その56
いざ、決戦の日がやってきた。
プリンが食べられると知ったもえちゃんは、朝からご機嫌である。
先日視た先見の悪夢は、一晩ぐっすり眠ったら覚えてはいなかった。
なぎ君も寝惚けていた感じであったので、翌朝ばぁばと一緒に朝食取る際には、何ら動揺は見せてはいなかった。
あんなに激しく泣いていたのが嘘の様だったけど、油断は大敵である。
母経由で知らされたお祖父様や楓伯父さんや、父と兄により、女性の護衛が付くのを承諾した母である。
紹介されたのは珠洲ちゃんのお母さんで、お祖母様付きの富久さんの娘さん。
本当なら、母の護り人であった人材で、漸くお役にたてると涙ぐんでいた。
彩月さん同様に、とても成人したお子さんがいるとは思えない美人さんだった。
まあ、母とは馬があった様子で、今日の為に奔走しているのを嬉々としてこなしていた。
兄曰く、護り人の性質は、主人に尽くすことが何よりの喜びであり、誉れだそうだ。
主人の無理難題を恙無く、さも苦もなく達成するのが至上の命であるのだとか。
いや、珠洲ちゃんには、なぎともえの子守り役を担っていてくれているが、果たしてそれは珠洲ちゃんのお役目に叶っているのだろうか。
少しだけ、悩んでみたりした。
私に尽くすよりも、なぎともえ重視のあり方に満足しているのかなぁ。
それとなく、騒動が終わったら聞いてみよう。
それで、母と友人のレストランオーナー夫人との計画は着々と進み、私の手元には朝霧家主催の食事会の招待状があったりする。
ああ、篠宮のお義父さんには了承を頂いた。
篠宮家も年末年始の準備で忙しいであろうと思ったけど、和威さんと母との話し合いでお山には帰らずに残ってくださった。
お義母さんとお義祖母さんは、予定通りに帰宅された。
康治さんもその翌日には、帰宅された。
長男の嫁である千尋お義姉さんが入院されているので、次男の雅博さんの嫁である佳子お義姉さんをともわなれてだ。
三男の悠斗さんの嫁である恵美お義姉さんも一緒にと言われたそうだけど、巧君と司君が所属する野球とサッカークラブの用事があり、そちらを優先させてから帰省しなさいとお義母さんに止められていた。
私には、なぎともえの怪我の具合もあるし、朝霧家で年末年始を迎えるように念押しされた。
五男一家が帰宅しないと良くは思わないうるさい方々が騒ぐであろうけど、気にしないでいいとも言われてしまった。
だいたい騒がしい親戚類は、朝霧家の名を出せば静かにならざるを得ないだろうからと笑っていた。
お山の近隣で山津波が発生した災害時に、縁戚であるからと朝霧グループの多大なる支援があったので、黙るしかないそうだ。
そこで、五男の嫁は朝霧グループ会長の孫娘であると認識して、因縁ある双子を産んだ篠宮家に相応しくない嫁と声高に吹聴してきた親戚が蒼白になったらしい。
そりゃあね。
一地方の旧家である篠宮家と、日本随一の大企業を展開する旧家の朝霧家とは家格は段違いだしね。
黙るしかない訳だ。
お義母さんも、地元に引きこもっていれば害は及ばないであろうけども、篠宮家の威光が届かない土地で朝霧家の報復があってもおかしくはないわよね、とのほほんと傷に塩を塗りたくったそうで。
お義祖母さんも、今更仲を取り持てと言われても、どの面下げて言うのかと切って捨てたそうだ。
和威さんもお義兄さん達から、親戚が謝罪したいとか抜かしているが放置しろと連絡がきていたりもする。
なので、今年の年末年始は私となぎともえを排除しようとした親戚類に厳しい仕置きをする為に、不在でいてくれとのお達しであった。
そのかわり、お義父さんが朝霧家のご機嫌伺いの為に、暫くは東京に滞在するとの筋書きができたのである。
「じぃじちょ、いっちょに、ぎょはん、ちゃにょしみねぇ」
「あい。ばぁばちょ、ひぃばぁばちょ、こうくん、いにゃいにょ、しゃびしぃねぇ」
「そうだね。三人がいないのは残念だねぇ」
緒方家に滞在していたお義父さんを、和威さんが運転する車でお迎えに行く。
チャイルドシートの双子ちゃんに挟まれたお義父さんと、仲良く手を繋いでお喋りするなぎともえは頻りに、残念がっていた。
いや、君達。
お義母さんとお義祖母さんが帰る日に、新幹線乗り場までお見送りしに行ったよね。
なぎ君は間近で初めて見る新幹線に興奮しきりであったけども、泣かないでバイバイしたじゃないか。
そう易々と、行ったり来たり出来ない移動距離があるのだよ。
私達がお山から移動した手段は車であったから、その何倍の時間がかかっていたのを忘れてしまったかな。
「なぎ君、もえちゃん。ばぁばとひぃばぁばは、お山でしないとならないお仕事があって、今日は来れないんだよ。だから、じぃじだけで我慢してくれないかな」
「あい。こうくんも、おちぎょちょ?」
「そうなんだよ。康治伯父さんも、お山にいないとならないお仕事が沢山あってね。じぃじだけが暇なんだよ」
「じぃじにょ、おちぎょちょ、にゃいにゃい?」
「うん。じぃじのお仕事は、終わったからね。だから、今日はなぎ君ともえちゃんと一緒に、ご飯が食べれるんだよ」
「「あい。じぃじちょ、いっちょに、ぎょはん、ちゃべうにょよ」」
お義父さんは入婿であるから、篠宮家の当主には就かれないでいた。
早々と、康治さんが亡くなられたお義祖父さんの後を継がれて、篠宮家所有のお山の維持費と固定資産税を賄える分の資産運用をされている。
和威さんと同じくパソコンがあれば、何処でもお仕事が出来てしまうので、時間を持て余し気味なのがお義父さんらしい。
「お義父さんには、うちの母が無理を言って申し訳ないです。幾ら、お時間があろうと篠宮家を巻き込むのはどうかと思いました」
「まあまあ、琴子さんも恐縮する必要はないよ。渡貫家に関しては、僕も甘い判断をしていたからね」
「今一、親父が渡貫家を支援する理由が分からないでいたけど。康兄貴は、先輩後輩の縁があったとだけ教えてくれたが」
「ああ、誠四郎はね。元々は、渡貫姓ではなかったんだよ。僕と同じく入婿でね。ただし、僕と違って、両家の思惑の犠牲になってしまったんだ」
何でも、誠四郎氏の実家は旧家の名声が欲しい。
渡貫家は、零落する家を保つ為に資金が欲しい。
両家の思惑によって、誠四郎氏は婿に出されて、渡貫家の建て直しに奔走させられる羽目にあった。
「誠四郎は、名前にある通り四男で、本妻の息子ではなくてね。旧家とはいえ、困窮している家に入婿になるのを嫌った兄達に押し付けられたんだよ。それに、渡貫家の老害達の噂はかなり広まっていたから、金銭的優位に立つ入婿だろうが苦労するのは分かりきっていたものだしね。立場の弱い誠四郎に責任を押し付けて、贅沢三昧する老害達と娘達に、部外者ながら腹がたったものだよ」
お義父さんは、誰にも相談できなくて孤立する誠四郎氏を唯一気にかけた人だった。
先ず、お義父さんがしたことは、渡貫家が経営していた企業の大株主となり、利益を搾取し横領していた老害達を排除した。
ある者は、検挙されて渡貫家から縁を切らせた。
ある者は、巻き返しを計り先物取引で大損させて、経営者不適合の烙印を周知させて、田舎に追いやった。
ある者は、多重債務に追いやり、破産させて、一文無しに。
皆、悪評を嫌った渡貫家の実権を握る当主によって、母の自称友人の様に安易に放逐された。
そうして、お義父さんは誠四郎氏を無下に扱わない限りは、支援すると宣言した。
渡貫家当主も、成り上がりながらも一大企業にのしあがった緒方家の立役者と対立する道は選ばなかった。
誠四郎氏を次の当主と指名して、お義父さんが派遣した経営陣の意見に応じて、唯一残された企業の名誉顧問の立場に退いた。
実質、誠四郎氏が渡貫家のトップになった訳なのだけど。
老害は老害のままだったことが、判明した。
誠四郎氏の長女が母の自称友人で、贅沢三昧に慣れた身の禁欲を恨んで憂さ晴らしに、悪意を吹き込んでいたのだとか。
如何に渡貫家が由緒ある旧家であり、特権階級の存在であるかとか。
一般人は己に奉仕する役割りであり、財産を差し出しても構わない存在であるとか。
どのようにして、上流階級の資産家から富を享受するかとか。
どうしたら、己が上位に立ち、権力を優位に発揮できるかとか。
碌でもない教育を施していたのが、母との案件で表沙汰になったそうである。
さしもの老害も、朝霧家との喧嘩は身の破滅でしかなく。
誠四郎氏に隠れて、自身の成り上がりの駒に育てていた孫を、あっさりと放逐したのも、老害の仕業であった。
誠四郎氏は、渡貫家の希少な常識人であった親戚に娘を託すしか手は無く、毎月支援名目で養育費を支払ってはいたのだとか。
しかし、成人した娘にいつまでも仕送りしていては成長しないと判断して、養育費は打ち切ったのだけど。
自称友人は、見かけはしおらしく反省した素振りで、更正したかに見えたものの。
保護者から独立した際に渡された養育費の貯蓄と、保護者の財産を勝手に処分して得た資産を隠匿して雲隠れしていた。
その後の自称友人の足取りは、楓伯父さんなりが掴んでいそうではある。
まあ、此方も碌でもない足取りなのが丸分かりだ。
分かっている限りでは、駐日大使の愛人だし。
あまり、双子ちゃんに聞かせたくはない内容に、言葉が出てこなくなった。
空気を読める聡い双子ちゃんは、難しいお話に知らん顔。
静かにしていてくれて、ありがとうね。
話題を変えようかな。
「じぃじにょ、おはにゃしは、むじゅむじゅね」
「あい。もぅたん、わきゃんにゃい。なぁくんは?」
「なぁくんも、わきゃんにゃい」
「おいちぃ、ぎょはんにょ、おはにゃしぎゃ、いいねぇ」
「ほんちょ。おちょにゃは、むじゅむじゅね」
おおう。
ナイスアピール。
良くやった、我が双子ちゃん。
重い内容のお話を払拭してくれる、話題転換にグッジョブである。
暫し、車内では大人の笑い話があがった。
「ごめん、ごめん。なぎともえには、難しいお話だったな」
「うん。じぃじも、悪かったね」
「ママも、ごめんなさいね。美味しいご飯のお話をしようね」
「「あいっ」」
大人達の謝罪に、にこにこ笑顔でお返事してくれるなぎともえ。
この双子ちゃんには笑顔でいてもらいたい。
世の中には、子供を駒扱いやら、道具扱いやらでまともに育てられない親が少なくないのも事実。
育児放棄される子供も多い。
絶対に、我が家のなぎともえは幸せにしてみせるのだ。
どこぞの家みたいに、あっさりと放逐できるかっての。
だから、今日もにこにこ笑っていてね。
ママは、頑張るぞ。




