その46
「どういうことですの?」
水無瀬のおじ様と春日さんの会話に、麻都佳さんが疑問の声をあげた。
先程、水を操った時には、父親を貶していたしね。
仲は決して良くはなかったのだろうな。
同席するお祖父様が静かだったのも、前以て春日さんの人柄を知っていたからかも。
お祖父様の性格上、私達を貶める発言をする輩は排除の対象になるから、おとなしく静観している現在を見る限り、春日さんとのやりとりは規定路線だったからか。
「ママ。だあれ?」
「ぎょあいしゃちゅ、しゅうにょ?」
我が家の双子ちゃんも、お客様に気が付いた。
少しだけ赤くなった額と寝癖がついた頭が、傾げる。
「そうね。お客様にはご挨拶しないとね」
「「あい」」
ぴょこんとソファから降りて、私の前に並ぶ。
しかめっ面だった春日さんと、眉をしかめていた麻都佳さんも表情を綻ばせて見つめている。
「はじましちぇ。しにょみや、なぎでしゅ」
「はじましちぇ。しにょみや、もえでしゅ」
片手を握りあい、ぺこりとおじぎする。
上手に挨拶ができたね。
人見知りが出てこない子で、ママは大助かりですなぁ。
「きちんと挨拶ができて、良い子達だなぁ。おじさんは、雪江ひいばぁばのお兄さんの水無瀬暁という名前だよ」
「こっちのおじさんは、ひいばぁばの年が離れた従兄弟になる。石蕗春日という名前だ」
「私は、石蕗麻都佳です。春日おじさんの娘になるのよ」
「ひいばぁばにょ、にぃにちょ、いちょこ?」
「ママにょ、しんせき?」
一様に子供に分かりやすく挨拶を返してくれるおじ様達に、なぎともえはママの親戚と認識してくれた。
春日さんと麻都佳さんも、先程の冷たい印象はなく、柔らかな笑顔でいてくれている。
「そうよ。ママの親戚。仲良ししてあげてね」
「「あい。りゅうしゃんも、ほんわかしちぇうきゃりゃ、なきゃよしね」」
「ほう、まだ二歳だったな。この年代で祭神様のお姿が視えるのか。それでは、やはり奏太と琴子は中継ぎとして次代を継ぐのか」
「いいえ、お父様。護り人の観点から伺っても、琴子様は正式な巫女となりえるお方です。お子様方は片鱗が見えておりますが、主となるお方は琴子様です。ただし、奏太様は中継ぎとなるのは確かでしょうけど」
「暁、どういうことだ。当主と巫女の才は、当代が存命中はただ一人の身にしか発揮はされないはずだが」
春日さんが訝しむのも、おかしくはない。
水無瀬の当主と巫女は、当代に一人だけが常識だった。
次代となる者は、当代が指名して才を引き継いできた。
それが覆す存在が、なぎともえである。
当代の巫女たるお祖母様と、次代に指名された私に、既に先見をしてしまうもえちゃんがいる。
今現在の所、先見の才を発揮しているのは、兄も含めると三人いることになる。
私には先見が引き継がれていないから、兄は当主ではなく巫てして立ち位置に就けてしまう。
本来は、当主に母が、巫と巫女に兄と私という変則的な三人として次代は存在している。
けれども、お祖母様と水無瀬のおじ様は、母が当主になるには障りがあり断念した。
代わりに、兄が当主となり巫女に私が就任することは、水無瀬の祭神様も了承済みとなり、この度公表された。
それで、おしまいにならないのが、次々代が既にその才と存在力を表してしまっていることにある。
春日さんと麻都佳さんにしたら、当主の器ではない兄が就任するよりは、確実になぎ君を立てた方が慣例に習う。
巫女の方も、もえちゃんが継ぐのが相応しいと思われてしまう。
この難局に、水無瀬のおじ様とお祖母様は、どう対処するつもりだったのだろう。
「春日。私もね、随分と悩んだよ」
挨拶も済んで、兄と私の間に座り直し、彩月さんが差し入れたマグマグで水分補給している双子ちゃんを、水無瀬のおじ様が見つめる。
「雪江は奏子の当主の才は表には出さない。出せば、私の娘同様にいかれた医者の犠牲になる。そうしたら、奏太と琴子も誕生せず、水無瀬家本家は絶えてしまう。血筋に拘る余りに、近親婚を繰り返してきた水無瀬家が、火の円藤家と同じく祭神を奉る処か、御神体を手放さなくてはならなくなる程の災禍に見舞われることになる。分家の護り人が新たな当主とならんと祭神の逆鱗に触れ、他家に御神体を託すしかなくなる懸念は避けなくてはならない。特に、我が水無瀬家は水にまつわる家だ。気象に干渉出来る唯一の家系を、私の代で絶えさせることだけは、宮内庁も看過できぬ案件であるとお言葉を頂いている。幸いにも、奏子を水無瀬家から隠せば次代どころか先々の未来に置いて、血が絶えることはないと先見がある。朝霧家の庇護の元に、こうして血が引き継がれた。また、近親婚の濃すぎる血も、他家の旧き媛神様の加護厚き恩恵により薄まり、直系が絶えることはなくなるとね」
おじ様の独白に、誰もが口を閉ざした。
母の障りとは、水無瀬家の血と御神水を混ぜて不老長寿の恩恵に預かろうとした医学界が、おじ様の娘さん一家を惨たらしく死に至らしめた過程が、母にも降りかかろうとしていたからなんだ。
如何に朝霧家の名があろうと、医学界の発展の為にとのお題目で、雑事は他事と宣う医学博士が暴走するのを制止するのは難しいかっただろう。
経済界は掌握できても、医学界を掌握できないお祖父様では母を守れたかどうか。
現に、母が無能と判断されたから、母は見逃されていた節がある。
おまけに、兄と私も朝霧家の庇護の元で、水無瀬家を襲った苦難から遠ざけられていた。
だけど、小学生時代に健康診断に何かが引っ掛り、精密な血液検査をしないとならないと言われたことがある。
指定された病院に入院してまで検査しないとならないと言われた。
あれは確か、お祖父様が裏を調べてくれて、手違いによる間違いであったと通達がきたっけ。
以来、精密な検査ときたら、お祖父様に相談してから返事をしなさいと言われたな。
あれも、諦めが悪い医学界の重鎮が、私にまで手を出してきた証拠だった。
なので、私まで狙われたからか、お祖父様は何件か大きな病院を支援して設立した。
朝霧家ご用達の病院の出来上りである。
個人情報の保護が尊ばれる世の中もあわさり、私や母の情報は秘匿されることになる。
まあ、変に隠しだてすると、逆に何かがあるのだと勘繰られたりもするから、御神水と水無瀬家の血液に関する調査を、固執する重鎮と対立する医学博士にお願いして、何ら関連がないことを実証して貰っている。
そして、結果的におじ様の娘さん一家を死なせた医学博士と取り巻きは、医師免許剥奪した上で法的な裁きを受けさせた。
ありもしない不老長寿の恩恵の与太話だと、医学界では定着していっているそうだ。
実際に、水無瀬家の血液と御神水を混ぜても、ただの異物が混ざった水でしかない。
でも、またぞろ騒いでいる一派がいるみたいである。
今回、話題に上ったのがなぎともえの治療過程だ。
大怪我を負って、短期間で怪我の修復や完治をしてしまっている。
喜代さんが定期的に運んできてくれていた御神水が、また注目を集めてしまったのだ。
朝霧家に面と向かって反抗する医師はいなかったが、お金で買収された看護師が盗みに入る出来事があった。
まあ、それはわざと盗ませていたのだけど、水無瀬家の御神水の効果を期待して一縷の望みにかける重篤患者の身内を騙していた他病院の医者がいたのも事実。
私達の元にまでは辿りつかないでいたけど、御神水だけでなく私やなぎともえの血液も必要と騙されて刃物を所持していた見慣れない見舞い客がいたらしい。
なぎともえが入院していた個室は、特別室であったし、必ずナースセンターを通り許可を得ないと特別室に至るフロアには入れない扉があった。
それに、見舞い客は事前に申請しないと許可をしない仕来りになっていたから、護衛してくれていた橘さんと西沢さんが未然に防いでいてくれていた。
検査室に移動する日は、他者に漏れない措置もとられて安全な日々を送らせて貰っていた。
そうした鉄壁の守りで、私達は平穏を享受してきた。
「なぎともえは水無瀬家というよりか、父親の篠宮家の祭神たる媛神様の加護が厚い。また、公式には発表されてはいないけど、篠宮家は天孫の家系でもあるからね。天照大神の加護も少なからずある」
「熊野の地に眠る荒神を封じた天孫の家系か」
「「パパ?」」
「そうだよ、なぎ、もえ。二人のパパのお家は、旧き貴き血筋を受け継いでいる。おじさんは、康治さんと雅博さんに会ったことがあるけど、なぎともえの伯父さんも神様の加護があるのが視えたんだよ」
「あい、ゆーくんも、おーくんも、パパみちゃいに、あっちゃきゃよ」
「きょわいにょ、あっちいけよ」
「そうだね。怖くて悪いモノは近付けないね」
「「あい」」
そうか。
天孫の家系なら、山神様である媛神様の上位にあたる神様の加護もあるのか。
和威さんは、祭事関連は宮司さん一家の篠原家が担ってきているから、それほど祭神様関連は詳しくはない。
ただ、篠原家と共に、媛神様を奉ってきた一族だとは認識している。
まさか、皇室と同様に天孫が祖であるとは知らないでいた。
何だか、水無瀬家よりも篠宮家の方が重要な位置にいるなぁ。
和威さん。
自身は全然一般人ではなさそうだよ。
「水無瀬家は血筋に拘るから、他の祭神を奉る血筋を受け入れないでいたが」
「濃くなり過ぎた血筋を薄め、正常に正す役割をなぎともえは担うのだろう。水無瀬家も、絶えるより新たな改革を迫られ受け入れるしか道はない。だから、敢えて奏太は当主を継ぐ。巫女には気象を操る才に溢れた琴子を据える。春日、雪江が亡くなれば、巫女の知識は琴子に受け継がれ、反対する分家は黙るしかなくなる。いや応なしに、琴子の才に分からされることになる。それまでに、新たな水無瀬家に必要ない分家を纏めておいてくれるかな」
「是非もない。それが、我が身に課せられた責務であるからな」
「麻都佳。春日はね、自分はこの役割を担う為に生れたといって聞かないんだ。直系男児に産まれながら、当主の才に恵まれていないのが悔やまれる位の策士であるんだよ。奏子を無能と吹聴して撹乱し、自身が当主に、麻都佳を巫女に相応しいと声高に言いふらし、味方を募る。
そして、相応しき当主と巫女が就任する際に、諸とも潰される役を好んで進むんだ。だから、麻都佳にも嫌われておく必要もある」
「お父様が?」
ああ、やはり。
春日さんは、覚悟をもってすすんで悪役を貫いているんだ。
麻都佳さんが目を見張るのを見ると、親娘仲も良好ではなく、見限られても仕方がないと思わせておいているんだ。
ある意味、水無瀬家の忠臣で犠牲になっても苦とは思わない人なんだ。
駄目だよ。
諫言を呈してくれる人は必要ない訳がない。
何とかならないかなぁ。




