閑話あるテレビ局の反撃
少しだけ、未来のお話。
穂高従兄さんに頼まれて、我が家の双子ちゃんがお祖父様に突撃依頼をして僅か数日後。
年末年始も何のその。
情報収集に番組制作にと、朝霧家警護スタッフとテレビ局員の皆様の努力で、やっと放送に繋がった。
本日は年明け初めての鑑定番組。
新聞にも大きく番組史上初訂正回と銘打って、掲載されていた。
なぎともえも観たがっていたけども、睡魔に撃沈してねんねした。
可哀想なので、和威さんがちゃんと録画している。
明日にでも一緒に観ようね。
『皆様、明けましておめでとうございます』
番組MCによるコメントが、始まりの合図。
雛壇に鑑定士がいない、珍しい形での収録だ。
二人の掛け合いからゲスト依頼人の登場の流れになると、現れたのは俳優最上穂高。
一般人の美月さんが出演するより、話題性があがるとの判断で穂高従兄さんが表に出ることになった。
それに、未だに連絡が取れない偽物の氷室正史夫人と偽物の画廊の経営者による、美月さんへの攻撃を忌避する目的もある。
しかし、精密な人物画が交響の電波に乗れば、美月さんだと分かってしまうのだけど。
高崎家も資産家だけあり、朝霧グループ系列の警備会社のボディーガードを雇っていた。
当初は、緒方の義叔父様が出演すると言われていたので、説得するのに和威さんが苦労していた。
なお、緒方の義叔父様と本物の画廊経営者さんと息子さんは、スタジオ入りしている。
病床にいた柳瀬さんのお父さんと美月さんは、既に再会を果たしている。
番組スタッフに訂正番組を収録中と知り、気概で持ち直し車椅子で待機しているそうだ。
『で、最上君の紹介はこの辺りで止めて、視聴者の皆様には八月某日に放送したある画家に纏わる番組内容に誤りがあったことを、ここで謝罪致します』
『あの日の放送直後から、沢山の苦情の電話やファックスを頂き改めて調査した結果、私達の番組で犯罪を容認してしまい、関係者各位の皆様にご迷惑をお掛けしました事を、謝罪致します』
『『申し訳ありませんでした』』
MCのお二人が、律儀に腰を折って頭を下げる。
次に、番組スタッフのプロデューサーや局長さん達も頭を下げている姿が映し出された。
『では、改めて最上君のお宝を拝見させて貰います』
カメラが横に移動する。
そして、映し出されたのが三枚の人物画。
一枚は描きかけであるが、白人女性と幼い娘を生き生きと描かれていた。
MCと穂高従兄さんも絵画の側に移動する。
絵画の両横には、厳つい警備員が配置されていたりする。
『最上君、この人物画は?』
『本来の所有者は、僕ではありませんが。安全性を期して、僕が代理で鑑定して貰いたくて借りて来ました』
『君、もしかして、番組の救世主になるよ』
『そうですね。誤った番組を放送した汚名返上になりますねぇ。この人物画を描いた画家については、VTRでどうぞ』
MCの台詞後に、一人の白人男性が映し出される。
そして、ナレーターが語りだした。
故氷室正史。
本名カミーユ=正史=エトワール。
フランス人と日本人とのハーフ。
某美大の学生時代から、幾つかの賞を取った才能豊かな画家。
しかしながら、称賛されるのを嫌う人物でもあった、謎多き画家である。
日本にて生まれながら幼少期に両親を亡くし、継母によって存在を亡き者とされ、戸籍を失い、孤児院にて高校卒業まで育つ。
そして、不思議な縁で結ばれたフランス人のエトワール一家の婿養子となったフランス人。
その後、エトワール夫妻の一人娘と結婚し、長女を授かった。
そうして、描かれたのがこの三枚の人物画。
生涯、風景画や抽象画を得意とした氷室正史が描いた、たった三枚の人物画である。
他局が収録したドキュメンタリー画像をお借りして、動画を放送します。
ご覧ください。
ナレーターがそう締めくくり、人物画を描く氷室正史氏の姿が配信された。
そこには、夫人と幼い美月さんの姿があり、唯一契約を結んだ画廊の経営者と若い柳瀬さんもいた。
何気ない日常を収録したドキュメンタリーは、氷室正史氏が亡き後お蔵入りし、廃棄されるはずだった。
そのテレビ局の職員によると、上層部の指示で廃棄するように強要されていた。
けれども、火事による焼死に不信感を抱いた職員の細工で、廃棄したように見せ掛けて秘かに保管されていた。
このドキュメンタリーに関しては、兄の先見による結果である。
人物画だけでは、訂正の説明に不備がある。
又、視聴しているかもしれない、偽物さん達からの抗議に対抗する手段の一つでもある。
『視聴者の皆様。VTRでご覧になった通り、故氷室正史画家について、漸く本来の姿で紹介できました』
『私達の調査不足は、隠しようがない事実であり、本物のご遺族の方々にご迷惑をお掛けしたことに間違いはなく、改めて謝罪させて頂きます』
『しかし、最上君の母方の実家は凄いね。ぼくらが、東西奔走していた期間よりもほんっとうに短い期間で、番組を収録できるまでになっちゃったから』
『いやまぁ、うちの祖父様は、曾孫に弱いからね。従姉妹に頼み込んで、ひぃじぃじ、お願いと言われたら、はりきっちゃって、僕も実はドン退きしました。我が身内ながら、本気モードの祖父様は凄かった。それに加わる母の姉や弟も、凄かったですよ。ある日、ほらこれって情報内容が記載された紙束渡されて困りました』
そう、なぎともえがお願いとやった日には、椿伯母さんに桜伯母さんに楓伯父さんもいたから、あら大変。
それぞれ、違ったアングルから情報集めてしまった。
その為、お祖父様とは一緒にお風呂入ったり。
椿伯母さんとは、子供服ブランドの立ち上げに、モデルとして駆り出されたり。
桜伯母さんとは、一緒にお買い物に行ったり。
楓伯父さんとは、恋人がいるくせに紹介しない、だらだらと先伸ばししている篤従兄さんに、あっくん、まぢゃあと言わせたり。
我が母は、活躍できなくて気分が消化不良して、かなり落ち込んでいたり。
そんな母のご機嫌伺いに、武藤家にお泊まりしたりと、色々ありました。
『その紙束が、番組スタッフにとっては貴重なお宝になったからね。後で、プロデューサーやら番組スタッフ一同でお礼しないとね』
『そうそう。前回の特集で出演した方々、観てますか? 貴方方の言動が虚偽だと判明されましたよ』
『貴方方のお陰で、この番組が詐欺に加担したとBPOから警告されました。抗議なさりたいなら、どうぞご自由になさってください。我々も馬鹿ではありません。確たる証拠を持って、反論させて頂きます』
あらら。
MCのお二人とも、かなりお怒りな様子で煽っているなぁ。
柔和な方々だと思っていたら、売られた喧嘩は買う派でしたか。
穂高従兄さんは、MCのお二人の横で苦笑いしている。
『八月の番組の放送後、氷室氏の未発表絵画を購入された方、ご覧ください。これがないと贋作であると、分かります』
ぱっと、画面が暗くなる。
非常灯を除いて、照明が消された。
すると、三枚の人物画に異変が起きた。
ある特種なライトが点灯して、暗い画面の絵画に文字が浮かび上がってきた。
ウェディングドレスには【最愛】
母子には【誕生】
幼子には【宝物】
それぞれ、フランス語で書かれている。
『この通り、氷室正史の絵画には、特種な絵の具が使用されて題材名が書かれています。もし、疑いがおありでしたら、特種ライトを貸し出しします』
『どうか、視聴者の皆様。充分にお気をつけてください。それでは、鑑定士の方に鑑定して頂きます』
消された照明が緩やかに点灯していく。
いきなり明るくしないのは、スタジオにいるMCやスタッフに、依頼人の穂高従兄さん達の目を痛めない為。
そして、車椅子に乗った画廊の経営者さん
勿論、押しているのは息子の柳瀬さん達にも配慮である。
『此方の鑑定士さんは、氷室氏が唯一絵画の販売を託された柳瀬画廊の主人と息子さんです』
『息子さんも、名前を騙られた被害者さんです。よろしければ、身分証を提示していただけますか?』
『はい、確認してください』
親子二人して、マイナンバーカードを提示する。
見ばれしないように、肝心な部分は画面から消されている。
『ありがとうございます。何しろ、我々も騙された口ですから。再び過ちがあると、番組が打ちきりになってしまいます』
『慎重になられるのは、仕方がありません。私どもも、八月の放送には怒りが沸きました。氷室をさも理解しているかの様な口調で騙る偽物に、腹立ちしかありません』
『今回、不思議な縁でこうして、氷室の大事な絵に逢わせてくださり感謝しかないです』
『いやいや、僕に頭は下げないでくださいね。僕は代理ですから』
柳瀬さんのお父さんが、穂高従兄さんに頭を下げたので、慌てて訂正している。
うん、まあ。
感謝するのは業腹だけども、楢橋さんの事件を起こしたあの人にだけどね。
楢橋さんがお祖父様の実弟でなければ、尊君が凌雅君とお友達ではなければ、この三枚の人物画は緒方家に秘匿されて、保管されたままだった。
『ですが、貴方が提案してくださらなかったら、この三枚の人物画と邂逅はなりませんでした。お礼を言うのは当たり前です』
『父さん。先に鑑定しないと』
『金額なぞつけれません。この人物画は、氷室の遺児の所有物です。遺児に残された唯一の思い出です。金額は言えません』
『そう言うだろうと、我々も思いました。しかし、番組は鑑定番組なので、金額を提示しないとなりません』
『不愉快に思われるかもですが、事前に他の鑑定士に鑑定させて頂きました』
『では、自分がボタン押しに行きますね』
MCの一人が小走りに移動して行き、お決まりの台詞を言ってボタンが押される。
あー。
0の桁が果てしないや。
億越えちゃった。
でも、三枚あわせてだから妥当な値段だろうか。
『うわっ。思っていた以上の値段だ』
『何を言うか。最上君の母方の実家なら、一枚でこれ位の絵画とか美術品ありそうだと思うなぁ』
『いや、そうですけど。それらを引き継ぐの僕じゃないんで、今一実感湧かないです』
『そっか、君のお母さんが某巨大グループの、娘さんだっけ』
『はい。次女ですし、他家に嫁入りしてますからね。ああ、でも。ほな……妹と母が祖母様から、生前分与で着物やら装飾品貰っていた気が……。まあでも、祖母様とは血が繋がってないので、大半が母の妹一家に渡されたそうですね』
おい、こら。
何を、ばらしているか。
表に出れない発言しないでよ。
又、誘拐騒ぎになるでしょうが。
テレビ局も、編集しなさいよ。
『あら、そうなんだ』
『祖母様が後妻なんですよ。知っている方はご存知でしょうから、公然の秘密ですね。ああ、前以て言って起きますが、母の妹一家には護衛がついてますから、悪巧みは止めた方が無難です』
『そりゃあ、そうだよね。何せ、大大企業の創業者一家。ぼくらが想像つかない苦労と危険がつくだろうしね』
『現に、祖父様が溺愛している曾孫が誘拐騒ぎで、大怪我しましたから。もう、祖父様お冠で
僕にも護衛つきましたから。他の成人済みな従兄弟にも全員ボディーガードがついてますよ』
『うわっ。大した有名税だね』
うむうむ。
これが言いたかった、前ふりでしたか。
なら、許しましょう。
和やかに物騒な会話をしている穂高従兄さん。
暗に、三枚の人物画の所有者にも、危害を加えるなと言っているのだけど。
果たして、偽物さん達は警告と受け取ったかな。
柳瀬さん親子は、いつまでも人物画に魅いっている。
焼失されたと思われていた人物画だけに、離れ難いのかも。
こうして、氷室氏絡みのテレビ局の名誉回復に至った。
後は、偽物達が、罠に填まるのを待つだけ。
さあ、どうなる事やら。




