その31
フィクションですからね。
大事なので記載します。
在原葉月さん。
という方が、臣さんに紹介された女性だそうである。
歳は26才で、有名な博物館の学芸員をされている。
はて?
なぜに、もえちゃんは葉月さんが臣さんの亡くなられた夏生さんだと言うのか。
甚だ疑問が沸く。
生まれ変りにしたって、年齢が合わない。
兄かお祖母様あたりなら、もっと詳しく分かるだろうか。
だけど、教えてはくれないだろうな。
他人の秘密を暴露する性格してはないし、隠したい事実が私達に不利になる案件でない限りは沈黙を保つだろう。
夕方になり、クリスマス会は解散となる。
「また、遊ぼうね」
「玩具を持っていくからね」
巧君と司君は名残惜しげに帰宅していった。
「あい。まちゃ、あしょんぢぇね」
「りゃいぢゃー、ごっきょ、しちぇね」
明日の朝霧グループのクリスマス会に参加させられる私達は、ホテルにお泊まりする。
篠宮の義両親と康治さんと義祖母さんも、お泊まりしてくれる。
悠斗さん一家と雅博さん一家は、それぞれ帰宅する運びとなった。
雅博さんは明日の朝霧グループ主催のクリスマス会には、緒方家の叔父様と一緒に代表して来てくださるそうだ。
まあ、ご本人曰く、親戚だからと押し付けれたと言っていたけど。
何でも、緒方商事の役職付きの誰かさんが、和威さんと私の縁組みで共同出資した会社を駄目にしてしまったそうで、朝霧グループをお怒りにさせた方がいる。
和威さんの兄である雅博さんを、スケープゴートにしてなあなあにしようと企んだお馬鹿さんがいたのだそうだ。
勿論、何ら瑕疵のない雅博さんに咎めはなく、緒方の叔父様は責任の所在を追求して、朝霧グループ本社に企んだお馬鹿さんを連れて謝罪に行き、弁護士を交えてその場で解雇通告と賠償金の相談をした。
お馬鹿さんは横領もしていたそうで、刑事告訴されて収監されるまでになった。
朝霧グループも、緒方商事も、不正は断固許さず。
その件で、社内規定が厳しくなり、役職付きでも処断される見せしめとなった。
だからか、提携したとは言え、互いに敬遠されてしまっているのが現状である。
緒方家と朝霧家はプライベートな仲は良好であるも、仕事に関しては少しギクシャクしているのだ。
緒方商事との提携は、楓伯父さん主導でしていたそうだが、手広くやり過ぎて末端まで目が届いてなかったと反省していた。
そりゃあね。
億単位の出資した会社を一年で潰したのである。
お怒りにならないはずがない。
それも、緒方商事側の責任者が甘い考えで、朝霧グループが損失を幾らでも補填すると思い描いた節もあり、また損失を出しても緒方商事が自分を見放さないとも勘違いしていた。
その人は、篠宮兄弟の従兄弟だったから目も当てられない。
そう、緒方の叔父様の甥っ子さんでもある。
篠宮のお義父さんは三兄弟で篠宮に婿入りして、緒方家は次男さんが継いだ。
三男さんが次男さんの補佐になったのだけど。
両者の息子さん達は、長男の息子の雅博さんが緒方商事を継ぐのではないかと、疑心暗鬼になっていて、何かと足を引っ張っているのだとか。
その割には、大事な局面には雅博さんを頼りにして、高みの見物をしている。
共同出資した会社も、雅博さんを押し退けて社長の椅子と役員の座を奪い、結末がこれ。
緒方の叔父様が息子さん達を見限る訳です。
会社を潰したのが緒方商事の責任であるから、朝霧グループの緒方商事の役員以下社員の評定は最悪である。
楓伯父さんも、姪夫婦(私と和威さん)を盾に責任を逃れようとする輩とは交渉の席につかないスタンスで、とうとう雅博さんに白羽の矢が立った。
雅博さんも違う会社の清算に追われているのに、仕事が増えてしまい残業の毎日らしかった。
佳子お義姉さんが心配していらした。
なので、楓伯父さんとは少し話をしてみるつもりでいる。
緒方商事側は、老害やら、縁故頼りで仕事に対して甘い考えでいる人材はいらないとばかりに、綱紀粛正に入っているそうだ。
そうした事情があって、緒方商事側は朝霧グループを畏れていた。
出来るだけ、朝霧グループとの会合は雅博さんに回ってくるそうな。
緒方商事の行く末が危ぶまれて仕方がない。
まあ、雅博さんの世代には優秀な人材が溢れているので、今の役員を引退させて昇進させる意向でいるらしい。
緒方の叔父様の長男は出来る人であるから、雅博さんが支えていけば安泰ではあるのかなぁ、なんて私が思案したところで、役にはたたないけど。
「さて、もえ。パパとお話ししようか」
「あい?」
悠斗さん一家と雅博さん一家を見送り、宿泊する部屋に戻ると和威さんが真剣な眼差しでもえちゃんに向き合った。
もえちゃんをソファに座らせて、和威さんは絨毯の上に胡座をかいて座る。
私に抱っこされていたなぎ君も敏感に察知して降りると、一目散にもえちゃんの横に陣取る。
叱られると思ったのか、眉根が八の字になっている。
「パパ、めんしゃい? もぅたん、わりゅいきょちょ、しちゃっちゃ?」
「ああ、すまん。パパは怒ってるんじゃないからな。ただ、不思議なだけなんだ。なんで、葉月ちゃんは夏生ちゃんなんだろうな?」
「ひめきゃみしゃまぎゃ、あんしんしちぇねっちぇ。おーくんに、おしえちぇ、あえてねっちぇ、いっちゃにょ」
「成る程。発端は、竜神様ではなく、媛神様か」
「あい」
もえちゃんが大きく頷く。
私も成る程である。
今回は、水無瀬の先見による神託ではない、篠宮家がお祀りする媛神様からの神託だったのか。
もしかすると、伴侶を亡くす篠宮の男児を哀れんで、媛神様が何らかの奇跡を起こしたのかな。
別室にいる臣さんを呼んできた方がよさげかな。
「あにゅね、なちゅきたんは、はうきたんににゃっちぇ、おおききゅにゃちゃにょ。うんちょ、はんちょしまえ? まぢぇ、なちゅきたんは、ねんね、しちぇちゃにょ」
一生懸命にお話ししてくれるもえちゃんに、少しだけ事情が判明してきた。
夏生さんが亡くなり、葉月さんになった。
でも、それは葉月さんから身体を奪う行為ではなく、神様の御技で時を遡って夏生さんは葉月さんとして生まれ代わっていた。
ただし、夏生さんが生存している間は、葉月さんの内側にて眠り、同じ人格を有する人間が同時期にいないように配慮はされていた
そして、半年前に葉月さんは夏生さんの記憶を取り戻した。
多分、その事実をある方はお知りになり、自分を介して再び臣さんとやり直す切っ掛けをお作りになったのが、真相かな。
でないと、強引に篠宮兄弟招いたりしないよね。
無論、篠宮が守ってきたお山に関する懸念事項が発生して介入されたのは、お眠りいただく祖の方々の陵を暴かされない為だろうけど。
それだけだったら、兄弟揃って呼び出さないだろう。
長男の康治さんがお山を離れられないなら、次男の雅博さんが東京在中なんだし。
まだ詳細には和威さんも教えてはくれないから、何があったかは分からないけど。
今日なんて、各国大使を招いた昼餐会があったような記憶があるのだけどなぁ。
態々、取り止めてまで会ったりはしないよね。
「うんちょ、おーくん、ひちょり、にゃいにゃい。はうきたんちょ、にこにこぢぇ、もぅたん、ねぇねに、なうにょ。なぁくんは、にぃに」
「なぁくん、にぃに? おーくんにょ、あーたん?」
「あい。なぁくん、ごちん、すうにょ」
ごちんと、おでこを合わせる双子ちゃん。
媛神様か竜神様が見せてくれた幸せな記憶を、共有するのだね。
人前でのなあには、しなくなったけど。
私と和威さんの前では、よくやる仕草に微笑んだ。
勢い余って、ごちんと音がするも、双子ちゃんはお互いに笑いあっている。
痛くはないらしい。
けれども、何かにごちんとぶつかると泣いたりはする。
いちゃい、と訴えて撫で撫でを要求したりする。
痛いの翔んでけ。
私がしたり、お互いにしたりして気を紛らわせてお仕舞い。
すぐに、ご機嫌で遊びに更けたりする。
幼児の喜怒哀楽は、おしなべてこんなものである。
「あーたん。きゃわいいねぇ」
「あい。おーくん、にこにこ。あんちん、あんちん」
「あい。ひちょりは、しゃびしぃにょ。かじょきゅは、だいじね」
「いっちょまえに、言うなぁ。まあ、兄貴が孤独感に苛まれないのは、喜ぶことだがなぁ」
兄弟の中で、臣さんだけが独り身。
康治さん夫妻には子供に恵まれないでいたけど、歳が離れた和威さんが子供の代わりだった。
いや、遺伝子は親子になるけど。
迂闊に言えない事実は、今日辺りに康治さんから話して聞かされそうな気配がする。
そうすると、なぎともえは孫に当たるかぁ。
義両親が義祖父母。
かなり、複雑な親子関係がどうなるのか、ちょっと心配する。
「和威さんは、葉月さんに会ったりしたの?」
「いや。臣兄貴に、釣書が渡されたきり。あまり時間がなくて詳細には詰めないでいたが、あちらの采配で見合いが予定されている。臣兄貴は、渋々といった感じだが。もえの話しを聞いたら、会わない訳にはいかなくなったな」
「あちらの方々主催のお見合いだなんて、前代未聞じゃないかしら」
「てかな。もう一組の招待客がくる前に、説明されたが。宮内庁の管轄に典礼を司る部署があり、千里眼らしき異能を保持した職員がいたらしくてな。その職員の託宣と裏付けにより、縁故を結ぶが吉と判断されたそうだ。それと、遠回しに水無瀬の巫女襲名を喜ばしくも、寛大なる慈悲を持って来期の天候不順を一考してくれないかと打診があったぞ」
和威さんの、表情が曇る。
雨降らしの雨乞いや、晴天を祈願する祭礼には、水無瀬の巫女が舞を披露する式もあったりする。
何分にも、お祖母様は高齢で病の身。
最近は、執り行われてはいないのである。
代理で天照大御神を奉るお家が祈願していると聞く。
明日の朝霧グループ主催のクリスマスにて、兄と私が次代の水無瀬家を担う立場だと紹介される手はずになっている。
表舞台にたたなくてはならなくなった我が身を、嘆くなんてことはなし。
なぎともえの身の安全は私以上に気を配り、和威さんにもガードが付く。
珠洲ちゃんのお姉さんが男児を出産していて、次々代の側近候補がもう育てられている。
水無瀬家の名を着々と背負う準備が成されていたりする。
なぎともえの未来を狭めてしまう痛みはあるが、水無瀬家を途絶えさせてはならない重責もある。
私の巫女としての姿を見て育つなぎともえが、少しだけでも感銘を受けてくれたらいいな。
だから、ママは頑張るからね。




