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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その52

「ママぁ、いりゅう?」

「ママぁ」

「はぁい、ママはいますよぅ」


 ただいま、双子ちゃんはお風呂タイム中である。

 もえちゃんが抱き付いて離れがたがったが、パパに説得されてお風呂に入ってくれたのだけど。

 数十秒毎に、脱衣場に待機する私の確認をしてくるほど不安になっている。

 その度に、和威さんが落ち込む発言をしているので、少しだけ鬱陶しくなってきている。

 いや、こんな考えではいけないなあ。

 お風呂場と脱衣場の扉を少し開けているので、湯気も脱衣場にやってくるから湿気が半端ない。

 ちょっと、不快感がある。

 浴室暖房が効いてはいるのだけど、カビを発生させないように明日お掃除しないとね。

 彩月さんに知られたら、率先してお掃除されそうなので、悟られないように頑張らねば。


「ほら、もえ。頭を洗うぞ。お目目とお口は閉じないと、大変になるぞ」

「あい、おねぎゃあしましゅ」


 一応子供用のシャンプーハットを使用するのだけど、標準より身体が小さいので自ずと頭のサイズも小さいから、押さえてないとずり落ちてきてしまう。

 和威さんが片手で洗い、空いた手でシャンプーハットを押さえ、洗われる方は両手で泡が入らないように顔を隠して防御している。

 なぎともえが、自分で防御できるようになっただけ、洗う方は手間が掛からなくて助かる様にはなった。

 けれども、殊に上手くいかなくて泣いちゃうんだよね。

 そうすると、こちらも慌ててシャワーを掛けるのだけど、確認を怠り熱いお湯だったり、冷たい水だったりと、更に泣かせる案件が生まれてしまったのは悲しい思い出である。

 失敗ばかりする新米パパママのせいで、よくお風呂嫌いにならなかったものである。


「ほい、次はシャワーだぞ。お目目は閉じているんだぞ」


 多分、もえちゃんは頷いて答えているだろう。

 間をおかず、シャワーの音がした。


「もぅたん。あちょ、しゅきょし、ぎゃんばっちぇ」

「なぎは相変わらず心配性だなぁ。パパも学習しているんだ。そうそう、間違わないからな。ほら、綺麗になったぞ」

「あい。パパ、あいあちょう」


 と言っている割に、もえちゃんの視線は隙間越しに、私に向けられている。

 でも、私を確認したらパパに頭を下げているので不問にしようか。


「ほい、なぎと交代な」


 和威さんは温めのお湯が半分だけ淹れられている湯船にもえちゃんを投入して、なぎ君を抱き上げる。

 双子ちゃんには、一人だけ湯船に浸かっている間は、転倒防止策として湯船に捕まっている様に指示はしている。

 先程のなぎ君も、きちんと捕まっていた。

 もちろん、もえちゃんも素直に従っている。


「よし、今度はなぎの番だな。もえと同じようにお目目とお口は閉じているんだぞ」

「あい」


 既に、身体は洗いっこしているので、頭を洗っている。

 うちは、先に身体を洗う派である。

 後の方が、シャンプーの滑りを一緒に洗い流せると聞いたのだけど。

 どうやら、篠宮家は先になんだよね。

 どうしてだろうかは、謎のままである。

 不思議だ。


「良し、なぎもシャワーいくぞ」

「なぁくん。ぎゃんば」

「あい」


 なぎ君は、余裕をみせてお返事ができている。

 まあ、もえちゃんは見えてないと怖がるからなんだけどね。

 後方から何が来るのが分からない状態を極端に嫌うもえちゃんだけに、必ずシャンプー等は先に声掛けを忘れないようにしている。

 そうしないと、終わったら硬直して、真っ青になっている。

 当初は、私達も訳が分からなくて、育児書とにらめっこして、事例の対処法を探した。

 彩月さんや篠宮のお義母さんにも相談した。

 結論は、怖くないと安心させること。

 今では、安心して背中をみせてくれたのだけど。

 慣れてくれるまでは、相対して洗っていた。

 また、率先してなぎ君が自分を先にしてと訴えてくれていたり、手を繋いでいてくれたりと助けてくれていた。

 本当に、助けて貰っていた。

 意思の疎通がはかれるようになったら、もえちゃんもこれが恐い、これが嫌だと教えてくれたのもあって改善がなされていった。

 こうして、私達親や双子ちゃんの努力により、不安が解消されていった。

 ただし、いまだにもえちゃんはドライヤーは怖がるけど。


「ほい、終了。なぎも、お風呂に投入だ。もえは、湯だってないか」

「もぅたん、ちゃきょしゃん、ちあうよ」

「ほっぺ、あきゃいよ」

「そうだな。お湯は温めだけど、ちょっと赤いな。もえは上がろうか」

「あーい。ママ、ふきふき、しちぇ」


 なぎ君と入れ違いにお風呂から出されたもえちゃんは、一目散に浴室の扉を開けて広げたバスタオルに飛び込んできた。

 勢い余って私が後ろにひっくり返しにならなくていいのも、今だけかな。


「はい、ふきふき。今日も、綺麗になったね」

「あい。パパ、あいあちょね」

「おう、どういたしまして」


 浴室が冷えない様に閉める。

 ちゃんと、お礼を言える良い子だね。

 手際よく、もえちゃんが冷えない様に拭いていき、オムツを履かせてパジャマに着替えさせていく。

 髪の毛の水分で風邪をひかせたりしては駄目なので、頭にはタオルを巻いておく。

 もえちゃん的には嫌だろうけど、ドライヤーで乾かすまで待っててね。


「そろそろ、なぎを出すぞ」

「はーい、どうぞ」


 暫くして、次はなぎ君の番となる。

 なぎともえのお世話が私に回り、漸く和威さんもお風呂で寛げる。

 お湯を足し、追い焚きしているだろう。


「パパ、あいあちょね」

「おう。なぎともえとのお風呂はパパの癒しだから、パパもありがとうな」

「じゃあ、和威さんもゆっくりしてね」


 なぎ君も着替えさせたので、リビングに移動しよう。

 髪の毛を乾かすのと、水分補給しないとね。

 使用したバスタオルは、洗濯機に入れておく。

 明日朝にでも、和威さんと私が使用したバスタオルと下着類を纏めて洗濯をしよう。

 離れの一軒家だから、深夜に洗濯しても騒音で他人を不快にさせないだろうけど、洗濯物は乾燥機にかけるよりお日様による自然乾燥の方がいいだろう。

 まあ、それも明日の天気によるけれども。

 気象を司る竜神様のご機嫌は、私達を襲った事件以来駄々下がりである。

 最近まで雨だったり、雲行きが怪しい天ばかりが続いている。

 件の黒幕だった国会議員の地元は、晴れの日が全くないそうで、農作物に被害が出ていたりする。

 非公式に内閣府から、気象の操作を頼まれてはいるが、生憎と水無瀬の巫女はお祖母様が存命である限りは、私にはどうしようもない。

 頼みの綱のお祖母様は病床の身であり、おいそれと祭事を執り行うには障りがある。

 申し訳ないけど、何ら瑕疵がなく、巻き込まれた地元の皆様には我慢していただくしかないのが現状である。

 しかし、そんな中でも竜神様はもえちゃんには盛大に甘く、ふとお庭で遊びたいと呟けば、覿面に晴れたりする。

 これには、黙っているしかない。

 まさか、内閣府も二歳児に晴れ乞いを執り行わせはしないだろうが、お祖父様が黙して見ているだけでは済まさないだろう。

 経済界の重鎮に睨まれるのは、あちらも避けたいだろうから、私も黙っているのが正解だ。


「はい、先ずは麦茶を飲もうね」

「「あい」」


 両手になぎ君ともえちゃんと繋いで、リビングに移動した。

 いきなり、冷たい麦茶を与えるのはお腹を壊しそうなので、前もって準備していたマグマグに淹れておいた麦茶を渡す。

 にっこり笑顔で受けとるなぎともえは、カーペットの上にクッションを置いて座り、麦茶を飲んでいく。

 然り気無く、なぎ君が後ろにひっくり返しになっても支えられる位置に、私も座る。

 延長コードに繋いだドライヤーも、準備はしてある。

 時折、もえちゃんの視線がドライヤーにいくのには、笑えてくる。

 もえちゃんは、いつになったらドライヤーに慣れてくれるかなぁ。

 中学生ぐらいに成長して、身だしなみが気になるお年頃になれば、自分で朝シャンとかして乾かしてくれるようになるのかな。

 まさか、なぎ君に手伝わさせたりはしないだろか。

 優しい心根のなぎ君だから、進んで手伝いそうだしね。

 まあ、なるようになるしかないか。


「ママ。きゃみにょけ、おねぎゃぁ、しましゅ」


 麦茶を飲み終えたなぎ君が、満を持してドライヤーを手にする。


「はい。じゃあ、なぎ君からね」

「あい」


 私がドライヤーを手にすると、くるりと背中を見せて前に座る。

 風量を小にして温度に気をつけて、なぎ君の髪を乾かしていく。

 髪質が柔らかいなぎ君の髪の毛は、すぐに乾いていく。

 次第に、もえちゃんの顔付きが強張っていく。


「はい、終わりました。次は、もえちゃんの番ですよ」

「……あい」


 渋々といったのがありありと伝わってくるのが、遺憾ともし難い。

 もえちゃんはなぎ君と違い、私に抱き付いてくる。

 恐いドライヤーに対する時の定番な位置に着いたのを確認して、スイッチを入れる。

 胸元が冷たいのだけど、我慢有るのみ。

 もえちゃんも我慢しているのだから、私も我慢して耐えるべきである。


「もぅたん、なぁくん、しょばに、いうよ。ママも、いうきゃりゃね」

「あい。ママちょ、なぁくん、いうにょ。きょわきゅ、にゃいにゃい」


 毎回のやり取りに、ママはほっこりするどころではありません。

 もえちゃんは真剣だしね。

 茶化したりはできない。

 なるだけ、時間を掛けずに乾かしてあげるだけである。


「はい、もえちゃんも終わり。益々、綺麗になりました」

「ママ、あいあちょう」

「もぅたん、おわりよ。よきゃっちゃねぇ」

「あい。なぁくんも、あいあちょ」


 ドライヤーが終わったら、二人仲良くぎゅうっと抱き合うまでが日常です。

 でも、これもなぎ君が退院するまでは、お預けだったのだよね。

 先に退院したもえちゃんの面倒を見ていた和威さんによれば、ドライヤーの時はなぎ君を呼びながら耐えていたそうで、密かに涙が溢れた。

 私達に嫌われるのを忌避するもえちゃんは、随分と聞き分けがよく我が儘を滅多に言わない。

 けれども、ドライヤーだけは別で、逃げたりしていたらしい。

 風邪をひかせる訳にはいかない和威さんも苦心して、なるだけドライヤーをせずにタオルで乾かしたりと、打開策をしたりしていた。

 けれども、和威さんがどうしても仕事で、遅くなってしまった日があった。

 私の母に預けなくてはならなくなり、ドライヤーを嫌がるもえちゃんに母が何かを言ったらしく、以降は逃げはしなくなったけど、悲壮感を漂わせる姿に和威さんもいたたまれなくなったそうだ。

 母よ。

 何を言ったのだ。

 問い詰めたくなったが、母も言わないと思うので聞いてはいない。

 何にせよ、もえちゃんのドライヤー嫌いは相変わらずです。

 やっぱり、成長して慣れてくれるのを待つしかないなぁ。

 仲良くハグする我が子達を見やり、ママは内心溜め息を吐いた。



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