その1
今年の年明けは、お祖母様の病状により、身内だけで朝霧邸で過ごすことになったのだけど。
年賀の挨拶は不要と通達してあるにも関わらず、朝霧グループに取り入りたいお客様方はいて、そちらは楓伯父さん夫妻が塩対応で玄関口にて挨拶を受けてお帰りいただいた。
楓伯父さんの奥さんである真奈美伯母さんは、朝霧社長夫人という顔と、独身時代からある職業に就いていて、二足のわらじをされていた。
しかし、お祖母様の病状が悪く、朝霧グループの表に出ないとならない場が引き継がれることとなり、この度社長夫人の責務に専念することとなった。
真奈美伯母さんの引退を引き留める方々のおかげで、引退が延び延びになった経緯もあり、あまり穏便な引き際ではなかった。
まあ、真奈美伯母さん的には、楓伯父さんに掴まった時点で引退を決意していたのだけど、お祖母様がファンであったのもあり、社長夫人としての社交は最低限にスケジュールを組んでいたりする。
その真奈美伯母さんの職業は、作家である。
それも、テレビ放映されるほどの時代小説と、ミステリー作家として売れっ子だった。
なので、出版社はドル箱の売れっ子作家を手放したくなかったのだ。
勿論、朝霧社長夫人が作家だとは内緒である為、ペンネームは男性名で、著者近影は真奈美伯母さんの弟さんにしてあった。
そういった経緯があるので、賞とかは初めから辞退している謎な作家として有名だったりする。
そして、その時代小説のテレビ版に穂高従兄さんが出演していたりもして、作家の正体を知る穂高従兄さんの心情は複雑だったとか。
真奈美伯母さんは、全ての連載小説は完結にして幕引きを図ったのだけど。
出版社側は、諦めてはないらしい。
新しいシリーズの連載とか、企画書を提示してくるそうである。
だから、真奈美伯母さんは、出版社には何も教えずに朝霧邸に引っ越してきた。
所謂、雲隠れだ。
唯一の連絡先のスマホも解約し、弟さんにもお役御免を伝えて、何か圧力かけてきたら代役を暴露しても構わないと言ってきたと仰っていた。
出版社が朝霧グループの後ろ楯を公表しないのは、既に楓伯父さんが手を打っている。
謎な人脈で、出版社の上層部の弱味はたらふく握っているそうで、朝霧邸にまで行き着いたら、その出版社は潰されたりするのかも。
今は、引退ではなく休業扱いにして、ファンの復帰を望む声に期待しようと企んでいそうではある。
まあ、真奈美伯母さんは復帰する気は全くなさそうで、サボっていた社長夫人業に専念すると息巻いている。
そのうち、弟さんによる暴露が世間に出回りそうだ。
それで、朝霧邸にはお祖母様を心配して従兄弟達も集まり、いつになく賑やかなお正月となった。
その一端が、我が家の双子ちゃんによる、
「「ぺっちゃん、ぺっちゃん、しにゃいにょ?」」
にあった。
「ぺったん? それは、何かなぁ」
小学校教師の大地従兄さんが、柔かくなぎともえにぺったんが何か聞く。
質問されたなぎ君が、両手で何かを握り振り下ろす動作をして、ぺったんと言う。
その仕草に、集まった一同は皆気が付いた。
「分かった。餅つきか」
「そうか、なぎともえはパパの実家では餅つきしてたんだな」
「あい。にぃにも、ねぇねも、みぃんにゃ、ぺっちゃん」
「もぅたん、きにゃきょにょ、おもち、ちゃべうにょ、ぢゃいしゅき、よ」
そうなのだよね。
篠宮の実家では、毎年恒例の餅つき会が行われるのだ。
ちゃんと、子供用の杵と臼が用意されていて、大人に補助されて双子ちゃんも餅つきを経験している。
だから、朝霧邸ではしないのか、不思議だったんだろうね。
朝霧邸では毎年専門の業者さんからお餅は納入されていて、自分達では作らないからなぁ。
何て言って、納得させようかな。
何て、考えていたら。
「確か、健蔵が幼い頃に餅つきしたいと珍しく父にねだって、一式買った記憶があるぞ」
お祖父様の一言で、倉を探す羽目になった従兄弟達。
文句言わずに、熱心に探し出してくれましたよ。
そして、当日は餅米もなかったし、埃を被っていた臼を洗浄しないとならないとで、翌々日になって念願のぺったんをやりました。
ただ、普通サイズの杵と臼だっので、従兄弟達に代わる代わる抱っこされて我が家の双子ちゃんはぺったんしていたけどね。
疲れた素振りも見せず、出来上がったお餅を美味しそうに食べる姿に、従兄弟や従姉妹達は癒されると宣っていたよ。
でも、最初に出来上がったお餅は、お祖母様に贈呈するのは忘れてなく、調子が良かったお祖母様も、一つは召し上がってくれた。
こうして、孫や曾孫に囲まれて過ごしたお正月は、お祖母様との最期の触れあいとなった。
三が日が過ぎた日。
我が従兄弟達や楓伯父さん達組から頂いたお年玉の額を知り、幼児に万札を渡すなとお叱りのラインを送った時に、それはやって来た。
唐突な頭痛と倦怠感。
一気にブレイカーが落ちるみたいな、身体の力が抜けていくのが分かった。
倒れ込んだ私をすぐそばにいた和威さんが抱き止めてくれて事なきを得たが、受け身を取れずに頭を床に打ち付けるところだった。
「「ママぁ~」」
「琴子!」
珠洲ちゃんと司郎君と遊んでいたなぎともえが、慌てて私にすがる。
和威さんも、ソファに私を寝かせてくれてから、彩月さんを呼び出す。
「和威様、なぎ様、もえ様。ご心配ではありますが、これは単なる貧血によるものではございません。恐らくですが、母屋の雪江様が危篤状態に入られ、巫女の継承が行われているのです」
「巫女の継承?」
「はい。水無瀬の巫女の証を、雪江様から琴子様へ委譲する。その際には、代々の巫女の記憶や能力の正しい使い方なぞを、次代様に継承される仕来りでございます。ですから、琴子様は漸くお眠りになる事で、巫女を引き継がれるのです」
「和威様。琴子様の脈拍や呼吸に異常はみられません。ただ、体温が低いのが気になりますが」
駆け付けて来てくれた彩月さんによる診断は、異常はなし。
やたらと眠いのは、睡眠状態である事が継承に差し障りがない理由だろうか。
「琴子様。どうか、竜神様のお力に抵抗することなく受け入れてくださいませ。それだけで、頭痛は和らぎ、継承にかかる時間も短縮致します。継承時には、水無瀬の巫女の身が危うい時期でもありますが、沖田さんや愚兄等を信頼してお眠りください。決して、なぎ様やもえ様、和威様には不埒な者共は近づけたりは致しません」
「珠洲ちゃん。お任せします。だから、和威さん。なぎともえをお願いします」
「分かった。安心して、継承とやらを終わらせてくれ」
「期間は平均すると三日から五日でございます。なぎ様、もえ様、琴子様がねんねして寂しいでしょうが、我慢してくださいませ。琴子様は、必ずお目を覚まされますから、おっきされましたら元気でいたと琴子様を安心させてあげましょうね」
「「……あい。ママは、おっき、しちぇくえう、にょね」」
「はい。珠洲がお約束致します」
敏感に物事を理解してくれるなぎともえには、感謝の念しかない。
ママ、早く継承終わらせておっきするからね。待っていてね。
睡魔に委ねる私の眼前に、涙を堪えるなぎともえの姿がある。
残される立場の子供達には、不安だろうけど。
避けられない事態に、抵抗して期間が長くなるよりは、さっさと継承は終わらせておきたい。
心配気な和威さんに、頭を撫でられて睡魔に身を委ねた。
『琴子、ごめんなさいね。どうも、私も持たないみたいで、お迎えがきてしまったわ。どうか、貴女達一家に、幸いを願います』
遠くに、お祖母様の声が聞こえた。
はっきりと、身近に私に宿る竜神様の気配を感じる事ができた。
すると、幽体離脱みたいな感じで、私の身体や和威さん達を見下ろす形になってきた。
気配に敏いもえちゃんが、びっくりする眼で私を見つけて指を指す。
が、返事を返す間もなく、身体が移動していく。
水場だろうか。
静謐な雰囲気の湖の湖面に立ち続けていた。
『新たな巫女。これより、継承にふさわしき御身を探らせていただく』
一人の妙齢な女性が現れて、私の額に手を当てる。
『然り、次代の巫女と間違いはなし。それでは、神域に入場致しなさい』
説明もないまま断言されて、足元の湖面から水が噴出して私を取り巻いた。
以降の記憶は私にはなく、ただ巫女の継承が終わったとだけ言われた。
これはあれですか。
口伝にさえ残してはならない秘伝なのだろうか。
お祖母様も心構えとか、教えてくださらなかったのも、仕来りですか。
そうして、私が最短で巫女の継承を終えると。
お祖母様は、安らかに身罷られていた。
悲しみに耽る間も与えられず、私は水無瀬の巫女だと自覚する事態に陥った。
そして、お祖母様の偉大さを知ることとなった。
水無瀬家が住居を移動しろと煩くわめいてきたが、一蹴して実力行使で黙らせた。
自由に使えるようになってしまった巫女の能力に、ただ恐れしか沸かなかった。
「琴子。俺は最期の時まで、側にいるからな」
和威さんの言葉で、漸くお祖母様の訃報に泣ける事ができた。
お祖母様。
貴女の不出来な孫娘でありますが、精一杯巫女を勤めさせていただきます。
それが、お祖母様孝行になると信じています。
だから、どうか、安らかに見守ってください。




