その37 珠洲視点
なぎ様、もえ様に新しいお友達が増えました。
新たに男の子が二人、織部亜流斗君と藤堂律君です。
お二人は先の進藤羽美ちゃんと藤原雫ちゃんと同い年の三歳になられます。
キッズホールに預けられるお子様は、招待状を発送する時点で身辺調査はされています。
保育スタッフと警護スタッフは、一人も漏らさずに暗記をしております。
織部家は貿易会社を経営しており、藤堂家は茶道の家元です。
進藤家は造船会社を、藤原家は商事会社を経営しております。
ちなみに、恵梨奈様を巡り争っている二組の代表は、お祖父様がどちらも朝霧グループの役員をなさっております。
ただし、父親は朝霧グループの孫会社の課長職に就いておられます。
まあ、父親の代からの因縁があるお子様だと言うことです。
其々の取り巻き達も親の言うがままに、友好を結んでいるそうです。
高々、恵梨奈様と同い年だとの理由で、許嫁だと吹聴しているのは親の願望であると見られます。
可哀想なのは恵梨奈様でしょう。
ご本人がいない場所での騒動に、恵梨奈様の悪評がたたないといいのですが。
「あっくんにょ、パパにょ、おしぎょちょ、なあに?」
「パパ? パパはいつも、しゅっちょう、してる」
「しゅっちょう? すうたん、しゅっちょう、なあに?」
喚くお子様の会話内容が親の仕事についてに発展した為、なぎ様がお仕事に興味を持たれました。
和威様は出張なさっておられないのですね。
どう、説明致しましょうか。
あっ、そうです。
なぎ様のお身内に、出張ばかりなさっておられる伯父様がいました。
「なぎ様のお父様は出張なさらないですが、隆臣おじ様が出張しておられます。お仕事で、日本各地や恵梨奈様がおられる海外にお出掛けすることですよ」
「あい。おーくん、いっつも、しゅっちょう、しちぇちゃ。おみやげ、たっくしゃん、くえちゃね」
「そうですよ。隆臣様のように、全国に行ったりしておられるのですよ」
「りっくんにょ、パパわ?」
「パパは、しゃどうの、いえもとだって。んと、おまっちゃを、きれいにいれるの」
「おまっちゃ?」
「緑色をした、お茶です」
なぎ様ともえさまがそろって、首を傾げました。
すかさず、斎が説明を加えます。
そうそう、そうして付き人に相応しい行いを学ぶのです。
「こうやって、おちゃを、いれるの」
律君が、手首をくるくる回しました。
幼いながらも、茶道の仕草を学んでおられるようです。
「わきゃっちゃ、ばぁばぎゃ、しちぇちゃ、くるくるにょ、にがぁい、おちゃ」
「みぢょりにょ、にがぁい、おちゃぢゃっちゃ」
なぎ様ともえさまが、また揃って眉をハの字になされます。
飲んだことがあるのですね。
思い出された味が強烈に印象に残っているみたいで、眉間の皺が沢山出てきました。
「じぃじは、おいちぃ、いっちぇちゃ」
「もぅたんは、にがぁいにょ、いやぁ」
「うん。ぼくも、あじはきらい」
「ぼくも、ピーマン、きらいだ」
「大人になったら、味覚が変化して美味しくなるそうですよ。ちなみに、僕もホウレン草が嫌いです」
「聖は、大根おろしが駄目です」
「うみは、人参が嫌い」
「くぅは、カリフラワー駄目」
何だか、嫌いな食材の暴露大会になってきました。
律君は抹茶に苦手意識があるようですが、お家を継ぐには越えないとならない壁ですね。
律君には兄弟がいない為、確実に跡取り候補ですから、もえ様がお嫁に行くには障害になりそうです。
できれば、重責を担うのは巫女だけにしてあげたいと思っているのですが。
こればかりは、もえ様のお心次第ですし、まだお友達になったばかりですから詮索は止めましょう。
それに、藤堂家には懇意にしている和菓子屋の幼馴染みがおられます。
水を取るか菓子を取るかは、律君の心次第になりますね。
亜流斗君は、朝霧グループとも縁がある貿易会社の創業者一族のお子様です。
結ばれたら、緒方家同様に業務提携なされるでしょう。
キッズホールに預けられたお子様には、皆朝霧家の秘蔵子と顔馴染みになるか、友誼を得ることを第一に言われていることと推測できます。
騒動を起こしているお子様方に、声を大にして言ってやりたいものです。
貴方達、大本命に敬遠されている、と。
いい加減、喚く材料に事欠かないお子様方を、静かにさせてください。
いつ、火の粉がこちらに降りかかるか分かりません。
なぎ様ともえ様の連係プレーで、朝霧会長の孫ではないと回避したのが不意になります。
保育スタッフのリーダーに目配せしてみました。
騒動を静かに見定めていたリーダーが、私の合図で漸く動きました。
「お二方、これ以上騒がれるなら退出して頂きます」
「何だと? たかが、使用人に何が出来る」
「そうだ。まだ、恵梨奈以外の朝霧様のお孫様に、挨拶をしていない。邪魔をするな」
「そもそも、前提が間違っておられます。このホールには、朝霧様のお孫様はおられません。また、お待ちになっても、いない人を待たれるのは時間の無題だと思われます」
「嘘を言ってまで、俺を邪魔者扱いするな。朝霧様のお孫様をお披露目する為の、クリスマス会だ」
「では、何故に子供を招待したのか矛盾しているぞ。嘘をついて騒ぐ子供を排除するのか。なら、朝霧様に直訴してやる。嘘付きな使用人がいるってな」
「どうぞ、ご自由になさってくださいませ。ですが、貴方方の起こした騒動は、朝霧様もご覧になっております。そして、今退出して頂く命がくだりました」
「「嘘だ!」」
いいえ。
リーダーの言うことは、正確です。
キッズホールの至る処に配置された監視カメラは、メインホールにリアルタイムで配信されています。
始まりから、騒ぐお子様方に何機か焦点が合わせてあるのが、スタッフなら見て分かります。
恐らくですが、メインホールではお子様方の両親なりが居たたまれないでいるか、厚顔無恥にも朝霧様に弁明しているかと。
誰一人、キッズホールに大人が来ない処を見ますと、後者が多いのでしょう。
「朝霧様に直訴だ。お前なんか、クビにしてやる。ここから、出ていけ」
「いや、俺がメインホールに行って訴えてきてやる。行くぞ」
「! いいや、俺が行く」
義憤にかられたお子様の一組が、キッズホールを出ていきます。
リーダーに指を突きつけていたお子様も、朝霧様に直に会える機会と判断して出ていきました。
我関せずとお友達と遊ばれているなぎ様ともえ様は、静かになったと喜ばれています。
「うりゅしゃいにょ、ばいばいね」
「あい、きょうきょうのばぢぇは、しじゅきゃに、よ」
公共の場では静かに。
なぎ様、随分と賢い発言ですね。
「なぁくんともぅちゃんは、あさぎりさまの、おまごさんとあわなくていいの?」
「ん? なぁくん、もうあっちゃよ」
「あい、もぅたんも」
雫ちゃんの質問にお答えになるなぎ様ともえ様です。
お二人の発言に、周囲がざわめきました。
場違いに騒いでいた原因を、お二人が知っている。
騒いでいたお子様方に、先んじてお知り合いになれる。
と、喚起したのでしょう。
我先にと、突撃してくるお子様がいました。
「ちょっと、君達。朝霧様のお孫さんに会ったとは、本当かい?」
「抜けがけするな」
「何処にいるの。教えて」
とうとう、小学生の高学年らしき少年が切りだし、詰めよってきます。
続けとばかりに人の輪に囲まれる間際、保育スタッフと警護スタッフが押し止めます。
「お静かに。幼児にいきなり詰め寄りは、危険です」
「ごめんなさい。ですが、朝霧様のお孫さんが誰か、知りたいのです」
初めに声をかけた少年が、素直に距離を開けて頭を下げました。
囲まれると、思った瞬間、なぎ様ともえ様を私が抱え、斎と聖が武道の構えを取る。
それだけで、なぎ様ともえ様が特別な存在だと悟られました。
「そちらの、双子ちゃんかな。双子ちゃんが、お孫さんでしょう」
「ちが……」
「ちあうもん。おまぎょしゃんは、ママだもん」
「あい、なぁくんと、もぅたんは、ひまぎょ、だもん」
「あちょ、だいくんちょ、かいくんちょ、くうみたんちょ、ほだくんちょ、なみたんちょ、あつくんちょ、ゆきたんちょ、しょうくん、だもん」
「えっ? えっ? ひ孫?」
人の群れに脅えたなぎ様が早口に、お孫様の名前をあげていきます。
きょわい、と首に抱き付いてきたもえ様が震え始めました。
目を瞑り、顔色が蒼白になっています。
「あっち、いっちぇ、あっち、いっちぇ。もう、はにゃしゃにゃいもん」
「ママ~」
なぎ様が懸命に、追い払おうとされます。
が、とうとうもえ様が泣き出されました。
迂闊でした。
むざむざと、行動を誤り、もえ様を泣かしてしまいました。
これは、姉の折檻間違いなしです。
失敗してしまいましたから、甘んじて受けます。
ですが、今はもえ様を案じなくてはなりません。
琴子様がよくやるように、お背中をポンポンしてみますが効果はなく、琴子様を呼ばれるだけでした。
警護スタッフに、人の輪から抜け出す手伝いを指示しなくては。
慌てる私の周囲に、警護スタッフが近付こうとして、背後を振り返りました。
「「ママ~!」」
「はぁい。ママですよ」
水の満ちる気配がしたかと思ったら、和装姿の琴子様のお出ましです。
あわわ。
朝霧様までお見えでした。
おおう。
姉の調き……再教育決定です。
「申し訳ありません。私どもの不手際で、お泣きになってしまいました」
草履を脱いで、プレイマットに上がられる琴子様が近寄って来られます。
私に抱き付いていたなぎ様ともえ様が、琴子様の広げた腕の中に飛び付かれました。
そして、保育スタッフを代表してリーダーが謝られた。
私も、頭を下げました。
「「ママ~」」
「よしよし。いきなり人が沢山寄ってきて、驚いちゃったね。大丈夫。お兄さんお姉さん達は、なぎ君ともえちゃんを怒ったりしないから。ただ、教えてってきただけよ」
「なぁくん、おまぎょしゃんぢゃ、にゃいもん」
「ひっく、もぅたんも、ひっく、ちあうもん」
「そうね。朝霧の孫はママだもんね。後、奏太伯父さん達ね」
「「あい」」
「なぎ君ともえちゃんは、ひ孫だから違うのは正しいの、お利口さんに言えたね。ママ、誉めてあげるぞ」
右手と左手で、なぎ様ともえ様のほっぺたを摘ままれる琴子様は、苦笑いしておられた。
孫ではないと回避したのだけど、孫を知っていると言ってしまったなぎ様ともえ様に人が殺到してしまった。
聡いところばかり目立つなぎ様だけども、迂闊に喋ってしまったのを見ると幼児なのだと改めて理解させられました。
ああ、姉よ、母よ。
貴女の折檻を、倍にして受けます。
なので、斎と聖はお説教で済ましてあげてくださいな。
琴子様にすがって泣かれるもえ様に、どうしたらよいか混乱している甥っ子は、楯にはなろうとした。
それは、誉めてあげてください。
またまだ、二人も小学生だ。
これから、挽回していくだろう。
期待しているからね。




