その43
何とも強烈な方がいるものだ。
本当に羽美ちゃんを、置いていったよ。
親として失格だし、育児放棄にあたるよね。
すぐに、藤原夫人が泣いている羽美ちゃんを抱き締めて、宥めている。
藤原氏も、雫ちゃんを抱き抱えて羽美ちゃんの 元に行く。
「村山の義父に電話をしてきます。雫は羽美ちゃんと一緒にいてあげてあげなさい」
「うん、パパ」
「ここでの事は包み隠さずに話して頂戴。朝霧様に忠告されていたのにね」
「羽美ちゃんを使って、朝霧家と直接な縁を結び、恩恵に預かろうとして失敗したのは、話しておくよ」
藤原氏が丁寧に頭を下げて、雫ちゃんを託してホールから出ていく。
進藤家は、それだけ追い詰められているのだろうか。
まあね。
進藤夫人の着用していたイブニングドレスは結構なお値段をしているはず。
今回朝霧家が主催したクリスマス会の主役は子供達にあるべきなのに、大人がはりきりお洒落してきてどうするよ。
身に付けていた装飾品もかなりなお値段だったしね。
その点、羽美ちゃんはシンプルなお洒落着だった。
少しだけ丈が合わないのはお姉さんのお下がりだったりして。
自身は着飾り、子供はお下がりだなんて、経済状況が悪いなら中間でお洒落しなさいな。
ペアルックにするとか、お下がりなお着物で妥協するとかさ、すればいいじゃない。
どれだけ子供を蔑ろに扱っているのか、腹が立つなぁ。
「愚妹夫婦が中座する無礼は謝罪いたします。あの通り、主人の崇君も愚妹には逆らわない性格で、二人して駄目親として有名になっています。本日は、羽美がお子様と友誼を得てしまいましたが、可能なら無かった事にしてあげてくださいませ。でないと、愚妹らは、朝霧家にお金の無心をしかねません。その際には、羽美を人身御供に差し出すかもしれません」
「その杞憂は当たるでしょうが、朝霧家としては可愛い曾孫の友達だからと言って無条件には助けないでしょう」
「でしょうね。そうでなければ、ただ挨拶を交わすだけの仲でも、すり寄ってきますから」
「ですが、曾孫を溺愛している祖父は、なぎともえに助けてと訴えられたら、助けてしまうでしょうね。ですので、可及的速やかに、羽美ちゃんと空美ちゃんの親権は抑えていただきたい」
「えっ?」
兄の説明に、藤原夫人が怪訝な表情をした。
親権を抑えるって、裁判沙汰にでもしないと変更できないのではなかったかな。
「実は、祖父母には事前に村山氏から相談を受けていました。本日のクリスマス会にて、進藤夫妻は試されていたのですよ。こちらのホールには、児童相談所の役員も配置しておりました。ただし、試されていたのは進藤家だけではありません。招待客の中には虐待をしている家もあった、とだけ伝えておきます」
兄によると、なぎともえだけでなく、胡桃ちゃんの子供でもある恵梨奈ちゃんや拓磨君のお友達候補は各自素行調査をしているそうだ。
先程騒いでいた恵梨奈ちゃんを探していたお子様達は、既に候補にあがるには値しないと判断がされていた。
しかしながら、我が家の双子ちゃんは、お祖父様達が候補にあげたお子様でないお友達を見つけてしまった。
お祖母様には、本日のお友達は末永く縁を結ぶお友達だとは言われていた。
成る程、一生のお友達かぁ。
なぎともえは自力でゲットしたんだね。
だが、進藤家は危ない匂いがするから、弾かれていたのだそうだ。
なぎともえを見ると、痛ましげに眉を潜めている。
前世の記憶が思い出されてしまったかな。
もえちゃんが、私の着物の袂を握る。
安心させる為に、頬を撫でてみた。
「ママぁ~。うーたんにょ、パパちょママ。うーたん、おいちぇいっちゃっちゃ~」
「うーたん。ひちょりに、にゃっちゃっちゃ」
なぎ君も涙が混じる眼差しで、もえちゃんの手を握る。
パパにママがいない。
一人になる。
は、なぎともえの中では禁句だからね。
我が事のように感じてしまったのだろう。
「そうね。羽美ちゃんは置いていかれてしまったね。でも、雫ちゃんと雫ちゃんのパパとママが側にいてくれているから、一人にはならないわ。なぎ君ともえちゃんは、お友達が一人になったらどうしてあげたい?」
「「……! きょうしゅりゅ」」
頬を撫で諭してあげたら、勢いよく椅子から降りて羽美ちゃんに突撃する。
藤原夫人が気を利かして横に退いてくれた。
「「うーたん、おちょもぢゃちにゃにょー。ひちょり、にゃいにゃいにゃにょよ」」
器用に子供椅子を登り、羽美ちゃんの両側に抱き付く。
「くぅも」
「ぼくも、やる」
「ぼくもー」
「こらこら、お友達思いは誉めてあげたいが、亜流斗達まで集ったら、椅子が傾いて危ないからね」
「うむ。言葉にしてあげなさい」
「そうね。なぎ君ともえちゃんは亜流斗達から見たら小さくて細いから椅子が耐えられるけど、皆がよじ登ったら大変ね」
大人に説得されて、渋々諦めたお子様達だけど、藤原夫人が羽美ちゃんを、見兼ねて椅子から降ろす。
序でに、我が家の双子ちゃんも降ろしてくれた。
そうしたら、皆が集い、押しくらまんじゅうみたいになってしまった。
真ん中の羽美ちゃんは、苦しくないかな?
空調が効いているので、次第に頬っぺたが赤くなってきたぞ。
汗を掻き出したら、離さないとならないよね。
だけど、その心配は杞憂に終わった。
「羽美~。どこ~」
「羽美は、どこじゃ。儂の可愛い孫はどこじゃ~」
「あら。お父さん?」
「お祖父ちゃん?」
「お義父さん、お静かに。注目浴びています。羽美ちゃんはあちらですから」
藤原氏を引っ張り、羽美ちゃんより年長さんの女の子を抱いて、筋骨逞しいご老人がホールに現れましたよ。
武道着を着用しているから、藤堂さんを超えるだろう筋肉質な身体付きが分かった。
別の方向に向かおうとするご老人を藤原氏が、軌道修正してこちらに案内する。
「羽美~」
「おねぇちゃん~、おじいちゃん~」
「おう、そこか。無事であったか。それは重畳じゃ。ん? 周りのお子達は、友達かのぅ」
「お父さん、静かにして。羽美と雫のお友達が固まってしまったじゃないの」
「ん? それは、すまんかった。儂は、村山祐輔じゃ。空美と羽美と雫のじぃじじゃ。仲良くしとくれな」
個性が凄いご老人である。
筋骨逞しい面々に見慣れている双子ちゃんも、ポカンと見上げている。
村山氏は武道をされているからか、さほど音が響かない大股な足裁きで歩いていた。
近くによると、にこやかに笑い、挨拶をされた。
「羽美~」
「おねぇちゃん~」
羽美ちゃんが、空美ちゃんに抱き付きたがったので、押しくらまんじゅうが割れる。
姉妹仲良くハグして、雫ちゃんが側面から抱き付く。
「どうやら、愚娘夫妻が馬鹿をやらかしたと聴いた。朝霧家の方々はどちらかの?」
「お父さん。こちらの男性が朝霧様のお孫さんの奏太さんに、妹さんの琴子さん。で、あちらのお顔がそっくりな双子ちゃんが曾孫さんの、なぎ君ともえちゃん」
「左様か。儂は、村山祐輔と申す。愚娘の父親である。さぞ、不快な思いをされたでしょう。謝罪させていただく。申し訳ない」
「いえ。事前に相談を受けておりましたから、こちらには被害はありません。ただ、見ての通り朝霧家の曾孫は、羽美ちゃんをお友達だと認識しております。害がない限りは、こちらも事は荒げはしません」
「承知致しました。儂の妻が朝霧夫人の後輩であっただけの縁を、さも寵愛を受けたかの如く吹聴しておったのが愚娘を増長させた原因であります。妻共々、後日改めて謝罪に参ります」
空美ちゃんを降ろした村山氏が、兄に向き合う。
この場では兄が代表になるから、私はおとなしくしている。
と、言うより。
空美ちゃんの、痩せ細る姿に釘つけだった。
珠洲ちゃん情報によれば、空美ちゃん小学一年生になるはず。
だけど、羽美ちゃんより背は高いが、体重は同じだろう。
長袖に隠れているが、手首や足が骨ばっている。
顔だって頬っぺたが痩けている。
小麦アレルギーだからといって、痩せ細りすぎだよ。
「空美が気になりますかな」
「はい。失礼とは思いまが、子を持つ親としては気になります」
眉根がよっていたからか、視線に気付かれた。
気分を害するかと思うが、気になって仕方がなかった。
けれども、村山氏は鷹揚に頷いていた。
「あの愚娘は、自分は空美がアレルギーを発症する食材で食事を作り分けるのを嫌い、満足に料理もせなんだ。家政婦を雇うも、アレルギーのことは世間体が悪いと話さん。だからか、雇われた家政婦は、アレルギーを発症する食材で食事を作り、強引に食べさす。そして、アレルギーが発生する。その悪循環で空美は拒食症になってしもうた。虐待の可能性があるからと、儂や愚娘の姉の八重子が呼ばれて発覚した時には、遅すぎたのじゃ。空美はアレルギーだからといって、発生しない食材でも食べることが出来なくなってしもうた。専門医に入院させた方が良いと言われながら、愚娘は空美を隠すことに専念してなぁ。進藤家で、隔離されておったわ」
村山氏の感情がこもらない説明は、怒りを抑えているのが分かった。
同居している進藤家の義両親に、相談されて児童相談所もやっと動いたらしい。
警察も児童虐待を疑い、任意で聴取するそうである。
これ、完全に立派な虐待だから。
任意での聴取が、強制に変わっても不思議ではない。
進藤家の会社も劇的なダメージを受けるだろうな。
空美ちゃん、羽美ちゃんにとっては毒親でしかなかったのは、可哀想だよ。
幼い子供が頼りにするのは、実の親だ。
その親が、子供の面前で欲しくなかっただなんて暴露するのは、心が痛い。
「恐らく、愚娘夫妻は裁判にまで発展するでしょう。本日のご縁は心苦しいですが……」
「なかった事にはなりませんよ」
不祥事に巻き込ませない為に、村山氏は距離を起きたがるが、それは遅すぎである。
なぎともえは、羽美ちゃんをお友達だと認識している。
今更、なかった事にはできない。
「大人の事情は、子供には関係がないんです。ですから、羽美ちゃんはうちの双子ちゃんのお友達のままなんです。そして、それを理由に相応しくないから自分の子を代わりに選べといわれても、頑固な双子ちゃんですから代わりは要らないと言いますよ」
「双子ちゃんママの言う通りですわ」
織部夫人も同調してくれた。
にこやかに笑い、子供達を差し示す。
「見てください。あの通り、羽美ちゃんも空美ちゃんも、もうお友達なんです。うちの息子はああ見えて人見知りする子なのですが、するっとお友達になれました。多分ですが、長いお付き合いになりますよ」
「確かに、律君以外のお友達はいらないと言っていた息子が、あんなにはしゃいで楽しそうなのは初めて見ます。見ていて、心がほっとしませんか?」
「うむ。温泉に浸かっている気がする」
泣き止んだ羽美ちゃんと空美ちゃんの周りに、子供達が集まる。
皆さんが仰有る通り、暖かな空調ではない空気に満たされている。
竜神様のご加護かな。
やはり、このお子様達は、なぎともえに相応しいお友達なんだね。
僅かに竜神様の加護を得ていくお友達を見て、ほっこりする大人達がいる。
よいお友達に恵まれたから、パパに楽しい報告が出来るね。




