表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
110/180

その39

「水無瀬のおじ様、緒方のおじ様、お義兄さん。本日はお忙しいなかお越しくださり、ありがとうございます」

「琴子さん」


 にっこり笑って穏やかざる中へ突撃した。

 一触即発ではないけど、因縁ある水無瀬のおじ様と雅博さんの険しい雰囲気をぶったぎります。

 板ばさみになっていた緒方のおじ様が、安堵された。

 ほっと息を吐き出されて肩の力を抜かれた。


「おじ様方。問題を起こされたら、即退場ですからね」

「ああ、分かっているよ。篠宮の皆様には、勇み足で不快にさせてしまったからね。お詫びしようとしたのだけど」

「それは、申し訳ありません。何分にも、礼儀を弁えない若僧が至らずに、失礼しました」

「雅博君」

「いや、本当に済まないことをしたよ。雪江や朝霧君にも怒られたしね」


 頑なな雅博さんは未だに、水無瀬のおじ様を警戒されている。

 対して、水無瀬のおじ様はしきりに恐縮していた。

 これは、お祖母様に本気で叱られたと思われる。


「奏太が水無瀬に来てくれるのに、和威君までだなんて欲をかいたよ。罰があたったんだね。雪江と同じ病を得てしまった」

「おじ様⁉」

「安心してくれていい。もう、余計な口出しはしないよ」


 兄が痛ましげに顔をしかめた。

 だから、水無瀬のおじ様は来年度で引退されるのか。

 かくしゃくとされているが水無瀬のおじ様も八十代のなかば、余生は穏やかに過ごして貰わねばならない。

 兄と私とで、水無瀬家を繋いでいくのを一番安堵されたのは水無瀬のおじ様だろう。

 一時は、後継者問題で揺れに揺れた水無瀬家だ。

 ご神水で医学界が騒がしく大事になり、一人娘一家を亡くさないでいたら、どれだけ良かったことか。

 ご心痛は計れない。

 和威さんを水無瀬家に誘ったのも、篠宮家の後継問題でなぎともえを含めて助け手を差しのべてくださっただけなのにね。

 拗れてしまったなぁ。


「こちらも、大人げなく反発して申し訳ありません。篠宮の名に固執してしまったのには訳があり、末弟に全てを押し付けてしまっていたのを、祖母からお叱りを受けました。自分は、篠宮を外れて好き勝手しているのに、和威にはそれを許さないのか。あまり、家に縛るのを止めようと和威を除いた兄弟で話し合った矢先の申しででした」

「それには、緒方家も一枚噛んでいまして。兄弟五人いるなら、一人くらい養子に出ても云々ありました。雅博や悠斗も色々言われてうんざりさせておりました。いやはや、なまじ婿養子にいった兄が偉大な才能を所持していただけに、繁栄を願う親戚が多すぎました」

「それは、分かるつもりです。本家や分家が肥大していくと産まれる闇ですね」


 旧家には旧家なりに旧い仕来たりや掟があり、問題が勃発するのも仕方がない。

 比較的朝霧家は自由奔放だけど、全くない訳ではなく、不自由な思いをしたことはある。

 直系の内孫の真雪ちゃんなんかだと、習い事は分刻みだったしね。

 外孫達より、自由はなかったはず。

 だけど、恨まれたりはしなかった。

 お祖父様も楓伯父さんも、無理してやりたくないことは止めさせてくれたからね。

 真雪ちゃんがはっきり言えば、自由行動を許してくれたりもした。

 まあ、護衛はついたけどね。

 天下の朝霧グループ直系女児を狙った誘拐騒ぎは少なくなかったし。

 外孫の私達も、狙われたこともある。

 だから、中学までは良家の子女が通う学校に行っていた。

 高校や大学は好きに選べたから、従兄弟達ははっちゃけたりしたよ。

 その年代になると、護身の術は身に付けていたし、言葉巧みに交わす手段も手に入れていた。

 自由を謳歌していた。

 多分、雅博さんや悠斗さんは後継者争いを嫌って東京で職を得たのだろうが、お義父さんが有名過ぎて騒動があったりしたと思う。

 なかには、婿養子にだなんてすり寄って、緒方家の富に群がる輩もいたのだろうな。

 和威さんもそうした案件が付きまとう筈だったのだけど、早くに私に出会ってしまい、朝霧家の睨みに守られてきたから苦労を知らない。

 お義兄さん達には、後日に温泉地にでも招待させて貰わねば。

 勿論、お義母さんお義父さん達にも、贈らせていただこう。


「では、遺恨は本日で水に流してしまいましょう。折角のご縁です。長くお付き合いしていきたいと思います」

「奏太の言う通りですな。これからは、若い世代に託して眺めさせていただこうと思います」

「確かにですな。私も、次の世代に託したいものです。家の名に拘るのは止めて、雅博が継いでくれたらと思います」

「叔父さん。緒方には、従兄弟達がいるでしょうが」

「その息子達が、雅博君を推している。自分等は補佐する役目だと言っている」


 一度だけ会ったことのある緒方のおじ様の息子さん達は、あまり上昇思考のない人達だったね。

 一部勘違いしている人もいたけど、上に立つ気概がないのかどちらかと言えば補佐に向いている人達である。

 秘書的な役割は好きだけど、他人に指図して目立つ行為を嫌うと言っていた。

 他者の先読みはできるが、会社を発展させる先読みは出来ないと溢していたなぁ。

 緒方の麒麟児みたいに、株の流れも読めないし、他社の動静も読めない、分かるのは身近な同僚ぐらいと嘆いていた。

 それだって、立派なスキルだと思うのだけど、会社を背負うには足りないスキルだそうだ。

 その点、雅博さんは取捨選択に優れ、人心掌握の手腕も長けている。

 緒方を任せたと、お酒の席で憚ることなく言っていたけど。

 実感がこもっていたんだなぁ。

 まあ、雅博さんは緒方の麒麟児の息子だから、緒方商事を継いでもおかしくはない。

 ただ、静馬君が大変になるかと。

 演劇の道に進みたい静馬君が、潰されないといいなぁ。


「叔父さん。その話はこれまでにしましょう。そろそろ、挨拶が始まりますから」

「うん。後で話し合おうではないか」


 にこにこと譲る気はなさそうな緒方のおじ様である。

 雅博さんは逃げられないと思うな。

 面倒見のよい人だし、私も適任な采配だと。

 和威さんも賛同するだろうな。


『本日は、我が朝霧グループの……』


 雛壇にお祖父様があがり、挨拶が始まった。

 少しざわついていた会場が静かになる。

 衆目を集めたお祖父様が、貫禄のあるスピーチを述べている。

 このスピーチが終われば、招待客が殺到するのだろう。

 じわじわと雛壇に近付く招待客がいる。

 マナーがなっていない行動に、眉をしかめる招待客もいる。

 招待客にもランクづけがあり、主催者に話しかける順番が暗黙の条件であるのを知らない方々なのだろう。

 上流階級に睨まれたら、中流階級なんてひとたまりまなく潰されてしまうよ。

 初めて招待されたお客様だろうか。

 のほほんと観察していたら、兄に袖を取られた。


「行くぞ」

「あっ、はい」


 促されて雛壇の側に寄る。

 身内なので、あしからず。

 護衛の沖田さんも、手際よく楓伯父さんの横にと促してくれた。


『さて、本日は皆様方にご報告があります。皆様方もご承知のことと思われますが、我が妻雪江の生家の後継で悩まさせておりましたが、この度雪江の娘奏子の長男が水無瀬家の当主を、長女が雪江の名跡を継ぐ運びになりました。若い二人ではありますが、その才を遺憾無く発揮できるようにご支援いただきたいものです』


 スポットライトが私と兄にあたる。

 楓伯父さんに背を押されて一歩前に出て、揃って会釈する。

 少ない拍手が打たれる。

 お祖母様の不調は周知の事実であるだけに、先見の才能を惜しむ声は聞きたくもないが聞こえてくる。

 それは不調を案じるのではなく、恩恵にすがろうとする邪な考えをする人達の方が多い。

 水無瀬家の直系がいないのもあり、水無瀬家の凋落を喜ぶ輩もいたりする。

 自動的に朝霧家も落ち目になるのではないかと、距離をとる企業もあったりする。

 おあいにく様。

 お祖母様から母へと、母から兄と私へ、私からなぎともえにと受け継がれていますから。

 水無瀬家や朝霧家は安泰ですと、声を大にして宣言してやりたい。


『それから、本日は朝霧家の新しい我が曾孫を御披露目しようと、子供も招かせていただいた。何分にも、山奥で育った可愛い曾孫でしてな。友達ができる手助けになればと思っております。爺馬鹿と思っていただいてかまいませんな。子供達には、よいクリスマスとなってくれるのを期待しております』


 そう締めくくって、スピーチを終えるお祖父様。

 招待客がざわめいておりますが。

 ひそひそと交わされる小声で、孫の御披露目ではなかったのか、息子には孫を探して近づけと指示した、とか聞こえてくる。

 案の定、キッズホールでは騒ぎが起きていた。

 暗幕がある場面を大きく写し出し、会話も拾う。

 胡桃ちゃんの娘の恵梨奈ちゃんが話題にあがり、婚約がどうのとか喚くお子様がいる。


「恵梨奈に婚約者なぞおらんわ。まあ、ドイツでボーイフレンドが出来たと報告はあるがな」

「どうやら、あちらはボーイフレンドでは気が済まないようだけどね」


 お祖父様と楓伯父さんが、ぼそりと呟く。

 寄ってこようとする招待客が、足を止める。

 盛大に眉間に皺を寄せて、お祖父様が不機嫌になっている。


「ドイツでは名家の家柄らしくてね。非公式に婚約の話が来ているよ」


 あらら。

 楓伯父さんの話では、嘗ては貴族位も所持していたお家みたいで、恵梨奈ちゃんは大物を釣ってしまったそうだ。

 あちらも片桐家を調べて、バックに朝霧家があるのを突き止め、縁組みを希望している。

 他国の血が入っても忌避ないのか、朝霧家も調査したら、グローバルな血筋で生き残ってきたお家で純粋な血には拘らない家柄だった。

 また、当代の当主の母親は日本人で、親日家でもあった。

 あちらは確約が欲しかったそうだけど、お祖父様は恵梨奈ちゃん次第だとして断りをいれたのだけど。

 あちらは、よい方に捉えて、恋愛主義なんですね、では自力で捕まえてみせろと発破をかけますとの返事が返ってきた。

 諦めの悪さに、お祖父様はご立腹だが、恵梨奈ちゃんの報告では紳士な態度に絆されている節があるそうな。

 そう言えば、スカイプで楽しそうにお友達とドイツ語を勉強しているとにこやかにしていたなぁ。

 朝霧家初の海外結婚に発展しそうな流れだね。

 それは、お祖父様も機嫌が悪くなるわ。

 可愛い曾孫が他国にお嫁に行く。

 朝霧家の力が届かない他国で、苦労させたくない爺馬鹿ぷりだ。

 まだまだ、先のお話だろうに。

 恵梨奈ちゃんより、真雪ちゃんと穂波ちゃんを心配しないと。

 確実に、八つ当りされそうなお相手に合掌しておきます。

 まあ、まだ二人にはいそうにないのだけど。

 あら、画面にうちの双子ちゃんが。

 お友達と仲良く遊んでいる。

 楽しそうで何よりですなぁ。

 お祖父様もささくれだつ心を、なぎともえで癒してくださいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ