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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その55

「それで、和威さんに相談って何? プリンを食べたいと言ったのはもえちゃんだから、我が家は参加するのは当然でしょうけど」


 キャンセルされた送別会の変わりに、朝霧家主催で食事会をするのだろうけど、それと和威さんとどう繋がるのやら。

 尋ねたら、母は神妙な表情でいた。


「あのね。申し訳ないのは分かりきっているのよ。だけど、どうしても和威さんのお父様に参加していただきたいの」


 あれ?

 てっきり、お子様枠で巧君や司君の参加を希望と思った。

 外れたか。

 まあ、大人の事情にお子様を巻き込むのは難だしね。


「親父ですか?」

「そうなの。これは、私も兄さんに聞いて知ったのだけど。彼女の実家、渡貫家が唯一経営破綻になっていない企業の大株主が、和威さんのお父様なのよ。そして、最低限の支援で持ちこたえている状態で、お父様に見限られたら破産は免れないでしょうね」

「ああ、つまり。その方が生家の権力を行使しない牽制の役割りですか」

「それもあるわ。だけど、本音は違うの」


 母は眉間にシワを作り、嫌そうに切り出した。


「彼女の狙いは、お父様の財産よ。渡貫家も、当時は緒方家の後継者であったお父様に、娘を嫁がせようと躍起になっていたらしいの。でも、年回りが離れているでしょうし、篠宮家に婿入りして話は頓挫した。けれども、諦めてはなかった。まだ、産まれてもいない子供の許嫁にどうか、それか妾にどうかだなんて言い出していたそうよ」


 はあ?

 言っては何だけと、緒方家は戦後の好景気に急成長した企業である。

 本家は地方の一名士。

 東京を本拠に持つには、歴史が浅い謂わば成り上り。

 旧家の名に固執する選民意識高い家なら、毛嫌いして見下す間柄ではないかな。

 それなのに、執拗に縁戚を結ぼうとするには、訳がありそうだ。


「渡貫家も伊達に、零落しながらも家を残してきていた訳じゃないわ。お父様とは違う意味で先を読むのに、優れていたのでしょうね。まあ、実際は篠宮家が所有するお山が宝の山であった訳よ」

「歴史に埋もれた(みささぎ)ではなく、レアメタルの方ね」

「そうよ。内閣府と宮内庁から苦言を申し入れられて、関係者省庁の大臣と次官は篠宮家からお山を無報酬で取得したがっていたのを止めざるをえなくなったのに。どこにでも、諦めない利潤に群がるハイエナはいるのよ。渡貫家もそのハイエナね」


 支援してくれているのを良いことに、篠宮家とは縁が深いと勘違いして、仲介役に名乗り出て法外な仲介手数料をふっかけていた。

 また、開発に自身の企業を参加させて、レアメタル関連の売買にも関わろうと画策している。

 立派な、ハイエナ作戦だ。

 無論、こうして外部に漏れているのは、篠宮家が朝霧家と縁戚になったから。

 お祖母様を盲信する信者や、お祖父様の財力と朝霧グループのネームバリューや、楓伯父さんの海外の人脈やらが合わさって、敵に回したらいけない一大派閥があちらこちらに存在して、害になりそうな話題や企みを察知してくれている。

 まあ、朝霧家に恩を売る絶好な機会でもあるしで、名を覚えられただけでも絶大な好機でもあった。

 お祖父様も楓伯父さんも薄情な人ではないから、何かしらのお返しはしているので、更に人脈が広がっていく。

 今では、お祖父様の一言で内閣府のお偉い方々が、朝霧邸にお伺いにきたりするのだけど。

 楢橋さんの事件では、警察庁のトップが直々に謝罪に来たしね。

 お付きの人が、同席した尊君の逃避行動に難癖つけて、お祖父様のお怒りを買ったそうで、役職を更迭されたニュースが流れたっけ。


「恐らく、渡貫家は彼女が利用価値のある存在に返り咲いて、復縁したのでしょう。渡貫家が上京された和威さんのお父様に、接触しようとしているのが判明してるわ」

「……そう言われると。自分が進学で上京した折りに、緒方の叔父や兄達から、関与するなと教えられた家名にその名があった記憶があります」

「でしょうね。渡貫家としては、篠宮家とは何としても縁を切られたくはない金蔓ですもの。これは言いたくはなかったのだけど。貴方達の結婚式に、招待されてもいない不審者がいたの。その人の言葉によると、許嫁を差し置いて結婚するのは道義に反するから、それ相応の慰謝料を寄越せと宣ったのよ。まあ、警戒していた緒方家と篠宮家がすぐに対処して、なかった事にされたわ」


 はあ。

 初めて知る事情に、お義兄さん達も被害にあっていたのが推測できる。

 和威さんも思い至り、顔をしかめている。


「分かりました。親父に掛け合ってみます」

「お願いするわ。篠宮家を関わらせたくはないのが、本心よ。けれども、あちらも一筋縄ではいかない手段に手を出しているから、こちらも複数の対抗手段を用意しておきたいの」


 母が重い溜め息を吐き出す。

 大使といった後ろ楯を担ぎ出して、嫌がらせをするには重大な案件だ。

 下手をしたら、国家間のわだかまりを産み出して、外交問題に発展するとは思わないのだろうか。

 他国で大使の権力を振りかざすのは、諸刃の剣でしかないのになぁ。


「でも、よくその大使に母の自称友人が近付けたね」


 素朴な疑問が口に出た。

 海外で結婚した相手が、外交官だったりでもしたのだろうか。


「楓兄さんによると、利害の一致した関係であったの。彼女の特権階級思考は改善されることなく、義父母の前では巧妙に隠されただけだったらしいわ。そして、義父母が亡くなると次々に資産家や著名人を篭絡して渡り歩き、現在は大使付きの通訳とは名ばかりなプライベートな仲よ」


 うわぁ。

 言葉を濁した内容が、理解できてしまった。

 でも、利害の一致の方が気になった。


「利害の一致って?」

「明日香のお父様の高橋さんが料理人の間では、神様扱いの技能と味覚を持つと教えたわね。その評判が仇となって、色々あったの。要するに、大使の国の有名店に引き抜かれて、海外に行かれたのだけど。その有名店でアジア人差別による、過酷な労働を強いられていたのが、善意の密告で判明してね。引き抜きを後押しした方とその方の友人が、救出した訳。そして、その友人がお父様の弟の楢橋の叔父様だった縁で、朝霧家も圧力かけて有名店から解雇されたシェフやら支配人の身内が大使なの」


 あら。

 奇妙な縁があったものである。

 と言うより、朝霧家の情報収集は海外でも半端なく通用していた。

 解雇された大使の身内に、高橋さんや楢橋さんが報復されないように、未だに監視を怠っていないのが幸いしていた。

 そして、大使の母国も曰く付きの人材を日本に派遣せざるをえなかった事情を、朝霧家にリークしていたと。

 要注意人物として、朝霧家も挨拶程度の接触に留めておいて、経済界でも朝霧グループとは難ある大使として評判がついて回っていたと。

 ふーん。

 だから、任期満了ではないにも関わらず、大使交代するんだ。

 どうやら、日本にて大使がよからぬ事態を引き起こそうとしているのを悟り、帰国させようとしたのを逆手に取り、今回の事態になったのか。

 報復したい相手である高橋氏は既に故人であるゆえに、娘さん一家ではらそうとするのはいかがなものかな。

 公人が私事による権力行使でもっての報復は、海外でも許される事ではない。

 まあ、それだけ腹に据えかねていたのもあるだろうが。

 更迭どころか、犯罪の片棒を担うので裁かれるのは明らかでしょうに。

 どうも、大使と自称友人さんの思考が分からないなぁ。


「? もえ?」


 逡巡していたら、和威さんが腰をあげた。

 もえちゃん?

 間をおかずに泣き声が聞こえてきたので、驚いた。


「ママぁ~、パパぁ~。ばぁばぎゃあ~」


 悲鳴じみた私達を呼ぶ声に、和威さんと慌てて和室に走る。

 熟睡していたはずのもえちゃんが、毛布に突っ伏してもがいていた。

 どうやら、寝ぼけながら起き上がり、私達の元に行こうとして、毛布に足を取られて転んだようである。

 半分未覚醒状態でいるから、起きるに起き上がれないでいた。


「もえ。大丈夫か?」

「パパ~。ばぁばぎゃあ、いちゃい、いちゃいよ~。あきゃいにょ、いゃあ~」

「うにゅ? もぅたん、ぢょうしちゃにょ?」


 速く辿り着いた和威さんが、もえちゃんを助け起こす。

 ぎゃん泣きしているもえちゃんと、騒ぎに起き出したなぎ君が眠たいお目目をこすり首を傾げる。


「ママ? もぅたん、にゃんぢぇ、えーん?」

「ママも分からないの。怖い夢でも、見ちゃったのかな」

「……んん? もぅたん?」


 わんわん泣くもえちゃんの姿に、はっきりと眠気を吹き飛ばされたなぎ君が、先程の私達同様に慌ててもえちゃんの側に近付く。


「もぅたん、いちゃい? ぢょぎょぎゃ、いちゃい? ……ばぁば? ママ、ばぁば、ちゃいへんよ」


 背中を撫でていたら、もえちゃんの感情が伝播したのか、なぎ君までばぁばが大変と騒ぎ出した。

 これは、夢見が悪かったのではなく、水無瀬家の先見なのかも。

 泣き止まないもえちゃんのかわりに、なぎ君が冷静に私達に訴えてきた。


「ママにょ、ばぁば、へんにゃひちょに、ぐしゃぐしゃ、しゃえちゃう。ママ、ばぁばに、おんもは、めめっちぇ、いっちぇえ」

「あら、なぎ君。ばぁばにぐしゃぐしゃって、なあに?」

「ばぁば! おんもは、めめよ。きょわい、へんにゃ、ひちょ、ばぁば、ぐしゃぐしゃ」


 成り行きを見ていた母が、ばぁばは自分の事でありと分かると、和室に顔を出してきた。

 すると、ばぁばを視認したなぎ君が、駆けていき必死に駄目を連呼する。

 ぐしゃぐしゃの部分で、握りしめた拳を振り下ろす行為を繰り返す。

 あれって、何かで突き刺す行為だ。

 遊びでもやらない行為だけど、危険な行為だとは教えてある。

 やだ。

 もしかして、例のレストラン案件に関連している?

 母も和威さんも、タイミングの良い悪意を感じとり、言葉を失っている。


「そう。教えてくれて、ありがとう。もえちゃん、なぎ君。ばぁばは大丈夫よ。教えてくれたから、ばぁばは用心するからね。もう、泣かないでちょうだいね」

「「ばぁば~」」

「ふふふ。そう、そこまでやる覚悟というか、悪足掻きするなら、私も容赦はいらないわね」


 あらやだ。

 母の変なスイッチが入った。

 身を案じる孫を抱えて、不気味な笑い声をする。

 いや、なぎ君が引いているから。

 もえちゃんも、ばぁばの豹変振りに泣き止んだからね。

 あーあ。

 あちらの、方々。

 御愁傷様。

 孫を泣かせたので、母も本気モードに入りましたよ。

 母よ。

 やりすぎで、父のお説教を受けないように注意してよ。

 父に叱られて落ち込む母を宥める苦労はしたくはありません。

 でも、まあ。

 可愛いもえちゃんを、間接的に泣かした腹いせはしても罰当たりにならないか。

 私の分も、上乗せをよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 【妄想劇場~after】 母「和威さん、あっちの国ではね、江戸時代にやってたような刑罰が今も合法なのよ」 和「なぜその情報を?」 翁「あやつらはあちらの法で裁かれることになった」 和「うわぁ…
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