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29話 物語は続く…

 ダリアとニコライへアカリがルディの近い将来の婚約者だと話すと二人とも驚きながらも、店を出ることを許してくれた。

 迎えがきたのだから、いつまでもここにいてはいけないと、アカリは追い出される形で。

 城までの道中、ルディと並んで歩けることが嬉しくて、すっかり忘れていた。

 陽が落ちて、夕闇が辺りを支配する頃。城門だけは火を灯していて、よく見える。

 常時二人体制で番をする門番が、門を通る双子王子に待ったをかけた。

「で、殿下! そちらの女性をお通しすることはできません!」

 門番の言う女性がアカリを指していた。先に門を通っていったローラは止められていない。

 アカリが追い出された夜、彼女の容姿が全門番に通達がなされていたのだ。

 王子たちが迎えにきてくれたとしても、その通達がある限りアカリは城内へ入ることは叶わない、はずなのに。

「へえ、君は僕の兄様の婚約者を入れない、と言うんですね」

 とてつもなく低く、静かな怒りさえ感じる腹の底から出された声音に、ひる狼狽うろたえた門番が呆気なくアカリを通した。

「お勤め、ご苦労様です」

 開け放たれた門を通りながらあっけらかんと笑顔を向けるラズに、この男ほど敵に回すと怖い人はいないと、その場に居合わせた誰もが思った。

 制限のかかっていない三人が門を通り過ぎていくのを見送り、アカリは門の外で足を震わせた。

 あの夜、冷淡な目で見下ろす王妃が脳裏をよぎる。

「……王妃様が」

 二度と足を踏み入れるなと、アカリを見下した瞳。立ち去る後ろ姿が、なにも聞き入れないと感じ取った。

 ルディにもう一度会えた喜びから、一時いっとき忘れられていたけれど、城を見上げれば思い出す。

 あの目はきっとこれからも忘れることはない。

 幻影に囚われ、蒼白となったアカリの右手に何かが触れ、身体がぴくりと反応した。

 顔を上げると、ルディが覗き込んでいる。

 足を竦ませたアカリの手を、ルディが触っていた。包み込むような力加減で握られて、過去に縛られた思考が現実に引き戻された。

「アカリ、大丈夫だ。話はついている」

 ルディに引かれて、半ば強引にアカリは門を通った。……通って、しまった。

「アカリ、顔を上げて」

 罪悪感にさいなまれ、顔を上げられずにいるアカリに、ルディがたわむれるように腕を引くけれど。きっと、目の前には機嫌の悪い王妃が玄関前で出迎えているのだろうと思うと、怖さで震え上がり首を振った。

「アカリ」

 体の硬直ごと抱き寄せられた。

「ル、ディ……王子!」

 嬉しい反面、動転してしまう。ルディの身体を離さないと。王妃が居るのに、こんなところを見せてしまったらと思うと、上手く頭が回らない。

 アカリの行動が可笑しかったのか、忍笑いが伝わってきた。

「誰もいないから」

「本当?」

「ああ」

 顔を上げれば、そこはエントランスがある玄関と城門の中間。前庭へ入れる石畳の道がある場所だった。

 ローラはラズと先へ行ってしまったのか、姿が見当たらない。

「いないだろ?」

 ルディの問いかけにコクコクと頷いた。

「安心したか? アカリ、城へ行く前にこちらにきてほしい」

 促された先は、前庭に入る石畳だ。アカリは導かれるままに、石畳に足を踏み入れた。

 夕闇で灯りのない庭は、陽が東の空にうっすらと残っているが、その陽は建物に阻まれてしまい、届いていない。辺りは薄暗く、ルディに手を離されると方向を見失ってしまいそうだ。

 ルディが足を止め、振り返る。

 アカリと向き合った。周囲を照らすものがなくその顔はよく見えない。

「アカリ、聞いていいか?」

「は、はい!」

 かしこまった言いように、緊張が走る。

 やっぱり、婚約は出来ないと、言われてしまうのか。

 王はどう思っているか判らないが、王妃はアカリのことをよく思っていない。

 ローラが地方の領主で、その妹だとしても、それは義理であり、アカリ自身はなんの身分のない平民。

 これから国を治めていく相手として認めたくないのだろう。

「俺は……君の気持ちが知りたい」

 王妃が認めないのだから、婚約出来ないと言われるのかと思い、覚悟を決めていたアカリは思ってもいない言葉に、一瞬反応が遅れた。

「……わ、たしの気持ち?」

「実はアカリを迎えに行く前に、俺の将来の相手はアカリ以外考えていないと国王に伝えてあってな。けれど、母が難渋を示していてな。どうしてもアメリ王女以外は認めない」

 他国と婚姻を結べば、隣の帝国の牽制になる。王妃は国の未来を思い、アメリ王女がいいのだろう。

「謁見前にアカリの気持ちが知りたかった。アカリが俺との将来を真剣に考えてくれているのなら、母を説得する。――そうではなく、ただ俺に望まれたからということであれば……だな」

 ルディが口ごもった。覗き込むアカリと目が合いそうになると、顔をそらしてしまう。

 彼と繋ぐ手は、少し震えているような気がした。

「……戻ってもいいんだ、村へ」

 アカリは目を見開いた。

(どうして、そんなことを)

 結婚相手にルディを選べないならデニレローエ村へ戻っていいなど、なぜそのような考えが出てきたのだろうか。

 アカリは村へ戻ったところで、村の住人にそういう対象者はいない。リーライに告白されたが、過去にされた仕打ちが忘れられなくて、一生を共にすることなんてできそうにない。

 アカリを村から城へ連れてきたのはルディだ。

 ローラよりも無知なアカリがいいと言ってくれたのに。

 アカリはルディの腕の中に飛び込んだ。繋がれていない右手を彼の背に伸ばす。

 アカリはもうルディ以外の人と結婚しようなんて考えられない。

「ルディラス様」

 あえて敬称をつけて彼を呼んだ。これは王子から平民のアカリへ嫁いできてほしいと言われていると感じたから。

 ルディがそらした顔を戻して、アカリを見下ろしている。

「わたしは村を出てきた身です。戻ろうなんて思っていません」

 城に呼ばれたあの日。

 アカリは村に戻らないと決めていた。両親が亡くなり、本来なら孤児院へ行かなければならない姉妹を村から追い出さずに村においてくれた村人に感謝の気持ちはあるけれど――同じ年頃の友人は誰一人いない。

 ローラはヒスメド地方で再建をしていて、デニレローエ村にもう戻らないだろう。

 そうすると、頭の中に浮かぶのは日曜学校に通う頃の理不尽とも言える、一方的な言葉と行動の暴力だった。

 ローラがブリエッサ始め、その周りの子らを牽制してくれていた。そのおかげブリエッサ以外の子らは何もしてこなくなった。村を出る理由が理由だっただけに、戻ったら何を言われるか。ブリエッサの当たりは以前より度を増すだろうと容易に想像がつく。

 もう戻ろうとは思わなかった。

 ルディが結婚相手にアカリを選んでくれたあの時から。

「殿下は言ってくれたのに、わたし肝心なこと言ってなかったです」

「ルディラス様……お慕いしています。これからも貴方のお傍にいさせてください」

 リーライのように真っ直ぐな言葉は羞恥で言えない。

 言葉だけでは不安で、繋がれた手を引きながら頭一つ分背の高いルディの頬にキスをした。

 すぐに離して地面に足をつけた途端、背中に回った手に引き寄せられる。肩にルディの額がくっつけられた。

「ああ、もう離さないからな」

 アカリの耳元で小さく囁かれた。

「はい!」

 嬉しくて涙が零れて、ルディの肩口を少し濡らしてしまった。



 気持ちを確かめ合った二人は、翌日、謁見室で王と王妃に対面していた。

 二人で謁見室へ向かうはずが、アカリを心配するローラが見届け人としてついていくと言えば、ローラを止めなければならないはずのラズが面白がってついてきてしまった。

 案の定、国王と王妃はいい顔をしなかった。

 二人に話があると言ってきたのはルディだ。話の内容を大まかに聞いている王は、その話となんら関わりのない弟王子とその婚約者がいることに何用だと表情を歪めた。

 王妃は、城を追い出し城内への立ち入りを禁じたアカリがルディの隣に立っていて、王はそのことを許していることが気に入らない。

「父上にお願いがあってまいりました。アメリ殿下との婚約話を破棄していただき、アカリとの婚姻を認めてもらえないでしょうか?」

 アメリは共和国の皇子と朝早く帰っていった。それを双子王子とローラと四人で見送った。

 アカリに冷たく当たったことを立場上、謝ることはしなかったが、結婚式には祝福させてもらうわと言った。

「お前、帝国と共和国の皇子を納得させて帰し、ウルマリー王国の王女まで帰してしまったからな」

「帰れと言ってませんが、予定滞在期間よりも早く帰ってやらねばならないことでも見つけたのでは?」

 ルディは素知らぬ顔で一段高くなった場に座る王を見上げる。

「なにを言ったかいずれ判るだろう」

 まだ結婚の許可は出ていない。

 ルディは気楽にしていればいいと助言してくれたが、気楽に構えていられない。

 国王が認めなければ、アカリは城外へ出ていかなければならないのだ。

 呼吸をするのも忘れて、ただじっと、国王の返答を待つ。

「……そなたらの婚姻を認めよう」

 溜息を混じらせ、国王はアカリとの結婚を認めてくれた。

「認めません」

 しかし、歓喜にわく空気を裂く、憤りのこもった低い声が、静かにはっきりと響き渡った。がたりと椅子が動く音が。

「母上」

 国王の隣で立っていた。

 王妃は冷淡にアカリを見下ろしている。その顔は、とても祝福しているようなものではない。

 下賤げせんな娘が、息子の嫁となることを良しとしていない。彼女の中で、既にアメリ王女を未来の王妃とすることを諦めていないものだった。

「認めません。王が認めたとしても、わたくしはその娘の入城を許可しておりませんわ!」

 本来王が決めたことに、王妃は拒めない。

 王がアカリをルディの相手に認めたのであれば、受け入れなくてはならない。

 入城を許可していないことを理由に拒むことは許されない。

 けれど、王妃は頭に血が上ってしまっているのか、そのことを欠如していた。

「では、私の妹が、どのような子であれば、認めてくださるというのですか?」

 王が認めたという決定事項を認めない権利は王妃にない。

 うちなる怒りを堪え、ローラは冷淡に王妃を見据え、問うた。

「わたくしはこの国の将来を考えて……」

 王妃が強く国王へ訴えれば訴える程、王妃を味方する人が誰もいないとはっきりしてきてしまう。

 王妃の味方であるはずの王でさえ、ルディの婚姻に前向きだ。

「ああ、お前の気持ちはよくわかっている」

 国王は立ち上がり、王妃の背を撫でた。落ち着くようにと諭している。

「しかしな、アメリ殿下と想い合う共和国の皇子から、アメリ殿下を引き離し、ルディラスと想い合うアカリを否定してでも、お前はウルマリー王国の王女を欲するのか?」

 アメリに想い人がいたと知っていたのか、今初めて知ったのか、王妃が息を飲む。

「……っ」

 言葉を詰まらせた王妃に、国王は手を差し伸べた。王妃がその手に縋った。

「アカリはナヒロの義妹。ヒスメド地方領主の妹。否定する要素は何一つない。認めてやれるな?」

「ええ、認めますわ」

 座した椅子から立ち上がり、二人に向き直る。

「取り乱して申し訳ありません。ルディラス、認めますわ」

 王妃は二人へ盛大に拍手をした。二人の歩む未来が幸せであるように、想いを込めて。



 ――一年後。

 レフィール王国第一王子の結婚式が盛大に執り行われた。お相手は、ヒスメド地方の領主の妹であり、平民出身であるという肩書に、市民から王城へ届けられる祝福の花が前庭を埋め尽くされたいう噂が、暫し誠しなやかに囁かれることとなった。


 ―終―

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