その48
午後六時過ぎ、和威さんが帰宅した。
「「パパ~。おきゃぁり、にゃしゃい~」」
「ただいま、なぎ、もえ。今日も、元気でいたか?」
「「あいっ」」
「お帰りなさい、和威さん」
「「お帰りなさいませ」」
玄関の鍵を開ける音を聞いて、先ずなぎともえが走り出していく。
といっても、全力でなくとてとてとだけどね。
なぎ君がまだ、走る行動が鈍くて、お医者さまからも過度な運動は控えるように言われている。
もえちゃんも一人だけ全力で走ることはなく、なぎ君に仲良く合わせている。
その後ろをワンコと一緒についていった。
双子ちゃんは手を繋いで、待ち受けるパパに突撃。
和威さんは難なく受け止めて、なぎともえを抱き締める。
「あにょね、あにょね」
「きょうね、いっぱい、あしょんぢゃにょ」
「いっくんちょ、ひぃくんちょ、あっくんちょ、りっくんちょ」
「うみたんちょ、くぅたんも、いっちょ」
早速、今日できたお友達のことを矢継早く、話していくなぎともえに、和威さんは静かに聞いていた。
にこにこ笑って話す我が子達を抱き上げて、洗面所に向かう。
手洗いとうがいを済ませて、リビングに移動する。
和威さんの手荷物を司朗君が、先にリビングに持ってきてくれていた。
妻の役目を取られただなんて思う暇もなく、一礼して離れを辞去していく彩月さん家人組と珠洲ちゃん達に、労いの言葉をかけておくのを忘れてはいけない。
「明日もよろしくお願いします」
「さぁたん、ろうくん、すぅたん、ばいばい」
「わんわも、まちゃ、あしちゃね」
わふっ。
ワンコはなぎ君ともえちゃんを、一舐めして挨拶して司朗君の後に続いて出ていった。
峰君の姿がないのは、技術力を買われて母屋の警備室の機械のメンテナンスに駆り出されていたりする。
朝霧邸の防犯システムは、常に最新バージョンの物に買い換えているのだけど、たまに動作不良を起こす箇所が出てきてしまい、その度に技術者を呼び寄せていた。
けれども、九月に朝霧邸に身内が利用されて不審者を侵入させてしまったのもあり、防犯システムを見直してみたら抜け穴みたいな侵入を許してしまう箇所が判明してしまった。
どうも、防犯システムを納入した会社の技術者が買収されて、朝霧邸の情報を流していた犯罪が露呈したのだ。
又、外部から防犯システムを乗っ取られてしまう可能性も出てきてしまい、全面的に防犯システムを取り替えなくてはならなくなったのである。
そうして、防犯会社を信用できなくなった朝霧邸の警備を任された沖田さんは、恥を偲んで信頼をおける人材に峰君と和威さんに頭を下げにきた。
こうして、和威さんに新しく納入した防犯システムのソフトを精査してもらい、ハード面の定期的なメンテナンスを峰君に託すことになった訳である。
和威さん曰く、以前の防犯システムのプログラムには、確かに外部から接触できる権限を有したパスワードが組み込まれていたそうだ。
そうなると、朝霧邸の内部情報は筒抜けになり、いつ侵入者が強盗に入りこまれても防犯システムが作動しない環境にあった。
これに、お祖父様や楓伯父さん達が激怒しないはずもなく、朝霧グループ傘下の防犯会社は解体されることとなり、新たに提携した防犯会社に設備を導入することになった。
大手防犯会社も、朝霧グループに頼りにされてはりきり最新鋭の設備を導入してくれた。
私達が病院に隔離されている間に、防犯システムは変更されたのだけど。
又、人為的に防犯システムの抜け穴を作られては困るので、可及的速やかに技術スタッフを確保しなくてはならないのは事実。
沖田さんに、その人材を水無瀬家側からも手配して貰う算段をつけてはいたが、配属された技術スタッフが少し我の強い人で、問題を起こしてばかりでいたらしく、早々と見切りをつけたそうだ。
何でも、自身の我欲を満たすことに熱心で、朝霧邸に相応しくはない過剰な防犯システムを構築したり、高額な防犯グッズを承認なく海外から取り寄せて設置していたりと、やりたい放題していたそうだ。
だから、一時は気楽に庭に出歩くのも危険だったりしていた。
朝霧邸に出入りしていた庭師さんが、酷い怪我をして発覚して、その技術者は解雇されたのだけど。
朝霧邸の庭には、その技術者の置き土産たる過剰な防犯システムが埋蔵されていて、排除するのに峰君が一役買ってでてくれていた。
その縁で、峰君の朝霧邸の技術スタッフとして役割りが増えた訳に至る。
なので、峰君は篠宮家の家人より、朝霧邸の技術スタッフとしての役割りに重点を置くことになってしまった。
まあ、朝霧邸に私達一家が居候している限り、防犯面での安心が賄えてしまうので、峰君や彩月さんは仕事がなくて待機状態が続いてしまっていた。
和威さんも、暇をもて余しているぐらいなら、と許可を出している。
それに、彩月さんもなぎ君を手術してくれた経緯から、腕前は衰えてはいないのを確認されて、私達が入院していた病院から医者として復帰してはくれないかと依頼があったりする。
彩月さんも悩んではいるみたいだけど、直接的な相談が今はまだないから様子見しているしかない。
まあ、珠洲ちゃんという人材が増えているから、双子ちゃんの育児は大助かりしている現状、彩月さんが医者に復帰してもいいかなとは思っている。
が、彩月さん達篠宮家の家人に関しては、和威さんに任命権があるから余計な口は挟まないけどね。
お給料だって、篠宮家から出されているし。
私に、どうこうする権利はない。
ただ、私が水無瀬家の巫女を引き継いだら、まったりと育児には専念できない懸念はある。
そうすると、珠洲ちゃんは私の付き人であり、私に同行しないとならなくなるから、なぎともえの面倒は誰がしてくれるのかという問題が出てくるだろう。
こればかりは、どうなるか先が見えてはいない。
「琴子、どうかしたか?」
「ママ、ぢょうしちゃにょ?」
「ママ?」
楽しく会話していた和威さんとなぎともえが、私を見ていた。
思考に没頭していて、会話に混じらないから心配されたようである。
もしかしたら、ぶつぶつ呟いていたのかも。
「何でもないの。ちょっと、今日は疲れたかなぁ」
「何か、パーティーで起きたのか?」
「ううん。私は余り、朝霧グループのパーティーに参加したりしてこなかったから、慣れてないだけ。不特定多数の視線をいなすことが不慣れだったから、疲れたのかも」
「ママ、ほんちょう?」
眉根を寄せて、もえちゃんが和威さんの膝から降りて、私の膝に乗ってくる。
ぎゅうと抱き付かれて、抱き締め返す。
暖かな小さな身体で、ママを労ってくれているんだね。
ありがとう。
安心させる為に、ぽんぽんと背中を軽く叩いてみる。
「ありがとう、もえちゃん。ママは大丈夫だからね。心配させて、ごめんなさいね」
「ママ、げんきに、にゃっちぇね。もぅたん、ママ、にきょにきょ、にゃいにょ、いやあよ」
「うん。そうか、ママ、にこにこじゃぁなかったか。でも、もうにこにこでしょう」
もえちゃんの心配をなくす為に、意識して笑ってみる。
私の顔を見詰めるもえちゃんが、頬に小さな手で恐る恐る触ってくる。
なぎ君も、側に来て横からくっついてきた。
「ママは元気よ。安心して頂戴な」
他人の感情の機微に敏感ななぎともえに、おどけた声音で喋ってみるも効果はなく、和威さんまで神妙な表情をしていた。
「本当に何でもないんだな」
「はい、ありません。何かあったら、すぐに相談します」
「なら、いいんだがな。俺で頼りにならない案件なら、朝霧のお祖父さんにでも相談しろよ」
「はい、分かりました」
「ほら、なぎ、もえ。ママは約束してくれたぞ。パパに、話の続きを教えてくれ」
「「……あい」」
和威さんは水無瀬家関係かと検討をつけたようで、深くは踏み込んではこなかった。
パパに説得されて、渋々従うなぎともえには、混乱させてごめんなさいとしか言えない。
今度は、私も相槌をいれながら、パパに報告する輪の中に入っていく。
「いっくんちょ、ひぃくんは、すぅたんにょ、おいっきょ、にゃんぢゃっちぇ」
「斎君と聖君で、珠洲ちゃんのお姉さんの子供さんですって。まだ、小学生だけど、随分と教育はされているみたいで、将来はなぎ君を支えてくれる人材かも」
「ぢぇんちゃにょ、おもちゃ、くえちゃにょ」
「お父さんのご実家が玩具会社を経営されていて、なぎ君が電車が好きだからわざわざ選んでプレゼントしてくれたみたい」
「なら、うちも返礼しないといけないか?」
「その辺りは、抜かりなく。今日招待されたお子様達には、プレゼントが用意されて配っていたから」
パーティーの終了際に、サンタのコスプレしたスタッフか、もしくは本場から公認されたサンタさんを呼んだのかもだけど、プレゼントを配布していた。
大きな靴下型のお菓子が詰め放題されたのと、ギフト券入りの文房具セット。
さすがに、個人に合わせた内容にはしなかった。
個人情報を遵守しないとならない世間であるから、各家庭の情報を収集したりしたら朝霧家が罪になる。
無難な選択だと思う。
「篠宮家的に考えるなら、珠洲ちゃん経由で欲しい物を探ってみるわ」
「ああ、助かる。貰いぱなしってのがな、どうも気になるんだ。本当なら、巧や司にプレゼント準備しないとならなかったんだ。勿論、梨香や静馬にもな」
「そう言えば、そうだよね。うちの母が率先して準備しちゃったしね」
昨日、クリスマスツリーの下に沢山あったプレゼントボックスの中味は、巧君や司君が欲しがりそうな物もあったのだけど。
実用にむかないサイン入りのプレゼントだけ受け取ってはくれたものの、他は遠慮されたのだよね。
静馬君もチケットだけだったし、梨香ちゃんに至ってはミシンも受けとり難かった。
明らかに双子ちゃん用の幼児向けのプレゼントは、離れに持ってきてあるけども、大半が母屋に仕舞われることに。
中には、桁外れな枚数のギフト券もあったり、据え置きタイプのゲーム器本体とソフトだったりと様々である。
これらのプレゼントが日の目をみることがあるのだろうか。
甚だ、疑問である。
まあ、何だったら、遊び相手になってくれるであろう斎君と聖君にでもお礼に渡せばいいかな。
それか、尊君にでも。
昨日は、お友達の家に招かれて過ごしたようで会えてはいないけど、今日は朝霧邸にいるはず。
午前中はお父さんの病室にお見舞いに行くとは聞いているが、午後は予定がないみたいだし。
よし、それとなく話を振ってみよう。
決して、不良在庫を押し付けるのでなく、適任者に活用して貰うのである。
お世話を任されている喜代さんに、相談しようっと。




