その62
シャルルおじさんの説明により、大使が罷免されて更迭後に直ちに帰国手続きに入ったのだけど、ここで思わぬ懸念が発生していた。
「調べてみると、ナラハシさんが亡くなった事件にね、あれが関わっているようなんですよ」
「永峯元議員の奥さんの父親が、元外務大臣を務めていた関連で、どうも黒幕と共に永峯幹雄に接触していたそうだよ」
詳しくは知らされてないけど。
楢橋さんをかなり目の敵にしていた永峯被告の恩讐の根元には、お祖父様の知人も関係者でいたらしい。
それが、元外務大臣さんかな。
経済界の重鎮なお祖父様には、政財界の重鎮の知人友人が多数いるから、誰とは断定できないのだけど。
「ああ、永峯被告は精神鑑定にかけられた結果、違法薬物による洗脳されていた節があるそうだよ。拘置所で薬物に対する禁断症状が出て、現在は警察病院に収監されている。そして、精神鑑定を受け、かなり母親や祖父に依存している傾向にあると診断された。証拠隠滅の恐れありとして、母親と祖父の面会は許可されない事になった」
又、被告の洗脳された抑圧から、彼の性的嗜好が男児小学生に向けられているとのことで、どうやら楢橋剛さんに目を付けた男児小学生をストーカーしていたのを見られて注意されたことが、直接的な怨みと化していた。
押収された被告のパソコンには、剛さんに対する悪口と抹消計画が残されていて、尊君に対する性的悪戯をどのように加えようか事細かく記録されていた。
聞かされて嫌悪の鳥肌が立ってきた。
大使は尊君拉致の手助けをして、監禁場所を提供していたとか。
立証されたら、大スキャンダルどころの話ではなくなるね。
海外の大使が犯罪に加担していた。
シャルルおじさんの母国のイメージダウンは免れないし、友好条約に皹が入るだろう。
シャルルおじさんは、大統領命令で大使を回収に来た訳である。
大使が楢橋さんの事件に関与していた事実は秘匿され、日本に多大な貸しを与えてしまった。
おまけに、朝霧グループの支援で発注していた公共事業の停止や、火事で焼失してしまった寺院の再建に従事していた日本人の職人が一斉に帰国してしまった。
大統領が目指す時期の再建に、大きく計画変更の舵取りをしなくてはならなくなった。
アジア人を嫌悪していながら、店の評判と己れの名声を保つ為に、アジア人を影で酷使していたシェフの父親と、利用するに至った過程を操った店の支配人二人は、料理界から汚名と共に追放された。
家族であった大使も、辛酸を舐める苦労をする事と相成り、件の源である高橋氏は既に鬼籍に入り復讐の相手からは除外され、その分を楢橋さん一家と高橋さんの子供へと怨みが向かった。
母の自称友人だった女性も、使える駒扱いで愛人としたそうである。
よく裏を調べれば、朝霧家が関係しているのは分かったはず。
復讐を遂げる事に頭が一杯になり、事前調査を怠った。
朝霧家が全面に敵対者として出てきてしまったのは、大使の自業自得である。
一体、シャルルおじさんと内閣府との間で、どのように手打ちとしたかは分からないけど、かなり無理難題を条件としたのではないかな。
後で、こっそり真雪ちゃんに探りを入れてみるかな。
「まあ、大使も父親の後を継ぐ道を断たれた際に、新たに政治家としての道を歩む彼を支えた幼馴染みだった夫人と、彼を後見していた夫人の兄である政府高官も、彼と決別するに至ったよ。帰国した大使に待っているのは、大統領自らの査問委員会と数々の裁判だろうね。これで、大使の政治家の道も閉ざされた。我々は、再びの逆恨みによる事件を起こさない様に、監視対象とするのが決定している。パスポートも取り上げ海外への移動も制限し、父親の地元に押し込めておくよ」
「犯罪者として収監するよりも、人目に晒される生き地獄を味あわせる気でいるのか」
「それだけの事を仕出かしたのだから、罪は罪と認識して貰わないと。亡くなったナラハシさんやタケシの夫人に、申し訳ないだろう。タケシだって未だに、入院中だろう。タケルにも直接謝罪したいのに、エディは止めただろうに」
「今の尊君や剛さんに、健蔵叔父さんが救った高橋さんの事件による怨恨もあっただなんて、教えてあげる必要はないのが父の見解だよ。ただでさえ、二人は身内を亡くした辛い記憶を抱いて、二人の分も幸せに生きていかなくてはならない。剛さんに至っては、凄絶なリハビリが待っているんだ。料理人に復帰できるかの瀬戸際にいる。あまり、これ以上は負担を強いたくはない」
そうだよね。
尊君は謝罪に訪れた警察官官僚に、鬱憤をぶつけて亡くなった祖父や母を返せと訴えている。
更に、黒幕の存在は、尊君の精神的負担が多すぎる。
お祖父様も、簡単には会わせてはならないと判断するよね。
私達も裁判に出廷させるのは躊躇うし、ましてやマスコミに追い回されるのも嫌だしなぁ。
三流のゴシップ誌の記者が朝霧邸を窺っていて、警護スタッフの警告と警察の職質の目にあっているらしい。
司郎君も、朝霧邸から学校に通う隙を見計らって、金銭を対価に朝霧邸内の様子を話すように付きまとわれた経験がある。
すぐに、監視カメラで気づいた警護スタッフが割って入り、未成年に対するストーカー容疑で通報していたりする。
尊君本人に突貫しないのは、お祖父様が目を光らせているのと、警察からも通達がいっているからだろう。
兄もそれとなくフォローして、尊君が健やかに日常を送れるように気を配っている。
「タケルや、タカシに会って謝罪は無理かぁ。大統領からも謝罪してきてくれと言われているけども、諦めるしかないか。まあ、後日手紙辺りで妥協するように手配するよ。それから、マダムチョーコだけど。彼女はフランス国籍を取得して帰化しているけれども、帰国しない方が身の為だと通知しておくよ。旦那さんも惑わされた被害者だろうし、マダムチョーコにとってはより条件のあった上流階級出身の資産家へと渡り歩く捨て駒だったみたいだから、離婚協議の手続きをしているみたいだよ。それに、他者名義のクレジットカードを窃盗して使用していた犯罪にも発展しているからね。帰国しようものなら、裁判の毎日だろうね」
日本でも他者名義のクレジットカード使用の罪で、逮捕されたしね。
海外でもやっていたなら、そりやぁ罪になるだろうね。
海外の判決がどのようか、生憎と明るくないので知らないが。
生涯を禁固刑で過ごしたりするかもだしね。
母なら二度と顔を見たくないだろうから、フランスに押し付けてしまいかも。
「ああ、それから。マダムチョーコの実家を支援している海外の企業だけど。ペーパーカンパニーらしくてね。取り締まられて、支援どころではなくなったから。ある意味では、因果応報ってところだね。没落、いい言葉だよ」
あらら。
せっかく、再起を図った途端の取り締まりですか。
苦労を背負った篠宮のお義父さんの後輩さんが綿貫家から解放され、お義父さんからの支援も打ち切られた。
再建はおろか、没落へと歩みましたか。
それは、重畳。
後輩さんも、肩の荷がおりて清々したことでしょうね。
多分ですが。
お義父さんがお山に連れて帰りそうなら、影ながら応援致します。
あとは、世間話をしてからシャルルおじさんは、帰られた。
ああ見えて、大使の後始末やらで多忙であるそうで、私の双子ちゃんに会えなくて残念と言って、楓伯父さんに追い出されて行った。
私もなぎともえが気になり、すぐに離れに戻った。
案の定、昼寝から起きていたなぎともえは、目元を赤くして和威さんの膝上に陣取り、パックジュースを飲んでいた。
ありゃ。
一泣きしたなぁ。
「ママァ~」
私の帰宅に気付いたもえちゃんが、パックジュースをパパに手渡して、膝から降りて抱っこをねだる。
よしよし。
ママは帰ってきましたよ。
存分に甘えて頂戴な。
「和威さん、お帰りなさい。お出迎えしなくて、ごめんなさい」
「いや。客が来ていたんだろ? なぎともえは彩月に諭されて、大人しくしていたが、俺が先に帰ってきて安堵したのか少し泣いたな。でも、十分も経ってないから、そう悲観することないぞ」
「はい。大使の母国の楓伯父さんのお友達が見えて、後日談の話をちょっとね。大使も、母の自称友人も裁判沙汰は、確定路線みたいね。和威さん側はどうでした?」
「うん。叔父貴がすぐに帰宅して、叔父貴しか開けられない部屋に、三枚の人物画が保管されていた。一枚は、美月さん似の白人の成人女性のウエディングドレス姿の全身体が描かれ、一枚はその女性が赤子を愛おしく抱いた構図の人物画、最後の一枚は幼い美月さんを描いた完成間際の人物画。一目で、美月さんと分かる家族と題された絵画だった。緒方の伯父が入手した経緯は省くが、かなり無茶をして秘匿されていたそうだった。んで、本来ならすぐに返却してもいいんだが、ちょっと叔父貴が意趣返ししないかと持ちかけられた。何でも、鑑定番組の放送後に、故氷室正史氏をしる著名人や、絵画を買われた資産家から、番組内容にクレームの電話をいれたそうだ。叔父貴の縁故のプロデューサーが、調査を開始して、氷室正史の夫人として出演した女性と、氷室正史が唯一懇意にしていた画廊として冠した人物と連絡がとれなくなっているそうだ。そこで、芸能人である穂高さんに美月さんの代理で本物の人物画を鑑定番組で、再度取り扱って貰えないか打診してもらえないだろうか。勿論、緒方家と、高崎家から報酬は出す」
成る程。
一般人の美月さんを、表に引っ張り出して事が大問題になって収拾がつかなくなるより、それなりに朝霧家の後ろ楯を得ている穂高従兄さんなら、迂闊な排除はできないとみたか。
納得できたので、穂高従兄さんに、ラインでお伺いを立ててみた。
もえちゃんが、私の膝に乗ってきたので、返事が来るまで愛でていた。
仕事をしていたら、返事が返ってくるのは深夜とかだったりするので、気長に待つつもりだった。
しかし、思ったよりも速く、既読は付いて、返事がきた。
[今すぐ、事情を知るプロデューサーを連れて朝霧邸に行く。外出しないで、待っていてくれ]
簡潔明瞭な内容に、 もしかしてタイミングが良かったのか。
宣言通り、穂高従兄さんは、一時間と掛からず朝霧邸にやって来た。
やや興奮気味な穂高従兄さんに、落ち着きを取り戻したなぎともえが若干引いていたのはご愛敬。
どれどれ、穂高従兄さんのお話は何かな。
余裕を見せて、対応させて貰いましょう




