その50
尊君を交えた夕食は、和やかに始まった。
なぎともえは、尊君からお土産のキャラクター付きキーホルダーを渡されてご満悦。
大事にポッケにしまいこんだ。
「「るぅにぃに、あいあちょう」
「どういたしまして。喜んでくれて、良かった」
尊君も、にこにこ笑顔のなぎともえに、ほっと一安心していた。
二歳児が喜ぶお土産は限られてくるし、なぎ君は食事制限もあるから食べ物系のお土産は躊躇ったみたいである。
お友達と悩みながら選んでくれて、有り難いことである。
「さあさあ、食事にしましょうね。料理長の永瀬さんがはりきって作ってくれたのよ。沢山食べてね」
「「あーい」」
「はい、ありがとうございます」
母の合図で食事が運ばれてくる。
尊君はお祖父様の隣に、私達一家は反対側の席に案内される。
朝霧邸のダイニングのテーブルは細長い長方形タイプである。
所謂、お誕生席には家長のお祖父様であるべきだけど、尊君にとっては私達は遠い親戚であるから、輪に交じりにくいだろう。
お祖父様ぐらいしか交流がなかったしね。
居心地が悪くならないように配慮して、お祖父様が隣に座っていた。
父と母は、そのお隣にいる。
メニューもテーブルマナーが必要な畏まったモノではなく、普通にお箸で食べれるようになっていた。
ただし、我が家の双子ちゃんには、スプーンフォークだったけど。
「おみゅりゃいしゅぢゃぁ」
「なぁくん、きゅましゃんぢゃぁ」
「もぅたんは、うしゃしゃん」
なぎともえ用に出されたオムライスには、器用にデフォルメされた熊と兎が描かれていた。
永瀬さん、やるな。
がっちり、幼児の心を掴んでいた。
添え物の温野菜も、動物に見立てて楽しませてくれていた。
「もえ様のオムライスは、チキンライスでございますが、なぎ様のオムライスはチキンは省いてございます。その代わりに、ミックスベジタブルは多目になっております」
喜代さんの説明に、永瀬さんの配慮が痛み入る。
わざわざ、別個に作ってくれて感謝しかない。
オムライスの玉子部分も、なぎともえとでは厚みが違うのが分かった。
なぎ君が消化できる具合も鑑みて、苦心してくれていた。
「ママ、おいちいよ」
「あい、おいちい」
いただきますをしてから、早速オムライスを頬張るなぎともえは、またもやご満悦の表情である。
「そうか、美味しいか。それは、何よりだなぁ」
「そうね。美味しいのは、いいことよ。無理しない範囲で沢山食べてね」
「お野菜も、嫌わず食べて偉いなぁ。琴子がなぎ君ともえちゃんぐらいの年だった時は、好き嫌いが沢山あって大変だったんだけどなぁ」
ええい、父よ。
ばらすでない。
その当時の記憶は遥か彼方であり、覚えてはいないけど。
私が野菜嫌いであったのは、兄からも揶揄されるぐらいに耳タコで聞いている。
なぜか、きゅうりだけは大好きであったらしく、きゅうりだけ残さず食べていたそうだ。
私の野菜嫌いを克服させようと、母と父が大変苦労していたのはうっすらとだけど覚えている。
その点、和威さんは何でも食べていたと、篠宮のお義母さんやお義姉さんから聞いている。
だからか、なぎともえは、苦手な野菜はあれど、全く食べれない訳ではない。
なぎ君は苦手な野菜は最初に食べる派で、もえちゃんは最後に食べる派である。
その辺りは、珍しく双子でも違った一面を見せている。
けれども、大好物は最後の最後に食べる派なのは一緒である。
大人組はチキンやらローストビーフやらで舌つづみを打ちながら、食事を進めていく。
尊君や私達とは違うメニューでも、我が儘言わずににこにこ笑顔でオムライスを堪能するなぎともえ。
合間に、コンソメスープも溢さず上手に飲めている。
希に、ご飯粒が頬に残るのはご愛敬だ。
私達が気付く前に、なぎ君がもえちゃんのを取ったり、もえちゃんがなぎ君のを取ったりしながら、幼児に有りがちな甲高い声で騒ぐことはなかった。
「なぎ君ともえちゃんは、上手にご飯が食べれるんだね。びっくりした」
食堂を経営していた尊君の実家だと、幼児はちょこまかと動きおとなしく食べれない子もいたらしい。
まあ、大人と幼児の食事量は違うから、満腹になって退屈してきたお子様が騒いだりするのは当然あることだしね。
篠宮のお義母さんも、巧君や司君が我が家の双子ちゃんと同じくらいの年では、食事に飽きて食べ物で遊んだりしては叱られ、泣いて大騒ぎになったことがあったと言っていた。
それに比べて、なぎともえはおとなしく聞き分けが良すぎると感心していたんだよね。
駄目だと教えたことは、二度とやらなかった。
怒られることを極端に嫌がっていたし、幼いながら周囲に気を配って嫌われない行動をしていたしね。
おまけに、我が儘言わない子になってしまったしで、甘え下手なのかなぁと育児書とにらめっこしたものである。
まあ、前世の辛い記憶をひきずり、嫌われたくない一心で甘えを抑制していたのを知った。
篠宮の悪習に囚われて振り回されていたから、上京したからには甘やかすぞと、決めたものである。
我が母やお祖父様が、大変可愛がりすぎるキライが見えてきているが、徐々に普通の幼児らしくなってきてくれることを願いたい。
和威さんが言っていたし、なぎ君の体調が復調したら、沢山お出掛けして楽しい思い出を作っていこうね。
「あにょね。ぎょはんは、はちゃけにょ、ひちょや、うししゃんや、ぶちゃしゃんを、しょぢゅちぇう、ちゃくしゃんにょ、ひちょぎゃ、いうきゃりゃ、おいしきゅ、にゃうにょ」
「あい。パパぎゃ、おしぎょちょ、しちぇ、おきゃいみょにょ、ぢぇきちぇ、ママぎゃ、ぎょはんを、ちゅきゅうにょ」
「ぢゃきゃりゃ、なぁくん、ぽんぽん、いいっぱい、ちゃべえうにょ」
「もぅたんも、ぽんぽん、ひもじきゅ、にゃいにょ。みんにゃに、きゃんしゃ、しゅうにょ」
「あいあちょうっちぇ、ちゃべえうにょよ」
思わず、和威さんと顔を見合わせた。
互いに、誰が教えたのかと疑問があった。
思い当たる記憶がないから、私ではないのは確かである。
和威さんもみたいなので、眉根が寄っていた。
「なぎ、もえ。それは、誰に教わったんだ?」
幼児にあるまじき発言に、お祖父様も目を丸くしていた。
父と母も、同じく驚きを隠せてはいない。
そんな、注目を集めているなぎともえは、ものともせずに言ってのける。
「「おやみゃにょ、ひぃばぁばちょ、いきゅばぁば」」
「お社の宮司さんの奧さまの郁お婆さんね」
「「あい」」
「ばあ様達、何を教えてるんだか。と言うか、原因は篠原家のちびか?」
「そう言えば、宮司さんのお孫さん達が凄い偏食すぎるって、一時期悩まれていたよね」
媛神様のお社を任されている宮司さんの篠原家は、元は篠宮家の分家にあたる。
そして、お義祖母さんの実家でもある。
若くして篠宮家に嫁いできたお義祖母さんと違って、宮司を継いだお兄さんは晩婚で、その次代も晩婚だった。
その子供達は、一番上のお姉さんが和威さんの三つ上で、二番目のお兄さんが同年代で、末弟が中学生である。
そして、問題の末弟君が、中学生になるのに偏食が凄いと、親族が集まると必ず話題にのぼるのだ。
特段、甘やかしている訳でもなく、食べたい物しか口にしない困った子で、お叱りを何度も受けても治らない頑固さで、母親が軽くノイローゼになってしまった経緯がある。
それが、ある日いきなり、人が変わった様子で少しづつ偏食が治まってきたと報告がきた程、問題児だったのだけど。
もしかしたら、お義祖母さんや郁お婆さんが、何かお説教でもしたのかも。
お二人が若い頃は、戦時下で思うように満足に食べれない日々が続いていた。
飽食の時代を嘆いていたか、見かねて手助けしてくれていたのかも。
そして、その時のお話を聞いていたなぎともえは、食事を与えられてはいなかった前世のもえちゃんのひもじい記憶を連想させ、より一層食事は大切に食べることと覚えてしまったのだろうな。
苦手な野菜も、前世に比べたら、食べられるだけ満足に値する価値観を植付けられていたりして。
だから、出される食事にはけちをつけず、毎回残さず完食するんだね。
ママは、目から鱗だよ。
「パパ。めめ?」
「まつぎゃい?」
「いや、間違ってはいないんだがなぁ」
「そうよ。ひぃばぁばは、間違ってはいないのよ。だけど、なぎ君ともえちゃんが、まだ二歳なのに理解していることに、ママ達びっくりしただけよ」
「? ひぃばぁば、いきゅばぁば、おやしゃい、ちゃべえにゃきゅちぇ、おにわにょ、きゅしゃや、きにょ、ねっきょちょきゃ、ちゃべえうにょ、にゃきゃっちゃっちぇ」
「はちゃけにょ、おやしゃい、みぃんにゃ、あげにゃいちょ、ぢゃっちぇ」
「税金代わりに徴収されたか、戦時下の富裕層が独占したかだね」
父がぽつりと呟く。
対して、お祖父様は苦い表情でいる。
朝霧家は富裕層であったから、戦時下の食糧配分でもそれほど難儀はしてはなかったようだし。
言葉は挟まなかった。
「何かごめんなさい。暗い話にしちゃった」
「ううん。尊君は悪くないから。勿論、なぎ君ともえちゃんもよ。ご飯は遊び道具ではなくて、粗末に扱ってはならないことだからね」
「しいていえば、なぎともえが、お利口過ぎたことだな。周りが年よりしかいない田舎で育ったものだから、普通の幼児にしては智識が有り余っているんだな」
「幼児のお友達もいなかった弊害よね」
常識外れな側面もあるのは黙っていよう。
なまじ、神様に好かれて普通の枠組みから離れている双子ちゃんだし。
幼稚園とか通うようになると異質だとされて仲間外れにならないか心配だ。
しかも、二人でいるから仲間外れにされても堪えない気もする。
どうしたものかなぁ。
「そうだ。琴子、和威君。なぎともえの幼稚園は何処にするか決めてはいるのか?」
「まだ、決めてはないけど」
唐突なお祖父様の質問に素で答えたら、盛大な溜め息を吐かれた。
あれ?
何か忘れてる?
「琴子、やっぱり忘れてるわね。三歳になったら幼稚園に通わせないとならないのよ」
「本来なら願書受け付け期間は過ぎているが、芙美子が経営している私立幼稚園に空きを入れておいてくれている。後で、連絡しておきなさい」
「その分だと、和威君も忘れてるみたいだね。まあ、入院騒動もあって大変な時期もあったからだと思うけども。満三歳になったら幼稚園に通わせるのが普通だよ」
父と母にまで、説明された。
そうじゃん。
我が家の双子ちゃんは、三月に三歳になるんだ。
幼稚園デビューの年じゃないか。
「やばい、完全に頭になかった」
なぎともえを挟んだ向う側で、和威さんも顔面蒼白になっている。
お山にいた頃は、村営の幼稚園がないから油断していた。
ちなみに、篠宮家は幼稚園に通わせてはいない。
なぜなら、近場に幼稚園自体がないからである。
小学校も閉校になり、スクールバス必須の遠距離通学に変化した。
「「よーちえん?」」
親の焦りを他所に、呑気に構えているなぎともえ。
いかん。
幼稚園の存在すら知らない双子ちゃんに、四月から環境が変わり、ママと離されて大泣きされる不安しか出てこない。
どうしよう。
頼みの和威さんも沈黙している。
本当に、どうしよう。




