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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その63

「本当に、氷室の絵画でしたか?」


 穂高従兄さんは団体さんを連れて、朝霧邸にやって来た。

 大人数だったので、離れではなく母屋の応接室でと相成った。

 なぎともえは離れたくないと主張した為、応接室が見える庭でワンコと珠洲ちゃんと、学校の成績優秀者用の補習から帰宅した司郎君と遊んでいる。

 時おり、私達の存在を確認するのは可愛いな。

 そして、自己紹介が始まる前に、一人の男性が食いぎみに発言した。


「柳瀬君。落ち着きなさい。君は静観するという約束で付いてきたに過ぎないのだからね」

「あっ! 大変失礼しました」

「まあ、君の焦りも分かるがね。ここは、無礼が許される場所ではないことを自覚しなさい」


 白髪の年配の方が、私達ぐらいの年齢の男性柳瀬さんを咎める。

 その後の自己紹介で、年配の方が某テレビ局の副社長で、若い男性が名前を騙られた画廊の関係者さんだった。

 残りの方々は、編成局長さんと従兄さんが言っていた番組プロデューサーさんに、テレビ局専任の顧問弁護士さんである。


「あー、大勢駆け付けて済まん。プロデューサーだけなはずが、何故か話が広がって社長直々にお達しがあった」

「その社長さんがお祖父様の友人か知人で、朝霧邸を伺うなら責任者がいないとかでしょ」

「まさしく、その通りです。ただ、社長は後日に回せない仕事がある為、私が来ました」


 なにせ、大企業の朝霧グループ会長の邸宅訪問である。

 御大がでばらないと、無礼にあたると忖度されたみたいだよね。

 ただし、話し合う相手は会長ではないのだけど。


「始めまして、朝霧会長の孫娘の婿になる篠宮和威と申します。まず、此方を見てください。父方の叔父が氷室氏から預かった絵画のカラー写真です」


 和威さんが向かい合う方々に見せたのは、穂高従兄さんのメールから美月さんと緒方の義叔父さんに承諾して貰った絵画のカラー写真。

 パソコンを駆使して、A4用紙に拡大した画像が粗めな三枚の人物画である。

 先程食いぎみに発言した柳瀬さんが、一枚をすぐに手に取り確認した。

 副社長さんは、今度は咎めなかった。

 恐らく、柳瀬さんが鑑定士役なのだろう。

 じっくり見聞する姿に、誰も声を出さないで見守っている。


 わふっ。


 ワンコの鳴き声がして庭に視線をやると、可愛い双子ちゃんが私達に手を振っていた。

 失礼にならない程度で、手を振り返す。


「あちらの双子さんが、朝霧会長が自慢なさる曾孫さんですかね」

「はい、そうです」

「お二人共に大怪我をして入院なさったと聞きましたが、お元気そうで何よりです」

「ありがとうございます。息子は未だに食事制限がありますが、ああしてはしゃげる様になりました」


 副社長さんが場を和ませる為か、話し掛けてくれる。

 確認に余念がない柳瀬さんは、会話が聞こえていないないみたいで集中して食い入る様に三枚の人物画のカラー写真を見ている。

 プロデューサーさんは少しだけ畏縮されていて、穂高従兄さんがフォローしていた。

 まあ、そうだよね。

 天下に名高い朝霧グループ会長邸宅である。

 畏縮しない方が珍しい。

 その点、役職ある方々は堂々とされている。

 お付き合いの差だろう。


「間違いありません。僕が記憶している通りの、エトワールさんの人物画です」

「エトワール? 氷室さんではなくてですか?」

「氷室正史は雅号なのです。本名は、カミーユ=正史=エトワール。フランス人と日本人のハーフです。そして、テレビで出された氷室正史の人物像は、架空の存在なんです」

「柳瀬君は、氷室正史が唯一付き合いのあった画廊店主の息子さんで、あの番組に出演した鑑定士に名前を騙られた人です」

「父と共に休日には良く、エトワールさんのアトリエにお邪魔しました。僕は専ら、美月ちゃんの遊び相手でしたけど」


 ああ、だから。

 柳瀬さんは、世に出してはいない人物画を良く知る貴重な一人なんだ。

 私達も少し氷室正史氏について調べてみたけど。

 公表されている氷室正史像は、日本人の容姿をしていた。

 経歴はあまり詳しくは載っていなくて、画家の登竜門である賞を幾つか取り、謎多き画家として有名だった。

 何せ、授賞式も代理人が出席していたので、あまり公に出ない人としかなかった。


「氷室正史像を架空の存在として世に出した理由は、エトワールさんが私生児であり、日本の国籍を持たない孤児だったからです。そして、夫人のイネスさん家族に出会って、エトワール家に婿入りする形でフランス国籍を得ました。テレビに出演していた氷室夫人は言いたくありませんが、エトワールさんの異母姉で、継母と一緒になってエトワールさんの父親が亡くなると、祖父の権力を利用して父親と同時に亡くなったと細工されて、追い出されたんです」


 柳瀬さんによると、追い出されて浮浪児となった氷室氏を助けて、孤児院に連れていったのが後の家族となるエトワール一家。

 夏のバカンスに来日して、物乞いする子供を発見し、警察まで付き合い、孤児院に引き取られるまで面倒をみていた。

 以降、何度となく来日しては、氷室氏の様子を見にきていたそう。

 孤児院は十八才になるまでしか居られなく、かといって保証人になってくれない孤児院の職員のせいで再び放置されそうになっていたのを怒り、エトワール一家は日本に定住して氷室氏を養子に迎えた。

 国籍取得にはかなり苦労したそうだけど、きちんと国籍を取得して、中学からの友人の父親の支援で美大に通えるようになった。

 あれ?

 もしや、その友人さんは緒方とか言わないよね。

 でないと、緒方家との接点がない。


「大変失礼ですが、緒方商事の緒方社長と面識があるのでしょうか。エトワールさんが大事な三枚の人物画を託すとしたら、その方しか思い浮かびません」

「あれ? 説明してなかったかな。俺の従姉妹の琴子の旦那さんが、緒方社長の甥。社長の兄が篠宮家に婿入りした訳」


 穂高従兄さん。

 ちゃんと、説明してから連れて来なさいな。

 副社長さんと顧問弁護士さんは知っていた様子で、頷いている。

 プロデューサーさんも、柳瀬さん同様に納得したみたいである。


「叔父がどのようにして人物画を託されたかは、聞いてはいません。ただ、奇妙な縁で美月さんと知り合いになり、叔父に紹介して、保管されていた人物画と瓜二つな美月さんを見たのは確かです」

「では、美月ちゃんも無事でいたのですね。良かった。これで、漸く父に良い報告ができます。もし、良ければ連絡先を教えていただけないでしょうか」

「美月さんか、叔父に了承を得てからになりますが。一応は、連絡してみます」

「はい、警戒されるのは分かります。あの火事の一件から、美月ちゃんの遺体がないのに探せなかった。その不信感は痛い程分かります」

「説明させて貰うと、柳瀬君の父親が経営されていた画廊も火事によって潰されたんだよ。おまけに、保有していた氷室氏や他の画家が描いた絵画を盗んで火を付けた。柳瀬君の父親は、火事に巻き込まれて酷い火傷を負いながらも、懸命に警察に被害届を出したけど、失火とされて捜査をされなかった」

「絵画を失い、画廊も失い、我が家は画家から悪評が広まり、画廊を経営できなくなりました」


 火災による保険金は、販売出来なくなった画家への慰謝料となり、母方の祖父母の助けで生活を送らなくてはならなくなった。

 柳瀬さんも高卒で働き、やっと生活に余裕が出来たと思ったら、あの鑑定番組に氷室正史の名が出ていた。

 しかも、自分の名を騙り、画廊の名も騙られての二重苦。

 番組の放送後に、氷室正史の未発表作までもが画廊界隈に出現し始めた。

 古い付き合いの画廊からの連絡で知り、その画廊が契約して展示していた絵画を見ると、氷室正史の特徴である特殊な絵の具が使用されていないのを発見した。

 所謂、贋作だった。


「悔しくてなりませんでした。エトワールさんの名で、贋作が出回っている。すぐに、警察に訴えましたし、番組にも贋作だと連絡しました。けれども、返事を返してくれたのはテレビ局だけでした。警察は、証拠がないとの一点張りです。テレビ局の方々とどうするか話し合いしていた時に、最上さん経由で篠宮さんから報告いただいて藁をも掴む気で来ました。美月ちゃんは、健やかに育っていましたでしょうか? 本来なら、我が家が保護しないとならなかったのに、火事と盗難騒ぎで探してあげられなかった。父はそれだけを悔やんで、火傷の後遺症で寝たきりになってしまいました」


 教えてあげて大丈夫なんじゃないかなぁ。

 柳瀬さんは両手を握りしめて、後悔を滲ませている。

 嘘には見えない。

 本気な姿だ。


「私からもお願いします。どうか、氷室正史氏の遺児と本物の人物画を、番組に推薦いただけないかと。放送後の苦情の電話にて、氷室正史像が架空の存在と知り、調査不足なまま放送したのが悔やまれます。皆さん、氷室正史像と家族について、事細かく教えてくださいました。改めて、番組をやり直させていただきたい」

「俺からも頼む。テレビ局の上層部からは、真偽の程を雪江ばあ様に掛け合ってくれないかと、相談されたんだわ。だけど、雪江ばあ様は病気で身体が弱っている。そうなると、頼みの綱となるのが奏太と琴子に限られてな。んでもって、琴子からラインが来て助かった」


 巡り合わせなのだろうね。

 和威さんが一言断り、緒方の義叔父様に連絡してみる。

 出られた義叔父様に説明して、柳瀬さんにスマホを手渡した。

 何故自分にと訝しんだ柳瀬さんだったけど、相手が美月さんだった様で、会話するに連れて涙ぐんできた。


「良かった、良かった。美月ちゃんが生きていてくれて、良かった。探してあげられなくて、ごめん。父さんは、美月ちゃんの生存だけを希望して、生き永らえているんだ。うん、画廊も火事になってね。絵を守ろうとして火災に巻き込まれたんだ。全身に酷い火傷を負って、ただ一枚の絵だけが心の支えだよ。うん、美月ちゃんが父さんを描いたあの絵だよ。大事に額縁に飾ってあったんだ」


 涙を溢しながら、柳瀬さんは美月さんと会話を弾ませる。

 内容は暗い話だけども、柳瀬さんにとっては美月さんの生存が明るい話題となっていた。

 画廊から絵画を盗んでいった犯人も、幼い子供が描いた肖像画は価値がないと思い盗まなかったか、柳瀬さんのお父さんが必死に守ったかのどちらかだろう。

 聞いている私も釣られて泣きそうになるが。

 柳瀬さんを省いて悪巧みしている穂高従兄さんと副社長さん達に、退かされた。

 でも、お祖父様が協力……。

 あー、はいはい。

 我が家の双子ちゃんに、おねだりさせるんですか。

 それなら、お祖父様は張り切って強力(誤字にあらず)しますわ。

 テレビ局にとって、事実と異なる放送をしたのは、大いに避けたい案件だしね。

 局側の皆さんにとりましては、反撃の機会なんですね。

 こら、穂高従兄さん。

 なぎともえをお菓子や玩具で釣るなですよ。

 根気よく分かりやすく説明すれば、理解してくれるから。

 庭で遊ぶ双子ちゃんを、窓を開けて手招きする穂高従兄さんの本気度がいまいち掴めないのだけどね。


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[気になる点] >確認に余念がない柳瀬さんは、会話をガン無視して食い入る様に三枚の人物画のカラー写真を見ている。 ガン無視じゃなくて集中していて気づかないの方がよいかと。 なんか悪意っぽいですよ …
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