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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その32 和威視点

 久しぶりになぎともえに会った両親が、夕飯も一緒にとりたいと我儘を言った。

 二人成分が足りないとか抜かす。

 まあ、お人好しな琴子は承諾してホテルの支配人に予約を入れていた。

 何でも、桜さんの料亭で修行して暖簾分けされた日本料理店があるらしく、いきなりであったが無事に大人数入れた。

 と言うか、既に予約を入れてあったらしい。

 朝霧翁の指示で、ホテル内のレストラン等、何処でも予約無しに入れるようになっていた。

 勿論、宿泊代金やホテル内の食事に掛かる代金の請求は、朝霧家持ちに手配が済んでいた。

 かといって、親父は微妙に納得してはいないから、何かしら言ってくるだろうな。

 雅兄貴からも、梨香が貰ってしまったミシンが配達されて驚いたとラインが来た。

 梨香から相談されてミシンの料金を知っていた兄貴は、随分と焦りを見せていた。

 武藤のお義母さんに、世間話的に梨香と静馬が欲しがる品をリサーチされたのは理解していたが。

 まさか、ぽんと買い求めるとは思いもしなかったそうだ。

 悠兄貴からも、プロ選手のサイン入りのプレゼントに対して、うちのなぎともえに何を贈ればいいかとラインが来ている。

 雅兄貴には、梨香経由になるが、なぎともえに服や小物を作成してくれればいい。

 悠兄貴には、実用的なプレゼントではなくてごめんなさいと謝罪してくれと、琴子が返事をして欲しいと言われた。

 それでも、気が引けるなら、なぎともえ用に絵本なり、知育玩具なりを贈ってくれれば充分だと伝えた。

 ああ、今なぎがパズルに嵌まっているから、それも伝えた。

 雅兄貴は釣り合う金額にならないと訴えてきたが、臣兄貴から布地を奮発したらいいとアドバイスされていた。

 後、臣兄貴は悠兄貴にもラインではなく、メールでアドバイスしていた。

 見られて困る内容か?

 食事中にひっきりなしにスマホを弄っている俺と臣兄貴に、康兄貴から鉄槌が下った。

 幼い子供の前で、食事のマナーが悪いと叱られた。


「パパ、めんしゃいね」

「あい、おーくんも、めんしゃいね」


 なぎともえにまで諭され面目がない。

 お子様用に味が薄い料理を特別に出され、お袋や琴子にあーんとされているなぎともえは行儀よくしていて騒いだりはしない。

 子供特有のかん高い声をあげない利発ななぎともえの姿に、臣兄貴と二人してばつが悪い思いをした。

 夕飯後、康兄貴からバーに連れ出されて、てっきり説教が待っていると思いきや、神妙な面持ちで打ち明けられた内容に、言葉がなかった。


「母さん達には内緒だがな。千尋に癌が見つかった」

「はあ? 怪我だけでなくて? 癌?」

「そうだ。怪我をしたから、見つかったのが正しい」


 夕飯時に、千尋義姉さんの不在を聞かされたところなだけに、反す言葉がない。

 だが、驚愕な俺達に反して、康兄貴は達観している。

 身内の病状に、冷静な康兄貴が恨めしい。

 康兄貴は静かに酒を飲んでいるだけでいる。


「兄貴は、冷静だな」

「身内の癌発見は二度目だからな。それに、何処からか門外不出のご神水が提供されて、回復に至っている」

「二度目? ご神水?」

「母さんが臣を妊娠中にな、乳癌が見つかった。それも、深刻な状態でだ。余命も宣告された。勿論、母さんは治療を遅らせて、出産に臨んだ。だから、臣も乳児期には母さんが育児をしていない。お祖母さんが、面倒を見ていた」


 初耳なばかりな内容に、臣兄貴も俺も目が点になりそうだ。

 なら、俺の時も高齢出産で体調を崩したのではなく、癌が影響していたりするのか?

 酷い妊娠中毒にも掛かっていたと聞いた。

 俺を諦めれば、お袋は長い入院生活を送らなくて済んだはず。

 なのに、お袋は臣兄貴や俺を無理して産んだ。

 頭が下がるどころではないな。

 琴子の出産でさえ、生きた心地がしなかったのに。

 親父は五度も耐えていたんだと、自分に言い聞かせていたのだが。

 かなり、切迫した状態だったのだな。

 お袋の執念には、感謝しかない。


「待て待て。ご神水って、篠宮のお山からではなく?」

「ああ。旧家繋がりで、救いの手を差し伸べてくれたと、当時は思っていたが。あの頃は、あちらのお家でも騒動が起きていたし、医療界も挙ってご神水を万能薬だとか持て囃していてな。悲劇があったのは、記憶に新しかった。だと言うのに、お袋の件は表沙汰にならず、寛解するまでご神水は提供されてたんだ」


 臣兄貴には不思議な話だろうが、俺には聞き間違いではいられない話だ。

 旧家で、ご神水とくれば、嫌でも理解する。

 水無瀬家と朝霧家が、どうして出てくるのか疑問だらけだ。

 まさか、俺の存在が関わってくるのか?

 そういえば、朝霧夫人は俺と琴子の結婚には賛成しずらかったとしていたな。

 孫娘夫妻に逃れられない災難がふりかかり、不幸になると案じられていた。

 奏太さんも悩んでいたと、白状されたな。

 あの日、もえは誘拐され、虐待されればされるだけ他者に幸いをもたらすと信じて疑わない輩に、害される。

 そこから、俺達一家は破綻していく。

 詳しくは語ってはくれなかったが、要約されただけでも暗い話である。

 なまじ、琴子が水無瀬の巫女として有能な能力を保有しているだけに、撒き散らされる竜神の荒御霊によって日本の気象が荒れに荒れまくり、隔離しなくてはならなくなった。

 そこに、琴子の理性はなく、強制的に意識を奪う反動で、長くは生きてはいられない。

 恐らくは、病死と偽り、安楽死の道を選ばざるをえないのだろう。

 だが、お義母さんの機転と、琴子の名付けによる運命の改変によって、怪我は負ったもののなぎともえは生存している。

 朝霧夫人は先見による未来を改変する為に、篠宮家に介入しない選択肢もあっただろう。

 計り知れない葛藤があってもおかしくはない。

 お袋を見放せば、孫娘は失われずに済んだ確率が高い。

 しかし、その未来を選択しないでいてくれた。

 お袋を助け、俺が生まれ、琴子に出会い、なぎともえが誕生した。

 奏太さんは言っていた。

 一縷の光は、琴子にある。

 琴子の存在は、先見に多大なる影響をもたらす。

 たった一言で、先見を覆させた事があった。

 先見を出来ない巫女が、先見を不要とする行いに至る。

 水無瀬家本家が絶える寸前に来て、水無瀬の巫女の役割も転換期に来ているのかもしれない。

 もしかしたら、今後先見の能力を持たない巫女が誕生してくるのではないか。

 いたとしても、大きく減衰した能力者かもしれない。

 そろそろ、先見に頼らない舵取りをしていかないとならない。

 まあ、数代先の未来になるだろうと、予測されているが。

 ただ、先見がなくなるが、気象を左右する能力は繋がれていく。

 雨乞いや晴れ乞いの祭事は、引き継がれていくだろう。

 お転婆なもえが、朝霧夫人のような思慮分別がついたおしとやかな女性になるとは思えないが。

 ついうっかりと、先見した内容をばらしたりしないように教育しないとならないなぁ。

 もえの制御を、なぎに担わせるには荷が重いかどうか、見極めないとならないしなぁ。

 親として、出来る事はしてやりたい。

 琴子との未来を託された、朝霧夫人の意に応えないとならない。


「和威の表情から見るに、ご神水とやらは朝霧夫人の采配か?」

「生家の水無瀬家だな」

「そんな時期から接点があったのかよ。いや、琴ちゃんと和威の為にか?」

「そうだろうな。でないと、うちを助けたりしないだろう。千尋の件も、なぎともえの為にだと仰有る。敢えて、隠している話題を持ち出してこられたら、呑まない訳にはいかなかった」

「隠している案件がまだ、有るのかよ」

「ああ、有る。これは、母さんや俺が墓まで持っていく話だ。だが、母さんが琴子さんには話したと言ったからな。和威や隆臣にも話しておく」


 まだ、有るのかよ。

 臣兄貴と被るが、愚痴りたくなる。

 お袋や義姉さんの癌告知よりも、衝撃が起こる話だと身構えた。

 篠宮を継ぐ意思を示した臣兄貴と、継ぐかもしれない俺が聞くのだから、お山関連かと油断した。


「和威のことだが。戸籍は母さんや父さんが親になるが、遺伝子上は俺と千尋が親になる」

「……ここで、暴露かよ。それ、和威以外は兄弟では禁句だった話だ。今更感が半端なし」

「……」


 臣兄貴が茶化すが、本当に今更だ。

 それは、家人や親戚により噂されてきた内容だ。

 千尋義姉さんが康兄貴に相応しくはないと、揶揄されていたのは知っていた。

 康兄貴夫婦に子供が出来ないのは、流産を経験している義姉さんの責任だとやり玉にあげられていた。

 実際は康兄貴の体質にあった訳だが、義姉さんは自分が責められるのを容認していた節がある。

 康兄貴の体面を気にしてだと思われていたのだが、まさかこれを隠す為に受け止めていたのだろうか。

 康兄貴の話に、眉間がよるのが分かる。


「それ、和威にとったら、激怒されてもおかしくはない。和威は、兄貴達の玩具じゃないんだぞ。何で、兄貴は母さんを止めなかった。唯一止めれたのは、兄貴だけだろう」

「その点は、謝罪では済まないと思っている。心の奥底で、亡くした子を再び抱けると、喜んだ己がいる。千尋は、反対していたよ。母さんの意見には逆らわない千尋が、珍しく反抗した。しかし、母さんは頑として譲らないでいた。まあ、知らされた時点で、反対は意味がなかったがな」

「朧気に覚えている。入退院繰り返している母さんに、酷い言葉を投げ付けて、張り手を何発か食らったし。和威の前で何だが、産まれてきた和威に近よりもできなかった。あの頃は、和威が異質に思えて仕方がなかった」

「そうだな。隆臣は、和威が一歳の誕生日を迎えるまで、兄じゃない兄じゃないと、逃げていたな。親や周りの関心が和威に移り、反抗していたかと手を焼いたものだ」


 当時を懐かしんでいるのか、兄貴達は態とらしく視線を反らす。

 俺が物心つくころは、何かと世話をしてくれていた臣兄貴だったよな。

 本能が、俺の異質に気がついていたのか。

 臣兄貴は、兄弟の中でも繊細な一面がある。

 悠兄貴の方がそう見間違えられるが、悠兄貴のあれは泰然と構えては自分のペースに引き込むのが巧みなだけだ。

 雅兄貴は、来るもの拒まず、去るもの追わずな両極端な性格をしている。

 俺はどちらかと言えば、受け身な気がするこの頃である。

 最近は、周囲に流されるまま、日々を過ごしている。

 琴子やなぎともえが、水無瀬家を背負わないとならない未来に比べたら、俺の出生なぞ問題にならない気がしてならない。

 康兄貴が父親であろうが、兄貴であろうが、家族には違いはない。

 お袋に関しては、憤りは感じないんだ。

 ただただ、育んでくれた感謝しかない。

 まあ、知らない振りを続けなくてよくなったのは、幸いだな。

 済まない、康兄貴、お袋。

 俺は、知ってはいたんだ。

 じい様が、教えてくれていたんだ。

 俺が、間違えないように。

 異質に気がついていた俺が、自分で自分を終わらせないように。

 篠宮の汚点にならない生き方を選択しない為に、じい様が全て語ってくれた。

 千尋義姉さんの慚愧の念も、お袋の執念の後悔も。

 康兄貴の苛烈な怒りも、親父の両者を想う沈黙も。

 じい様は教えてくれている。

 だから、俺は誰も咎めはしない。

 幸福に満ちた人生を送るのが、恩返しになると諭されたから。

 じい様にお山に二晩放置されて、野犬や熊に怯えて過ごして絶えた孤独に比べたら、兄貴とか親父とかの概念なんぞどうでもよくなった。

 多分だが、臣兄貴もじい様にやられた口だな。

 自然の雄大さを身近で感じたら、些細なことはたいして驚異にならなくなるからな。

 うん。

 篠宮家に伝わる反抗期対策が、お山に放置。

 下手したら虐待を疑われるぞ。

 俺も、なぎがグレたらするのだろうか。

 ないことを祈ろう。

 絶対に、琴子似の息子に鉄拳制裁はくだせない。

 このまま、真っ直ぐに育ってくれ。

 密かに、願う。


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