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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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閑話 数子の部屋

「さあ、本日も数子の部屋のお時間になりました。お客様は、俳優の最上穂高さんです」


 芸能界のご意見番として有名なご長寿番組の収録が始まった。

 俺、最上穂高。

 俳優歴十数年、代理とは言え初めて応対する先達の数子さんにお会いした。

 裏方スタッフに合図されて雛壇から、数子さんが待つ位置に歩いていく。

 画面越しに見えるよりも、数子さんは小さい身体つきをされている。

 しかし、荒波な芸能界を数十年生き抜いてきた方だ。侮るなかれでしかない。


「初めまして。漸く貴方をお呼びできて感無量ですよ」

「こちらこそ、偉大な番組に呼んで頂いて喜ばしく思います」


 漸くとの言葉に疑問があがるが、兎に角失礼にあたる行為は厳禁だ。

 軽く頭を下げる。


「本当はもっと早く貴方をお呼びしたかったのだけど。私お喋りさんだから、貴方の秘密を言ってしまいそうで、呼べなかったのよ。でも、漸く母方のお祖父様からお許し頂いて呼べたのよ」

「祖父ですか? 確かに祖母と交流があるとはお聞きしましたけど」


 初っ端から、朝霧の祖父の名が上がる。

 周りのスタッフが動揺をみせている。

 無理もない。

 朝霧グループは、日本一に等しい大企業に発展しているからな。

 後ろ楯になるなら、ここ以上の後援者はいないだろう。

 ただ、これまで朝霧の名を出さずに活動してきた実績が台無しになるのは避けたい。

 朝霧の祖父はなぎともえの事件以来、母達の世代から曾孫の世代まで、世に知らしめて圧力をかけ始めていた。

 外孫にあたる、俺や妹の穂波にまで護衛がつくようになった。

 祖父は本気をだしてしまった。

 まあ、出版社各位の上層部には知らせてあったらしい。

 おかげで、一度胡桃の出産祝いにと従兄弟達と出掛けた写真が出回り、傍らにいた穂波が恋人みたいな扱いをされたがな。

 勿論、そのスクープした出版社はつぶされたが。


「そうなのよ。私は、貴方の父方と母方の両方のお祖母様と知己なのよ。迂闊に喋るのを止められていたから、呼べなくて辛かったわぁ」

「最上の祖母ともでしたか」

「そうよ。貴方のご両親が結婚する以前から、板前さんが作る常連客だけ提供される親子丼の虜なの」

「ああ、源治さんの親子丼ですね。僕も妹も大好物でしたよ。ただし、経営者の孫だからとおいそれと食べれませんでしたが」

「そういうところは、紫乃さんらしいわね」


 最上の祖母の話題があがり、暫く話題に花が咲く。

 おかしい、俺の話題でなく家族の話になっているのは、数子さんの策略かなぁ。

 朝霧の祖父が話題にだすのを解禁にしたせいで、周知させようとも見受けられるのだ。


「……あらやだ。本当にお喋りな私ね。芸能生活でなくて、プライベートな話でごめんなさいね。では、貴方の芸歴を話しましょうか」

「そうして頂けると助かります。祖父の名で仕事をしてきた訳ではありませんので」

「承知しているわ。貴方のデビュー作、公には岸田監督の雨に謡う夜だとされてるけど。本当はお子様番組の戦隊ヒーローの敵役の構成員で主役を食べてしまった手下その二だったんでしょう?」


 うわぁ。

 ばれていた。

 大学時代に親友の相方とバイトしていた、スタントマンじみた役。

 何故か、敵役のボスを演じた俳優に気に入られて出番が増え、丸々一話主役を演じた手下のでこぼこコンビ。

 辛い記憶の中に埋もれた経験に、表情が曇る。


「そして、貴方のデビュー作が本当は相方さんが演じるはずだった。岸田監督が愚痴を言っていたわ。将来性がある俳優さんが誕生するはずだったのに、若くして儚くなられた。相方さんの最期のお願いが、自分が演じる筈の役を自分が演じたみたいに演じてくれだったことで、最上穂高のスタンスが拗れてしまった。デビュー作は好評だっただけに、貴方を自由に演じさせられなくて、貴方に変な柵を与えてしまった。そう、嘆いていたわ」

「……そうだったんですか。あのデビュー作から、岸田監督とはお仕事をしてないので、何か不評を買ったのではないかと思っていたのですけど」

「貴方を生かせる脚本に恵まれなかったのと、競演させたい俳優さんが了承してくれないから、お蔵入りになっているのよ。岸田監督は、貴方に相応しい映画を撮りたいと仰っていたわ」

「それは、有り難いお話ですね。監督のオファーを待ちたいです」


 病室で泣いていた相方と、岸田監督の無茶ぶりで俳優最上穂高は誕生した。

 それまでは、別の道を進むはずだったので、父に俳優になるのは大反対された。

 朝霧家は、やりたいことはやらせる主義だったので、母からは何も忠告はなかった。

 けれども、父は朝霧の名を出して、実力もないのに忖度されて仕事をするのを大変嫌った。

 そうして、楓伯父さんが仲介に入り、朝霧家とは関わらない仕事をすることで、納得させたのだ。

 そうなると、徹底して朝霧グループ関連の仕事は、入ってはこなかった。

 CMや端役すらお断りされる始末に、いつしか朝霧グループとは因縁がある俳優だとのイメージがついたので、一時期は干された感じがしていた。

 しかし、ある監督が俺を使いたいと朝霧グループに直訴して、映画に出させて貰えた。

 それからは、コンスタンスに仕事が入り始めて、今に至る。

 一昨年演じたライダーのストーリーテラー役も、本来は別の俳優が演じる筈が、いつの間にか俺に回ってきた経緯がある。

 主役が俺が所属する事務所の後輩だったので、色々な臆測が生まれたが、単純に監督の厳しさについていけないというのが理由だった。

 まあ、俺も友也もしごかれたがな。

 あの役に出会えて良かったとは、今はおもう。

 何しろ、琴子のとこの双子が友也と俺のやり取りを演じた動画が回ってきて、吹いた。

 いかにも手作りな変身ベルトと、和威君の姪っ子さんが作成した衣装を身に纏い、生き生きとライダーを演じていた。

 シニカルな俺の台詞を噛みながらも話して遊ぶなぎともえに、俳優になって得したと感じた。

 まあ、全国のお子様からファンレターは沢山頂いていて嬉しい限りな訳だが、身内とは別な感情が沸き上がった。

 教師になった従兄弟情報だと、ライダー体操が流行して、運動会にも使われたそうだ。

 そうした話を聞くと、役者冥利につきる。


「そうそう。嫌なお話になってしまうけれども。貴方、本当は違う道に進まれる筈だったのでしょう?」

「はい」

「コンビを組んでいた相方さんのたっての願いで、俳優の道に進まれた。貴方は、相方さんを恨んでいるかしら」

「あの時期は確かに、僕も不安定でした。まさか、相方が病に倒れるとは思いもせずにいましたから。彼の父親と岸田監督の意向で、相方の生きた証を表現して欲しいと頼まれて困惑しかなかったですし」

「そうでしょうね。私も、代役を急に振られて、彼女の様に演じてくれと言われて憤慨したわ。私は、彼女の代わりじゃないって、監督に噛みついたもの」

「僕は弱音を吐かない相方が泣いてまで懇願したり、色々な事が重なり、この道に進むことを決意しましたね」

「その色々な事って、これの事よね」


 数子さんが取り出したのは、ある週刊誌だ。

 でっち上げのスクープを、さも大事に話題作りにして部数を伸ばしていた。

 今朝、事務所の社長から教えられていたので、動揺を見せずにすんだ。


「酷い話題になっているわね。貴方がデビュー作以前に警察沙汰になったとあるけど。事実を知る者にとっては、憤懣の限りよ」


 そう、件の週刊誌にはデビュー作を演じる前に、暴行事件を犯したとでかでかと打ち出されていた。

 一般市民が訳もなく殴られた。

 警察は朝霧の名で黙らせ前科は付かなかったが、こんな暴行を犯した俳優をのさばらせていいのか広く問いかける内容であった。

 どうやら、友也をライバル視したテレビ局の大物プロデューサーの仕業らしい。

 友也と供に、俺も干したいようである。

 馬鹿馬鹿しい。

 友也にライダー役を奪われたと憤慨していたが、そちらが酒の席で女性プロデューサーを怒らせたからに過ぎない。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 酒に飲まれて、記憶にないそうだ。

 しかし、テレビ局は彼を起用せず、友也が選ばれた。

 ついでに、俺の出演も決まったから、事務所も多少抗議の電話が来ていたらしい。

 俺のスクープに消極的な出版社らしくない事に驚いたが、同時期にこの番組に呼ばれたからには話せということだろうな。


「貴方は、相方さんの移植手術に応じる筈だったドナー登録者が手術本番に来ないで、莫大な報酬を提案して秤にかけた相手を見つけ出し、病室に連れ出した。人道に劣る行為をした相手を、罵倒した。一度は無報酬で受けた案件を、手術当日になってお金の無心して、手術事態を台無しにした。どちらに、非が在るのか、事実を知る者として、皆様に問いたいですね」


 急逝した相方は、白血病を患った。

 若いだけに進行が早く、骨髄移植が頼りだった。

 呆気ないほどドナー登録者が見つかり、安堵した束の間の出来事だった。

 手術当日に、ドナー登録者が来なかった。

 行かない、との一本の電話を残して。

 だから、病院も騒動になった。

 後から、相方の実家がスタントマンを要する芸能事務所だと知り、億単位の金が貰えると勘違いをしたのだと判明した。

 相方の母親は助かると見込んでいたのが悪意による事態に倒れ、父親は別のドナー登録者を探した。

 けれども、型が特殊なだけあって、ブッチした相手以外のドナー登録者が見つからず、相方は亡くなった。

 俺がじい様と楓伯父さんに、頭を下げて相手を見つけ出して病院に連れていったの時には、遅すぎた。

 親友の最期に立ち会えず、他の友人達に詰られたが、無理矢理ブッチした相手を病室まで引摺り、現実を突きつけた。

 引き受けたなら、最後まで責任を取れとか罵倒した記憶がある。

 殴る寸前までいき、相方の父親に止められた。

 その異様な姿に、警察に通報されたのだ。

 じい様が手配した弁護士と、病院関係者により、事態を把握した警察はすぐに俺を釈放したが、その話題が今にして公になった。

 大物プロデューサも週刊誌の編集長も、終わったなと思う。

 なぎともえの事件以来、じい様はこうした悪意に敏感に反応する。

 やられたら数倍にして反すだろう。

 事務所の社長も、じい様から対処はこちらですると連絡があったそうだ。

 そして、朝霧の名が解禁になり、様々な仕事が舞い込んで来ている。

 捌くのが大変みたいだ。

 後、それに関してある特番のオファーが来ていた。

 まさに、前日に篠宮家のお祖母さんから聞いた戦時中の話で、俺にきた配役は徴兵を逃れる為に知恵遅れをしているのではないかと疑われる弟の兄役だ。

 台本を読みとくと、最期は戦場で無惨にも亡くなり、非国民と罵られる弟を最期の最期まで案じる難しい役どころである。

 篠宮家のお祖母さんの実家に起きた内容と被り、友也にばあ様の勘が鋭いと思わせておいた。

 その友也も、弟役に選出されていて、悩ましい役に恐れを抱いていた。

 叶うなら、一緒に演じたいな。


「貴方も大変でしょうが、頑張ってくださいね。私ね、貴方が演じた板前さんのドラマが大好きだったの。第二部始まらないかしら」

「どうでしょうかね。あのドラマ、あまり視聴率が良くないと言われましたから、第二部始まるかはわからないですね」


 唐突な話題転換に、ついていくのがやっとだ。

 この人の悪い面が出てきたぞ。

 ころころと話題が代わっていき、本性を出そうとされるのだ。

 朝霧家に始まり、週刊誌になり、次はドラマへと。

 掴みどころのない会話になってきた。

 まあ、他愛ない会話になって、安堵したのは事実である。

 特に、相方の話は本当なら出したくはなかった。

 けど、少しだけ相方の生きた証をだせるなら、好都合だったかな。

 なあ、相方。

 お前が生存していたら、俺は俳優にはなっていなくて、別な仕事に忙殺されていたかもだが。

 違う自分になれて、楽しいのが分かってきた。

 それを、教えてくれたなぎともえや、ファンレターをくれた子供達。

 ありがとうな。

 これからも、俳優最上穂高をよろしくな。



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