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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファーレンハイト&エンヴィー銀行

作者: かずっち

ウソ歴史


実在する個人、団体等とは一切関係ありません。

アニマルゲームがサービス停止。

いまさら遅い。お布施の課金。


可能性、射幸心。魅惑の響き。

その名は華歆(かきん)、曹魏の重臣。


華歆の人柄、いつでも公正。

決して人を傷つけない。

誘いに負けず休まず勉強。

待て待て、それって言うほどレアか?


演義の記述、史実と真逆。

天使か悪魔か、ジキルとハイド。

どっちを信じていいのやら。


当時は謎でも、今なら分かる。

彼は投資家、銀行業。


街一番の投資サークル。

華歆は龍頭、新規公開株(IPO)

邴原(へいげん)、龍腹、教本通り、

頭と尻尾はくれてやる。

管寧(かんねい)、龍尾のジャンク株。

雲突き抜ける昇竜拳。


休日は四季報、風説は通報。

贈り物を返品、元金を保証。

仲間になれば見捨てはしない、

連帯保証の心意気。

採用基準は学歴重視。

副業マリッジプランナー。


素人は隠れても無駄、伏皇后。

曹植、献帝。弱り目には無慈悲。

晴れた日に傘を貸し、

雨の日に取り上げる。

これぞ銀行家の鑑。

悪魔に見えても、タダの人。


孟達離反に司馬懿が対処。

笑顔で交渉、裏では武力。

華歆は焦った、司馬懿はヤバイ。

新風到来、豪腕ファンド。


馬謖が騒ぐ、司馬懿が不審。

計略承知で華歆は乗った。

蜀の災い、馬謖の粉飾、

投資のプロは欺けない。

それでも華歆は誘いに乗った。

似たもの同士の大仕事。


司馬懿の芝居は一枚上手。

華歆の築いた資産はどこへ。

劉備は気付いた、馬謖は口先。

華歆の資産もヴァーチャル口座。

架空の世界の大富豪。


  ◇◇◇


 三国志の史実と演義の人物像に大きな乖離が見られる華歆を”当代の人々には理解の及ばぬ銀行家である”等と論じた珍妙な考察には噴飯させられる。

 私ならこう考える。


 繁華街として栄えた地に生まれ、そこにある学び舎にて同世代の仲間と勉学に励む少年、華歆。

 ある日、窓の外から聞こえた喧騒に心奪われた。

 人々の歓声に比して騒音が小さいことに彼は気付く。そこの大通りを抜けるのは大層乗り心地の良い豪華な車に違いない。

 窓に駆け寄りその先に見たものは、はたして華歆の予想通りの物であった。

 的中に気を良くして隣の学友に声を掛ける。

「おい見ろよ。ヤバイのが来たぞ!」


 その声に学友、管寧が素っ気無い返事をする。

「やれやれ、君は意外と俗っぽいんだな」

 言うや敷物として共用していたむしろをお前とは座せぬとばかりに半分に切り分けた。

 そして窓寄りのむしろを床を滑らせるように押し動かし、これ見よがしに隙間を開く。


 管寧は書に目を移し、事も無げに勉学に戻る。

 互いのむしろが作る隙間。距離にして子どもの拳一つ分程であるが、聡明な華歆にはそれが埋められない溝に思えた。

 いきなりの見下されながらの拒絶に華歆の心はひどく傷ついた。


 この一件より、華歆は管寧を見返したい一心で勉学に励む。

「俗物が! 俗物が!」

 毎晩ひそかに恨み節と共にむしろに切りつける。鬱憤を晴らすことで退屈な日々を耐え抜いた。


 成長した華歆は才知を世のために使わんと漢王朝の臣となる。

 まずは何進に仕え、世が乱れれば董卓討つべしと袁術を説得する。

 袁術は動かない。華歆は高き理想とはまるで違う醜き現実に気落ちする。気落ちと共に頭が重く、体が不調を訴える。病は気からと言うものの、果たしてそれは偶然なのだろうか。

 

 昔こんなことがあった。

 董卓の非道から逃れるために華歆が数名の仲間と共に董卓の支配地から落ち延びる時、見知らぬ男が同行を願い出た。

 その男は体中煤だらけ、文字通り戦火を潜り抜けてきたようだ。近くに居ると華歆はくしゃみが止まらない。

 同情から皆が同行を許可する中、華歆だけは反対した。しかし結局、多勢に押し切られる形で同行は許された。


 道中、件の男が煤を洗い流そうとして誤って井戸に落ちる。疲れがピークに達していたのだろう、足を踏み外したのだ。

 皆はその男が足手まといとなった途端、置いていこうと口を揃える。

「最後まで面倒を見ろ!」

 華歆は叱る。捨てられるペットの憐れさを男に見た。

 くしゃみはこの結末の暗示であり、華歆が何らかのアレルギー保持者という可能性を示唆する。


 華歆は新たなる地で才を振るい人望を集める。少年時代の苦学がしかと役に立った。

 やがては病死した有力者の後釜にと、そう望まれるまでの信頼を得る。

 しかし華歆は申し出を断った。その申し出には帝の許可が無い。

 華歆はあくまで漢王朝の臣である。俗物と誤解されかねない行動は極力避けた。


 数年後、華歆は彼の評判を聞きつけた曹操に招聘される。ヘッドハンティングである。

 華歆自身もまた世の混迷が続く中、いち早く帝の保護に名乗り出た曹操には興味があった。


 願わくば帝の傍で役に立つべくと華歆は曹操の元へ旅立つ。餞別として贈られた金目の物は災いの元として置いていく。

 同時期に名将、関羽も曹操の元を離れる。曹操より送られた財宝は手付かずのままに。

 賊を恐れぬ男の無欲。命を惜しんだ格好の華歆は皆の目にさぞ滑稽に見えたのではないか。

 関羽の劣化コピー、エセ真似に過ぎないというバツの悪さに加え、下手をすれば賊の手に掛かった曹操の父を揶揄したと取られかねない華歆の行為。

 しかし当の曹操が気を悪くした様子は一切無い。


 華歆は後に魏と称される曹操の支配地で働く。能力重視の曹操の元でやり甲斐を感じた。

 無駄な気づかいの要らぬ魏は、俗物呼ばわりを恐れる変人が働くには絶好の場所だった。


 そしてある日、華歆は屋敷で女中に声を掛けた。返事は怒声である。

「嫁の顔も忘れたか!」

 人中の呂布、女中の嫁。

 嫁にしこたま叩かれた。口撃も止まらない。

「あんたが臭い臭い言うから、こっちは我慢してやってるってのに。全く何て言い草だ」

 化粧の事だ。華歆は匂いに弱かった。

 もっともな言い分、返す言葉も無い。この過ちを悔いて華歆は屋敷の女中たちに嫁ぎ先を探して円満解雇する。


 華歆は女性に優しく帝への忠義も篤い男だともっぱらの噂になる。それを聞きつけた伏皇后が内密に相談を持ちかけてきた。

 呼びかけに応じて立ち寄った宮殿は空気がひどく淀んでいた。過剰な生花とお香と化粧品が原因だ。

 華歆は密談のために伏皇后の待つ隠し部屋に通される。

 伏皇后を飾る宝飾が燭台の光を受けギラギラと乱反射する。過敏症には地獄の密室。

 侍女がバタンと扉を閉めた。


 これは華歆に毎夜虐げられたむしろの祟りなのか。よりにもよってこの時に。


 生まれ育った繁華街の毒気から始まり、ここに至って長年体内に蓄積されてきた種々の不快要素。それらが一斉に許容限界に達した。

 そして侍女の発した何気ない物音を皮切りに重症化した痛みがどっと華歆に押し寄せる。

「勘弁してくれ……」

 弱音はうめき声に転じ、華歆は狂人と化す。その後の記憶は定かではない。

 この出来事は伏皇后による曹操暗殺未遂事件として処理された。


 時は流れ、曹操の後継者問題が表面化する。

 曹丕と曹植、候補は息子の内の二人に絞られた。そして偉大な父、曹操亡き後、曹丕が後継に選ばれるも尚も予断を許さぬ状況が続く。諦め切れぬ曹植の取り巻きが多いのだ。

 不穏な事がまかり通る時代。これは由々しき問題だった。


 そんな中、猟師の捕らえた雀を逃がすという悪戯が流行した。

 捕縛した幾人かを問い質せば皆が皆曹植に憧れ、彼の詩を真似たのだと言う。

 雀が田畑を荒らせば農家は曹植を、ひいては曹家を恨むだろう。

 これは魏を支える屯田制を揺るがしかねない事態である。


 流行歌は不思議な魔力を放ち、群集は容易になびく。

 何気ない文言が予想だにしえない結末を招きうる。赤いポルシェがバッタに転じるように。

 華歆は苦悶する。手のつけられぬ悲惨な結末が訪れる可能性が万に一つでもあれば、非情にも未然に封殺するのが政の担い手としての道なのか。今の華歆にはそれを決める責任と力があった。


 決断を下せぬまま渦中の人、曹植を呼びつけ弁明の機会を与える。

 王宮広間、居並ぶ家臣団、兄の曹丕に高座から見下ろされる。

 曹植は身の危険を感じたのか兄弟争いを嘆く詩を詠む。世が世なら文学と平和のダブル受賞モノである。

 しかし時は乱世、やはりこの男は魏の舵取りを任せるには頼りなく、後世、伏魔殿と称される権勢の中枢に据えて純粋な感性を曇らせるのも忍びない。

 器にあらず、これで未だ後継者に異議を唱える者が鳴りを潜めれば何よりなのだが。


 さりとて埋もらせるには惜しい才能、なまじ影響力があるだけにタチが悪い。

 これは魏が融和路線に切り替わる転機を意味するのか。適材適所は魏の要である。


 才能というものはどうにも扱いに困るものだ。華歆は同郷の天才、管寧を思い出す。

 折に触れ何度も魏への士官を薦めるも、ことごとく拒絶される。

 管寧は今の自分をどう思っているのか、直接訊ねても素直に答えるとは思えない。己の傷を深める事になろう。

 それを知る術が無い以上、同じ職場で働く事こそが認められた証となる。

 帝、才能。当初の純粋な勧誘目的が、相手の頑なな態度を受け知らず知らずの内に不純な物にすり替わっていた。


 そうか、拒絶か。

 曹植は平和ボケの困ったお坊ちゃんと思えばさにあらず。この詩は血縁の争いに首を突っ込むなという私への檄文に違いない。華歆はそう捉えた。

 華歆の血が沸き立つ。もはや曹植に救いの手は望めない。


 僻地送りとなった曹植。その時節書かれた手紙などには詩よりも戦功に執着する様が伺える。融和路線、儚きもう一つの未来。

 華歆は血縁による仲間はずれが起きぬように、魏の雇用基準に縁故や人物評を除外し学力偏重の姿勢を強める。


 晩年の華歆、心残りは払拭されぬ管寧との記憶。

 そもそも俗っぽさ、俗物とは何なのか。いかに払拭しうる物なのか。

 雲を掴むような話。ならばこれでどうだ、雲の上を行く者。

 帝位という最も貴重なものを譲られて幾度も遠慮する。

 これぞ最高の無欲。とても俗物には真似出来まい。

 それを華歆は断腸の思いでお膳立てする。偽らざる帝の忠臣なればこそ無欲だと言い切れる。


 その晩、華歆は悪夢にうなされた。

「そうか、君の漢王朝への仕打ちが良く分かったよ」

 夢の中で管寧は言った。そのセリフは少年の日の屈辱を蘇らせる。

 華歆は積年の思いを爆発させた。

 子供が無邪気で何が悪い。あの日お前が窓際なら、騒いだのはお前ではないのか。

 適当に相槌を打つなり話を合わせれば済む話、何故に人を傷つけた。それで満足か。


 目覚めた華歆は蜀を潰したいという欲求に駆られる。蜀とは漢王朝の縁者を呼称する敵対国。 

 この欲求は蜀が誇る血縁よりもなお強く結ばれた団結力への嫉妬か。帝への執着が薄れた反動か。

 ともあれ、それを叶えるため武力と才知が己に無いことは百も承知。今から兵馬を集めても謀反を疑われるのがオチだ。


 華歆は切に願う。蜀を討ち滅ぼした者こそが乱世の真の覇者と成らんことを。


  (完) 

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