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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
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その3

 朱塗りの扉を開けた先は、朱塗りの屋根付き渡り廊下が続いていた。

 水無瀬家の本家は京都にある町屋敷と、府内のある山屋敷と別たれている。

 私達が先程までいた屋敷は山屋敷の方で、最低限の手入れしかしていない自然の真っ只中にあった。

 神職の家系ではあるが、他者が参拝するようなお社はない。

 自然の湖を祭神たる龍神が竜宮から地上に渡る場であると謂われ、お祀りしているのだ。

 神聖な場所に他者が入る余地はなく、また神域であるが為に湖を視界におさめる事が出きるのは当主と巫女だけに限られている。

 お祖母様のご遺体は、当主である水無瀬のおじ様によって既に湖のほとりに安置されているが、本葬の儀を見ることはおじ様でも許されてはいない。

 だから、なぎ君が排除されるかもと密かに不安でいたけども、もえちゃんと手を繋いでいるからか、龍神様が特別にお許しくださたっか、一緒に扉を潜り抜けたる事が出来た。

 龍神様のご配慮に感謝致します。

 一礼したら、なぎともえも私に習い、頭を下げる。

 微笑んでみていたら、気付いた双子ちゃんもにっこり。


「じゃあ、先に進もうね。ちょっと歩くのが続くけど、頑張って歩こうね」

「「あい」」


 二人仲良く片手を挙げていいこのお返事。

 微かにどなたかが笑う気配があった。

 龍神様かな?

 最初は怯んだなぎともえを促して、渡り廊下を歩む。

 この場所は、既に神域にあたる。

 冬の季節である筈なのに、緑豊かな森林に囲まれて緩やかな登り坂を歩いていく。

 結構歩いているが、なぎともえは疲れたとは言わず、にこにこと笑顔で歩いてくれている。

 稚児衣装で歩きにくいかなぁとも思ったけど、文句一つも口に出さないで歩いている。

 私も巫女装束の頭の飾りが重たいのだけど、不思議と疲れたとは感じないから、神域の恩恵だろうか。


「ママぁ。りゅうしゃん、いっぱい」

「あら、本当ね。お祖母様をお見送りに来てくださったのかな?」

「んー? にゃんきゃ、なぁくんちょ、もぅたんを、みにきちゃっちぇ、いっちぇうよ」


 幼子は祭神様に好かれ易いと、水無瀬のおじ様は言ってられたな。

 それとも、次代の当主と巫女候補が双子であるのが、興味を引かれたのかもね。

 緑の木々の合間に、かなりの龍神様が私達を伺う姿が見えた。

 そして、もえちゃんの感応力の高さに、驚いた。

 巫女となった私にも聴こえているけど、私に宿る龍神様以外のお声ははっきりと言葉としては聴こえにくい傾向にある。

 それは、お祖母様も同様ではあった。

 周囲に顕現されている龍神様は、過去の巫女に宿る龍神様でお役目を解かれて竜宮に帰還されたか、各地方の水脈を維持、管理をされている筈なのだけども。

 本葬の儀に関わる龍神様はお祖母様の龍神様と私の龍神様以外は、顕現されないと継承した記憶にある。

 皆様、退屈しのぎではないのを祈ろう。


「あっ?」

「いちゃい」


 もえちゃんの身体から、静電気めいた雷が迸り、周囲の龍神様に襲いかかった。

 手を繋いでいたなぎ君が、静電気のとばっちりを受けて、手を離した。

 みやると、少し赤くなっていた。


「なぁくん、めんしゃい。りゅうしゃんぎゃ、おやきゅめ、はちゃしにゃしゃいっちぇ、おきょっちゃにょ。えーちょ、あちゃりゃしい、みきょちょ、なぁくんちょ、もぅたん、きょーみ、しんしん、にゃんぢゃっちぇ」

『然り。あ奴ら、先代巫女の本葬に託つけて、我等の姫や若君を、観察に来たのだろう。我が巫女よ。気にするなら、我も排除致すが?』


 私ともえちゃんに宿る龍神様は、位階が高い龍神様であるので、私達を格下と感じる行為をする他の龍神様に容赦がなさそうである。

 見物してないで、仕事をしろ。

 さっさと、関係がない龍神は竜宮に帰還しろ。

 私達に宿る龍神様が、威嚇しているのを止める術が新米巫女にはありません。

 私からも雷が発生して、周囲の龍神様が追いやられていくのを黙って見ているしかなかった。

 位階の高い龍神様に追い払われた龍神様は、やたらフランクにけちー、とか伝えて飛び去って行かれた。


『阿呆め。本葬の儀を軽んじておるなら、長老方にお説教が待っておるわ』

『然り、然り。我等の姫と若君は、見世物ではないわ。神聖な場所に不埒な考えを持ち込みおって。これでは、先代を厳かにいと気高く見送れんわ』


 龍神様達は憤慨している。

 まあ、なぎ君の赤くなった手は、すぐに赤みが引いていった。

 恐らく、龍神様が癒してくださったのだろう。

 なぎ君も、もう痛くないと言う。

 有り難うございます。

 内心で感謝したら、神域ならではの恩恵だからと念を押された。

 そうだよね。

 人の耳目がある場所では、すぐに回復されたら異端者扱いだしね。

 それと、水無瀬のおじ様の娘さん一家の悲劇再来なんて事が起きたら、ただでさえなぎともえが大怪我した事件で龍神様がお怒りになり、今年度の天候は波乱に満ちているのに。

 更に、また事件が起きたら時期外れの台風やら嵐で、日本は大打撃を受けるのは確実だ。

 本葬の儀が終わるやいなや、そのお怒りを鎮めないとならない。

 お祖母様から内閣府へ、そこから象徴の方に伝わり、霊鎮めを依頼されているのだ。

 被害に遭う地に篠宮のお山も含まれるのだから、必死になってやらさせて貰うしかない。

 あの事件の黒幕だった某議員と直接的に怪我を負わせた川瀬の生誕の地に、反撃をとか龍神様は言われているから、篠宮のお山が被害に遭うのは絶対に避けたい。

 だって、既に媛神様が天罰を下しているのに、更に龍神様の天罰がお山にだなんて、某議員と川瀬とは無関係な他人まで巻き添えになるのはおかしいよね。

 その辺りの機微を龍神様は頓着しないから、鎮めるのは大変な労力になるだろうとは思う。

 頑張らねば、なるまい。

 私で鎮まらなかったら、なぎ君ともえちゃんのお願いに頼るしか手はないが。

 幼子の無垢なお願いに、龍神様が折れてくださるのを願うしかない。

 悶々と唸っていたら、


「ママ、ぢゃいじょうぶ?」

「ママ、ぢょうしちゃにょ?」


 双子ちゃんに、心配された。

 何でもないよと、笑顔を作り、歩みを再開した。

 不思議そうな、納得いかない表情をしていたなぎともえも、次第に静謐な雰囲気が漂い始めたので、そちらに意識が向いた。

 私も神域を訪れるのは初めてである。

 水無瀬のおじ様からは、湖をお祀りしていると幼い頃は聞き流していたのが悔やまれる。

 近付いていくに連れて、水が流れ落ちていく音が聴こえてきた。

 あれ?

 湖だよね。

 滝があるとは聴いてはないんですが?

 私も漠然と、巫女の記憶を継承したあの水場だと思っていたら。

 渡り廊下が行き着いた先には、広大な湖と大瀑布の滝が待ち受けていた。

 一瞬、ナイアガラの滝と勘違いする程の景色に、目を疑った。


「ひぃばぁば」

「ねんね、にゃんぢぇ、おふねにょ、にゃきゃ?」


 双子ちゃんに指摘されて、お祖母様のご遺体が小舟に乗せられて安置されていたのに、気付かされた。

 その小舟の周囲には、長年お祖母様と共に巫女を守護されていた龍神様が居られた。


『新たな巫女。お待ちしておりました。では、本葬の儀を執り行いましょう』

「はい、分かりました」


 お祖母様の龍神様は女性的な口調で、私に事務的な内容として話しかけてくる。

 彼の龍神様にとっては、優先されるのはお祖母様の事柄のみなのだろう。


「なぎ君、もえちゃんは、ここで待っていてね。ママが祝詞を唱えたら、ひぃばぁばに向かって、安らかにお眠りくださいと、声に出さないでお祈りしてあげてね。ママの言う事、分かったかな?」

「あい。ひぃじぃじも、おねぎゃい、しちゃにょ」

「ひぃじぃじにょ、きゃわりに、なぁくん、なむなむ、しゅりゅ」


 死の概念を知る双子ちゃんである。

 ひぃばぁばが、もう二度と起きてこない意味を理解している。

 身内のみの葬儀には、お祖父様の傍らにいて貰い、参加はさせてはいなかったけれども。

 葬儀に読経は必須。

 テレビでか、前世でか見聞きしたのか、手をあわせて神妙な顔付きで、読経らしき文句を口に出す。

 ああ、それとも篠宮家の法事かな。

 篠宮の義祖母さんが毎日欠かさずおこなっている、仏壇で弔いの真似かもね。

 何にせよ、頼りになる言葉を聴いたから、安心して途切れた廊下の先へと足を運んだ。

 小舟の横にて、水面に立つ。

 私に宿る龍神様が私を守る気配に包まれて、湖の中程まで進む。

 追従する形で小舟も自動で付いてくる。

 大瀑布の水飛沫がかかりそうな位置で止まり、本葬の儀である葬送の祝詞を唱え、神楽を舞う。

 ただ一心に、お祖母様の死を悼み、偉大な業績を残された偉業を讃え、安らかに眠ってくださるのを祈る。

 と、耳に舌足らずながらも、私と同じ祝詞を発する幼い声が響いてきた。

 なぎ君ともえちゃん。

 二人もひぃばぁばを見送ろうと、してくれるんだね。

 ひぃばぁばも、可愛い曾孫に悼われて安堵されるね。

 頭の飾りが雅楽の代わりに、音を鳴らす。

 祝詞を唱えながらの神楽は、かなり身に堪える。

 神域の恩恵で疲労は軽減されているも、集中力と体力の消耗は激しい。

 しかし、やりとげなければ、巫女とは名乗れはしない。

 祝詞と神楽を捧げて、お祖母様を、先代の巫女を見送らなければ、龍神さまには巫女とは認めては貰えない。

 本葬の儀こそが、巫女への最初の儀でもあり、見極めの儀でもある。

 私が失格の烙印を押されたら、巫女はまだ幼いもえちゃんに重責を担わせないとならなくなる。

 そして、小さな身体に多大なる負荷をかけさせることに繋がる。

 そんなことは、絶対に任せたくはない。

 だから、最後まで精神を研ぎ澄ませ、体力の限界以上に儀を執り行う。

 ただひたすらに、私が巫女として周知されるまで、祝詞を唱え、神楽を舞う。

 判断されるのが誰かだなんては、考えてはいけない。

 視界の端で、私の傍らに留まっていた小舟が大瀑布に向かって流されていく。

 水の奔流に呑み込まれて沈没するかに見えた小舟は、重力に逆らって大瀑布の上にと登っていった。


『巫女の確たる意思、信念、見事なり。先代は、竜宮におわす龍王の身元に辿り着いた。本葬の儀、これにて終着となる。巫女よ。我等が守護せしめる巫女よ。雪江の半身として、礼を言う。雪江は、安らかに龍王の身元にて眠るでしょう。巫女よ。そなたは、そなたであれ。決して、雪江であろうとするでない。そなたは、そなたである。しかし、我等の力を欲に憑かれて、他者を見下すことなかれ。我は、二人目の祖母として、そなたを案ずる。また、そなたが産み育てし双子。山神たる媛神の加護も持つ、水無瀬の新たな血筋となるであろう稀なる双子。我等も、慈しみ、健やかなる成長を願いましょう』


 有り難う。

 お祖母様の龍神様が、忠告と謝意を示して、去られていかれた。

 私は、一人残された水面で、涙を溢す。

 お祖母様。

 どうか、安らかに。

 そして、なぎ君ともえちゃんの成長を竜宮にて、見守ってください。

 お祖父様は、竜宮に迎えてくださるかはわからないけど。

 まだまだ、お迎えには来ないでくださいね。

 お祖父様のお土産話を楽しみにしていてください。

 こうして、私は龍神様にも巫女として認めていただけた。

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