その61
待望のプリンを堪能したもえちゃんが、満腹感と感動の嬉しさが頂点に達してあえなく寝落ちした。
釣られてなぎ君も寝落ちする。
二人ともに、スプーンを手放さないのは食への執念だろうか。
私達も食事を終えたので、先に帰らせて貰う事にした。
けれども、帰ろうとした際に、高崎家の長男さんから緒方家が所有する故氷室氏の絵画について、緒方家に取り次いで欲しいと頼まれて、和威さんが同行して案内する事に。
となると、帰りの私と双子ちゃんの足がなくなるので、兄が和威さんの車を運転して朝霧邸に帰宅する運びとなった。
尊君は凌雅君とともに昇くんの家、光永家が預かりますと言ってくださったので、一時光永家へ遊びに行く事になった。
凌雅君は次男さんが迎えに行き、尊君は兄が迎えに行く手筈に。
まあ、朝霧家の警護スタッフが迎えに行かないだけましである。
光永家としても、非常事態でもない限りは、朝霧邸に気軽に訪れたりは出来ないだろう。
でも、年が明けたら尊君は、以前の小学校に戻れるかが心配だけどね。
資産家の高崎家の凌雅君が都立の小学校に通っているのが、やや不思議ではあるものの、あの小学校の教頭先生が嘘の証言をした因縁ある小学校になってしまったから、お祖父様が学舎として信頼に足るかどうのように判断されるかが焦点となる。
兄経由で聞いたが、楢橋家関連の事件に教育者が嘘の証言をしたと、保護者会では騒ぎになったそうで、教頭が罷免されるのは間違いがないけども。
お祖父様みたいに、保護者の信頼を失った小学校が再開されるかは、教育委員会でも紛糾しているようである。
お祖父様が教育を担当する大臣の元にアポ無しで突撃して、相当無理難題を突きつけたそうだ。
そして、総理大臣にまで話が広がっていったりするから、荒れに荒れたとか。
お祖父様は、養護施設や足長基金やらに多大なる寄付金を惜しまない人だけに、そうした支援で救われ官僚へと出世した方も多くいたりする。
それだけに、恩を感じた方々が、嘘の証言をした教頭を庇い立てする教育委員会や、無実の楢橋家を事件の犯人に仕立て上げた警察官僚を重用していた警察庁を糾弾しているのだ。
まあ、警察庁は楢橋家関連の事件のあらましを世間には公表して、一応の謝罪はした。
現在は、警察庁の人事異動がかなり発令されて、関与した身内は摘発して膿を出しきっている最中だとか。
反して、教育委員会は責任逃れな事ばかりやって、未だに楢橋家に謝罪はしていない。
したのは、朝霧のお祖父様に対してだけ。
だから、お祖父様は尊君を託すに値しない小学校と位置付けて、転校を考えているそうである。
となると、尊君は凌雅君と昴君と離れることになるのだけど。
その辺りの環境の変化に、尊君が馴染むかが心配されている。
薄々は、尊君達も勘づいていて、気分は落ち込んでいるようである。
もういっそのこと、凌雅君と昴君も一緒に転校させたらいいのではないか。
提案してみるかなぁ。
「琴子。眉間にシワが出来てるぞ」
朝霧邸に帰宅して、兄と待機していてくれた峰君が、それぞれ寝落ちしたなぎともえを抱っこして、離れに運んでくれた。
昼寝場所の定位置に寝かせると、兄代わりのワンコが添い寝している。
可愛い双子ちゃんの寝姿に、何故シワがよるのか兄が不思議がっていた。
「あのね。春になったら、我が家の双子ちゃんは保育園に通う事になるのだけど。年明けの尊君はどうなっちゃうのかが、頭をよぎった訳よ」
「ああ、祖父様が以前の小学校を、学びの場所として相応しいのか問題提起したやつか」
「そう。尊君だけ転校させたら、可哀想かなぁとか、いっそのことお友達も一緒に転校させたらとか思った訳」
「まあ、祖父様は芙美子大叔母さんの初等部に転校させようか迷っているみたいだがな」
やっぱり、転校は揺るぎないんだな。
離れ離れは、尊君には逆効果なんじゃないかなぁ。
「というよりは、あの小学校自体が閉校される確率は低いんだよ。校長と教頭を除いた教員はそのままで、役職付きが移動か懲戒免職だろうな。だから、転校はなくなると思うぞ」
「それ、先見の結果?」
「いや、単なる俺の推測」
いやいや、兄の推測は先見みたいに当たる確率が高いでしょうに。
良かった。
尊君がお友達と離れずに済むなら、それに越したことはない。
あれ?
でも、住民票を移したら、学区が違わないか?
もしかして、朝霧邸から通うのかな。
だとしたら、移動手段は車になると思うけど。
一般家庭の小学生が車で通学すると、苛めの対象になったりはしないのだろうか。
「尊君が、祖父の身内に保護されているのは、保護者会には通達してあるし、被害者側であるのは周知されている。クラスメートは、尊君が学校に通えるかを心配しているな。これは、先見の結果。復学しても、クラスメートが徹底して守ってくれるぞ」
「それは、安心だね。尊君の環境の変化は好ましくはないと思ったから、クラスメートが仲良く迎えてくれるなら良かった」
「まあ、一部のモンスターペアレントはいるが。祖父様が手を打つだろう」
幾ら楢橋家が被害者と周知しても、中には朝霧家の忖度でそうされたと勘違いする家庭もあるにはあるんだ。
厄介なのが勘違いした正義感丸出しの声なんだよね。
自分は正しい間違ってはいない、だから不正は許さない。
排除するのは当然の成り行きである。
マスコミにリークして、楢橋家を弾劾する動きを見せたらアウトだと理解はしないんだろうね。
お祖父様なら既に手配済みな気がして、そうした勘違いな輩は社会的制裁が下るだけだろうなぁ。
伊達に、朝霧家は財力による権力を持ってはいない。
又、お祖母様の信者である著名人や政界の大御所辺りもでばってきたりしたら、只事ではなくなる恐れあり。
どうか、何事もなく済むのを期待したい。
思案していたら、内線が鳴った。
私が出る前に、彩月さんが出てくれる。
「はい、篠宮家でございます。はい、琴子様と奏太様はご帰宅されております。はい、分かりました。そうお伝え致します」
用件を彩月さんが受けたら、内線は切られたみたいである。
すぐに、彩月さんが内容を伝えてくれた。
「朝霧社長の楓様からでございます。お二人に母屋に来ていただきたいとの伝言でした。どうやら、お客様がお会いしたいとの事。朝霧社長も同席され、話を聞くべきであるとの事でございました」
「あー。楓伯父さん側の話なら、今日の母さんに纏わる話だろうな。それも、大使館側だろう」
「母屋に行くのはいいんだけど。なぎともえは眠っているのだよ。和威さんもいない、私もいなくなると泣き出さないかな」
「そこは、彩月さんと峰君に任せよう。頼りになる兄代わりもいるしな。起きたら、母屋に連れて来てくれればいいさ」
「畏まりました。そのように致します」
兄の提案で、なぎともえには念の為に声かけてから、母屋に向かった。
夜のねんねと違って昼寝の双子ちゃんは、気配に敏感だから起き出さないか不安はある。
まあ、兄の弁による頼りになるワンコもいるし、万能家人の彩月さんもいてくれるから対処には困らないだろうけども。
母親としては、心配は心配なんだ。
「失礼します。奏太と琴子です」
「やぁ、エディの可愛い甥っ子と姪っ子の可愛い子ちゃん達。シャルルおじさんだよ。久しぶりだねぇ」
母屋の応接室に入るなり、流暢な日本語を話す見知ったフランス人のシャルルおじさんに抱きつかれた。
この方に限らず、海外の楓伯父さんの友人の皆さんは楓が呼び辛くて、エディと愛称で楓伯父さんを呼ぶ。
そして、楓伯父さんの身内自慢話のお陰で、甥や姪までもが楓伯父さんの子供であると勘違いさせられていた方でもある。
勘違いが判明したのは椿伯母さんの娘である胡桃ちゃんが結婚した時だから、かなり長い期間を間違えていたのだ。
胡桃ちゃんの結婚式の祝辞に、エディの可愛い娘と皆さんが送ってくれた文章で、椿伯母さんが楓伯父さんを怖い笑顔でどついたのはいい思い出である。
私の結婚式には、ちゃんと訂正されて可愛い姪とあったので、我が母が暴れなくて済んだのは幸いだった。
シャルルおじさんは、フランスでもかなり高い役職に就かれるまで、何度も日本には家族旅行に来ては、楓伯父さんを連れてはしゃいでいた。
甥っ子姪っ子、楓伯父さんの子供達総出で接待した事もある。
母によると、幼い私にシャルルおじさんの息子の嫁に来ないかと誘われていたらしい。
私は、幼な過ぎて覚えていないが、兄が大反対していたそうな。
まあ、お祖母様の後継ぎが、海外に行くには障りがあるから仕方がなかったのだけどね。
どうも、その気概を気に入られて兄も勧誘されたらしい。
兄も又、水無瀬家を継がないとならないから却下したようだけど。
従兄弟達皆、一度は勧誘されているとか。
現在は、真雪ちゃんが外務省勤務になって、楓伯父さんの友人の皆さんは真雪ちゃんが関わる案件には厚待遇で交渉には応じてくれているそう。
だからか、真雪ちゃんの海外出張はかなりの頻度で、飛び回っていたりする。
ただし、交渉には応じても、真雪ちゃんを軽視して利用するだけの外務省高官には、冷めた態度で交渉決裂したりもあったりはする。
女性蔑視したハニートラップ紛いな手を使った高官は、海外の担当外交官経由で大臣クラスの抗議文書が届けられたり、朝霧家の重い制裁が待っているだけだったりなんだけどね。
真雪ちゃんのお陰で、外務省も老害な方々は更迭されたり、パワハラ上司が消えたりと仕事がやり易くなった恩恵があったりする。
「シャルル。奏太も琴子も成人した大人だよ。あまり子供扱いは止めなさい」
「ああ、そうだね。久しぶり過ぎて、感動の余りに失礼したね。ごめんね」
「いえ。シャルルおじさんも変わりがなく、お元気そうで安心しました」
「それがさぁ、エディに相談されて情報集めたら、大変な事を任命した大使がやらかしていたんだから、おじさんはご機嫌斜めですよ」
楓伯父さんに促されて、対面式のソファに座るなりぶっちゃけてしまうシャルルおじさんだ。
ご機嫌斜めでご立腹みたいだね。
「まあ、あれが大使に任命された事情も打ち明けると、あれは試されていたんだよねぇ。父親が仕出かした事件に対して、アジア人を恨んではいないか。復讐心を抱いていないか、上層部は仕事は難なくこなして、クレームにも無難に対応できる人材として、期待していたんだ。けれども、蓋を開けてみれば女を利用した復讐を遂げようとした。本国では、彼は歩ませようとした未来を自分で閉ざすお粗末な結果を残した。彼を自分の後継者に指名していた政府高官も、見放したよ」
「大使の父親が、高橋さんを騙して窮地に陥れた有名なシェフだった。そして、アルコール依存症で味覚を壊して、継承した有名店の味を再現性できなくなり、暴挙に出た」
「朝霧が引退した先代シェフ長と、オーナーを引き継いだ夫人が療養の為に静養地にいたのを無理を言って現状を訴えなかったら、高橋氏は酷使されて人命が損なわれていただろうね。だのに、料理人として地に堕ちた名声の恨みを、高橋氏や楢葉氏に向けるのはお門違いというんだよね」
明かされる内情に、話が長くなりそうだと、認識させられた。
なぎともえが私の不在を認識して、大泣きしないといいなぁ。




