その2
お祖母様の葬儀は、身内だけに厳選して粛々と執り行われた。
水無瀬家からは、当主のおじ様と従兄弟の石蕗のおじ様が代表で出席した。
以外の水無瀬家の親類は、本葬の儀で水無瀬家本家で準備をされている。
お祖母様は水無瀬家の巫女である為、代々巫女が眠るお墓に納骨する必要があった。
それは、巫女の亡骸を使用した呪詛に利用されない為の処置で、お祖父様には遺髪を水無瀬のおじ様が秘密裏に手渡していた。
ただし、絶対に人前には出さない事と、吹聴しない事を約束したうえでの事である。
そうなると、考えさせられるのは私の没後だ。
篠宮家の墓には入れず、和威さんとは死後も一緒に入られないのか。
何だか、地味にへこむ。
お祖父様も元気がなく、お祖母様の葬儀の喪主は楓伯父さんが務めた。
「本来なら、私の父が喪主を務めるはずでしたが、妻を二人も先に旅立たれたショックから、父の体調は思わしくなく、本日の喪主は継子の仲ではありますが、息子の私が務めさせて頂きました」
身内だけとはいえ、朝霧グループ会長夫人の葬儀には、お祖母様の信者であった方々が葬儀場の外で待機されていた。
後日、朝霧グループ主催のお別れ会を開くと通達してもなお、多数の方々が喪服に身を包み、お祖母様の死を悼んだ。
楓伯父さんは、その方々にも伝わる様にと葬儀場の外へ出向いて、挨拶を述べた。
実母との記憶がない楓伯父さんは、義母が実母そのものであり、かけがえのない家族であった。
実子の妹とは区別なく育てられ、継子の子供達も大切な孫として扱ってくれた。
ただ、残念な事に、曾孫の顔を見せる事ができたのは二組だけで、その曾孫の成長を見守れないことが、悔いであると嘆いていた。
けれども、己れの死後には、新たな誕生が続く慶事に恵まれ、父は沢山の曾孫に囲まれると、最期に残して逝った。
その言葉が現実になるまで、父には後を追わないように切々と訴えていた。
現に、末の妹の娘が産んだ曾孫達が、父を労り、側にいてくれている。
その曾孫達が、父を唯一癒してくれている。
後日、義母雪江のお別れ会を開催致します。
その時は、弱気になっていた父が皆様にご挨拶するでしょう。
どうか、本日だけは朝霧グループ会長ではなく、妻を亡くした悲しみに浸る夫である事をお許しください。
そう締めくくって、楓伯父さんと共に、親族一同頭を下げて、見送りに来た方々へ謝意を表した。
楓伯父さんが言う通り、お祖父様はかなり体調を崩されて、寝込まれてしまった。
頻りに、なぎともえに会いたがり、ドイツから緊急に帰国した胡桃ちゃん一家も、傍らに離そうとはしなかった。
幼いながらも、前世の記憶があるなぎともえは、死の概念を理解している。
恵梨奈ちゃんと拓磨君と再会できて喜んだものの、四人固まってお祖父様の元で気丈に元気さをアピールしていた。
胡桃ちゃんは、なぎ君の痩せた身体に涙して、ドイツに逃げたのを何度も謝罪してくれた。
和威さんも、胡桃ちゃんは篠宮の因縁に巻き添えになっただけだから恨んではいないし、自分の方が謝罪しないとならない立場だからと、お互いに謝罪合戦を広げてしまった。
そんな私達に呆れた我が母が止め、親が何時までも引きずっていたら、子供達が不安になると諭してくれた。
そうだよね。
ただでさえ、私も二日と言う短い間だったけど、巫女継承の人事不省に陥り眠っていたしね。
毎朝、なぎ君ともえちゃんは、私が起きるより早く目を覚まし、私が起きるのを健気に待っている。
毎朝、我が双子ちゃんのドアップな顔を見上げて起きる日々が続いていた。
そして、私が起きると泣きそうな顔で抱き付いてくるのだ。
ひいばぁばみたいに、ねんねしたまま起きないのを不安に感じているのが伝わり、暫くは抱っこ状態を余儀なくされている。
和威さんも言葉には出さないけど、私が遠い存在になった気がしているのが分かる。
巫女を継承して、今まで理解してこなかった他人の感情や念みたいなモノが察知できてしまうのが、少し恐ろしく感じる。
けれども、悪い事ばかりではなく、良い事もある。
鳥さん。
火の守護神たる鳳凰の気配も感じるし、声も聞こえるようになったり、天気予報は外さなくなった。
悪意ある呪詛めいた黒い気配を祓うのも容易く行える。
巫女であったお祖母様が、朝霧邸に施した呪詛避けと悪意避けは、私が引き継いだ。
一時緩んだ隙に押し込み強盗をやらかそうとした輩は、沖田さん達警護スタッフの手堅い警護網により侵入者は許してはいない。
彼等警護スタッフも、お祖母様が亡くなり私が巫女を継承した為、警護の対象を私達一家に変更をしないとならなくなった。
しかし、沖田さんも非情な方ではない。
自身の後任を任せる若い世代の人員を私達に、お祖父様や楓伯父さんや伯母さん一家には、継続して警護を申したててくれた。
富久さん、喜代さんも、お祖母様に殉じるかと思われたけど、代わらず朝霧邸内を采配してくれた。
ただし、世代交代は必要で、真奈美伯母さんに寄り添える人材の教育を始めていたりする。
我が家は、珠洲ちゃんと石蕗家の麻都佳さんが私付きに正式に任命された。
珠洲ちゃんは、なぎともえの為に保育園に勤務してくれるので、私のスケジュール管理を麻都佳さんがする事となった。
篠宮家からの家人である彩月さんは、なぎ君を手術した縁で非常勤の病院勤務を要請されて、和威さんは承諾した。
なぎ君みたいに、幼い子供が命を亡くしたりしないようにと願った結果である。
なぎ君ともえちゃんも、病院の先生になる彩月さんを、自分達を助けてくれたみたいに他の子も助けてあげる意味を、ことのほか喜んだ。
入院生活中に、同年代の子供達や年上のお兄さんお姉さん達と交流して、病気の大変さ、重さを学んでいたのだろう。
病気の人を助ける先生、がんばってと、エールを送っていた。
こうして、少しずつ、周囲の変化を受け入れていく毎日となった。
そして、お祖母様の本葬日を、水無瀬家本家で迎える日が来た。
「いやぁー、ママちょ、いりゅにょおー」
「パパぁー。ママ、ひちょりに、しにゃいでー」
「なぎ、もえ。ママは、精進潔斎の禊をしないといけないんだ。パパもいけないんだぞ。おとなしく、パパと待っていような」
本来なら仕事始めで、出勤しないとならない和威さんも、朝霧グループ会長と社長直々に説明されたと、勤務する会社の部長さんから有給申請をしといたから言われて、水無瀬家本家に付き添ってくれた。
まあ、なぎともえ対策なんだけどね。
お祖母様の亡骸は、火葬にしないで本家へ移された。
巫女の亡骸は、次代の巫女が主となり代々の墓に納めるのが仕来りである。
お祖母様の亡骸は、既に巫女に準ずる立場の当主自らが墓地に運んでいた。
お祖父様は夫であっても、その墓地には入る事が叶わない。
けれども、年に一度は近場まで墓参りには来れるそうだ。
私の時もとか、後ろぐらい考えに捕らわれがちになるのが痛い。
それに、なぎ君ともえちゃんも、本葬の儀を務める私を制止する。
イヤイヤ期も相まって、もえちゃんの泣きかたは異常に盛大になってきた。
やばいな。
と思い始めたら、案の定異変は起こった。
ここは、水無瀬家本家である。
息をするがの如く、竜神様の力を借りやすい。
待機していた部屋にプチ台風が発生してしまった。
室内に、雨風嵐が巻き起こる。
まあ、竜神様も手心加えて私達一家とお祖父様には、被害が及んでいないけど。
私を呼びに来た神職の女性が、酷い暴風と雨に晒されて部屋に入れなくなった。
「巫女様の、お子様が? 既に、祭神様のお力を発揮できるのですか?」
「その件については、秘匿しなさい」
「当主様。ですが、巫女様を継承されましたのは琴子様であるのは、私にも分かります」
「それだけ、琴子の子供達を祭神様が、お力をお貸しになるほどお気に入りであるのだろう」
「……理解致しました。水無瀬家も、円堂家の二の舞には致したくはございません」
「うん。雪江と私の代で潰えるやも知れなかった水無瀬家だ。祭神様も仕来りに拘る余りで、水無瀬家をお潰しにならない様にと、お考えになられたのだろう」
「承知致しました。では、お子様方も禊をされますか?」
「そうだね。祭神様も、そのようにとお望みだ」
「畏まりました。それでは、なぎ様、もえ様も、ご一緒に禊の場にご案内致します」
「「パパわ?」」
私と一緒に入られるのは嬉しいが、パパもとはいかない。
言葉をかいつまんで細かく説明して、納得させるまでが長かった。
渋々といった表情で、何とか納得させて禊をする。
禊の場である天然洞窟内の暗さに怯えたが、手を繋いで乗り切った。
幼い子供にはきついであろう、冷たい清水に身を沈める。
私語は厳禁と前以てきつく言い聞かせたので、ひやっと言っただけで後は静かに黙っていた。
うん。
なぎともえは手を繋いでいたから、双子の神秘の内緒話はしていたと思われる。
幼子がいるので、正味数分でなぎともえは清水から出された。
私は続けて、禊の祈りの誓句を唱え終わるまで浸かっていた。
体感で十分ぐらいかな。
終わりあがると、付き添いの女性神職が、分厚いタオルケットを私に巻き付ける。
そうして、暖かな部屋に移動して着替える。
髪を乾かされ、巫女装束の正装へとなのだけど。
正直、頭に付けられた額冠と飾りが重たい。
なぎ君ともえちゃんは、稚児衣装を身に纏い、可愛くなっている。
和威さんがいたら、写メしまくり案件だ。
残念だ。
用意が整ったら、やっと本葬の儀へとなる。
長い板廊下を進み、朱塗りの扉前まで来た。
「では、私はここまでの案内となります」
「はい。この先からは、巫女の記憶に従い進みます。案内ご苦労様でした」
女性神職は平伏してから、来た道を引き返していった。
「「ママぁ」」
「大丈夫よ。ママと一緒に、ひぃばぁばを弔ってあげようね。なぎ君ともえちゃんは、元気だよ。ひいばぁばは、安心してねんねしてねって、お祈りしようね」
「「あいっ」」
では、出陣しましょう。
私の巫女の最初のお務めが、お祖母様の弔いだなんて、皮肉でしかない。
それでも、やるしかないのだ。
気を引き閉め直して挑もう。




