その42
おやつタイムにて、思い思い食べたいおやつをいただいていたら、兄が複数の夫婦を連れて戻ってきた。
「兄?」
「琴子だけ、保護者がいるのはよくないだろう」
ああ、お友達のご両親か。
ホテルスタッフに椅子を用意されて、自分の子供の隣に座っていただく。
前以て、席に余裕があったのはこの為だったか。
気付かないでいた。
兄、グッジョブである。
「なぁくんの、パパ?」
「ちあうにょ、しょうくんは、ママのにぃによ」
「もぅたんにょ、パパは、おちぎょちょにゃにょ」
あれ?
自己紹介はしたと思ったけどなぁ。
お祖父様もいたから、緊張していたかな。
「りっくんにょ、ママは?」
なぎ君が、律君の隣に座ったのがお父さんだけみたいなので、首を傾げる。
紋付き袴姿の律君パパは、厳めしい顔付きをされていて、茶道家には見えない出立ちである。
体つきが大柄なのも相まって、うちの警護スタッフに通じる物がある。
そして、無愛想に見えるかの如く、表情が動かない。
言葉は悪いけど、張り付けた能面みたいである。
でも、律君の頬に付いた菓子屑を然り気無く拭いてあげたりと、律君の面倒をよくされている。
「あの、自分は藤堂とは幼馴染みでありますから、自分が説明させてください。藤堂はこの通り無愛想ですから、誤解されてしまいます」
亜流斗君のお父さんが慌てた様子で、話し始める。
亜流斗君を挟んで座られている奥様も、大きく頷かれていた。
「藤堂夫人は第二子を妊娠中で、重い妊娠中毒にかかり入院しております。元々、身体の弱い方でして、妊娠中期から大事をとり静養に努めております」
「うむ。妻はいないが、息子はいる」
「……だから、それだと儚くなっていると勘違いされるだけだからな」
「事実を言っているだけだ」
うん。
表情筋がお仕事しないし、言葉も簡潔だから誤解されてしまうのだろうか。
その度に、織部さんが訂正していたり、仲裁に入ったりしていそうだね。
それで、子供同志も仲良しになっているのか。
「ママがいないの、さびしいけど。パパをひとりにしたら、パパもさびしいって、ママがいうの。だから、ぼくは、さびしがりなパパといるんだ」
「「りっくん、しゅぎょいねぇ」」
そうだね。
なぎともえだと、パパママ探して大泣き確定だし。
入院していた時期も、もえちゃんはパパが仲間外れになるからと、私やなぎ君と離れて帰宅するのを我慢していたし。
朝、もえちゃんを病室に送り届けてくれる和威さん曰く、家でも一人になるのを怖がって離れない日々を送っていた。
常に抱っこをせがんで、甘えていたそうだ。
もえちゃんの貴重な甘えに、和威さんは喜んでいた。
勤務する会社には、託児所が併設してあるから、連れて行きたかったらしい。
でもね、もえちゃんは託児所に入れたら大泣きするのは確定だから、連れていかせなかった。
一日ぐらい、せめて半日でもと、和威さんは渋ったけど、もえちゃん自身が嫌がり、その案はなくなった。
ただ、正月明けには、なぎ君がまた入院しないとならないのだ。
今度の入院は、検査入院でもあり、制限されている食材が食べても平気か調べるのだ。
なぎ君が辛い日々を送るかもしれないので、もえちゃんが病室に来てもいいのか、医師の判断待ちでもある。
お祖父様にはその間に保育士を雇うか、珠洲ちゃんと彩月さんに任せるかしたらどうかと提案された。
冬休みが終わるまで、悠斗さんか雅博さん一家が預かってもよいとの、言葉もいただいている。
勿論、お兄さん犬のいちも一緒なら、寂しさも半減しないかと期待されていたりもする。
その時にならないと分からないが、丁寧に説明すればもえちゃんも理解してくれるだろう。
我慢してにぃにと遊ぶと、言うのが目に見えている。
初対面になる保育所スタッフより、顔見知りな身内に任せた方がよいだろう。
ああ、正月明けが大変だな。
「ママぁ」
「なあに、もえちゃん」
「ママ、もうにゅーいん、しにゃい?」
おっと、もえちゃん的には入院は、禁句であった。
多分、乳児期に私が入院した事態を思い出したな。
「ママは、入院しないわよ。それに、律君のママは病気で入院でなくて、律君のママのお腹には赤ちゃんがいるの。律君はお兄ちゃんになるのよ」
「「あーたん?」」
「そう、赤ちゃん。なぎ君ともえちゃんは見たことないから分からないだろうけど、なぎ君ともえちゃんの写真やビデオで見たりするでしょう」
「あい。なぁくんの、あーたん。にゃいちぇちゃ」
「もぅたんも、いーぱい、にゃいちぇちゃ」
和威さんや篠宮のお義母さんやらが撮りだめしたビデオテープや、DVDはたんまりある。
殊に、上映会が開かれて、双子ちゃんも視る機会があった。
乳児期の双子ちゃんは、誰かに抱っこされたら泣くのがデフォルトだった。
必死に、私や和威さんを求めて後追いも激しかった。
比較的、なぎ君がすぐに人見知りを無くして、お義母さんやお義父さんにサービスで抱っこされても泣かなくなったけど。
もえちゃんは、手強かった。
一歳になるまで、頑としてママパパ以外の抱っこは嫌がり、ミルクや離乳食も嫌がった。
ちょっと、大変だったなぁ。
なぎ君が泣かなくなって、お義母さんに面倒を見て貰えたのが本当に助かったからね。
もしかしたら、律君のママは双子ちゃんでも妊娠中かな。
「あのぅ」
「はい」
「失礼な発言だったら謝罪しますが、息子さんは食物アレルギーがあって、娘さんより痩せているのでしょうか。今日は連れてこれませんでしたが、羽美の上の娘が小麦アレルギーでして、気になってしまって」
進藤夫人が眉根を寄せて聞いてきた。
そりゃあね、標準より小さな双子ちゃんだけあり、二歳児にしてはなぎ君は痩せているのが目立つ。
ご主人がよせと制止するが、進藤夫人は譲る気は無さそうである。
のだけど、少しだけ敵意があるのが見え隠れしていた。
それだとね。
お怒りになるのは、私ではない。
「むう。ママにょ、ぎょはんは、おいちいにょ」
「なぁくんは、ぽんぽん、しゅうつしちぇ、しぇんしぇいに、おにくちょ、おしゃきゃにゃ、ちゃべちゃ、めめにゃにょよ」
ほら、双子ちゃんが椅子の上に立ち上り、なぎ君は洋服を捲りあげた。
威勢のよい剣幕と、捲りあげて見えた手術痕に、空気が凍りつく。
何ヵ所もある手術痕が残るお腹に、皆さん言葉がなくなる。
「なぎ。お腹が冷えたら痕が痛くなるから、服を戻そうな」
「…あい、しょうくん」
和威さんがいたら言うだろう言葉に、なぎ君が従う。
進藤夫人がはっきりさせたかったのは、私がなぎ君に充分な食事を与えてないと指摘したかったのだと思われる。
多分だけど、進藤夫人も事情を知らない第三者に嫌味など言われて、不満が蓄積していて、私に鬱憤をぶつけて晴らすつもりでいたのだろうが。
空気を読まない態度に、雫ちゃんのママさんが反撃した。
「菜々子。貴女、喧嘩を売っている相手が悪すぎだわ」
「姉さん」
「身内だからって、庇わないわよ。うちの会社を潰されたくはないから。それと、私達の祖母が、朝霧夫人と面識があるだけの仲を、さも重要だと話題に出さないで。警告されているでしょうが。これ以上、朝霧夫人の顔に泥をぶつけないでちょうだい」
進藤夫人と藤原夫人は、姉妹でしたか。
そして、仲は良くはないと。
娘さん達は従姉妹つどあるから仲良しだけど、母親同士は溝が深めみたい。
ついつい、朝霧家の従姉妹達を思い出される。
外孫や内孫の区別なく、うちは仲良しだからなぁ。
母の姉と兄達も仲良しだしね。
後妻のお祖母様は、前妻さんの忘れ形見の遺児を立派に育て上げると息巻いていて、自身は子供を産む気はないでいた。
けれども、水無瀬家の直系の血が絶えたことと、伯母さん達が懸命に弟妹を欲しがり母が産まれた。
お祖母様は、継子や実子の区別なく慈しんできた。
だから、朝霧家は結束が厚い。
孫世代にも、それは受け継がれている。
他所様の家庭環境に、首を突っ込むのは避けたいが、敵意があるなら反撃しますよ。
「息子に、醜い醜態を晒さないでいただきたい」
藤堂さんの感情がこもらない一言に、舌戦を繰り広げかけた空気が鎮まる。
「藤堂。言い方がきついよ」
「子供が見ている。教育には不必要だ。それに、主催者の不興を買いたくはない」
織部さんの嗜めに、藤堂さんは私達のテーブルを警護するスタッフや、控えている喜代さんと珠洲ちゃんに視線がいく。
誰もが、インカムを付けている。
時折、指示が入るのか、音声が聞こえてきている。
「確かに、藤堂さんが仰有る通りに、痛くもない腹を探られて不快です。曾孫を溺愛する祖父が、機嫌を損ねる発言でしょうね」
「兄も、言いすぎだと思うよ」
「琴子は、進藤夫人の人柄を知らないから言えるのだろう。発言にあった羽美さんの姉を、夫人がどう扱っているか、知らないとでも? 残念ながら、朝霧家は把握していますよ」
兄まで参戦してきた。
羽美ちゃんのお姉さんが、小麦アレルギーだっけ。
大抵の料理に小麦は使われているから、献立を考える苦労があるとみている。
しかし、朝霧家の情報収集によれば、蔑ろにして隔離でもされているのだろうか。
今日はお留守番なのか、今日もお留守番なのか、微妙に気になった。
「進藤夫人は大学準教授をされていて、教育者気取りでいられるみたいですが。私から言わせていただくと、ご自身の娘に対する教育は、失敗しておられる。藤原夫人、羽美さんと、空美さんは、引き取られた方がよいかと」
「やっぱり、躾を逸脱した虐待がありましたか。あなた、崇君、手続きは再開させてもらいますからね」
「うん、構わないよ。自分も、今回ばかりは崇君を見損なったよ。世間や朝霧家に把握されたくなかったみたいだけど、空美ちゃんと羽美ちゃんの今後は、村山のお祖父ちゃんとも相談するからね」
「待ってください。それでは……」
「あのね。村山のお祖父ちゃんは既に動いているよ。空美ちゃんの身柄は、お祖父ちゃんが引き取られた。一刻も早く謝罪に行かないと、崇君の立場も悪くなるだけだからね」
村山のお祖父ちゃんとの名があがり、進藤夫妻は顔面蒼白になった。
名字から、夫人達の親かな。
困惑していたら、珠洲ちゃんが折り畳んだメモを渡してくれた。
『進藤家は造船会社ですが、崇氏が副社長になってからは、業績が悪化しています。夫人の父親である村山氏に莫大な借金をされています』
成る程、親族会社であったのが、命取りになってしまった工程があったという訳になるのか。
ん。
村山さんて、祖母の信者の村山不動産の村山さんかな。
だったら、世間て狭いなぁ。
あっ、だからお祖母様と面識があるのか。
話が繋がったな。
「し、失礼させてもらうわ。公の場での、妄言は不愉快だわ」
「羽美はどうする。連れて帰るのか?」
「勝手にすればいいわ。本当なら、子供なんて産みたくなかったのだから」
「菜々子‼」
聞き捨てならない発言に、藤原夫人が激昂した。
逃げ出そうとする進藤夫人に、素早く立ち上り頬を叩く。
忌ま忌ましいげに睨んだ、進藤夫人は羽美ちゃんを見ることなくホールを出ていった。
慌て続く進藤氏も、羽美ちゃんを見ない。
両親に省みられなかった羽美ちゃんは、静かに泣いていた。
腹が立ちかけて、怒りを押し殺した。
寄り添ったのは、雫ちゃんと藤原夫人。
双子ちゃんも行きたいみたいだが、顔を見合わせて困惑している。
「気をつけておけ。ほとぼりが覚めたら、厚顔無恥にも琴子にすり寄ってくるからな」
「了解しました」
後味が悪い雰囲気になってしまったけど、ああした権力にすがる人物をよく見てきている。
なぎともえのお友達の親として吹聴し、朝霧家の恩恵に与ろうとすると分かった。
とんだトラブルメーカーになりそうである。




