その41
なぎともえの傍らに殺到するお子様達を、沖田さん達護衛スタッフが柔らかく散会させた。
朝霧グループ会長の登場に騒がしくなったが、護衛スタッフの眼力と保育スタッフの誘導で、おやつタイムに移行する。
折角出来たなぎともえのお友達も側を離れようとしたけど、珠洲ちゃんが押し止めてくれた。
「なぎ君、もえちゃん。ママにお友達を紹介して頂戴」
「「あい」」
人垣に怯えて泣き出した双子ちゃんだが、護衛スタッフが追い払ってくれたので落ち着いてきた。
顔をタオルで拭い、なぎ君は男の子達を、もえちゃんは女の子達の元にいき手を繋いだ。
お祖父様は、目元を緩めて見守ってくれている。
兄は此方を伺っているお子様達を、眺めていた。
見知ったお子様でも、いたかな。
「「ママ、しょうくん、ひぃじぃじ」」
「うーたんちょ、くぅたん」
「あっくんちょ、りっくん」
「初めまして、なぎともえのママの篠宮琴子です」
「伯父さんの奏太だよ。まだ、幼いからしょうくん呼びだけどね」
「ひぃじぃじの朝霧重蔵だ。これから、なぎともえと仲良くしてくれたら、嬉しいぞ」
お子様達には名札がついているけど、自己紹介は基本な挨拶である。
兄とお祖父様が続いたのは、少しだけ驚いた。
二人ともに、膝をついて目線を合わせる。
お祖父様的には挨拶される側でしょうが、にこやかに笑っていた。
「はじめまして、しんどううみです」
「ふじわらしずくです。はじめましてです」
「はじめまして、おりべあるとです」
「とうどうりつです」
ペコリと頭を下げるから、なぎともえも真似してペコリ。
君達はしなくて、いいんだよ。
「あのぅ? なぁくんともぅたんは、あしゃぎりさまの、ひまごだから、みうちなんですか?」
亜流斗君が噛みながらも、疑問を口にする。
周りのお子様や、騒いだお子様が朝霧家の孫を探していたから、気になったかな。
「そうだな。なぎともえは朝霧家の身内、家族であるな」
「朝霧家が気になるのかい?」
お祖父様と兄の返事に、一様に頷く亜流斗君達。
まぁね、主催者の朝霧家と御近づきになりたい家が沢山あるだろうし。
騒いだお子様達みたいに、婚約を結びたいと願う招待客もいるしね。
亜流斗君達も、言い含めているのだろうか。
「お父さんは、いちばんにあいさつしなさいって言ってたけど、だれがあさぎりさまかわからなかったです」
「どうしていいか、わからなかったら、なぁくんがあそぼうって、いってくれました」
「うみたちも、くぅが、大きなこえがにがてで、かえりたいとおもったら、もぅたんがあそぼうって」
「もぅたんのそばは、あったかくて、ほっこりしたから、あそべてよかったです」
皆三歳児らしいけど、言葉と意思ははっきりとしていた。
なぎともえはにこにこ笑顔でいる。
龍神様か媛神様の加護で、双子ちゃんと相性が良いお友達が分かったのかも。
だったら、長いお付き合いに発展してくれたらいいね。
「なぎともえは朝霧の身内だがな。九月に東京に来るまで、友達がおらんかった。できたら、友達になってやってくれんかな」
「はい。お父さんにいわれたからなるんでなくて、なりたいからおともだちになります」
「ぼくも、なぁくんと、もぅたんのそばは、あったかくて、あんしんできます」
「くぅも、そばにいたいです」
「うみも、いっしょに、もっとあそびたいです」
「ありがとう。じゃあ、一緒におやつを食べようか。ホテルのデザートも美味しそうだけど、喜代さんが焼いてくれたシフォンケーキもあるわよ」
亜流斗君は、三歳児にしては利発な言葉使いをする。
もう、英才教育をされているのかな。
律君はのんびりしたゆったりな、人柄だね。
雫ちゃんも、穏やかな雰囲気をしている。
羽美ちゃんは、勝ち気な性格だろうか。
千差万別なお友達になりそうだね。
なぎともえが朝霧家の身内だと判明したので、おやつを頂く場所は特別に他のお子様達とは離されていた。
恥知らずにも、場に加わろうとするお子様は、護衛スタッフが排除する。
加われない苛立ちを、亜流斗君達を妬む言葉を吐いて紛らわしていた。
記憶力に優れた兄がいるから、後で聞いておこう。
怒りの感情を露にする子供は、なるだけもえちゃんに近づけるのは遠慮して貰いたい。
なぎ君の警戒も少なくしたいしね。
「あにょね、きよしゃんにょ、しおんケーキ、もうたん、だいしゅきにゃにょ」
「あい、なぁくんも。いっちょに、ちゃべよう」
「いいの?」
「「あい」」
朗らかな笑顔で、お友達を促す双子ちゃん。
余人が入れない飲食スペースに、護衛付きで移動する。
兄とお祖父様は、メインホールに戻らないといけなくなった。
監視カメラを通じて、なぎともえの御披露目は済んだけど、主催者として招待客を持て成し、挨拶を受けないとならないからね。
メインホールに残った楓伯父さん一人では、捌くのが大変だろう。
キッズホールには、珠洲ちゃんと喜代さんが残ってくれていた。
「さあ、沢山召し上がってくださいませ」
丸テーブルに子供達を座らせる。
すかさず、喜代さんがお手拭きやらを配布しては、ワゴンに乗せて運んできたシフォンケーキや、一口パイや、ミニケーキを配膳する。
「あの、僕は、なまクリームがだめです。代わりに、あんこがだいすきです」
「畏まりました。和菓子も用意されております」
律君は和菓子派だったようで、喜代さんは子供受けする和菓子を並べる。
「律君のお家は茶道の家元ですか、やはり和菓子が好きなのですね」
「はい。ねりきりや、らくがんとかを、お父さんとたべるのが、好きです」
珠洲ちゃんが、私に教える形で律君のお家情報を助け舟で出してくれる。
流派はどこだろうか。
母が縁を切ったお師匠さんと、違うといいな。
あの後で、朝霧コレクションの花器や茶器は、お祖母様の意向で、富久さんが管理することになった。
絵画や掛け軸等も纏めて、個人美術館を設営する運びになり、建築デザイナーの隆臣さんにお話が言っているそうだ。
態々、和威さんから、私にその話題がきた。
身内なので、忖度あるなら辞退した方がよいのか、辞退して朝霧翁の機嫌を損なわないか気にしてられた。
お祖父様にそれとなく伺ってみたら、お祖母様がある建物を気に入り、建築デザイナーを探していたら隆臣さんだったオチである。
お祖父様も部下任せにしていたらしく、隆臣さんだと知らないでいた。
知っていたのは、楓伯父さんと富久さんの二人。
お祖母様が気に入っていた建物を知っていたのは椿伯母さんで、隆臣さんが退職した設計事務所に案を依頼したそうな。
この建物を設計したデザイナーと注意点をあげていたが、提出されたデザイナーの名が違っていた。
隆臣さんが退職したと言わず、監修は隆臣さんと偽り厚顔無恥にも劣る行いをされた。
そこで、一計を催して、他の設計事務所や個人デザイナーを集めてコンペを近々するそうだ。
勿論、隆臣さんは個人で出席する手はずである。
閑話休題。
「ママ。なぁくんも、あんこちゃべちぇいい?」
「もうたんも、おいししょうね」
こらこら、他人が食べているのを凝視しないの。
シフォンケーキのクリームをたっぷり口元につけたなぎともえが、和菓子に興味を持った。
折角、富久さんがなぎともえの為に焼いてくれたシフォンケーキだぞ。
堪能しなさいな。
「ふふ。そう言われると思い、用意しておきました。こちらを、どうぞ」
「きゃあ、うしゃしゃんぢゃあ」
「あい、くましゃん、きゃわいい」
「僕はとらだ」
「しばいぬかな?」
「ぱんだ、だ」
「くぅは、ねこさんだ」
なぎともえの前には兎と熊、亜流斗君は虎、律君は柴犬、羽美ちゃんはパンダ、雫ちゃんが白猫といった、動物の顔をしたお饅頭が配られた。
私の前には龍神様を模したお饅頭である。
「ママは、りゅうしゃんぢゃね」
「ママ、りゅうしゃん、ちゃべちゃうの?」
洋菓子が苦手なお子様もいたりするから、お饅頭やあられやおせんべいも用意してあった。
みんな、思い思いのおやつを堪能していた。
動物の顔をしたお饅頭が食べにくいかなとおもったけど、律君が食べだしたら、躊躇うことなくぱくりといく。
なぎともえは、お山にいた時期は和菓子がおやつにでる確率は高いので、久しぶりの和菓子でシフォンケーキが霞んでしまっている。
でも、富久さんはにこにこ笑顔で見守っている。
「なぎ様ともえ様がお元気になり、お友達と楽しそうにされているのは、感慨無量でございます」
「そうですね。食欲も出てきておりますから、すぐに体重も増えていくかと。ただ、今は疲れやすいですから、油断はできませんけど」
富久さんと珠洲ちゃんが、それぞれ胸のうちを言葉にする。
なぎはまだ、激しい運動はさせてはいけない。
昨日のライダーの体操は、そう激しい動きはなかったし、なぎ自身が激しい動きはやめていた。
それでも、昨夜はぽんぽん痛いと訴えて、夜中に起き出していた。
具合を悪くさせて焦ったのだけど、彩月さんの診察により筋肉痛だと判明した。
大事に至らなくて安堵したものである。
軽い痛み止めを飲ませたら、朝までぐっすりと眠り、起きてきたらもう痛みはないと言う。
で、ライダー運動は当分は厳禁にした。
ゆったり動作のラジオ体操は許可されたので、暫くはそちらで運動させようと和威さんと約束したなぎともえ。
我慢させる事が増えてしまったけど、なぎともえも苦しくなるのは嫌だと認識していた。
私のくしゃみひとつでも、さぁたん、さぁたんと泣きそうになりながら呼んでくる双子ちゃんだ。
和威さんがくしゃみしても、大袈裟にならないのにね。
地味に和威さんはへこんでいた。
それだけ、パパは健康だと判断しているからだろう。
私に対しては、乳児期で倒れたのが起因しているのだろうね。
火傷痕も、たまに痛いかと何回も聞いてくるし。
一度気になったら、暫くは離れてはくれなくなる。
パパや彩月さんも呼んで、まったりする日常も茶飯事だったりする。
逆に、これからお友達も増えて社交的になれば、親離れをするだろう。
二人だけの世界が広がるのは楽しみに満ちていそうだけど、朝霧の名が押し潰してきそうでもある。
かといって、朝霧の庇護から離れてはならない事情もある。
川瀬と組んだ政治家が篠宮家の仕来りを知り、富をえる手段にともえちゃんを誘拐して虐待しようとした。
多分、狙っているのは政治家だけだとは思わない。
凋落した資産家なりに、富を再び得る手段に使われるかもしれない。
自衛手段を持たない内は、朝霧家を頼るしかない。
和威さんも分かっているから、朝霧家に居候している不満は言わない。
悪戯をしかけた兄が、先見で何を見たのか詳しくは言わないだろうけど。
危機はまだ、完全に払拭してはないと見ている。
今年もあと僅かで、来年度には水無瀬家は代替りする。
また、水無瀬家縁の親戚とやりあうかもしれない。
幼いなぎともえを、守らないとならない。
まあ、もえちゃんには歴代最高位の龍神様がついているし、半人前ながら先見もできる。
自ずと、危機避難意識は高いだろうから、ひと安心できる。
私も、自衛手段を学ぼうかな。
「「ママ?」」
内心でガッツポーズしていたら、私を伺う瞳がある。
何でもないよ。
今は護衛付の毎日だけど、ママは頑張るからね。




