8話 ローラの仕事1
仕事を終えたローラは夜の城下町を歩いていた。
城下町の一角にある繁華街は、仕事を終えた男たちが一杯ひっかけにくる。夜の繁華街へ女が一人歩けば、大概の男はげひた笑みを向けローラに声をかけてくる。それらをなれた態度であしらった。
ローラはある組織のことを調べるため、年に数回城下へ仕事をしにくる。
ミルリィーネが紹介してくれる健全な仕事は建前で。本命は夜の情報収集だ。
ヒスメド地方を主に活動拠点とする山賊がいる。彼らの情報をローラは長年追いかけていた。
情報を聞く人は決まっている。
ローラはその人たちを訪れ、新しい情報がないか聞いて回っているのだ。危険なのは承知している。危険だからと、なにもしなければ、奴らの居場所が特定できない。
酔った男が騒ぐ、見た目は平凡な酒屋。ローラは周囲に警戒し、裏道へ入った。暫く歩くと、店の裏口に通じる裏門がある。
気配を探り、誰にもつけられていないとなると、閉められた裏門を開け、素早く入る。足音を潜め、なれた足取りで裏口を開けた。
「すいません、おばさん呼んで下さい」
「え。……ああ、あんたか」
裏口で野菜を切る男性が、店先で客の相手をしている女性に声を掛けに向かった。
ローラはこの店で働くおばさんの名前を知らない。名で呼ぶのを相手が嫌い、また、ローラも呼ばれたくなかった。名前を知られれば、そこから足跡が判ってしまうのを恐れ、店の”おば”は厄介ごとに巻き込まれないために。
店先で客の相手をしていた”おば”は相手を店主に任せ、裏口に顔を出した。
外見、二十代後半から三十代前半の彼女は、ローラの姿に眉間にしわを寄せ、安堵したような複雑な顔をみせた。
「生きてたようね」
「なんとか」
いつもの挨拶をかわすと、早速本題へ入る。
「今日もお願いします」
「いいわよ。わかっているだろうけど」
「何があってもこの店の名前は出しませんよ」
ローラは女性へ二枚の硬貨を渡した。情報賃だ。情報をもらうかわりに厳守しなければならないルールがある。
ローラが山賊に捕まり、情報源を聞かれたとしても、店の名前は一切言わないことだ。
「ああ、そうさ。あんたの知りたい情報で最近の話だと……」
ローラは朝から城下町を駆け回っていた。
昨日、とてもいい情報を手に入れることができた。夜まで待ちきれず、その情報を頼りに朝早くから街中を駆け回っている。
「すいません。お聞きしたいのですか……」
朝から同じ言葉を繰り返し、何度も使ういくつかある偽名。一回使うとすぐにまた別の偽名。その場しのぎの偽名ばかりの中で覚えているのは数える程度。覚えている数が少ない方がいい。山賊がローラの存在に気づいたとき、言い逃れが出来やすくなる。
幼いローラに、ミルリィーネがこのやり方を教えてくれた。
世の中の渡り方をまだ知らなかった当時、ローラに膨大な知識を与え、少しでも仕事をしやすいようにしてくれた。
ミルリィーネにとても感謝している。感謝しても足りないぐらいに。自分のために危険を顧みず、いろいろと情報を与えてくれる城下町の人たちにも。
いつ足がつくか判らない。それでも、ローラに情報を与えてくれる。そんな人たちがいるからローラもお金稼ぎの裏で自分自身のためにやれているのだ。
教えてもらった後には必ず言うようにしている言葉がある。今もちょっと道が分からなくて聞いたところだった。
「親切に教えていただき、ありがとうございます」
"ありがとう"
この言葉は人相が悪かろうが、声が聞こえにくい老人だろうが、教えてくれたことに対する感謝の気持ちでいつも言っている。
この日、ローラは夜遅くまで城下町を走り続けた。