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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
132/180

その59

「琴子、和威君。ちよっと、いいか」


 なぎともえが料理が出来上がるのを待ち遠しくも、にこにこ笑顔で騒がずに待っているのを眺めている私達に兄が近寄ってきた。

 背後には見覚えのある顔が揃っていたので、尊君のお友達家族かな。


「高崎さんと光永さん御一家だ」

「先日は、次兄が双子ちゃんで遊んでしまって済みませんでした。後で、長男の大雅兄さんに怒っていただきましたので、お許しください」

「失礼します。高崎家長男の大雅です。本日は、両親が参るはずでしたが、間の悪いことに父がインフルエンザに罹患した為、代役を任されました。末弟を助けていただき、ありがとうございます」


 おおう。

 金髪美少女のお姉さんと、また国際色豊かな長男さんだった。

 黒髪に碧眼の持ち主の長男さんは、やはり背が高くて見上げないとならなかった。

 きっと、凌雅君もおっきくなるんだろうな。


「高崎家は、貿易会社を経営されている。まあ、楓伯父さんとも知己であるそうだ」

「父によれば、朝霧会長に気に入られて一会社を任されて独立したようなものです。子会社といっても、差し支えないと思っているのですが」


 長男さんの歯切れが悪い内容を推測するに、子会社の繋がりがなくても一人立ちできる能力があったからだろう。

 お祖父様なら、適正のある有能な経営者発掘は趣味みたいなものだしね。

 高崎家のお父様は成功への道を歩まれただけで、お祖父様は切っ掛けを与えたに過ぎないスタンスだろう。


「父が恩ある朝霧家の身内と末弟が友誼を結んでいた奇跡的な縁も含めて、朝霧家には二度も助けていただきました。後日改めて、両親がお礼に参りたいと申しておりました」

「お礼なら、お祖父様や其方の兄にお願いします。私達は、些細な助言をしただけですから」

「でも、でも、知らない人に囲まれて困惑していた時に、双子ちゃんの無邪気な姿にほっとしたのもあります。あの時にきちんとお礼言えなくて、ごめんなさい。そして、ありがとうございます」


 凌雅君が頭を下げる。

 長男さんと美少女ちゃんは目元を緩めて、末弟を見守っていた。

 どうみても、異母兄弟な血の繋がりみたいだけど、仲が良くて何よりです。


「りょーにぃに、げんき?」

「りょーにぃににょ、にぃにも、いっぱいね。なぁくんにょ、パパも、にぃに、いっぱいよ」

「そうなんだ。高崎家はね、五人兄弟なんだよ。双子ちゃんのパパの、にぃには何人かな?」

「うんちょ、こぅくんちょ、まぁくんちょ、ゆぅくんちょ、おーくん」

「にぃに、ばっきゃりよ」


 凌雅君の質問に指折り答えるなぎ君と、相槌を打つもえちゃん。

 穏やかに保護者達は会話を聞いている。


「ママは、しょうくん。にぃにだけ」

「僕達を保護してくれたのが、ママのお兄さんなんだね」

「あい、しょうよ」

「ほんちょは、しょうくんぢゃにゃいにょ。もぅたん、じょうずに、いえないにょ」

「兄は奏太というの。まだ、さしすせそが上手く発音できなくて、しょうくんになってしまうの」

「可愛いから、大丈夫です」


 グッジョブと親指立てる凌雅君である。

 光永さんが待機しているので、高崎家の挨拶は手短に終わった。

 三人一礼して場を交代された。


「改めまして、昴を助けていただきありがとうございます」

「当日は、仕事にかまけて不在でありました非礼をお詫び致します。また、お身内である最上桜様に御指摘と御指導いただけなかったら、今日の私達一家は離散しておりました。あわせて、母親の何足るかを認識させていただいたお礼もさせてください」


 明け透けに打ち明ける昴君のお母さんは、どこかで見掛けた事があるなぁと思ったら、思い出した。

 新鋭の料理研究家として、料理番組で紹介された女性だよ。

 私も、子供向けに苦手な野菜を美味しく料理できるレシピ本を購入させていただいていた。

 そういや、お名前が光永さんだったよ。

 うわぁ。

 高崎家もそうだけど、奇妙な縁続きだわ。


「昴が行方不明であった期間、私は家を不在にしており、主人からの連絡も絶っておりました。そこへ、年始の料理特別番組収録の折りに、老舗料亭の女将であられる最上さんが急遽審査員を成される事になり、厳しい課題を突きつけてくださいました。それは、私が料理研究家としての切っ掛けとなった記憶を蘇らせていただき、名声が広まるにつれて営利目的にすりかわってしまっていた愚かさを気付かせていただきました。アレルギー体質の昴の為の料理が、お金儲けの手段に成り代わった。主人や昴に温かな出来上がり直後の料理を頬張り、美味しいと言ってくれていた言葉をいつ聞いたのか、すぐに思いだせない不甲斐なさを実感致しました。主人と話し合い、テレビのお仕事は控える事に致しました」


 光永夫人の悔恨の深さに、桜伯母さんはかなり徹底的に叩いたんだろうな。

 仕事にかまけて、子供を蔑ろにして対話を疎かにした苦い経験を桜伯母さんはしてしまっていた。

 老舗料亭の暖簾が一度は下ろされて、廃業手続きをしたのは穂高従兄さんと穂波ちゃんが言われなき悪意に晒されていたからで。

 当時現役であった先代女将の桜伯母さんの義母が、伝統ある老舗料亭の従業員が幼い子供に苛立ちをぶつけた現場を見て、そんな従業員がお客様を満足させるおもてなしができるかとご立腹されたんだよね。

 本来は先代女将の後継ぎは、桜伯母さんの旦那様のお姉さんが継ぐはずで、弟夫婦が姉女将を補佐していく流れでいた。

 けれども、お姉さんが治療方法がない難病に罹り、桜伯母さんに女将を継ぐ体制にシフトしようとして、難病を知らされてなかった仲居さん達が桜伯母さんの乗っ取りであると勘違いして起きた案件だった。

 まあ、不満や苛立ちを子供にぶつけるのは、どうしたって間違いなのだから、先代女将さんの決断に曲がった事を嫌う板長さんも後押しして、一気に廃業届けをだしちゃった訳。

 勿論、従業員には規定のお給料と数倍の退職金を出して、転職の斡旋までして手厚くフォローはされたのだけど。

 先代女将さんはあっさりと、土地や建物を売却した想定外の跡始末までして、お祖父様を苦笑させたそう。

 桜伯母さんに泣き付かれたお祖父様が、売却された土地や建物を買い戻そうとされたのだけど、相手は了承はせずに朝霧グループを敵に回しかけた。

 というか、土地や建物を買ったのが何を隠そう、不動産業ではない緒方商事であったのには驚きだった。

 やんわりとお祖母様がお祖父様を止めて、緒方商事は潰されないで済んだ。

 まあ、先代女将と緒方商事との間で何が話し合われたかは詳細にされてないけど、どうも緒方商事は桜伯母さんか旦那様が買い戻すのを待っていた節があった。

 でないと、一等地に建つ建物を更地にしないで維持しないでしょうし、他の不動産会社の打診にも応じないでいたからね。

 そうして、桜伯母さんと旦那様とで財テクを駆使して資金を用意して買い戻す結果になり、老舗料亭の暖簾を再び掲げるに至った。

 そんな経緯があるから、桜伯母さんも光永夫人を諭す役割を演じてくれたのだろう。

 絶対に、兄が黒幕だろうが。


「朝霧さんのお屋敷で食べたうどんも美味しかったけど、やっぱりお母さんのご飯が一番大好きだって言える様になったです」

「あい、ママにょ、ぎょはんは、おいちいにょ」

「あいじょー、ちゃっぷり、おいちい、ぎょはんにゃにょ」

「うん、そうだね。お母さんのご飯が一番だよね」

「「あいっ」」


 うう。

 きらきらしたなぎともえの笑顔が、微妙に心に刺さる。

 メシ不味ママで、ごめんなさい。

 精進するからね。

 光永夫人のレシピ本を活用させていただくからね。

 ママは頑張るぞ。

 少しだけ世間話して、光永家と高崎家は用意された席に案内されていった。

 ちょっとだけ、騒がしくなる事情は前以て伝えてあるそうだ。

 両家は一般人からの視点による証人になってくれるとか。

 有難い限りです。


「和威さん? どうかした?」

「パパ、にゃんぢぇ、くび、こてん?」

「いや、高崎家の長女さんな。どっかで、見た記憶があってだな。親父経由だった気がして、思い出せないのが、な」


 高崎家の美少女ちゃん。

 容姿は外国人なのに、和名には私も不思議だけどね。


「美月さんだっけ。ハーフにしては日本人の面影ないよね」

「みつき? ああ、思い出した。緒方の家にある肖像画だ。確か、若くして夭逝した画家の絵だ。まてよ、あれはきな臭い話がついていたな。悪い、ちょっと確認してくる」


 はて、和威さんは何を聞いていたのかな。

 席を立って、高崎家へと足を運んでいった。


「パパ、ぢょうしちゃにょ?」

「緒方のおじ様のお家に、凌雅君のお姉さんの絵があるんだって。もしかしたら、美月さんに返してあげるのかもね」


 曰くありそうな絵みたいだし。

 若くして夭逝したのなら、その画家さんの知名度によっては多額のお金がついて回りそうである。

 ちらっと伺うと、美月さんが弾ける様に立ち上がったのが見えた。

 どうやら、当たりだったらしい。

 長男さんも真剣な眼差しで、和威さんと話し合い始めた。

 スマホを取り出しあい、連絡先を交換しているのかな。

 そして、和威さんが誰かに通話して、美月さんにスマホを手渡す。

 話し始めた美月さんが涙ぐむのが見えて、問題は小さなものではないのが理解できた。

 暫くして、和威さんが戻ってきた。


「やはり、美月さんは高崎家の養女だった。実のご両親は、画家の氷室正志氏で、正志氏もハーフであり、母親がフランス人だそうだ」

「待って、氷室正志って日本人の奥様がいるんじゃなかった? 以前鑑定番組で、特集されてたよね」

「ああ、だから。緒方の叔父と親父が、美月さんと夫人に関する絵画を託されて、秘匿していたんだ。氷室氏は、知名度が上がった翌年にアトリエの火災に巻き込まれて亡くなっている。コレクターの中でも、未だに未発表の絵画は億単位で売買されている」

「やだ。それじゃあ、氷室氏の奥様を自称する女性は詐欺師ってこと? テレビ局なら、調査するよね」

「恐らくだか、懇意にしている画廊もグルで騙しているんだろうな。大雅さんの話では、氷室氏の絵画を売買出来るのはある画廊だけに限定されているのに、テレビ局に出演した画廊は違う人物だったそうだ」

「分かった。お祖父様にも、頼んでみる。あのテレビ局のお偉いさんとは知己なはず」

「ああ、頼む。後、火災による事件を調査した警察にも話を通して欲しい。氷室氏の戸籍を調べれば、美月さんという遺児がいるのは分かるはず。だが、高崎家に保護された美月さんの元には、一向に問い合わせがない」

「了解。それも、お祖父様に頼ってみる。高崎家はお祖父様のお気に入りだもの、もしかしたら既に把握されているかもだけどね」


 抜け目ないお祖父様の事だから、美月さんの居所を公表させない圧力かけて守っていたりするのかもしれないけど。

 氷室氏の遺産を横取りしている輩から、取り返す機会がきたのは確かだ。

 まさか、緒方家に隠されていたとは誰も分からなかっただろう。

 しかし、その前に。


「ちょっと、どういう事よ。何で、私の指示に従わないのよ!」


 罠にかかったあの女性を、断罪しましょうか。

 わざと通されたであろう(くだん)の母の自称友人さんの登場だ。

 飛んで火に入るなんとやら。

 母が不敵に嗤う表情が見てとれた。

 さあ、幕開けです。

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