27話 アカリの居場所
アカリが追い出された日、通った門の門番をしていた兵にアカリが向かった先を尋ねた。
彼はアカリが朝方まで城門前にいて、陽が昇ると頭を下げ、よろける足取りで城下へ降りて行ったと告げた。
三人は門番に礼をした。門から真っ直ぐ伸びる道の先は城下へ繋がっている。
アカリは城下からどこへ向かって行ったのか、足取りをたどろうにも、門兵は向かった先以外知らない。
ただ、城で働く者へ支給される外套を着用していたことから、城下で目撃されている可能性が高い。
その前に確認しておかなければならないことがある。
馬を駆けて先陣を切るルディが二人乗りをするローラとラズに指示を出した。
「まずは街門に行く」
ルディの言わんとすることを、二人は察した。城下から出ているかいないか、知るには街門が一番早い。
「通行記録確認でいい?」
ローラの確認に、双子王子は肯定した。
城下町は高い塀で囲まれ敵襲から守られている。街外へ出るには門を通らなくてはならない。三人は三つある門全てにアカリが通っていないこと、通行許可を出したリストに名がないことを確認した。
偽名で街門を通ることは許されない。偽名を使用されてもすぐ気づけるよう、出身地で、身分証を発行される。それを提示すれば、門は通れるのだ。その身分証には、必ず出身地の村長や街長の印が押され、偽造出来ないものだ。
アカリはデニレローエ村長印が押された真新しい身分証を持っている。
その身分証を偽造しようとする子でないことはローラがよく知っている。
リストにないということは、街に留まっていると証明されたようなものだ。
「城を出て最初に来るところは広場のはずだけど……」
ローラは両隣を交互に見上げた。
右側に女装したラズ。左側は同じく女装したルディが周囲を隈なく捜している。
ローラも大切な妹を探し出すために、目を凝らすのだが、昼時の広場は、中抜け休憩しに訪れている町人が多い。その中に、旅行客や旅人も紛れ込んでいる。
この中からアカリを探すのは至難、と判断せざるおえなかった。それでも、昼食を求めて来るのであれば、広場が一番いい。
軽食の屋台は十近くの店が毎日自慢の料理を売りさばいている。軽食店なだけあり、安価で、様々な種類の料理を食べられるとあって、広場はピークになると人でごった返し、人探しどころではなくなった。
三箇所にある広場の街路を探す方が早いと判断した三人は、散り散りになり、アカリを捜すが見つからなかった。
昼を過ぎ、仕事場へと人が散っていすると、賑やかだった広場は、静けさを取り戻した。旅行客が地図を広げ、次は何処へ行くか連れと相談していたり、休憩しながら、足の疲れをとる人が残っている。他は、子供達が数人集まっている程度。
その中にアカリの姿はなかった。
街門を通らず、街の外へでる術はない。
城下で最も人の集まりがある広場にいないとなれば。
「広場に来ないなら、こう考えられます。何処かの空き家に隠れているか、居住のある店で働いている、と考えるのが自然でしょう」
金銭は何も待たされず追い出されたという。ラズの言う前者は、アカリの中で思いつきもしないだろうと考えたローラは後者であると確信した。
居住を保証された店、それもアカリが得意とする分野の店で働いている。
アカリが得意な分野は家事となれば、いるであろう店は絞られてくる。
三つの街門へ向けて、広場から三方向へ街路が伸びている。どの街路にも宿、飲食店は軒を連ねている。
尋ねるべき店は絞り込めても、手分けしてその全てをまわっていたら日が暮れてしまう。
他になにか有力な情報を――。
ローラが考えを巡らせていた矢先。
ぐぅぅぅ。
大きな音がした。
それが自分のお腹から発されたものと気づき、羞恥に顔が熱くなる。朝食を早くにすませていて、腹はすでに空腹だ。出稼ぎをしていた頃は毎日昼食を抜いていた。ヒスメド地方へ戻ってからは、断ると、ラズから無理やり少ない昼食を食べさせられていた。
昼食を抜いたからといって、困るわけではない、けれど。恥ずかしさに、ラズの方を盗み見れば呆れた笑みを向けられていた。
聞かれていますね、お腹の虫。
ローラが盗み見ていると、目が合いそうになり、慌てて素知らぬ顔で考えているふりを決め込んだのも、バレている。
「お昼にしましょうか」
忍笑いに、ローラは片足を踏んづけることで仕返しをした。
広場で出店をしている惣菜パン屋で、アカリの姿を見たことあるか聞いてみる。
そのパン屋は昼の間だけ、広場で店を開き夕方には閉めている。詳しく知らないが、アカリの姿を見ていた。
質の良い外套を着て、ベンチで項垂れていたという。店を閉める時間、子供達が彼女になにか話をしていた。近所の子たちで、よく広場に来る子たち。
翌日には、アカリの姿を見なくなり、休日にやりたい事が思いつかず、時間を弄んでいたのだろう、と。
「ところで君、何週間か前に、ここで男たちと暴れた子?」
ローラの顔をじっと舐めるように見た店主は、訝しみながら尋ねてきた。
「噂で聞いた。派手だったらしいね」
世間話として受け流し、礼を言って、早々に立ち去る。念のため、店から離れたベンチに座った。座ったのはローラだけで、双子はその前に立った。
この広場はローラが賊とやり合った場所。周りを気遣う余裕がなかったローラは派手に騒ぎ立て、その姿を覚えている人もいる。途中で乱入したアカリの顔はあまり知れ渡っていないようだ。
「気をつけてくださいね。貴女が騒ぎを起こしてから、そんなに経っていない。覚えている人はいるのですから」
毎日が平坦な日常を送っている人程、騒動を存外に覚えているものだ。
ローラは頷き、双子の影に隠れた。
パン屋店主の話から、よく来る近所の子供達がアカリの行き先を知っているかもしれないと判り、昼食後に店主が教えてくれた年齢の子供達を捜した。すると、それらしき買い物籠を持つ数人の少年少女が広場を横切っていく姿を見つけた。
声をかけ話を聞くと、彼らで間違いなかった。広場のベンチで座ってるアカリに声をかけた子らで、アカリは住み込みで働いていること、その店の場所を教えてくれた。
白い外壁に水色の屋根、準備中の手書きプレートがかけられているが、入り口は開けられている。暖簾を乱暴に手で弾くと、店内は静かだった。
活気のない店内でテーブルを布巾で綺麗に拭く後ろ姿が、人の気配に振り向く姿に、ローラはこみ上げる嬉しさのままに呼んだ。
「アカリ!!」
振り返るか、返らないかで、ローラは大切な妹を抱きしめる。気持ちが急くあまりに、横から抱きしめてしまった。アカリの肩が、胸に当たって少し痛いけれど、それよりも妹を見つけられた気持ちが上回った。
「ロォちゃ、ん? ローちゃん!」
アカリは抱きしめる相手がローラと知ると、驚きに目を見開き、手にしている布巾をテーブルに落とした。
会えると思っていなかった人が目の前にいて、嬉しさにローラの腕に震える手を添える。
「ローちゃん!」
現実と知ると、ローラにすがりついてきた。
もう会えないと思っていたのだろうか。じんわりと目尻に涙をためる。
震える様が、小さな子供の様で可愛い。
「心配かけさせて」
「ごめ、ごめんなさい」
ローラも嬉しくて、一度離したアカリをもう一度強く抱きしめた。
心配するのは姉の特権。だから、どんなに離れていても心配なのだ。
「いいの、あんたが無事なら」
アカリを堪能して、満足した後。
「お姉さんたち、アカリさんのお友達?」
布巾を手に呆然とする、男の子が立っていた。街の子達の友達は、入り口から入ってきた二人の女性と、ローラを不審げな目で睨んできた。
「お友達……というか」
「お邪魔してすいません。僕たちはアカリさんの仕事先の同僚です。お家の人、呼んできてもらえませんか?」
十二、三歳ぐらいの男の子は、戸惑いながらも身なりのいい女性たちに、頷き店の奥へ消えていく。
女装しているのに、「僕たち」って。
ラズの言葉に額に手を置きたい気持ちになる。
(そこは「私たち」でしょう!)
少年の目が穏やかになるどころか、怪しい謎な集団と位置づけされたに違いない。
その位置づけが、違うと思わせてくれたのは、アカリが和やかに微笑んでいるからだろう。
少年は大丈夫だろうと判断してから、家族へ来客を伝えに店の奥へ消えていった。
ローラが満足するまで抱きしめた後、アカリを解放した。いつまでもアカリを独占していてはいけない。
ルディも心配し、必死にアカリの姿を探してくれた。
「アカリ」
ローラがアカリの前から退くと、アカリの目は再度見開かれる。
「え、どう……して」
女装していながらも、必死になってアカリを探し、無事であることを願っていたルディが、人目も憚らず抱きしめた。
「アカリ、よかった」
城へ戻ったら、真っ先に出迎えてくれると信じていた人が、何日も前に追い出されていったと聞かされ、ローラと同じか、それ以上に不安だったのだ。
早朝、騎士服にマントを付け城を飛び出していきそうになるルディをラズが止め、女装させていなければ、今頃広場は王子が供もつけずに城下へきたと騒がれていただろう。
ローラよりも先にその腕の中に抱きしめたかっただろうに、ローラが先に奪ってしまった。
けれど、仕方がないじゃないか。ローラにとっての大切な人が、大事に育てた子なのだから。ローラにとっては、自分のことよりも真っ先に優先するべき人なのだから。
目の前で抱きしめ合う二人に、無事で良かったと心から安堵した時。
「よかったですね、見つかって」
「そ、そうね」
横に並ぶラズの腕が背中に回り、胸に押しつけられる。
もう少ししたらこの家の人が来るというのに、いきなり何をしてくれるのだ。
抵抗すると、背中に回る腕に力が入る。
「泣きたいなら我慢しなくていいんですよ?」
「気のせいよ。――っ、離して!」
とんとんと背中を優しく叩かれ、気が緩んでいく。
姉だから、泣くまいと気丈に振る舞っていたのに。
――どうして、わかったの。
その疑問は、泣かないと噛み締めた歯によって遮られ、ラズの肩口が静かに泣くローラの涙を拭った。
一方、ルディにもう離さないとばかりにぎゅうぎゅうと抱きしめられているアカリは、ルディの温もりに安心してか、身体の力が抜ける。
戻りたかった場所に戻ってこられたような感覚がする。
「アカリ……。――アカリ」
ルディに何度も名前を呼ばれ、優しく抱きしめられる腕は、アカリをなによりも安心させてくれる。
君の居るべき場所はここだと言われているような気がした。
ローラとは違う安心感に、ルディの背中に手を伸ばした。
「ルディ」
名前を呼ぶと、連呼している声がやむ。
「ルディ?」
もう一度呼ぶと、腕が緩められて、顔を見合わせる。疲労の色が浮かぶ顔は今にも泣き出しそうなぐらいに歪んでいた。
「心配かけて……」
ごめんなさいと続けようとした口は、屈み込んだルディの唇に乱暴に封じられた。
すぐに解放され、再び謝りを口にしようとしたら、また封じられてしまった。
まるで、謝りを聞きたくないと言うかのように。
頬を赤く染め、瞼を閉じて唇を受けていると、長い口づけに頭がクラクラしてきた。
これ以上はもたない。
身体を後ろへ引くと、それを追いかけてくるルディ。これではダメだ。背中に回した腕を離して胸を叩き、やっと離してくれる。
「ふぁ」
沢山の空気を吸い込むと、ルディが笑った。
誰のせいで、と思いをこめて睨むと、はにかまれてしまった。
その顔が可愛くて、思わず許してしまいそうになり――
「ルディ、心配かけてごめんなさい」
謝らなければいけなかったことを思い出した。
留守の間に、城を追い出されることになってしまい、心配をかけてしまった。
アカリが城にいないと知る前に、城下で会いたかったけれど、この店は人気店らしく、仕事中抜けることが出来なかった。
「君が無事ならいいんだ」
優しい微笑みに、心配をかけてしまった申し訳なさが込み上げてくる。アカリはまた泣きたくなる気持ちを押し込めて、腕にこめて強く抱きつく。
すると同じ強さで返ってきた。
「俺の、知らないうちに、何処かへ行ったりしないでくれ」
切羽詰まった声に、どれだけ心配をかけてしまったのかを思い知らされた。
お城に入る前にルディ会えればいいなんて、どうして思ってしまったんだろう。
城の前でルディが帰城するのを待っていればよかった。そうすれば、居ないと聞かされ、心配させることなかった。
「……はい。……ルディ」
アカリの頬にルディの手が伸びてきて、頬を伝う涙を拭う。その手が首の後ろを支え、ルディの顔が近づいてきて、アカリが瞼を閉じ――
「ごほん、げほん」
わざとらしい咳払いに、現実へ引き戻された。
ここが何処で、周りにいる人を確かめた途端、羞恥に手が先に動いた。
「きゃ!」
どん! と目の前の人を押してしまった。
「ああっ! ごめんなさい、ルディ!」
ごつんとテーブルの柱に頭を打ち付けさせてしまい慌てた。
「ラズ!」
打った頭を撫でながら、せっかくの空気をぶち壊したラズを涙目で睨み上げる。
「そういうのは二人だけの時にしてもらいたいですね、兄様?」
女装王子と少女の恋人のような抱き合いが、異様な光景に映ると、本人たちは店の女将が店先に出て来てから気がつくこととなる。