2話 ミルリィーネの頼み事
その日の夜遅く。夕飯が終わり、もう、寝ようという時間に、ローラへお使いを頼みにミルリィーネが訪ねてきた。
どうやら、一日で終わるものじゃなくて、四、五日はかかるらしい。
ローラは行くか行かないか迷い、翌日の早朝に返事をすることにした。
(ローちゃんが五日もいないなんて……)
アカリは寂しがりで、一人で家にいることが大嫌い。
ローラにお嫁に行って欲しくない理由の一つは自分が一人になりたくないから。
一人でいるとなぜか急に寂しくなってきて、泣きたくなってくる。
昔、ローラがちっとも帰ってこなかった日があった。
この時アカリは、このままローちゃんは帰ってこなくてこれからずっと一人になると思い、これから先の未来を頭で想像したら急に寂しくなってしまい、ローラが帰ってくるまで一人で泣いていたことがあった。
そのときに「ローちゃん、もうどこにも行かないで」と涙声で訴えた事を今でも覚えてる。
「アカリ、今回は四、五日かかる仕事なんだって」
「ローちゃん、受けるつもり?」
「まだ、分からないな」
「畑どうするの? あたし畑なんて出来ないよ」
「畑の方は、四、五日ぐらいなら何とかなるわよ。お金たくさんくれるって言ってくれるし」
(ローちゃん、まさか受ける気じゃ!)
ローラは、アカリのために昔は畑ではなくて、自分で稼ぎに出かけていた。
常に家にいないのが当たり前で、よくミルリィーネの所へ泊まりに行くことがしょっちゅうあった。けれど、やっぱりローラがいないことが寂しくて、毎日泣いていた。そんなアカリをマーリェがいつも励ましていた。
「久しぶりだから、受けてみようと思うんだけど、アカリはミネおばさんの家で厄介になる?」
ローラはやっぱりミルリィーネの仕事を受けるつもりらしい。
その間、アカリが寂しい思いをしないように、ローラなりに気を使って、ミルリィーネの家に厄介になることを提案した。
「や、やだ!」
身体を震わせて全力で拒否する。ミルリィーネの家にはリーライがいる。
アカリが行きたくない理由をローラはよく知っていた。
「男の人が苦手っていうのも、そろそろ克服しないとね。そう考えると、ミネおばさんのところのイズミとリーは、小さい頃から一緒に育ってきた仲じゃない。だから気にすることないと思うけど」
イズミ、リーライとは一緒に育ってきた。両親を早くに亡くして、ミルリィーネが面倒を見てくれていたからだ。けれど、それもアカリが家事を覚えるまで。
アカリが男の人を嫌う理由は、昔村の男の子にいじめられたからだ。
そのリーダーがリーライで、その時の記憶が鮮明に頭にこびりついていて今でもアカリはリーライを嫌っている。
ミルリィーネの家にお邪魔するとき、ミルリィーネの手前態度には出さないようにしているつもりでいても、実際リーライとは一定の距離を保って離れている。
これではいくら態度に出さないようにしていたってばればれである。
ローラは、昔と今のリーライを良く知っていて、昔とは違うことをアカリにも知ってもらおうと考えて、いろいろと今までやってきた。
その結果、どれもすべて玉砕し、逆に悪いイメージばかりをアカリに植え付けてしまった。
イズミは昔からアカリを自分の妹のようにかわいがってくれているおかげか、リーライ程じゃない。優しい兄のような存在ではあるけれど、自分から話をしにいくことはしていない。
「どうする?」
「ローちゃんの意地悪! いいよ、あたし留守番してる! 一人でだってちゃんとできるんだから」
アカリは意地を張って、きっぱり言い切ると隣の部屋へ駆け込んでさっさと寝る……ふりをした。
ローラが部屋に来る気配がして、アカリは寝ている素振りをした。けれど、もぞもぞと上掛けが動き起きていると言っている。
「アカリ? 寝てる? 出発なんだけど、明日すぐなんだ。四、五日は帰ってこれないから、怖くなったらミネおばさん所に駆け込んだっていいからね。おやすみ」
ローラはそれだけ言っていつもの場所で寝た。
朝日が昇ったばかりの頃、アカリは起きた。
昨日の夕飯の片付けをしないままにしてしまっていた。
昨日はいろいろなことがありすぎて、夕飯の片付けることをすっかり忘れていた。
台所に行ってみると、昨日使ったものが片付けられている。
(ローちゃんがやってくれたのかな?)
使った食器を簡単に水で洗って汚れを落としただけ。きれいそうには見えないけど、家事ができないローラにしては上出来だと言える片付け方だった。
それをアカリは、もう一度きれいに洗って近くの布で水をふき取りいつもの食器棚にしまった。
朝食を終えたら、昼食の準備をして、ピクニック用のとめ具が付いたかごの中に小さな手持ちの籠と昼食を入れ、木の実拾いにでかけた。
昨日は林に少し入ったところで拾ったけど、今日はもっと奥に行くため朝から出かけた。
ミルリィーネの家の前を通ると、ミルリィーネが玄関前を掃除していた。
(ミネおばさんのばか)
心の中で悪態をつく。
「おはようございます」
声はいつもの通りに、ミルリィーネに朝の挨拶をした。
「おや、おはよう。今日はどこに出かけるんだい?」
ミルリィーネはアカリがもっているかごがいつもと違うのを見て聞いてきた。
「木の実拾いです」
「昨日も行ったじゃないか。今日も行くのかい?」
「あ、はい。今日は森の奥に……」
「森の奥!? あんな危ないところに行くのかい!? おやめなさいな! あそこは危険地区だろう!」
ミルリィーネが驚くのも無理はない。
林の奥では昔、とんでもないことが起きたのだ。
それは五十年前、二人の村の子供が林に入って行きそのまま行方がわからなくなり、村全体で捜索した結果、二人は見つかったが、二人ともおかしくなっていたという。
この話を、アカリはミルリィーネから。ローラは幼い時に親から聞かされたと言っていた。アカリは、その話を最初は本気で信じていた。本当にあった出来事なのだから信じて、近づかないのが普通だ。
アカリは怖くて、最初は林にも近づかなかったが、ローラは違う。
そんなもの迷信だと信じて、林に平気で入って行ってしまい、ある日、ローラは見たこともない木の実を持って帰ってきた。
拾ってきた木の実に興味を覚え、ローラにどこで拾ったのかを聞くとローラは、森の奥で拾ったという。森の奥と聞いてすぐに思い出したのが五十年前に起きた出来事だった。
アカリはローラがおかしくなっているかが心配になって、大丈夫か聞いてみた。するとローラは何が? と聞くのだ。
アカリは五十年前の子供みたいに、ローラがおかしくならなかったのかが知りたいと懇願した。ローラはいつもの態度で、入ったくらいでおかしくならないと言うのだ。それからローラはなんども危険だと言われる森の奥へ足を運び、色々な木の実を拾ってきてくれた。
五十年前の子供達はいなくなった翌日に見つかったがローラはその日に帰ってきている。
ローラに説明されて、素直に納得したアカリは次の日、ローラに連れられて、こわごわと奥まで行った。ローラが採ってくる木の実を沢山拾うことができた。
ローラが見つけた、変わった木の実はいつもの木の実よりもとてもおいしかった。
アカリはおいしい木の実が好きで、それがもっと食べたかった。
だから森の奥へ必死の覚悟で入った。その日は普通にいつもの時間に帰って、夕食をとって寝た。
次の日、自分がおかしくなってないか、ミルリィーネに確かめに行くと、変な顔をされたが別段変わっていないといわれて、アカリは安心したのだ。
行った日の夜までに帰ってくれば、別に大丈夫なんだと。その年から、毎年秋になればアカリは林の奥に入りおいしい木の実をたくさん拾うようになった。
今まで運が良かったのは、ミルリィーネに道中会わなかったことだろう。
今日もそのつもりで朝早くに出てきたのだが、偶然外掃除をしていたミルリィーネにぽろりと喋ってしまったのがいけなかった。
「えっと、ミネおばさんが心配してくれるのは嬉しいです。でもあたしどうしても行きたいから……」
アカリはしょんぼりしてミルリィーネに謝る。
ローラがいうにはミルリィーネは鬱陶しいぐらいアカリとローラを心配してくれる。
ローラは話の内容が自分の嫌な話の場合はミルリィーネから口実をつけてさっさと退散する。
だが、アカリはそうでもなった。
心配してくれるのが嬉しいのだ。
「だけどねぇ~……イズミかリーライどちらかと行くかい? そしたらおばさんも安心なんだけどねえ」
心配だからと護衛にリーライを連れていくのはいやだ。
「帰ったときにミネおばさんの家に顔を出しに寄りますね。そしたらいいですよね?」
声と同じく、アカリの真剣な眼差しはミルリィーネに承諾ほしいように悟れた。
ミルリィーネは頷くしかなかった。
ただし、夜遅くになっても必ず顔を出すように約束させるのは忘れなかった。
アカリは、ミルリィーネの承諾を得ると、いよいよ、木の実拾いに出かけた。