その12
「やっぱりなぁ」
衝撃的ななぎともえの告白に、しばし放心状態な私である。
和威さんは得心がいったみたいだ。
まあ、2才児にしたら物分かりが良すぎな双子だ。
私も納得せざるをえない。
双子ちゃんの神秘の謎が解けた。
それよりも、前世の記憶があるから、幼児扱いしない方が良いのかな。
うーん。
どうだろう。
これまでの日常を思わず振り返る。
「「ママぁ。きみぎゃ、わりゅいきょは、いあない?」」
はっ。
押し黙る私に涙目のなぎともえ。
いかん。
誤解された。
気味が悪いだとは思ってないし、正直前世が有ると告白されても、なぎともえはなぎともえだ。
私が産んだ双子だ。
「「きあいに、にゃりゃにゃい、でぇ」」
二人は抱き締めあったまま泣き出した。
拒絶されるのが不安なんだろうな。
あれだけ、パパママ大好きと全身で訴えているのが、演技だとは思っていない。
「琴子。俺からも頼む。なぎともえを見捨てないでやってくれ。篠宮の双子には、曰く付きな逸話があってだな……」
「その話は後でお願いします」
私の堅い声音に双子の身体が跳ねた。
大丈夫だよ。
ママもなぎともえが大好きだからね。
身を縮こませているなぎともえを抱き締めた。
「「ママぁ」」
「前世の記憶が有っても無くても、ママはなぎ君ともえちゃんが大好きよ」
「パパもだぞ。なぎともえは、パパの自慢な息子と娘だぞ」
「「パパぁ」」
なぎともえを抱える私ごと、膝上に乗せる和威さん。
重くないのだろうか。
いや、そんな事考えるのは駄目だ。
今はなぎともえの一大事である。
優先させるのは双子ちゃんの心の安寧だ。
「「あにゅにぇ。あにゅにぇ」」
「なぁに。ゆっくりでいいのよ」
「そうだ。一回深呼吸してみろ」
腕の中でなぎともえが一生懸命説明しようとする。
涙を拭いてあげたいけど、今は離れられないなぁ。
離したらら大号泣モノだね。
和威さんに促されて素直に深呼吸をするなぎともえ。
可愛いなぁ。
何で、こんなに可愛い我が子に暴力を振るう親がいたのだろう。
男女の双子は殺し合う。
禁忌が何であろうと私は躾以外で暴力はしたくない。
殴られる痛みを知らないと、他人に平然と暴力を振るうと、育児書にあった。
逆に、し過ぎても駄目らしい。
ボーダーラインは個人それぞれ違う。
見極めが難しい問題である。
「「あにゅにぇ。あんみゃり、おぼえちぇ、いにゃい、けどにぇ」」
「あにゅにぇ。なぁくんは、かかしゃま、きあい、にゃにょ。もぅたん、いあないっちぇ、にゃぎゅりゅにょ」
「あい。もぅたんも。あにしゃまにょ、じゃみゃもにょ、にゃんあって」
「ママはもえちゃんを殴らないし、邪魔者だとは思ってないわよ」
「「あい。ママは、だいしゅき。パパも、だいしゅき」」
「パパも大好きだぞ」
にっこり笑顔が出てくれた。
和威さんがぎゅうっと抱き締めてから、なぎともえの頬を撫でた。
頭を撫でるのはもえちゃんが嫌がる。
殴られると思う条件反射みたいだね。
私の兄には撫でさせてくれるけど、この違いはなんだろうな。
「もぅたん、いっぱぁい、おきょりゃりぇちぇ、、ひちょりぼっちに、にゃっちゃにょ」
「かかしゃま、いちゃいきょと、ばあり、しゅりゅにょ。んでね、もぅたん、ちょうちょう、鬼に、にゃっちゃにょ」
鬼⁉
その単語だけ舌足らずでなく流暢に話すもえ。
前世のもえちゃんはどれだけの暴力に晒されていたのだろう。
余り覚えていないと言っているけど、痛みの記憶は残されている訳だ。
そんな記憶なら、ないほうが良かったね。
「あちゃみゃに、角ぎゃ、はえちぇね、かかしゃまちょ、あにしゃま、ちゃべちゃうにょ」
頭に角。
ああ。
だから、頭を触られるのを嫌がるのか。
成る程。
ちょっとしたことで頭を押さえるのは癖なんだと、思ってた。
頭に角がないか確認していたのね。
「ママぁ。もぅたん、きあいに、にゃりゅ?」
上目遣いで私の機嫌を伺わないてくるもえちゃんは、へにょり眉だ。
見開いた瞳から今にも涙がこぼれそう。
「どうして、そう思うの? もえちゃんは、ママとパパもなぎ君を食べたりしないでしょう?」
「あい。しにゃい、にょよ」
「だったら、ママは嫌いにならないよ。ずうっと大好きよ」
少し力を入れてもえちゃんを抱き締めた。
ほっぺにちゅうもしてあげよう。
多分、前世のもえちゃんは餓鬼道に堕ちたんだね。
兄様だけ大事にされ、自分は虐待された。
満足に食事もとれていなかったんだろうなぁ。
今世のもえちゃんはご飯が大好きで、食べ過ぎたりする。
理解してしまえば、思い当たることばかりだ。
物に執着しないのも、壊されたか、初めから与えられなかったか。
後者のが有り得そうだ。
うん。
これからは、少しずつ大好きを増やしていこう。
「明日は動物園にでも行こうな」
「和威さん?」
「どーぶちゅえん。りゃいおんしゃんぎゃ、いりゅ?」
「くましゃんも、いりゅ?」
「ああ。パンダやゴリラを見に行こうな」
「「いきゅ」」
どうやら、和威さんも何か思い付いたらしい。
お山にいた頃は近場にテーマパークがなかった為に、犬や猫といった動物しか見た事がない。
まだ幼いからテーマパークデビューは早いかなぁと思案していたところだ。
でも、楽しい思い出作りは大歓迎だね。
なぎ君の喜びようから、前世では動物園はなかったみたい。
泣いたのが嘘の様に瞳を輝かせている。
うん。
泣顔より笑顔の方がいいね。
腕の中や膝から降りて、ベッドの上を跳びはね出した。
行儀が悪いけど、今日は黙認してあげよう。
「こら。落ちたら危ないだろう」
「「はぁい」」
和威さんの軽いお小言にパパに抱き付くなぎともえ。
私はタオルを取りにベッドから降りた。
この客間にはユニットバスが完備されている。
ホテル並みに豪華な客間である。
「「ママぁ」」
「はぁい、ちょっと待っててね」
タオルを濡らして戻れば、また眉根がよっていた。
あら、不安がらせちゃったかな。
「お顔を拭こうね」
「「あい。ママ、ふいちぇ、くぅしゃい」」
早速甘えてきたね。
よいよい。
存分に甘えてきなさい。
横に並び目を閉じる。
順番に涙の跡が残る顔を拭いてあげる。
さっぱりしたらパパの膝上に座った。
「りゃいおんしゃん、ごりりゃしゃん」
「くましゃん、ぱんぢゃしゃん」
「「ちゃにょしみにぇ」」
むふふ。
泣いた烏がなんとやら。
前世のお話はもう無しかな。
まぁ、いいか。
双子ちゃんがねんねしてから、詳しい事情は和威さんに聴こうかな。
暗めな話はなぎともえにさせたくない。
篠宮家の禁忌に触れる話なんだろうな。
旧家には色々な曰く付きな謎が多い。
私の祖母の実家にも、他人様には公に出来ない逸話がある。
あふっ。
なぎともえが欠伸をしたかと思うと瞼が落ちてきた。
安心感があるパパのお膝に座るなぎともえは、再び眠気に委ねようとしている。
「うん? ねんねか?」
「「あい。ねんね、しゅりゅにょ」」
「なら、横になったらどうだ」
「パパもねんね?」
「パパは起きているから、安心してねんねしろ」
「ママは?」
「ママはねんねするわよ」
明日は早起きしてお弁当を作らないとね。
一度着替えに戻らないといけないし。
ベッドに横になったら、双子ちゃんもしぶしぶ和威さんの膝から降りた。
眠たいのでしょう。
パパはおじじとの話し合いが途中だから、ねんねはまだだよ。
ママだけで安心してくれないかなぁ。
「ママだけではイヤイヤ? 早くねんねしないと、明日動物園に行けなくなっちゃうよ
「「! イヤイヤ、ちあう。ママちょ、いっちょ」」
慌ててタオルケットに潜り込む。
お腹をポンポン叩くも興奮が覚めやらずに、むふふと笑いあっている。
悪夢の印象が消えて何よりだ。
「「ちゃにょしみ、だにぇ」」
にっこり笑ったかと思えば、スイッチが切れたみたいに一息に瞼が閉じた。
相変わらず寝つきがよいなぁ。
枕に付いて1分も経たずに熟睡に入った。
今度はパパが見守ってくれているから、悪夢は見ないで朝までぐっすりと眠ってくれるといいな。
「眠ったか」
「眠ってくれたわね」
試しにもえちゃんの頬を突っいてみた。
無反応である。
悪夢を見ないか、間近に雷でも落ちない限りは起きないな。
今日は大興奮して大はしゃぎしたから、反動で楽しくない過去を思い出してしまったのかな。
「琴子。篠宮の双子は禁忌なのはなぁ」
「はい。さっきは後回しにして、ごめんなさい」
「いや。なぎともえに、聴かせていい話ではないからな。琴子の態度に助かった。俺も動揺していたみたいだ」
和威さんも動揺していたのか。
余裕で泰然としていたから、気付かなかった。
和威さんの視線は眠る子供達に向けられている。
「篠宮の双子で男女は必ずと言って良いほど、前世持ちなんだ。そして、女児は災厄を招くと逸話がある」
「女の子だけ?」
「ああ。女児だけだ。理由は様々だけどな、女児が跡継ぎの男児を差し置いて、優秀さを発揮していたようだ。そういった女児は、鬼子と呼ばれ忌避されていた時代が永すぎた」
分かる気がする。
男尊女卑だね。
女性の権利が確立したのは永い歴史を紐解けば、つい最近みたいなモノだ。
「なぎともえを見ていれば兄妹仲は良いが、過去の双子は必ず家督を争い、不和の種を撒き散らしている。一組も長生きした記録がない」
一組もない。
過去世のもえちゃんも、兄様を食べたと言っていた。
人が鬼になるなんて、余ほどの事がないと起きないはず。
思わず身震いしてしまった。
「和威さんは、何時その記録を見たの?」
「俺の子供が双子だと判明した直後に、ばあ様に教えられた。篠宮に双子が誕生するのは、前回から実に百年は経っている。当時の記憶を持つ人間はいないが、分家にも記録があるはずだから知っておくべきだ、とな」
「でも、和威さんは篠宮家の当主にはならないのでしょう。家督争いには発展しないわよね」
甚だ遺憾ながら、当代篠宮家の当主にはお子様がいない。
そう。
当主は和威さんの一番上のお義兄さんが就いている。
お義父さんは婿養子なので、資格がない。
ならば、次代には誰が就くのか諍いが絶えない。
「康兄貴は末子相続を言い出している。俺は跡継ぎ問題になぎともえを関わらせたくない。せっかく、愛情深い琴子の気質を受け継いだなぎともえを争わせたくない」
沈痛な面持ちな和威さん。
だから、和威さんは転勤を受けいれたのね。
うん。
シスコン、ブラコンな双子ちゃんの未来は明るい方がいいな。
和威さんが選択した道筋に全力で応援しますよ。
ブックマーク登録ありがとうございます。




