その44
少しだけ騒動があったけど、朝霧グループが主催するクリスマス会が終わった。
我が家の双子ちゃんは初めて出来たお友達と離れがたく、まだ遊ぶと可愛らしい我が儘が出たけど相手側が恐縮してご帰宅された。
兄が気を効かして、いつでも朝霧邸に遊びに来るとよいと約束を取り付けたけど。
羽美ちゃんと空美ちゃんのお家は大変な事になるだろう。
二人はお祖父ちゃんが引き取られる可能性が高いだろうし、実の親に見離されたに等しい二人の精神が持たないだろうから、暫くはそっとしておいた方が良さげかな。
まあ、遊ぶ約束をしっかり取り付けたなぎともえの事だから、年明けにでも場を作ってあげようかな。
ほとんど、キッズホールにいた私だけど、最後は招待客をお祖父様達と見送った。
双子ちゃんも、私と兄に抱かれてばいばいと手を振って、別れの挨拶をしてくれていた。
曾孫を溺愛するお祖父様は、相好を崩してご機嫌でいた。
顔面蒼白で帰宅する招待客は、騒動を起こしたお子様の身内だろうか。
苦虫を噛み潰した表情の招待客は、朝霧家と縁を結べず期待した結果にならなくて残念なところだろうか。
孫の婚約者探しが、実は曾孫の御披露目だった。
メインホールに戻ったお祖父様は、楓伯父さんとなぎともえをどれだけ溺愛しているか発言して、万が一にも誘拐や危害を加えたらどう反撃するかを言及をした。
ちなみに、孫世代にも群がるなら、敵とみなす発言していたらしい。
お祖父様はやる気満々で、孫と曾孫を全力で持って保護するとあちらこちらで発言していたそうである。
それでも、取り入ろうとする招待客は一瞥しただけで躱し、釘を指した、
末の孫が、緒方家の縁者と政略結婚したことになっているからか、それを狙ったお話もあったようだ。
朝霧家直系の篤従兄さんや真雪ちゃんに、縁談が舞い込んできていた。
まあ、楓伯父さんはにこやかに、お断りを入れていた。
どうも、二人にはお付き合いしている相手がいるみたいである。
正式に紹介されていないけど、そんな話が出ているそうで、楓伯父さんは縁談には取り合わないでいた。
よりよい返事が貰えなかった招待客は、憮然として帰っていく。
態度が悪い招待客に、へりくだり何とか縁を取りたい招待客やら無謀にもお喋りを止めずに話しかけて来るが、沖田さん達警護スタッフに摘まみ出されていく。
まあ、一部の招待客だけなのだけどね。
お祖父様と長年の付き合いがある招待客は、不快感を露わにして、あそこは終わったなとか、取引は止めるかとか声をかけて帰られていく。
朝霧グループのクリスマス会に招待された中小企業の方々は身の丈にあった振る舞いをされていて、楓伯父さんの好感度を得ていたりする。取り引きが増えたりするかもね。
そんなこんなで、終了したクリスマス会。
私達も朝霧邸に帰宅するなり、普段着に着替えて一服する。
はしゃぎすぎた双子ちゃんは川上さんが運転する車の中でおねむになっていて、着替えるなりダウンした。
お留守番のワンコに話しかけていたと思ったら、いきなりこてんと眠ってしまった。
珠洲ちゃんと司朗君が慌てた様子を見せていたが、そうなるだろうと分かっていた私は落ち着いて、小上がりに寝かせた。
ワンコが心配して鳴くが、熟睡するなぎともえは、皆の心配を他所に眠っている。
念の為に彩月さんに診て貰うが、熟睡しているだけだと分かると一安心。
ほっとした顔で、各自休憩に戻って貰った。
なぎともえがお昼寝したりする時間は、子守り役の珠洲ちゃんと司朗君の休憩時間だからね。
学生の司朗君には、しっかり勉強時間も大事である。
そこのあたりは、和威さんも気にしている。
最近、朝霧家の技術スタッフに借りだされている峰君も、司朗君の勉学には容赦がない。
やるべき課題をこなさない限りは、子守りは厳禁にしてある。
何しろ、和威さんは司朗君を自身が卒業した進学高に編入させた。
それだけ、司朗君は頭が良い。
難関の編入試験に合格して、通わせている。
実は、私の母校でもあるから成績優秀者の期待度は、肌身で感じていた。
私が四大ではなく短大に入学したのを、今でも選択のミスだと嘆いている教諭がいるそうである。
司朗君情報だと、愚かな選択だと話題に上るそうだ。
その教諭には思い至る。
難関の大学に合格できそうな生徒には甘いが、そうでない生徒には態度が違う教諭で一時期は問題を起こしかけたことがある。
学校への貢献度や、称賛を得ることしか頭にない教諭で、勝手に期待して了承も得ないで勝手に補習会に参加させるのは当たり前だった。
生徒のためにがお題目で、それさえ言っていれば通じると考えている教諭だった。
だから、私の進学にもけちをつけて勝手に四大クラスに混じらせようとして、楓伯父さんに忠告された。
お祖父様が出てきたら、一教諭は解雇どころではなくなる。
母が楓伯父さんを代理に立てて、学校に抗議して明るみに出ておとなしくなったと思っていたら、まだやってるんだ。
二度目はないのが、分からないのだろうか。
司朗君にも、獣医学部ではなく医学部に進学しろとか息巻いていそうだね。
これは、和威さんと要相談かな。
「琴子様。少し、宜しいでしょうか」
「珠洲ちゃん。何かあった?」
休憩している筈の珠洲ちゃんが、離れに戻ってきた。
その表情は明るくない。
「実は、水無瀬家の御当主様が、お客様を伴い朝霧邸に来られました」
「水無瀬のおじ様が?」
「はい。巫女に纏わるお話であるとか。僭越ながら言わせて戴ければ、引導を渡すのだろうと思いますけど」
「?」
要約すると、私が水無瀬家の巫女を引き継ぐのにいい顔をしない水無瀬家側の親戚が、クリスマス会に招待されていて文句を言い出しているのか。
引導の部分に引っ掛かりを覚えるけど、水無瀬のおじ様も現実を分からせる為に連れてきた節があるみたいだし、会いますか。
「なぎ様ともえ様は、彩月さんと司朗さんにお任せしていただいても宜しいでしょうか。いちさんもいれば、それほど泣かないでくださるかと」
水無瀬家に関わることだから、珠洲ちゃんは同席するんだね。
分かりました。
珠洲ちゃんが手配していたのか、一旦部屋に戻っていた司朗君といちが間を置かずにやって来る。
「念の為に、愚兄も付けて置きます」
警護スタッフの橘さんが珠洲ちゃんのお兄さんとは、言われるまで気付いてなかった。
斎君と聖君のお母さんが、珠洲ちゃんのお姉さんだとも初めて知ったぐらいだからね。
どれだけ、周りを見ていなかったか恥じ入るよ。
それから、珠洲ちゃんのお兄さん弄りが凄いなぁ。
警護スタッフなのに、なぎともえや私を傷付けた原因を防げないでいたあの事件を赦してはないのが分かる。
初めて珠洲ちゃんを紹介された日に、土下座に近い謝罪をされたのが鮮烈に思い出せる。
いやまぁ、富久さんにも盛大に謝罪されたけど。
何名か、警護スタッフを解雇されたと聞いた。
愚鈍な輩は必要ないと、苛烈に富久さんは断じていたけど、水無瀬のおじ様も処罰したとも聞いたら、解雇された人はどうなったか少しだけ不安しかない。
生きているといいなぁ。
どうか、希望的観測でないのを祈りたい。
そうして、母屋の客間に来たのだけど。
「考え直してくだされ。巫女の娘ながら無能でしかない奏子の子が、当主や巫女になぞなれる訳がない。貴方方は、水無瀬家を廃するおつもりか!」
扉を開けるなり、喚く声が上がる。
絶対にわざとだよね。
客間にはお祖父様と水無瀬家のおじ様と兄に、お客様らしき親娘がいた。
それで、喚いたのがお客様の父親で、娘さんは我関せずと静かにお茶を飲んでいた。
あー。
無能発言にお祖父様が、怒りを孕んだ眼差しでいるよ。
水無瀬のおじ様も、微笑しているように見えて思う処がありそうだ。
「やあ、琴子。疲れているところで悪いな。こちら、水無瀬のおじさんの父方の従兄弟さん親娘で、俺達に対して不満があるそうだ」
飄々とした兄の紹介に、娘さんが目礼した。
父親はふんぞり返って、鼻を鳴らしているだけである。
他所様のお宅でする態度ではない。
なぎともえが寝ていて助かったかな。
見ていたら、憤慨するのは目に見えている。
「不満。不満しかない。これまで、表舞台に立てない奏子の子供達が、いきなり成果も見せずに後継者に選ばれた。巫女の才を引き継いだのは、我が娘にある。麻都佳、お前の才を見せつけてやるがいい」
「お断り致します」
「はあ?」
「お父様には、何度も進言致しました。私程度の才が、巫女だと疑われるのは甚だ腹だたしいですと」
どや顔していた父親に娘さんが、反抗している。
もしかして、親娘仲は悪いのかな。
真っ赤な顔をして父親が喚こうとした矢先、手がつけられていないお茶の中味が宙に浮いた。
「たかだか、目視できる水媒体を操るだけの才なぞ、橘家の娘にもできます。ただ、橘家は私と違い、空気中に漂う水分を纏め操ることができますから、私とは並びたくはないでしょうが」
はい?
水を操る?
橘家って、珠洲ちゃんも?
兄の隣に座るなり暴露される事実に、背後の珠洲ちゃんを振り返ってみやる。
珠洲ちゃんは毅然とした眼差しで、娘さんを見ていた。
しかし、怒りではなく哀れみみたいな感情が含まれているのか何故か分かった。
「お父様はこれが巫女の才だなどと、喜ばれていますが」
宙に浮いたお茶がリボン結びになる。
水を自在に操るだなんて、大した才だよね。
だけど、娘さんは痛ましげに顔を歪めている。
「現在する水媒体しか操れない私と、空気中から水分を分離して操る橘家の娘の才、どちらか護人に適した才であるか分かりそうではないですか。日常的に水を持ち歩かないとならない私よりも、その場で水を産み出し操る橘家の娘。次代様に侍るのを許された橘家の娘が羨ましい限りです」
「ばかな、お前の才は巫女の才だろう。未だに、何ら才を発揮していない奏子の子供達より、お前が選ばれた……」
「お父様。水無瀬家に固執するあまりに真実を見抜く目を養われていないお父様。哀れな血に拘るあまりに、祭神様に見限られた貴方に、水無瀬家の仕来たりは理解し難いでしょうね」
「そこまでに、しておきなさい。春日を危ぶみ、哀れんだ私の罪でもあるからね」
宙に浮いたお茶がリボン結びから鋭利な矢尻に姿を変えて、父親に矛先が向けられた。
そこで、水無瀬のおじ様が制止された。
父方の従兄弟だと教わったから、立派な水無瀬家を継ぐに相応しい血筋を有しているのだろう。
しかし、祭神様から加護が与えられず、凡庸な人柄でしかなかったとみる。
当主や巫女は一代に一人だけが踏襲される仕来たりだから、父親さんが当主になれる確率は低い。
それが分かるから、娘さんに期待した?
ちょっと、キャパシティが許容力を越えてきたぞ。
少しだけ、時間くれないかな。




