その34
和威さんが慌てて部屋に戻ってきた頃には、もえちゃんの震えは治まっていた。
しかし、私から離れたくないとばかりに、しっかり抱きついたままなのは変わりがない。
もえちゃんの感情を共有しているなぎ君は、パパを見るなり抱っこを強請る。
「パパ~、パパ~」
「遅くなってごめんな。パパが側にいるから、怖いことはなくなったぞ」
「あい。ぢぇも、おしょちょ、にゃんきゃ、いうよ」
「そうか。確かに、このフロアに入り込もうとしていた輩がいたな。でもな、朝霧のひいじぃじがなぎともえが安心できるように、沖田さん達警護の人や、ホテルのスタッフや警備員がお断りしますって、入ってこないようにしてくれている。変な人は、絶対に側に来ないから安心してくれ」
「しりょくちぇ、くりょいひちょ、はいっちぇ、きょにゃい?」
「そうだ」
和威さんの断言に、一緒に来てくれた臣さんと康治さんも渋面だけども頷いている。
どうやら、一悶着あったみたい。
寝室に人が溢れてきたので、隣のリビングルームに移動する。
お祖父様が貸しきりにしたこのフロアの部屋はロイヤルスイートばかりなので、続きの部屋がある。
篠宮のお義祖母さんは、リビングを挟んだ反対側の寝室で就寝されている。
昼間も休まれていたけども、やはり高齢のお身体には長時間の移動は堪えたらしく、夕飯を終えられたら寝室にいかれた。
騒がしくして眠りを邪魔しないか心配だ。
なるべく、小声で話そう。
お義父さんが双子ちゃんが大泣きした説明を手短に話す間、お義母さんが人数分のお茶を淹れてくれた。
ロイヤルスイートなだけにミニキッチンがあり、なぎともえにはホットミルクを淹れてくれた。
「ああ、お守りを外したのか」
「寝ている間に首に絡まって危険だからと外したのだが。いけなかったか?」
其々、ソファなりに座って話を聞いていた和威さんが、なぎにお守りがないのを気付いた。
お義母さんが外したお守りを取りに、寝室に慌てていかれた。
なぎともえに気を取られて回収するの忘れていたわ。
ママも、ごめんなさいだね。
「ああ、そうか。いつもは、梨香が作ってくれたパジャマじゃないから、外すしかなかったな」
「うちの母が用意したパジャマだったしね。私もお義母さんやお義父さんに説明をしてなかったのが、駄目なことだったわ。ごめんなさい」
パーティー用の服から、母が用意した普段着に着替えて夕食を食べに行き、これまた母が用意したパジャマに着替えさせたのは私だ。
お守りを身に付けてからは、パジャマを梨香ちゃんに改造して貰ったのだ。
なぎともえは腹巻きつきのパジャマを愛用しているので、胸元にボタン付きのポケットを縫って貰った。
いやね。
ミシンを使えない私も、手縫いでやったのだよ。
余りにも不器用なのを見兼ねた和威さんが、梨香ちゃんに頼んだのだ。
両手の指が絆創膏だらけになったので、双子ちゃんも涙目だったのが地味に堪える。
うう。
不器用なママで、ごめんなさい。
双子ちゃんが、幼稚園なり小学生になったりしたら、手造りのバッグなり小物を準備するんだと息巻いていた自分にも謝罪したい。
私って、かなり不器用だわ。
家事はましな方だと思いたいが、彩月さんや珠洲ちゃんにカバーされているのかもと疑った。
和威さんだって学生時代は、一人暮らししていたからある程度の家事はこなせるのになぁ。
私って、欠点だらけだよ。
「はい、なぎ君、もえちゃん。お守りよ」
「「あいあちょう、ばぁば」」
お守りを渡されたなぎともえは、両手でぎゅっと握り締める。
ほっと息を吐いて、強張っていた身体の力を抜く。
ホットミルクの恩恵もあってか、私に身体を預けてくるもえちゃんである。
マグカップは私と和威さんがもっていたので、落とさずに済んだ。
テーブルにマグカップを置いて、ぽんぽん背中を叩いて安心させる。
少し顔色も良くなってきたかな。
号泣していた時は、二人して青ざめていたからね。
「そのお守りは、琴子ちゃんの実家関連の物かな」
「そうです。祖母の生家の水無瀬家縁のお守りです。本来は琴子が受け継ぐのが妥当な巫女の先見能力が、琴子を通り越してもえに受け継がれました」
「兄、話していいの?」
「ああ、水無瀬家のご当主からは、許可を頂いている。話せる内容は話してご理解いただかないと、またなぎともえが狙われる何てことが起きたら、篠宮家に関わりがないと見捨てられたらいけないしな」
「それは、有り得ないよ。なぎともえは、篠宮の子だ。朝霧家には負けるだろうが、むざむざと敵には渡さない」
「承知しています」
兄よ。
何気に、篠宮家に喧嘩を売ってはいないか。
康治さんが強めな口調で、断言しているではないか。
止めてよね。
篠宮家に喧嘩を売るなら、私は味方はしないぞ。
「お怒りはごもっともですが、川瀬某が現実に事件を起こしました。祖母の先見によると、なぎともえが小学生になったら、川瀬某のような阿呆がまたやらかすと警告されました。因みに、祖母の先見の的中率は九割です」
「……先見は怖いね。確かに、篠宮家の分家に双子排斥を信条とする家はまだある。川瀬のように実行に起こすには、覇気がないから見逃しているが。そうか、それらはやらかすか」
兄の指摘に、康治さんは厳しかった眼差しを緩めて、ソファの背凭れに背中を凭れさせる。
逆に、臣さんは険しい眼差しをしている。
次代にと名乗り出た臣さんは、なぎともえの安全を脅かす分家がまだいることに腹を立てているみたいだ。
和威さんは抱っこしているなぎ君を驚かさないために、感情を平穏に保っているのが分かった。
不安げに見上げるなぎ君の頬を撫でたりして、努めて怒りを出さないようにしている。
「兄貴、そいつ等をなんでのさばらせておくんだ。川瀬の実家に乗り込んで、画策していた奴らを粛清したんだろ?」
「ああ、だがな。あれ等は言葉巧みに画策はするが、実際は事を起こせはしないんだ。媛神様から断罪の御言葉が、あれ等には届けられている。神聖なお山に本家の篠宮家に内密で、某省庁の調査団を入れた。レアメタル騒動の発端になったが、あの事件には関わりはしないでいた。だから、口先だけのあれ等は見逃した。まあ、警告を頂いたからには、何らかの対処はしなくてはならない。この一件は、隆臣に委ねる」
「兄貴?」
「隆臣の適性を見させて貰う、試金石とする」
試金石。
臣さんが篠宮家の当主に相応しいか、見極めるのだろう。
康治さんの真剣な目が、臣さんに向けられた。
初めは、怯みかけた臣さんだったけど。
意を決して、覚悟を新たにしたようで、力強く頷いた。
「分かった。ただ、処分すればいいのではなく、何らかの形で対処はする」
「そうだな。未来に騒動を起こすからという理由で、今処分するのであれば、隆臣に当主は譲れない。肝に銘じておけ。当主だからといって、分家を簡単に潰したりしたら長老方に廃除されるのは隆臣だ。川瀬の事件は他家も巻き込み、お山を荒そうとしたから、処断した俺は赦された。だが、慎重に出来なかったのかとは、お小言は頂戴したがな」
事件を起こすから前以て処断した。
それも、他家の警告で行う。
だなんて事は、幾ら当主でも傍若無人そのものだ。
身内を信用してない証でしかない。
分家の意見を黙殺する愚かさを露呈することになる。
清濁あわせ呑む。
事件を起こさないようにする手腕を、康治さんは臣さんに課した。
断罪する時は断罪はして、赦す時は赦す。
所謂、手の平で泳がすのである。
臣さんにのいいように転がして、画策しても実行に及ばせなくする。
一筋縄ではいかないだろうけども、当主に名乗りをあげたのだから、求められ水準に達しなければならない。
我が家のなぎともえの為に、頑張ってください。
としか、言えない私を許して欲しいです。
「あー。じい様達が和威に期待する意味を知ったし、俺は俺なりにやらして貰うわ。康兄貴の側で当主のなん足るかを知り尽くす和威には、負けるだろうがな。これから、精進していきます」
「和威が降りて、隆臣が名乗り出た。二人がどうしたいかは、二人にしか分からないし、分かってやれない辛さはあるが……」
「「親父?」」
「頑張りなさい。私とお父さんは、貴方達を応援するだけよ。旧態依然とした仕来りを、改革するのは難しいでしょうけど」
「裏方は任せて起きなさい。序でに、暴露するとだね。康治の後は和威に、と長老方は言っているがね。あれは、単純に雅博や悠斗や隆臣に発破をかけていたんだよ」
「そうよ。兄弟が五人もいるのだもの、家督争いを早々に和威にだなんて、呑気に考えていた上三人に嫌味を言っていたのよ。それなのに、貴方達はこれ幸いと和威に押し付けてきたのだから、少しは反省しなさい。和威なんて、この年になって始めて反抗期がきたのよ」
「和威もなあなあと受け流してしまってきたからね。琴子ちゃんに、いつ愛想をつかされて実家に帰られるか心配したなぁ」
暴露される義両親の会話に、篠宮兄弟が目を丸くして驚いているよ。
この場にいない雅博さんと悠斗さんも揃っていたら、義両親のお説教が待っていたのかも。
「ママ。パパ、おきょりゃえてう?」
もえちゃんが不思議そうに見上げてきた。
ぐうの音も出ないで、肩を竦めるパパ達が起こられているのかと思ったのかな。
なぎ君なんて、背伸びして和威さんの頭をよしよししている。
「パパ、めんしゃい、すう? じぃじ、ばぁば、ゆうしちぇ、もりゃうにょよ」
「なぎ。おーくんも、よしよしして欲しいなぁ」
「あい。よちよち、よ」
臣にさんはコの字方になった一人がけなソファに座っている。
和威さんの右斜め前にいたから、なぎ君がパパの腕から抜け出して、臣さんの膝によじ登り頭をよしよしする。
「こーくんは、もうたんぎゃ、しゅう」
「もえ、ありがとう」
「あい」
仲間外れにはしたくないもえちゃんが、わたしの膝から降りてとことこ康治さんの元へ歩いていく。
康治さんに抱き上げられてお膝に座り、背伸びしてよしよしを繰り返す。
可愛いなぁ。
勿論、普段から可愛い双子ちゃんだけど。
他人を労ることが出来ていて、ママは嬉しいな。
号泣していたのが嘘のようなご機嫌で、スキンシップを交わす双子ちゃんと伯父さん達。
義両親が羨ましそうに見ているから、じぃじとばぁばにもしてあげてね。
「俺も仲間に入れて貰いたいな」
隣で兄が呟いた。
そういえば、兄がいたよ。
五男の嫁の兄という血縁で、他人が聞いていい話をしていたかな。
まあ、兄も旧家の当主になる人だ。
若輩者同士で、切磋琢磨していけばいいかな。
いいのか?
ちょっと、疑問が沸いた。




