その49
なぎともえの報告会が続き、私が注釈を入れて親子団欒をまったりとしていたら、母屋から夕食のお誘いの内線が入った。
うきうきと弾みならが歩くなぎともえの後ろを、和威さんと微笑んでついていく。
「きょうの~、ぎょはんは~、にゃんぢぇしゅか~」
「なぁくんは~、おやしゃい~、ちゃっぷり~。もぅたんは~、おにきゅちょ~、おしゃきゃにゃ~、ちゃっぷりちょ~」
「「パパちょ~、ママも~、ちゃっぷり~」」
にこにこ笑顔で自作の歌を自信満々に歌う。
出迎えてくれた母屋担当の家政婦さんも、私達同様に微笑んで見守っている。
ご機嫌ななぎともえは、家政婦さんへお辞儀を忘れずにしてから、開けてくれたダイニングの扉を潜った。
「「ひぃじぃじ、ばぁば、じぃじ、きょんばんわ~。およばれ、しましちゃ~」」
既に待機していたお祖父様への挨拶も忘れてはいなかった。
そして、我が母と父もいたのには驚いた。
そう言えば、クリスマス会に母が参加していなかったな。
朝霧家からは、楓伯父さんしか会場で見かけてなかったのを思い出した。
椿伯母さんは、朝霧傘下のアパレル部門代表だからいないといけなかったのでは?
「あら、どうしたの?」
不思議そうな顔をしていたからか、母に問いかけられた。
なぎともえは早速、じぃじとばぁばに抱っこされている。
「僕が、朝霧邸にいるのが珍しいのではないかな?」
「やっ、それもあるけど。クリスマス会で楓伯父さんしか見なかったなぁ、と」
「ああ、椿姉さんなら夫婦でドイツよ」
私の疑問に事もなく返事が返ってきた。
あら。
胡桃ちゃん一家と一緒にクリスマス休暇を過ごすのだろうか。
確か、欧州では家族と過ごすのが当たり前だと聞いた気がした。
今年は、それに習ったのかな。
「それがねぇ。恵梨奈ちゃんを見初めた男の子がいたでしょう。その男の子のお家にお呼ばれしちゃったらしいわ。何でも貴族の家系らしくて、単なる会社員の家の女の子を招待されても、恵梨奈ちゃんが中傷の的にしかならないわよ」
母によると、恵梨奈ちゃんを射止めたい男の子は、周りの批判も何のそので身勝手な招待状を恵梨奈ちゃんに送ってしまったそうな。
恵梨奈ちゃん自体は、他のクラスメートも招待されていると信じ込み、承諾してしまった。
人目もあった場所での返事に、今更お断りすることも叶わなくなり、胡桃ちゃんは実家に相談した。
何でも、身分不相応な庶民が招待されて親族はお怒りで、恵梨奈ちゃんに恥を掻かそうと何事が企んでいるのだとか。
息子に群がる女の子の身許調査をしていた男の子の父親が、胡桃ちゃんに警告を送ってくれて判明したそうだ。
叉、胡桃ちゃん一家に付けられていた朝霧家のボディガードも、片倉家の周りに出没する不審者を警戒していた。
その情報はすぐにお祖父様に伝わり、外務省を通してドイツ大使館にも通達がいった。
そこから、現地の警察官へ話が行き、捕縛した不審者が男の子の親族が雇った探偵気取りのならず者だったから、ドイツ大使も大慌てになった。
片倉家は、日本随一の大企業朝霧グループの孫娘一家。
朝霧グループは海外にも事業は展開しているし、資本提携している海外企業も世界各地にある。
その会長の孫娘一家に何事が起きたら、潰されてしまう企業が幾つになるやら分からない。
男の子のお家が大株主である企業も、屋体骨が揺らぐ可能性も高い。
藪をつついたら大蛇が出てきたでは済まされない、大変な出来ごとになってしまう恐れが出てきた。
そこで、男の子のお家が提案した打開策は、朝霧グループの名を前面に出した招待客として、朝霧グループ会長の娘一家を招くことに相成った訳である。
ドイツ側も事態を重く見て、日本駐在大使に朝霧グループと事を構える気はないことを、これまた外務省を通じてお祖父様の元に。
お祖父様的には、迂闊なことをしでかした男の子に異論はあれど、ドイツ企業と友好な関係を続けていきたい訳であるから、私的な感情は収めることにした。
そうして、椿伯母さんは旦那様とドイツにて、親善大使さながらの役割を演じる羽目になりましたとさ。
合掌です。
恵梨奈ちゃんも、厄介な男の子に見初められちゃったね。
それから、朝霧グループがバックにあると知れ渡れば、いや応なしに縁談とかが沢山やってきそうな気配がするよ。
今日も既に、恵梨奈ちゃん狙いな勘違いなお子様がいたしね。
日本から逃れても、付いて回る朝霧家の柵に囚われないといいのだけど。
迂闊な男の子も、これ幸いにと恵梨奈ちゃんを婚約者に指名したりして。
まあ、椿伯母さんがいるなら、恵梨奈ちゃんに不利な事態にはならないと思うけど。
「きぃたんは、どいちゅ?」
「くぅみたんにょ、ときょ?」
「そうよ。椿伯母さんは、胡桃ちゃん家族と一緒なのよ」
「あい。かじょきゅは、いっちょぎゃ、いいによ」
「みゃにゃきゃ、はじゅえは、にゃいにゃいよ」
「仲間外れ、かな?」
「あい、じぃじ。にゃみゃきゃ、はじゅえよ」
相変わらずもえちゃんは、仲間外れがなまか外れになってしまう。
こう聞くと、ドラマで見たアイドルが演じた孫悟空を思い出してしまう。
もえちゃんが見ていたはずはないのに、何故だろうか。
誰かが教えたか、自然と覚えたかだろうか。
「今晩は、お邪魔します」
「「るぅにぃに」」
「尊君、今晩は」
「なぎ、もえ。今晩はだろう」
喜代さんに案内されて尊君が、ダイニングに現れる。
じぃじとばぁばの抱っこを降りて、なぎともえは尊君の元に駆けていく。
突撃してくるなぎともえに驚きつつも、尊君はちゃんと笑顔を見せて待ち受けてくれた。
「なぎ君、もえちゃん。今晩は」
「「あい。るぅにぃに、きょんばんわ」」
「二人は、今日も元気だね」
「「あい。げんきよ~」」
尊君は視線を合わせてなぎともえの頭を撫でてくれる。
頭を撫でられるのを嫌うもえちゃんも、何故か尊君には怯えることなく撫でられている。
多分、尊君に邪気がないからだろうな。
なぎともえも、尊君の身に起きた事件を薄々感じとり、自分達が無邪気に甘えることで、尊君の不安や境遇を払拭している節がある。
他人の感情の機微に聡い子達だから、尊君の暗い感情を感じとり正常に戻すのに一役かってでていた。
良い双子ちゃんである。
「今日はクリスマス会にだったんだよね。楽しかったかな?」
「あい。おちょもぢゃち、ぢぇきた」
「ちゃきゅしゃん、あしょんぢゃにょ。るぅにぃには?」
「僕は昨日、凌雅のお兄さん達がランドに遊びに連れて行ってくれたよ。だから、今日はお父さんのお見舞いに病院に行ったよ」
「りゃんぢょちょ、おみみゃい?」
「パパ、りゃんぢょっちぇ、なあに?」
もえちゃんは、ランドが気になったみたいである。
所謂、夢の国で、テーマパークなのだけど。
まだ、なぎともえが幼いし、入院していたせいもあって、東京に引っ越してきて動物園にしか行けてない。
水族館もお流れになってしまったしね。
不憫と言えば不憫だなぁ。
「ミッ○ーとミ○ーちゃんがいる遊園地だな。年明けの病院の検査で先生から遠出するのを、許可されたら遊びに行こうな」
テレビCMでミッ○ーやミ○ーちゃんがいる場所とは理解しているなぎともえに、和威さんは分かりやすく教えている。
なぎ君の体調は万全ではないから、はしゃきすぎて体調悪化に繋がるのを忌避して先生からも注意はされている。
食事制限されているなぎ君は、免疫力や抵抗力が極端に落ちているから、小さな風邪でさえも命取りになりやすい。
インフルエンザが流行している最中に、菌保有者との接触は大いに避けなくてはならない。
手洗いうがいを徹底している我が家だけでは、回避も難しいのもある。
幸いにして、朝霧邸にはインフルエンザ罹患者はいないので、なぎともえにうつる可能性は低くて助かる。
折角、一時退院しているなぎ君の為にも、朝霧邸の屋敷内だけでも自由に遊び回って欲しい親心である。
完全に完治して、先生から御墨付きを貰ったら、沢山遊びに連れて行ってあげたい。
それまでは、我慢させちゃうけど、許してね。
「るぅにぃにも、いっちょ?」
「さぁたんちょ、みーくんちょ、ろぅくんちょ、わんわちょ、すぅたんも、いっちょ?」
仲間外れはしまいと、随分と沢山の名前を出すのはご愛敬だ。
まだ、斎君と聖君やお友達の名をあげないだけましかな。
「いちは、難しいな」
「わんわぢゃけ、おうしゅばん?」
「いちは、めめ?」
パパの発言に、目に見えて肩を落とすもえちゃん。
なぎ君も援護をだすが、駄目なものは駄目である。
盲導犬や介助犬は入園できたっけ?
後で調べてみよう。
でも、我が家のワンコは入園できないだろうな。
お祖父様が曾孫可愛さに、貸し切りにしない限りは無理だよね。
「そうか、もえはあの犬も連れて行きたいか」
「そうね。ワンちゃんは、もえちゃんやなぎ君の大事な家族だものねぇ」
母、お祖父様に追従するでない。
お祖父様がその気になるではないか。
「お義父さん、奏子さん。曾孫や孫が可愛いからといって、規則をねじ曲げるのは止めてくださいね。又、散財しようとするのもです」
「むぅ」
「お義父さんや、奏子さんの私財を僕がどうこういう権利はありませんが、琴子の発表会で懲りたはずですよね」
父よ。
ナイスなお小言をありがとう。
あれは、私が幼稚園生の頃の出来事である。
お遊戯会と呼ばれる発表会に、お祖父様が資金を提供して大掛かりな舞台装置を設置してしまったのだ。
一般の幼稚園に通っていた私が、大資産家の孫だと周知されてしまい、おこぼれに預かろうとした不届きな保護者に付きまとわれた結果になってしまった。
勿論、身の安全が保証されなくなり、退園することにまでなったのだ。
おかげで、小学校も私立の学校に通わなくてはならなくなり、幼馴染みから離された私は大号泣した。
序でに、父も大変お怒りになった。
離婚を覚悟で、お祖父様と母を初めて説教した父の本気なお怒りに、お祖父様と母は大変にしょげた。
お祖母様も父を擁護して、お祖父様と母を叱った。
お祖父様を止めなかった母も、騒動の責任を負うべきと諭した。
胡桃ちゃんや真雪ちゃんや穂波ちゃんでもやらかしていたお祖父様は、こってりと絞られたらしく、かなり落ち込んだらしい。
騒動の発端となったお祖父様の信用は孫娘の間で地に落ち、暫くは接触禁止となったものである。
お祖父様的には、黒歴史となった事件だった。
さすがに懲りたお祖父様は、曾孫の恵梨奈ちゃんと拓磨君の発表会ではおとなしくしていたのだけど。
ここぞと言う時に、散財したりするのは諦めてはいなかった。
お祖母様の手綱さばきがなくなったら、誰がお祖父様の手綱を握るのか。
もしかしたら、父にお鉢が回ってきそうな気配がしてきたぞ。
常識人で、お祖父様に忌憚なく意見を言える人材までは、水無瀬家側に託すのも難があるしねぇ。
そうなったら、父に頑張って貰うしかなさそうである。
父よ、申し訳ないけど、頑張ってくださいな。
娘は、裏で祈るしかないぞ。




