その45
水無瀬家の付き人の秘密が明かされることになった。
まず、珠洲ちゃんや麻都佳さんみたいに水を操る才を持つ者は技の護り人と呼ばれ、体術に優れた才を持つ者は武の護り人と区別される。
お祖母様の付き人は、富久さんが武を喜代さんが技を持つそうである。
ご当主様にも同じ付き人が側に侍っているが、秘書的な役割を持つそうだ。
ただし、技の護り人は女性が多く、側に侍っていると特別なのだと勘違いする女性がいる為に、わざと技の護り人はつけてはいないとのこと。
ああ、自分だけが側に侍っていられる=選ばれたのだという謎の図式があるのか。
常に、身近にいられたら勘違いするか。
まあ、兄だと煩わしいのを嫌うから、最初から省きそうな気配がする。
女性蔑視ではないけど、仕事と恋愛をごちゃ混ぜにして公私混同をされない保険はしておかないとね。
あれ?
じゃあ、私に対する武の護り人は誰なのだろうか。
珠洲ちゃんのお兄さんの橘さんとか、かな。
「いえ、愚兄は単純に富久様にしごかれた警護要員です。琴子様に未だにお目見えしておりませんが、姉の沙羅が武の護り人になります」
ありゃ。
口に出していたか。
珠洲ちゃんが、答えてくれた。
「斎君と、聖君のお母さん?」
「はい、そうです。ただいま、第三子を妊娠中でありますが、琴子様がお会いしたいと伝えれば、感激してやって参ります」
「いやいや。会いたくない訳ではないけど、妊婦さんが無理したら駄目だから」
安定期だからと言って、油断したら駄目だからね。
いつ何時、異変が起こるか分からないからね。
安静第一だから。
「ですが、斎と聖が本日のことを話せば、不甲斐ない息子だと謝罪に来るやもしれません」
「なんで?」
「なぎ様ともえ様が泣かれてしまいましたから、私も呼び出しがあるかもです」
珠洲ちゃんが黄昏た感丸出しで、肩を竦める。
泣いたって、朝霧家の孫云々で人垣に囲まれた時の事か。
いや、それは斎君と聖君は悪くないと思うけどな。
いわば、なぎともえの自爆だったりするから。
「姉に、常識は通じません。即、断罪のお仕置きが待っています。謂わば、脳筋のさががあるとみていいです」
「沙羅は、富久の愛弟子だからね。雪江が奏子や奏太と琴子の側に、水無瀬家の人材を付けるのを遠ざけたからか、奏子の世代の護り人は次代の護り人を念推しして教育していてね。主人至情主義みたいに崇拝されているんだよ」
「それ、お祖母様の信者みたいな関係でしょうか」
先見の才と雨呼びの才に溢れたお祖母様を、崇拝する信者は数多くいる。
母が才を引き継がないのが分かると、口喧しく恥知らずだなんて言ってきた猛信者までいた。
水無瀬家に限らず、そうして見下しておいて、お祖母様の次子を期待するのだ。
次子が産まれたら、必要がない娘は水無瀬家とは関わらせずにいさせようとか、政略の駒に使えばいいとか吹聴してお祖父様を怒らせていたけどね。
結局、お祖母様に次子は恵まれず、水無瀬家当主家に事件が起きて、直系の血筋が母しかいなくなった。
母の結婚にも口喧しく言い出して、今度はお祖母様の逆鱗に触れた。
能無しと揶揄して貶めた割に、血筋を求めて群がる輩に、娘は託せない。
又、朝霧家の恩恵に預かり名目だけのお飾りの妻になぞ、誰が許すと言うのか。
恩着せがましい婚姻は必要はない。
きっぱりと、利権絡みの相手をやり込めたそうである。
お祖父様が自分が出る隙がなかったと、後に愚痴られていた。
お祖母様の信者にとって、才がない母は汚点にしかならないと判断されていたらしい。
しかし、母は巫女の才はなくとも当主の才に恵まれていた。
お祖母様が何を先見して、母の才を隠そうとしたかはお祖母様にしか分からない。
ただ、勘の鋭い者には違和感を持たれて、隠しだてしたことが明るみに出てくる。
だから、お祖母様は、なるだけ水無瀬家が母や兄や私に接触するのを躊躇った。
私にも、それと分かると巫女教育は施されてはいない。
ただし、水無瀬家の巫女は当代に一人だけが不文律だったから、当代が儚くなれば自然と巫女の知識は次代に引き継がれていく。
いきなり、一気呵成に知識が流れ込むのではなく、徐々に頭内に辞書が出来上りつつある感じがしている。
なので、今はお祖母様から巫女の知識が、私に引き継がれていってきている。
寝て起きたら、雨呼びの祝詞が自然と記憶されていたりして驚いたものである。
試しに口ずさみかけたら、私の胎内から竜神様が出現して雨を降らせようとする。
慌てて止めたけど、竜神様は不満気味だった。
視えていたもえちゃんが、
「りゅうしゃん、げんきにゃきゃっちゃよ」
と教えてくれた。
巫女に頼られて張り切ろうとしたら、制止されてやる気が不完全燃焼したみたいだ。
やっと、その辺りで本当にお祖母様の後を継ぐんだと再認識させられた。
私に竜神様が宿っていると分からされた。
そうしたら、今まで疎遠でいた水無瀬家と付き合わなくてはならなくなったのをどうするか悩んだりした。
だって、散々無能と言われてきた母と私に、水無瀬家が従うかだとか心配した。
まあ、珠洲ちゃんの存在があったから、多少は近付けたかなとも思うけどね。
ただ、お祖母様ですら激怒する信者は、欲しくはないのが事実。
身の丈にあった人材があれば良しである。
「奏子世代の期待を背負うのだからね、琴子は崇拝されてしかるべしだろうね」
「当主になる兄は?」
「ふん。奏太が当主の器かどうか位は分かる。分家が慕うものか」
春日さんが鼻を鳴らして、嫌味を言う。
娘の麻都佳さんも静かにしている処を見ると、同意しているのだろう。
まあ、兄は当主の才ではなく巫による先見だしなぁ。
当主の才を持つ母が水無瀬家を背負うのは、お祖母様が拒否して、母も追従しているから無理なんだけど。
「それは仕方がないでしょう。自分が当主の才を持たないとは自覚していますよ。しかし、母が当主に就くには障りがあり、また次々代に託すには、二人は幼すぎて能力に振り回されるだけです」
「何だと?」
「兄、教えていいの?」
私に双子がいるとは悟られているだろうけど、既に巫女と当主の才を発揮しているとは世間に流していいのだろか。
逡巡していると兄が扉を指差した。
何事かと思ったら。
「「ママ~」」
「申し訳ありません、琴子様。お目が覚めるなり、母屋に走り出されてしまいました」
わふっ。
ワンコをお供に双子ちゃんが泣き出す寸前で、扉を開けるなり私に突進してきた。
追いかけてきた司朗君によると、熟睡していたはずのなぎともえは、離れを訪ねてきた喜代さんに彩月さんが対応している隙をついて玄関から裸足で飛び出したとか。
着いてきたワンコが一人を止めて、司朗君が一人を捕獲するも、私の元に行くと言い張る。
珍しく愚図る姿に、追い付いてきた彩月さんも喜代さんも、私の元に行かせた方がよいと判断して連れてきたそうである。
ママは、お客様の対応していると伝えても行くの一点張りで、泣くのを我慢していた。
「なぎ君、もえちゃん。ねんねしていたんじゃないかな。ねんねは、しないの?」
ソファに座る私に両側から抱きついてくるなぎともえ。
器用にソファにあがり、膝に頭を乗せる。
まだ、眠いのだろうに。
昼寝だと私がいないとすぐに、目が覚めるのは何故だろうか。
いつも、不思議に思う。
ワンコがいても駄目だったか。
「ママぎゃ、いにゃいちょ、ねんねわ、いやぁよ」
「ぱぱも、いにゃいちょ、しゃびぃにょ」
「でも、わんわが側にいてくれたでしょう。司朗君も彩月さんもいるのに、どうしてかなぁ」
「「ママぎゃ、いにゃいちょ、めめにゃにょ」」
膝にぐりぐりと額をつける可愛らしい姿に微笑ましいが、痛くならないかママは心配だぞ。
後追いにしては、年齢が過ぎているのに謎だ。
慕われるのは嬉しいけれども、度が過ぎてはいまいか。
もしかして、環境が変わったから、ストレスを感じてだろうか。
「僭越ながら琴子様。お子様方は、外界の空気に無防備でおられます。今は、強い破邪の力に守護されておられますが、その破邪も琴子様が側におられないと効果が薄れてしまっております」
「まて、何故に巫女と当主が、それも完全なる対の存在がいる。まさか、雪江と暁の後継者はこの幼子か?」
麻都佳さんと春日さん親娘が、違う驚きを見せた。
水無瀬家当主に近い人なら、やはり認識されてしまうのだ。
珠洲ちゃんの前で才を発揮しているけど、珠洲ちゃんは周りに宣伝する性質ではないから、水無瀬家の分家では秘密になっているのだろう。
富久さんや喜代さんの身内には知らされていそうだけど。
「いや、私の後は奏子が、雪江の後を奏太と琴子が継ぐのが正しい流れであるよ」
「奏子が当主に?」
「ああ、そうだ。水無瀬家初女性当主になるはずであったが、雪江の先見により障りがあると知らされてな。対の巫女が産まれない間は隠さないとならなくなった。本来なら、私の娘が巫女になるはずだった」
「あの事件で巫女に代替りが発生したのか」
「そう。奏子の息子が先見を、娘が気象を操る才にと別たれてな。そして、水無瀬家直系が絶えかけたせいか、当代に一人だけの縛りがなくなったのだろう。それに、琴子の夫の実家も水無瀬家同様に長い年月で媛神を祀る旧家であったのが幸いにしてか、次々代は旧き神々に好かれる性質にある」
水無瀬のおじ様が離れの方角を見やる。
離れにはお祖母様から託された鳳凰のより代たる香炉がある。
とりさん、とりさんと仲良くお話しているしね。
水と火では相性が悪そうだけども、結構仲良しさんである。
おじ様が言う通り、好かれ易いのだろうね。
媛神様の、祝福だろうかな。
「暁、何故に今になって話す気になった」
「春日が、奏太と琴子を守ろうとしたからかな?」
「ふん。暁にはバレると思ったが、奏子が当主になる障りに関連があるのか」
あら。
展開が思わぬ方に行きましたよ。
春日さんて、最初の印象から好感度が低かったけど、もしかして本音は良い人だった?
そう言えば、なぎともえが威嚇しないで私に甘えているしね。
あら?
言い掛りをつけに来たのではなく、兄が当主の器でないのも見抜いて、不当に引き継がされているのではと懸念されていたから?
だとしたら、麻都佳さんも私の付き人に相応しいと自慢に来たのかも。
わざと、怒らして品定めされていたりする?
水無瀬家の分家だけあって、一癖も二癖もある狸親父だったりして。
ああ、人を見る目を養わないとならなくなったよ。
決定的な、へまをしなくて良かった。




