方に顔が効くから、黙らせる事が出来る』
朝霧グループは日本を代表する大企業だから、裏社会の某自営業な方々とは、其れなりに付き合いがあったりする。
それは、仲良しと言うのではなく、派手に対立した過去があった。
あちらが暴力で持って朝霧グループの業務を妨害してくるなら、お祖父様は財力でもって迎え打った。
フリーランスの対テロリスト傭兵団を雇用して、プロの暴力に対する殲滅力を知らしめた。
これにより、ある組織は壊滅して、その上の組織からは、対立しない誓約を結んだ。
よって、朝霧グループの社員や身内に、某組織が手をだそうモノなら、再びの殲滅戦が待っている。
今回は、朝霧会長の孫娘の義理の兄一家が狙われた。
その線で、朝霧家が介入に至った。
うわぁ。
恐らく、あちらの某組織の方々は、蜥蜴の尻尾切りで下部組織を差し出して、手打ちにするだろうな。
そうして、私達が知らない裏側で、どれだけの人数が行方不明になるだろうか。
朝霧家の孫娘であるからには、そうした裏側の事情もある程度は知らされる。
武藤の父は、関わらせたくはないのが本音であろうが、見てみぬ振りをするしかない。
兄からの連絡を終えて、なぎともえを落ち着かせて時を待つしか手はなく。
夕方五時過ぎに、漸く母屋に悠斗さん一家を招く事が出来た。
「「にぃに~」」
身内しか入れない奥の客間に連れて来られた巧君と司君を見るなり、双子ちゃんは駆け出していった。
外見的には、大きな怪我は見当たらない。
朝霧家の介入が間に合ったのだろう。
しかし、悠斗さんと恵美お義姉さんのお父様は、はっきりと殴られたと分かる青あざが顔にあった。
恵美お義姉さんも、左肩の辺りで服が破れていた。
多分、うちの警護スタッフの上着を借りて羽織っていたのだけど、身動きされたら見えてしまった。
「沖田。事情を話せ」
お祖父様が、悠斗さん達の怪我に固い声音で、警護に回ったスタッフの不備を問い質した。
「申し訳ございません。ダンプカーの突入は阻止致しましたが、事前に工場を破壊する目的で入り込んだ輩を見過ごしました。お子様方を拐おうとするのに抵抗されていた恵美様と、お子様方の保護を優先した結果、悠斗様と小鳥遊様に怪我を負わせてしまいました」
「奏太やもえが視た火災は?」
「はい、其方は対処が早く、又珠洲さんのお陰で壁を焼いただけで済みました」
「ふむ。沖田にしては、手順が悪かったな」
「はい。当初、想定していた以上に抵抗され、和威様のお付きのご兄弟と悠斗様のお付きの篠宮家の家人に、入院が必要な怪我を負わせてしまいました。誠に、申し訳ございません」
えっ?
司郎君と峰君と悠斗さん付きの家人が入院?
それって、うちが間に合ったと言えるのか微妙な判断だ。
お祖父様も、更に険しい表情をされている。
「分かった。この責は、減給と謹慎でもしておれ。篠宮家の本家とは儂が話を付ける。それに、今回の暴挙に至ったあちらの方にも、儂が引導をくれてやるわ。小柴と安西を呼び出せ」
「隣室に待機させております」
「ん、あい分かった。なぎ、もえ。ひぃじぃじが、二人のにぃに達の仇は取ってやるからの。安心しておるがいい」
「ひぃじぃじ、わりゅい、ひちょ、けちょんけちょん、しちぇね」
「あい、たぁぷりちょ、ごつんこ、しちぇね」
「任せるがいい。沖田、お前は謹慎じゃ。次席の警護スタッフを配置せよ」
「御意に」
お祖父様は、顧問弁護士さんと沖田さんの次に信頼する警護スタッフを連れて、肩を怒らせて出掛けていった。
この間、私達は口を挟めなかった。
唯一、お祖父様を頼りにしたなぎともえだけが、ぷんぷんしてお祖父様を見送った。
悠斗さん一家は、安堵からかあまり調子がよくなさそうに見える。
事情を聞く前に、一休みされた方が良さそうだ。
待機していた喜代さんに、お客様用の寝室の手配を頼んだ。
さて、和威さんにも一報は入っているから、定時で帰宅するだろう。
少し、問い詰める必要がある。
私だって、篠宮家の嫁だ。
せめて、相談くらいして欲しかった。
悪いけど、和威さん。
私の機嫌は斜めですからね。
絶対に、逃がしてはあげない。




