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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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閑話 名前の秘密

 それは、まだ私達が引っ越す前のお山にいた夏の頃。

 お盆休みで、雅博さん一家と悠斗さん一家が帰省していた。

 双子ちゃんはおおはしゃぎで、にぃにとねぇねに遊んで貰い大興奮していた。

 明日は本家に親戚一同が介する法要があるので、親達と家人総出で本家の大掃除をしている。

 その間は、私達が暮らす離れでなぎともえの面倒を見て貰っていた。

 そして、一区切りがついたおやつの時間に篠宮のお義父さんが、ホットプレートを出してきてホットケーキを焼いてくれていた。

 パパママの姿がないことに不安になっていたなぎともえだったらしいけど、目の前で出来上がるホットケーキに夢中になっている。

 身体乗り出して見ているから、熱いプレートに触らないか気が気でない私である。

 まあ、梨香ちゃんと静馬君が手を添えて、押し留めてくれているから、危険はないかな。

 つい手が出るもえちゃんに、司君も駄目だと言って聞かしてくれていた。


「ごめんなさいね。司はお兄さんぶりたいのよねぇ」

「なぎともえが産まれるまでは、司が一番年下だったからなぁ。世話をやきたくて仕方がないようだ」


 隣の部屋で見守っていると、恵美お義姉さんと悠斗お義兄さんが切り出した。

 隆臣さん以外の篠宮兄弟は、揃って和威さんの顔を見た。

 ん?

 何かあるのかな。


「幼い和威も下の兄弟を欲しがり、千尋に弟を強請っていたなぁ」

「当時は、康兄貴と千尋義姉さんを親だと思っていたからな。俺なんかは、オジさん呼ばわりだったし」

「まあ、雅兄さんと僕は東京に進学して、帰省時だけしか相手を出来なかったから、そう思い込んでも仕方がないね」


 年令順に発言する言葉に、和威さんは渋面する。

 物心つくまでは、身近に兄は隆臣さんだけと思い、篠宮のお義母さんやお義父さんを祖父母だと認識していたそうで、未だにからかわれる話題である。

 和威さん自身もうろ覚えであるから、下手に言い訳できないそうだ。


「臣が冗談吹かして、率先して康兄貴を父さんだと教えていたのもあるがな。祖母(ばあ)さんが認識を改めさせなかったら、いつまでそのままだったかなぁ」

「恐らく、小学生までじゃないか? 入学式には親父やお袋が出席するだろうし」

「案外、なぜ祖父母なのか疑問に思いながら、流れに身を任せていたのではないかな?」

「有りうるな。和威だし」

「そう、和威だしな」


 お義兄さん達の断言に、益々肩を落とす和威さんである。

 黙って聞いているお義母さんは、苦い表情でお茶を煤っていた。

 可愛い息子が、母ではなく祖母だと認識していた事実だけに、当事者の心痛は計り知れない。

 うちのなぎともえがそうだったら、私は泣くな。

 幸いにも、乳児のなぎともえは敏感にママセンサーがついていて、私と和威さん以外が抱っこするとむずがり、泣き喚く。

 比較的なぎはすぐに落ち着いたものの、もえは手強かった。

 抱っこはイヤ、ミルクもイヤ、おむつ換えもイヤの三拍子。

 後追いも激しかったしなぁ。

 常に、私が側にいないと大変だった。

 もえにかかりきりで、なぎのお世話が和威さん任せになりがちで、ママを忘れられるのではないか心配していた。

 まあ、杞憂に終わったけどね。

 おしゃべりしだして、意思疎通ができるようになって、聞いては見た。


「ママもえちゃんばかり抱っこで、なぎ君は寂しくない?」

「にゃんぢぇ? もぅたん、だっきょ、あちょで、なぁくん、ぎゅうよ。ほわほわ、いっちょ」

「あい、はんびゅんきょ」


 笑いながらぎゅうと抱き合い、お互いを尊重している。

 一人を抱っこした後で、互いをぎゅっと抱き合う癖に納得させられた。

 双子の神秘で感覚を共有していると判断した。

 だけど、なぎを甘えさせるのは忘れたらいけないと、頭の片隅には置いておいた。

 何かをする時は、なぎを最初に持ってこないと駄目だと思った。

 まあ、和威さんも理解していたから、なぎを優先していたら。


「もぅたんも」


 と、二人して怒られたけどね。

 なぎは、もえを優先して欲しがる。

 何だか、強迫観念にも似た感情を見せ始めていた。

 これには、和威さんと二人して首を捻ったものである。

 理由は、後に判明した訳だけど。

 必死にもえを庇うなぎの姿に、篠宮家を出た方がよいのか。

 和威さんは、禁忌の双子と断罪する煩い親戚から、手の届かない場所での成長が望ましいのではないか。

 色々と、考え込んでいる節がある。

 相談してくれたら、いいのにと待っている。


「そう言えば、気になったのですが。皆さん、名前の前半部分で兄貴とか和君とか呼んでいますが。何故、臣君だけ名前の後半部分で呼んでいるんです? 後、三文字四文字の順は狙ってなんですか?」


 思案していたら、話題が変わっていた。

 あっ、それは私も疑問だった。

 恵美お義姉さんの、ナイスな質問に拝聴する姿勢になる。

 お義兄さん達と和威さん、お義母さんは顔を見合わせて不思議そうにしていた。


「あら、言ってなかったかしら」

「私も康治君に聞いてでしたから、お話はされてない、かと」


 お義母さんと千尋お義姉さんが、首を傾げながら目を合わせる。

 康治さんが苦笑して教えてくれた。


「単純に、緒方の祖父の名が尊氏(たかうじ)でね。流石に、母も馬鹿隆とは叱れないから、馬鹿臣と叱ったのが臣の始まりだね」

「そうよ。隆臣を叱る度に、緒方の義父の顔が浮かび、気不味い思いを味わったわ。媛神様も何故に隆臣を選ばれたのか、少しだけ恨んだわ」


 媛神様が選ぶ?

 始めて聞く内容に、今度は私達が揃って首を傾げる。


「代々、篠宮本家の名前はね。媛神様が選ぶんだ。先ず、候補の名前を書いた半紙を御神体がある社の神棚の前に裏返して並べる。その日は

 社は誰も入室出来ないように扉は閉め切られる。翌日、一枚だけ表に返されていて、その名前が媛神様が選んだという訳だね」


 へぇ。

 そうした仕来たりがあったんだ。

 なら、私はやらかしたかも。

 なぎともえの漢名を奉納しただけで、選ぶ余地がなかったではないか。

 思わず、教えてくれなかった和威さんを、睨んでしまった。

 視線があったはずの和威さんは、知らんぷりしている。

 話のながれで、雅博お義兄さんも悠斗お義兄さんも、その手順に従って名前を決めたそうである。

 ああ、そうした事案もあったから、我が家の双子ちゃんは媛神様に選ばれてないと声高に言われてたのか。

 和威さんめ。

 なぎともえが煩く邪険にされているのは、それも含まれているからじゃないか。

 美味しそうにホットケーキを頬張るなぎともえに、謝ってくださいな。


「だから、名前の三文字四文字は、媛神様の思召しよ。まさか、交互に名付けられるとは最後まで分からなかったわ」

「あのぅ。我が家の双子ちゃんが、その手順から外れているのですけど。篠宮家的には、悪かったのではないでしょうか」

「ああ、それを批判する誰かがいたわね。気にすることはないわよ。真名を奉納して(いみな)とする。確か、水無瀬家の仕来たりでしょう。態々、朝霧夫人から丁寧に詫び状が来たわよ。篠宮家の仕来たりで名付けると、悪習通りに双子が不幸になる。どうか、琴子さんのやり方で名付けてあげてくださいって」

「そうでしたか」

「双子が幸せになるなら、藁にもすがるわ。和威は五男だし、篠宮を継ぐ資格がある兄達もいるしね。康治も長生きすれば、曾孫の代に継ぐ者がいたりするかもしれないわ。変な言い掛かりをつける親戚がいたら、こう言えばいいわ。媛神様のお墨付きはあるから、心配いりません。きちんと、名前は選ばれていますって」


 お義母さん曰く、なぎともえの漢名を奉納した際には、別な候補の名前も奉納してあったそうだ。

 しかし、選ばれたのは私が奉納した名前で、受け取ってくださっている。

 宮司様に漢名が記した半紙が、平仮名表記で返ってきていたとの返事があった。

 お義母さんは微笑んで、子供たちを見やる。

 和気藹々と、仲良くホットケーキに舌鼓を打つ子供たち。

 巧君がお義父さんに介助されて、ホットケーキをひっくり返す。

 上手に出来て、歓声が上がる。


「元気に成長してくれるなら、旧い仕来たりを廃してもいいわ。名前は親が最初にしてあげられる贈り物だもの。媛神様も、大抵は親が願った名前を選んでくれるそうよ」

「隆臣だけは、緒方の祖父が望んだ名前だけどね。祖父は毎回、選ばれなくてがっかりしていたんだ。康治は篠宮の祖父が、雅博は父が、悠斗は母が、隆臣が緒方の祖父が、和威は母が奉納した名前だよ」


 かといって、選ばれなかった名前を持ち越した訳ではなく、毎回皆さん其々が考えた名を奉納した。

 五人分の名前かぁ。

 なぎともえの名前だけでも、数種類の本を買ったり、調べたりした。

 諱の意味も含めてだから、結構な時間を費やした。

 和威さんは、ある名前を何かの拍子に出た風で呼んでいたけど。

 私がなぎともえの名前を呼んだら、言わなくなったな。

 双子の名前は、こうであるとの先入観があったみたいだ。

 それも、一種の呪いかなぁ。

 私が介在して、不幸が振り払われたのなら幸いである。


「ママぁ~」

「パパぁ~」

「ん、なんだ?」

「「あい、パパちょ、ママにょ、ぶん」」


 にこにこ笑顔で、二人で器用にひとつのお皿を運んできた。

 私と和威さんの間に座り、切り分けてあった一口サイズのホットケーキをあーんと差し出す。

 蜂蜜が滴り落ちそうで、慌てて口にする。


「「おいちぃ?」」

「うん、美味しいけど。ママとパパだけ?」

「じゅんびゃんよ」

「ちゅぎは、ばぁあ、にゃにょ」


 訊ねたら、お皿ごと移動していく。

 お義母さんの両隣に、康治さんにと順番に巡っていく。

 既に、年功序列を配慮した順番に驚いた。

 皆さん、和やかな笑顔でなぎともえを待っては、あーんされていた。

 一切れずつはあっけなく食べ終わり、次は巧君と司君がホットケーキを持ってきた。

 流石に、あーんとはしなかったけどね。

 たっぷり遊び、おやつで満腹になり、眠気がきた双子ちゃんが寝落ちするまで後数分。

 穏やかな団欒は続いた。





「そういや、武藤家の名付けは……」

「単純でしょ。母と父の一文字ずつよ。だから、私は一子(かずこ)になる処を、祖母が止めたの。古臭い名前は止めてくれって、祖父も言ったらしくてね。母のネーミングセンスを暴露したのよ。あの人、犬に犬太郎(けんたろう)、猫に猫丞(ねこすけ)と名付ける人だから」

「……お祖母さん、よい仕事をしたな」

「そうなの。父も奏太は許容範囲だっけど。一子はなかったらしくて、母の名前の響きから琴子よ。因みに、私の諱は詞葉(ことは)。言の葉が由来だって」

「俺は、神の和御魂(にぎみたま)の威光を持ち知らしめる。だそうだ」

「私、和威さんだけ、お義兄さん達と違った雰囲気があると常々思っていたわ。皆さん、考えた人が別だったからよね」

「お袋的には、臣兄貴の名前がもっと神々に由来した名前を考えたそうだが、選ばれてないのが悔しかったらしい。俺で雪辱を晴らしたそうだ」

「どんなのか、知りたくなってきたわ」

「聞いた親父によると、ある意味あて字な名前らしいぞ」

「うちの双子ちゃんの、漢名もあて字っぽいわ」

「薙輝に、望恵な。意味通りに成長してくれるなら、いいさ」

「うん。名付けた甲斐があります」

「ありがとうな、琴子」

「ふふ。どういたしまして」





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