その47
麻都佳さんは父親の役割に懐疑的であるも、受け入れざるを得なくなった。
それというのも、水無瀬のおじ様があげる案件に春日さんが関わり、追従した分家のみが処断された経緯を語られたため、納得するしかないでいた。
ただ、私と兄へ向けられた硫酸ぶっかけ事件を未然に防げなかった件を、春日さんは随分と気に病んでいたのが分かった。
そして、事件に関わった分家を潰したのも春日さんだったのが教えられた。
ああ、守られていたんだなと、すんなり私も受け止めることができた。
証拠に、悪意に敏感な我が家の双子ちゃんは、春日さんを敵視していないし、にこにこと笑いかけられれば笑い返している。
小難しい話になぎともえが退屈しないように、時折話題を提供してくれる。
今日のクリスマス会でお友達ができたと楽しそうに話すなぎともえに、付き合ってくれている。
将来の水無瀬家を背負う子供であるのもだろうけど、春日さんは水無瀬家の存続だけが生き甲斐であった節がある。
まあ、わだかまりが完全に解けるには日数がかかりそうだけども、親娘間の仲は修復していくだろう。
水無瀬のおじ様も、分家筆頭に推して纏める役割を新たに与えていた。
春日さん的には表舞台には立ちたくはないみたいだったけど、口喧しく意見を言える貴重な人材を無くすには惜しく、兄も助言を乞う立場なだけに是非に就任してくれと推していた。
「琴子とは違い、自分は中継ぎの当主であるのは自覚しています。だからと言って、座に就くだけではいられないのも事実です。幸いにも、なぎともえという次々代に恵まれ、水無瀬家も転換期を迎えています。なぎともえには、水無瀬家の祭神の他にも、篠宮家の祭神といった複数の神々の関心を戴いています。これは、内密なお話ですが、円堂家の復興にはなぎともえが関わる先見もあります。四神を奉る一族が、再び揃い踏みになるには時がかかりますが、そう遠くはないのです」
「では、奏太は私に何をやらせたいのだ」
「円堂家復興の際に、少々水無瀬家分家がよからぬ企みを企てかねません。四神を奉る一族は、どの家が優位に立つのかではなく、対等でなくてはならない。その関係を崩す思想を排除しなくては、水無瀬家も円堂家と同じく絶える路しか見えなくなる。それだけは、回避しないとならない。ばあ様も、水無瀬家が祭神に見放される先見を憂慮しています」
「そうか、雪江殿は、水無瀬家が絶える先見を見ているか」
「はい。水無瀬家が存続する鍵は、琴子となぎともえでした。九月の事件で、もえが喪われなぎだけが生存している。それだと、数代に亘る巫女不在の水無瀬家によって、気象による災害が防げずに日本は大打撃を受け、経済もまた他国の支援を受けるしかなくなる。それを回避するには、水無瀬家も意識改革していかなくてはならない」
「純血主義の弊害だな。確かに、分家の護り人の数も減少しておる。だというのに、血に拘り、奢り、金儲けに走る分家が増えた。そうだな、清廉潔白を旨とする精進潔斎を忘れた行ないを見逃してきておる。ここらで、老害は退場して貰うか」
兄と春日さんが意気投合して、ある意味悪巧みをし始めた。
水無瀬のおじ様は苦笑しているだけだし、お祖父様に至っては兄に味方するのだろうしなぁ。
もしかしたら、もう何かしら圧力かけていそうな気がしてならない。
兄と春日さんは、混ぜたら危険なシロモノだったかも。
私は、話が盛大になってきてげんなりしている。
お祖母様の先見に、不安な陰が射し込んできているのには、他人事ではいられないのは痛感している。
何せ、水無瀬家を継ぐ資格を私やなぎともえが有しているのだから、逃げる訳にはいかない。
兄は、自分の代で改革を行ない、問題行動を侵す分家を排除して、安全な状態でなぎへと託す意思を決め込んでいる。
次々代が控えている意味を、兄は詳細に理解しているのだろう。
長生きする気でいるが、何事も完全ではいられない。
水無瀬家の血を求める医学博士が、また暗躍する可能性もある訳だ。
水無瀬のおじ様の娘さん一家が守られてなかったのは、分家も関わっていたのかもだしね。
お金目当てに売られたと、春日さんも示唆してくれた。
珠洲ちゃんや、富久さん喜代さん側である私達、水無瀬家の純血ではない巫女と当主を主と受け入れる人達ばかりではないのは実感している。
でなければ、私は怪我をしなかった。
アスリートの道を失わすに済んだ。
できれば、まだ幼いなぎともえを巻き添えにすることなく、穏やかな世代交代が望まれる。
「「ママぁ。いちゃい? おけぎゃ、いちゃいにょ?」」
思考に耽っていたら、お揃いの顔が眉をしかめて、私を見上げていた。
思わず、火傷痕に手を当てていたみたいだった。
自分が痛い訳でもないのに、泣きそうになっているなぎともえを見たら、不安に押し潰されている場合ではなかった。
「心配してくれて、ありがとう。ママは、痛くないからね。安心していいからね」
暖かな身体を抱き締める。
ふんわりと抱き付いてくるなぎともえに、愛しさが募る。
「済まん。不安になる話は控えるべきだったな」
「そうであったな。聞いていて楽しい話ではなかったな。奏太、場所を変えようか」
「いえ、話の腰を折って済みません。子供達もいますから、私が離れます。兄、後でいいから時間を頂戴ね」
「ああ、和威君も交えて話をしようか」
「そうね。和威さんも当事者になるのだから、除外はできないわね。なぎ君、もえちゃん。おじさん達は難しいお話になってきたから、ばいばいしましょうね」
「「あい。ばいばい」」
「ああ。次に遊びにくる時は、何か玩具でも持ってくるとしよう」
「夕飯は母屋でな」
「はい。お祖父様」
子供達を連れて応接室を出る。
きちんと、ばいばいと手を振るなぎともえ。
挨拶を出来て良い子達だよ。
「わんわ」
「いち、まっちぇちゃにょ?」
彩月さんがマグマグを差し入れてくれた時点で、応接室を出されたワンコが廊下で待機していたのには驚いた。
手を繋いでワンコに突撃していく双子ちゃんに、いちは沢山尻尾を振ってお出迎え。
代わる代わる顔を舐めるいちに、なぎともえは笑い声をあげる。
「申し訳ありません。いちにとって、母屋はなぎ様ともえ様が怪我をした悪い場所と警戒している模様で、側を離れたくはなかったみたいで」
司朗君が説明してくれた。
まあ、そうだよね。
いちにしたら、母屋はなぎともえが入院してしまった原因でしかない。
無事に出てくるのか心配したんだね。
でも、吠えたりはしないでいたから、司朗君が安全だと諭してくれていたのだろう。
「わんわ、おうちに、きゃえようね」
「しょうくんちょ、きゃしゅぎゃにょ、おじしゃんは、おはにゃし、しゅうんぢゃっちぇ」
「もぅたん、おはにゃし、わきゃんにゃきゃっちゃ」
「なぁくんも。ぢぇも、ママぎゃ、どんよりに、にゃっちゃっちゃ」
わふっ?
「あい。ママ、いちゃいにょきゃにゃっちぇ」
「わんわも、ママ、しんぱいね」
廊下を進みながら、一生懸命にワンコにお話ししている姿に和むわ。
いちも、適度に相槌を打つかの如く、わふわふ言っている。
子供達に合わせた速度で歩く。
先導を司朗君と西澤さんが、背後を珠洲ちゃんと橘さんに守られて行くのは、なかなかにシュールではある。
だって、家の中でも警護が必要だなんて、どんな家なんだか。
まあ、かなりな資産家で経済界にも影響力がある朝霧家だしね。
おまけに、そんな朝霧邸で事件が起きてしまっただけに、慎重にはなるか。
けれども、懸念が起きることはなく、安全に離れに戻ってきた。
「「ちゃぢゃいまぁ」」
わふぅ。
「お帰りなさいませ」
「さぁたん。むいちゃ、あいあちょう」
「おいちきゃっちゃ」
「それは、ようございました」
あっ、いけない。
マグマグ、忘れてきた。
と、後ろを振り返ったら、珠洲ちゃんが持ってきてくれていた。
ありがとう、珠洲ちゃん。
助かりました。
「ママ、わんわちょ、あしょんぢぇ、いい?」
「いいけど、何で遊ぶのかな」
「んちょ、わんわ、にゃにぎゃ、いい?」
「ぼーる?」
リビングに入るともえちゃんは、玩具箱に走っていく。
なぎ君はゆっくりと、ワンコを伴って歩いていく。
お転婆娘は、遊びに意識がいっている。
でも、自分達が遊びに使う玩具箱ではなく、ワンコと遊べる玩具箱に行きつき、なぎ君を待つ。
そして、二人仲良く遊び道具を探す。
ボールに反応したワンコが盛んに尻尾を振ってアピールすると、中に鈴が入ったボールを取り出してぽんと投げる。
たいして飛距離がでないボールが転がり、いちが追っていく。
くわえて、ボールを双子ちゃんの元に持っていくワンコ。
数種類のボールを持って、陽当たりのいい場所でボール遊びに興じるなぎともえ。
本当に和むわ。
司朗君が付き合ってくれて、然りげ無く後ろにひっくり返りそうになるなぎ君を補助してくれる。
ソファに座り眺めていると、彩月さんが紅茶を淹れてくれる。
恵まれた環境にいると思い出させてくれて、少しだけ主婦業って何かを問いかけたくなる。
最近は、食事も母屋で取ることが多いしねぇ。
お祖父様が、食事制限のあるなぎ君の為に、管理栄養士を雇用して、飽きのこない食事を提供してくれている。
彩月さんも、医師の観点から助言をしてくれていたりする。
何度も言わせていただくと、本当に恵まれているよ。
ただし、プロの食事に不満は言わないなぎともえだけど、殊にママのご飯は?と訴えてきたりする。
なので、朝御飯だけは、作らせて貰っている。
まあ、本日はホテルのご飯だったけど。
明日は、少しだけ手の込んだ朝食を作ろうと決めている。
何がいいかなぁ。
私のレパートリーでは、そうたいした朝食ではないかもしれないけども。
和威さんも、純和風の食事の方が好まれるし。
白米に、玉子焼きは欠かせないとして、お魚焼いて、なぎ君にはお野菜中心にして。
考えるだけで楽しくなってきたぞ。
正直、水無瀬家の暗部は、兄に託すしかないと思う。
私には先見の才がないから、危険を察知して排除をするには危うい。
おとなしく、守られているしかない。
お祖母様から、巫女を継承したら、自ずと対処はしやすくなるとは感じている。
なぎともえみたいに、身近に竜神様を感知しやすくなり、異能を発揮できるのだろうが。
こればかりは、時がこないと分からない。
その為の、護り人である珠洲ちゃんの付き人が手配されているのだろうから、降りかかる火の粉は、お祖父様が健在である今は、未然に防がれるだろう。
着実と、巫女への就任は意図しない方向へはいかないだろうし。
兄と春日さんの暗躍で、水無瀬家分家も首輪に繋がれて掌で転がされるだけに終わりそうだ。
応接室での話し合いが、どうかきな臭くならないといいなぁ。




